第116話 世界が望むもの
皇国の無礼な手紙が届いて三週間が経過した。
その間、あちらからの動きはないけれど軍備増強でもしているのだろう。惜しむべきは、あちらに対するスパイ活動ができない事だった。
あっちはこちらに、何年も前からスパイを送り込んでいたようだったけど、こちらからのルートが開拓出来ていない。
それに、いまだに敵の目的が不透明なのが不気味だ。
倒すべき敵なのは間違いないとしても、やはり理由というのは気になる。できるなら大陸内のスパイをとらえて尋問をしたい所だった。
ドウレブは処刑される前にかなりの尋問を受けたようだけど、大した情報は手にしていなかったようだし。
ただあちらでの相応のポストが用意されていたというだけだ。
敵の目的、そして詳細な規模は不明。
だからこそこちらも過剰な戦力増強を図るわけだけど、生産スピードは私から見ても結構異常というか、急速なようにも見えた。
水を得た魚と言うべきか、技術を与えて、それが拡大していくスピードがかなり速い。確かに、私は簡易的なものから始めさせたけど、冷静に考えれば鉄製の戦艦に、蒸気機関の動力を搭載させたものがもうじき三隻も用意できるっていうのはなかなか、すごい事だ。
そして今は飛行船すらも作ろうとしている。必要だから作らせているわけだけど、一度ふりかえってみれば私がこの世界に与えた技術の量はすさまじいものだと思う。
「いや……そうじゃないのかも。本来なら、この世界はそれぐらいの技術革新があってしかるべきだったのではないかしら」
社長室で決算する書類を眺めつつ、私はふと思った。
この世界、中世をベースにしたといえ、長い歴史を持つ。ただ、それは、あまりにも長すぎる。本来なら、近世に突入してもおかしくはない年月があり、魔法と言う存在があるならそれをもとにした技術があっても良かった。
魔石は使えば消滅するかもしれないけど、全く利用できないわけじゃない。
魔法使いがいるならそれに適した技術体系だってできたはずだ。
なのに、あるのはせいぜい冷蔵庫とお風呂の技術。必要がなかったというべきか、それとも発展を恐れたのか……そして何より不思議なのはアベルたちのご先祖様が残した書物……私はこれを鉄鋼レシピだとみている。
「古代の錬金術師たちはいったい、どこまでの技術を得ていたのかしら?」
そこには近世どころか現代科学に匹敵する合金の技術が記されていた。それらは伝説の金属、オリハルコンやミスリルとも呼ばれているけど、確かに古代や中世の火力じゃ第二次世界大戦の戦艦に使われたような装甲に傷をつけるのは難しいだろう。
だからこそ封印された……? なぜかしら……それで発展が行われるならむしろ喜ばしいことのはず……そりゃあ争いは出たでしょうけど。
それに、そんな堅牢な金属を魔法とはいえ作り出せたということは、それを元にした何らかの物体もあるはず……それがエンジンなのか、戦艦なのかはわからないけど。
でもこの世界にはそんなものの技術も痕跡もない。唯一は古びた書物だけ……。
「ん? 待てよ、そもそもこれがマッケンジー家だけに残っているとは限らないわよね……まさか、世界中に存在しているのかしら」
可能性はなくはない。
でも、それを見て、理解して、実現しているならもっと世界は発展しているはず。
仮に皇国にこれらの資料が残っていたのならあの艦隊だって木造戦艦ではないはずだし。
「見てもわからない……物資や技術がない……それとも夢物語だと切り捨てている?いや、だけど、試してみようとは思うはずだし……」
第一、装甲材だけが記されているとは限らないわけよね。
火薬とか大砲とか銃とかもしかしたらレーダーとかそういう技術があったかもしれないし。
それらがない場合、じゃあやはり皇国は何を求めているのか。
「そういえば……この世界の聖翔石は……」
ゲームであればガチャを回す為だけのアイテム。
この世界においては魔力を持ち、お祈りをささげると願いが叶うかもしれない石。ただし成功率も低く、確実性はない。
ただし、グレースはおそらくこれを利用出来ている。無意識っぽいけど。
アベルは言っていた。聖翔石を使って、過去、成り上がりを果たした人もいると。完全に願いをかなえるわけじゃない、そもそも何に影響を与えているのかもわからない。
だけど、あの石には力がある。
「あれ? ってことはグレースを差し出せって目的にちょっと辻褄があってくるわね」
聖翔石を使えるグレース。
そしてプリンセスになったグレース。
一体、どうやって、どこで知ったのかは知らないけど、皇国はグレースのその力を知っていた?
いえ、そうじゃないのかもしれない……グレースが、願った結果を見て、理解した?
あの石と少女には世界を変える力があると判断できる何かがあった?
そしてそれは……
「私、か?」




