第117話 巫女が呼ぶ救世主
自分を呼んだのはグレースかもしれない。そんな結論に至った時、私はあともう少しで全てが理解できるような気がしていたのだけど、そのあと少しが手に入らなくてもどかしい気分だった。
といっても、それで仕事に支障が出るわけでもなく、鉄鋼戦艦は完成を始め、飛行船は全長十メートルほどの試作機が宙に浮いたとの報告を受けて、さらに予算をぶんどる為のあれやこれやの書類を処理しなければならない。
そんな折に、あの少年が私の下を訪ねてきたのはなんだか都合がよすぎるというか、タイミングがぴったりでちょっとうすら寒い感じもした。
その少年の名はネルド・パスカビといった。春の若葉のような緑の髪を持った小柄な少年。童顔で、言われなければ十三、十四にしか見えなさそうだが、それでも二十歳を目前に控えた大人であるというのが驚きだ。
そして何を隠そう、彼こそが残り最後の攻略キャラ。年下後輩で、ちょっぴり小悪魔だと先輩は言っていたっけ。
同時に彼は教会の次期法王候補であり、今現在でも教会にて役職を担う若き聖職者。この世界では別に聖職者が独身である必要はないらしいけど、彼はグレースと結ばれないルートでは独身を貫いているとかなんとかそういう裏設定があるとか先輩が言っていたっけか。
まぁ、今はそれはどうでもいいとして、珍しいお客様であることは間違いなかった。
ネルドは聖職者であり、役職にもついているけど教会そのものを顎で使えるほどの権力はないらしく、ある意味では中間管理職らしい。今回、彼がやってきたのは仕事らしく、その内容はなんとゴドワンのお見舞いだった。
というのもゴドワンはあれで結構信心深い人で、マッケンジー領の経済が潤い始めた頃から教会に寄付をしたり、各地に教会支部を立てたりとかなりの尽力をしていた。
そんなゴドワンが病が続き、伏しているという話を聞けば教会としても、見舞いを送らねば礼儀に欠けると判断したらしい。
「ゴドワン卿には我々も大きく助けられています。我らの教えを大陸広くに教え広めれたのも彼の尽力あっての事ですし、病院や学校など我らの運営する施設も随分と」
教会は独自に、ほぼ無償で病院や学校の真似事をしている。といっても、大半は都会ではなく村や小さな町の教会で簡単に教える程度のものなのだけど、手広くやりすぎて人材と資金不足にもあえいでいたとかなんとか。
サルバトーレの教育標準がそれなりに高いのは教会の力もあった。
「我々もゴドワン卿のご健康を祈っています」
「いえ、父も喜んでいました。昔から、信心深い人でしたので」
ネルドの対応をするのは一応、領主後継者のアベルだった。そこに私とアザリー姿のラウが同席する形。
「いや、しかし、凄いものですねぇ。噂には聞いていましたが、マッケンジー領。科学都市というのは本当なのですね。少し前までは想像もできなかった街並みが広がっています」
これはまぁ領内を訪れた外部の人が必ず言う言葉だった。
「教会内部では自然破壊を懸念する声もありますし、神の摂理に反するという批判もありますが、まぁ教会は基本的に文句を言う一派とそれを抑える一派とでわいわいしているところなので、気にしないでください。知恵は神が与えたもうた力、これをもって実りを得よとは古くからの教えです」
「いえ、教会のご指摘はごもっとも。山や森の開発はこちらでも注意して行っているところです。無暗矢鱈な開発は災害を起こすという研究も出ています。もちろん、その為に河川の整備やダムと呼ばれる施設を建設したりもしているのですが」
「私はあまり専門的なことはわかりません。ですが、そちらが色々と尽力なさっているのはわかります。これからもこの国を盛り立ててください」
どこまでも事務的というか儀礼的な対応だった。
ネルドは出された紅茶を飲み干してから、しばらく何かを考え込んでいた。
その時間は二、三秒程度のものだったけど、ちょっと長く感じた。そして、彼はふっと私と視線を合わせた。
「ところで、皆さんは救世主の伝説をご存じですか」
「は、救世主……ですか? 聖典に記載がある、古代において大陸を救った英雄の話でしょうか?」
突然の質問にアベルは首を傾げつつも答えた。
この救世主というのは確かゲーム本編でも出てきたわね。といっても、世界観のフレーバー程度というか、この世界の子供たちが好きな冒険譚の一つってだけで。確か、ザガートが幼い頃に好きだったという物語じゃなかったかしら。
「それです。その救世主は巫女によって選ばれたという話が基本的な流れとなっていますが、それもご存じで?」
内容としてはヒロインである巫女が手段は多岐にわたるけど主人公である救世主と出会うとか呼び出すとか任命するとかして、悪者を懲らしめるという話だ。
よくある童話レベルのものだけど、それが何かしらね。
「いえ、ね。変なことを言うようですが、ほら、今は国難じゃないですか。大規模な戦争が始まっていますし、敵は敵でなんとも無礼ですし。それに対してマッケンジー領の働きは真に国と大陸を守護していると思うのです。それこそ救世主のようだなと」
「ありがたいお言葉です」
アベルはネルドの言葉に真意を測りかねつつも、にこやかに対応した。
「グレース先輩が選び出した救世主だと言っているんですよ。僕はね」
その言葉は私をはっきりと見据えて言っていた。
「聖翔石を使い、願いを叶える巫女。伝説に伝わる巫女の原型はこれです。そして今回の危機に対して、まるですべてを対応するように現れた存在は救世主でしょう? 違いますかイスズ夫人。あなたは、一体、何者です?」




