12話 目指す、世界の形
何もかもが急展開なのだと思う。
私がこの世界にやってきてから三日が経とうとしていた。その間、私は一日たりともゆっくりとした時間を過ごしたことはない。真夜中に逃げて、騎士団を追い払って、一日中石炭焼いて、あげくがボロボロの馬車に揺られて、つい最近であった男の人の実家へ借金をしに行くという。
「そりゃ、やるって言ったけど、昨日の今日ってどうなのよ。私、全然休めてないんだけど」
「何事もやったもん勝ちだ。今はとにかく時間が惜しい」
「それはわかるけど……」
一体何だろう、これ。私、こんな波乱万丈な生活を送らないといけない事したかしら。
これは生きる為の行動だとわかっていても、冷静に考え直すと飛んでもないことをしている気がする。
「本当なら今頃私は……」なんてことを考えるのはもうやめた。やめたけど、やっぱり釈然としない。
それでも否が応でも時間は進んでしまう。文句を言いつつ、やってかなくちゃいけない。
「親父は、まぁ比較的話のわかる男だと思う。面子とか誇りとか、気にする……典型的なお貴族様だが、お前の話を理解できないって程、馬鹿じゃないはずだ。その前に、屋敷に入れるかどうかが問題だが……」
「ねぇ、それより聞きたい事があるんだけど、実家、随分と近くないかしら?」
炭鉱から馬車を走らせて約七時間の距離にアベルの実家はあった。
馬車で七時間ってかなり近い。私のお尻は痛いけど。
「こんなに近かったら、連れ戻されたりとかしないの? それに、最近の家の事とかあまり詳しくなさそうだったけど、いくら何でも同じ土地にいて、何も知らないってのはおかしいと思うんだけど」
「うん? まぁ、そうだな……たまたま、偶然、実家近くの炭鉱にきてしまった……っていえば信じてくれるか? 嘘じゃねぇんだが」
あって間もないとはいえ、アベルの事はある程度理解したつもりだった。
でも、この時のアベルはいつもの覇気が感じられないというか、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべていた。
「たまたま近くぅ?」
「本当だぜ。俺たち炭鉱夫は山を掘りつくしたら次は新しい山って感じで各地を転々とする。一応、その権利が許されているからな。俺だって元々は別の領地の炭鉱に顔を出していたんだ。そこが、掘り終わって、ここを選んだのは消去法で、ここら一帯で大きな山があそこぐらいだった、それだけの話だよ」
ふぅんと私は小さく相槌を打つ。
まぁ、近くにあってよかったってのは私も思う。
ところで魔法でひとっとびとかできないのかしら。まさかこんな馬車で何日も揺らされると考えると気分が悪くなってくるし。
「ねぇ、魔法を使って……」
「転移魔法がどんだけややこしいか、お前だってわかってんだろ。あんなの王族様じゃなきゃ使えねぇよ」
ということらしい。
なんでも術式というものが複雑で、出発地点と到着地点との精密なあれこれがどうのとか、専門的なことは知らないけど、とにかくややこしくて大変なのだと。
素人が適当に使ったらどこに飛ばされるかわかったもんじゃないレベルなのだとか。
「ままならないわねぇ……」
なんでもありな魔法だけど、その実、結構大変らしいのよね。
使い手のレベルに左右されるわけだし、ほぼ完全に才能によるところあるし。
ある意味では芸術に近いかも。それらは否定するものじゃないし、それはそれで確かに希少性を認めるべきだわ。
ただし、それがスタンダードになっちゃいけないとは思うけど。
「……何もないわね」
それはそうと、山を出てからというもの、民家の一つすら見当たらない。
平原が広がってると言えば聞こえはいいけど、手付かずの土地って感じ。
「街道の整備は時間と金がかかるからな。王家直系の大領主でもなけりゃこんなもんだ。それに、俺の実家はどっちかといや地方領主になる。近くに山があって、それを切り崩していたから、金を持てた、まぁ成り上がりだな。ご先祖様はさぞ苦労しただろうよ」
「あなたのご実家って山師だったの?」
「だと聞くぜ? その昔は貴族も何もなかったしな。生きるのにみんな必死だったんだろう。んでまぁ小金持ちになって、魔法が使えるから貴族の地位をもらって、とかそんな具合だ」
それって結構すごいことじゃない?
ゼロから身を立てたってことじゃない。それが今なお残ってるってことは地方とはいえかなり歴史の長い名家ってことになるし。
「……てことは、アベルのやってることって別に悪いことじゃないわね。ご先祖様に倣ってみたいな感じじゃない」
「そういってくれる奴、初めてだな」
アベルは虚をつかれたって顔をしている。
私、何か変なこと言ったかしら? 温故知新って言葉もあるわけだし、過去に思いをはせるって別に悪いことじゃないじゃない。
特に、鉱業なんてそんなことの連続だし。古い地層から長い年月をかけて生成された鉱石を見つけて、調べたりするものだし。
「私たちの生活は、全部過去からの積み上げよ。石炭だって、元をただせば古い動植物なんだから」
「そうなのか?」
「あら、自分たちが掘り起こしているものが何なのか、ご存じないの?」
「知らんね。燃える石。それで十分だった」
「まぁただ使う分にはそれでいいわよ。でも、気にならない? なんでそんな石が土の中にあるのか、宝石だってそうよ。なんであんなにキラキラ輝けるのかとかね。道端に転がってる石だって、そういう気の遠くなるような年月をかけて出来上がったものだってわかると、わくわくするじゃない」
「ほぉん、そういうもんかねぇ? お前、本当に元大貴族か? なんか、らしくない趣味してんなぁ」
「……こんなこと、社交界じゃ笑われますもの。おほほ」
わざとらしいお嬢様演技。
さらっと忘れてるけど、私、元お嬢様なのよね……全然そんなこと気にせずに自分本位で動いてたけど。
「でもまぁ……何となくわかってきたぜ」
「何が?」
「俺がお前に賭けてみようって思った理由だよ」
そういえば、そうね。
ものすごく今更だけど、アベルってなんで私を試したり、やろうとしてることをここまで信じてくれるんだろうとは思った。
昨日、ちょっとは理由を説明してくれたけど、あれだけじゃ理由としては弱い感じだし。
「何となくだが、お前からは俺とおんなじ空気を感じる。貴族なのに、貴族らしくねぇというか。俺が、常々感じていた鬱憤というか、ふたみたいなのを、お前は見事に取っ払ってくれる。そんな感じだな。人間、もっとできることはあるはずだって思っていたが、俺はそれがどうにも分からなかった。だが、お前はその先を分かってる。そんな感じがしたんだよ」
「ずいぶんと私を買ってくれるのね」
なんだか、恥ずかしくなって来たわ……いうなれば、私はこの時代の未来を知っているに過ぎない。現実のそれとは全然違うけど、この先、この世界だって機械化の波が押し寄せてくるはずだ。
魔法にだけ、囚われる認識が無くなればだとは思うけど。
「先、ねぇ……」
私がやろうとしていること。
それは産業革命のはしり。もし、それがどんどん加速して行ったら、どうなるのかしら。
「それは、ちょっと楽しみかもね。世界が、ひっくり返るかも」
なんでだろう。
わくわくしている自分が、いた。




