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第121話 センチメンタルな魔女

「返事がないってなもので、あちらさん、カンカンになってるらしい。またお手紙が届いたそうだ。内容は言うまでもないレベルだったがね」


 その日はザガートがやってきた。彼にしては珍しく疲れた様子で、来るなり水を所望してきた。どうやら私たちの預かり知らぬところで、色々と戦争というものは動いているらしい。

 戦端は開いていなくても軍人はやることが多い。騎士団ともなれば直接戦闘もあるし、次々に開発される新兵器に対応するべく訓練も必須となる。特に志願兵なんてのが多くなると、数はいても質がそろわなくなるのでこれは結果的に足を引っ張り、戦場では命とりになるとかなんとか。

 このあたりは、サルバトーレに限った話ではなく、この大陸全てに言えることで、長い間、大規模な戦争がなかったことがやはり足かせとなっている。

 確かに内紛は経験したし、海戦での勝利もあるけど、あれらは言ってしまえばこちらの準備がよかったからだ。

 これから、大国同士の本格的な殴り合いともなれば双方にたくさんの血が流れる。そうなれば……質の問題は大きくなる。


「下手な兵士よりも元山賊どもの方が真面目だ。我が方の騎士たちは、大半がボンボンなのでね」

「はっはっは! そりゃそうだ。あいつらは常に生きるか死ぬかの状況で活動していた。死生観というか、覚悟というか、そのあたりのことはしっかりとしている。まぁ、あいつらはあいつらで問題はあるがな」


 アベルとザガートはそれなりに気が合うようになってきたのか、個人的な付き合いも多いらしい。私は知らないけど、以前二人でパブに行ったとかなんとか。


「親分がしっかりしてるから、暴走はないだろうが、他に合流したメンツを教育するのはゲヒルトの旦那でも難しくないか?」

「まぁな。父上も色々と手段を講じているようだが、今のところは軽い衝突で済んでいる。衝突はさせるべきだ。一度、腹を割って話し合う機会になる。殺し合いは勘弁だがな」


 軍部は軍部で色々と大変らしい。

 まぁ、今まで犯罪者として追いかけていた連中がいきなり軍人として雇用されたのだから、そりゃ昔ながらの騎士たちは面白くないでしょうね。しかも、元山賊メンバーは大活躍を果たしたわけだし。


「ある意味、でかい戦争が起きているから、全員が一応の目的をもって行動できている。そうでなきゃ、革命の一つや二つは起きていたさ。何より、プリンセスがご懐妊したのも大きい。まだ俺たち騎士の間には名誉と忠誠を大切にする感情がある。次期国王陛下の誕生というのは、それだけ意味があるのさ」

「そりゃそうでしょうけど、あんまり女の妊娠を政治的には使ってほしくないわね……」


 この時代、この世界の価値観としてはまぁ仕方のないことだけど、同じ女としてさすがにそういうのは面白くない。

 理解はするけどね。王政だし、いまだに名誉というものが大きな意味を持つ時代なわけで、そんな世界に生まれた王族の子供というのは、否が応でもその責務を背負わされる。

 それは、ラウも同じだろう……彼も、頑張っているのだ。


「あの子はもう王族だし、生まれてくる子供は何をどうしたって国王陛下、もしくは女王陛下となる……それは仕方のないことだけど、子供にそういう大きな責任を背負わせたくはないわ……私が、言えた義理じゃないけど」

「ラウ王子のことか?」


 さすがにザガートにはわかるか。ラウ王子の生死を利用しようと画策しているのだし。私も、言ってしまえばそのメンバーだし。


「なに、彼の事は父上の決めたことだ。お前が気にすることでもないだろう。それに、彼はやる気だ」

「わかってるわよ。私も、それには最大限の協力はする。でも……やっぱり、一度そういうことを考えちゃうとさ……気が重くなるわけよ」

「イスズはよくやってるぜ? ラウのことだって、あいつが下手を討たないように会社の基盤を作っている。ラウだけじゃない。ハイカルンの復興をやろうなんてことを、提案してるのはお前ぐらいだし、それを実現できるのはやはりお前だ」


 アベルの言葉は私にとっては耳障りの良い言葉だった。

 そういってもらえるのは嬉しいのだけど……やはり、つくづく、私は救世主って柄じゃないわね。魔女という言葉がほとほと似あうわ。

 それに、こうして気にしてると言っている反面、さてどう利用できるかなんてことを無意識に考えてしまっている。

 今更気にするほどじゃないとはいえ、やっぱりねぇ?

 センチメンタルな感情がまだ残っていたことも驚きだけど。


「お前は頑張りすぎてるぐらいさ。お前ひとりで、この世界の技術はもうどれだけ進んだか」

「さてね……むこう数百年分は進んだのではなくて?」

「そいつは偉業だぜ? もっと誇れよ。歴史はお前をそう描くさ」

「恥ずかしいけれどね?」

「胸張って、これは私がやりましたと言えばいい。お前にはそれだけの権利がある。イスズ、お前はこの国と、この大陸を守る為に一番努力している。俺が保証するさ。俺は嬉しいぜ。山で拾った小娘が……まさかの金山だったことにな」

「懐かしいわね……」


 そうか、あれからもうずいぶんと経つのよね……アベルと初めてあった炭鉱……そこでの徹夜作業で作ったわずか数グラムの鋼……あれが、今の私の命をつないでここに立たせている。

 なんだか、本当、不思議だわ。


「本当、人生、何がおこるかわからないわね」


 そして私はもう後には引けないところまできた。

 あぁ、そうだわ。もう悩んでもいられないし、悩む必要もない。私は、私のやりたいことをやるのだと決めていたのだから。

 フン、疲れていて、少し弱気にでもなっていたかしら。


「わからないついでに、大きなことをしましょう。狙うは……世界征服かしら?」


 ま、さすがにそれは冗談だけどね。

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― 新着の感想 ―
[良い点] こういう話は時に冷徹、けれども義理人情も持ち合わせるいすずさんの魅力が深まりますなぁ。 [一言] 世界征服は冗談だけど陽が沈まない帝国くらいは作っちゃおう!
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