第115話 遠く軍靴の音が響く
サルバトーレは大陸全土に皇国からの知らせを包み隠さず一切を公表した。闘争心を煽る為というのがゲヒルトの狙いであるとザガートは言っていたけど、それ以上にこれほどの無礼をサルバトーレ以外にも行う可能性があると知らしめるためでもある。
敵は、不敬にも神の皇帝を名乗り、こちらを攻撃してくる。さらには、先の戦いにおいて行われた卑劣な行いについても再度知らしめることでサルバトーレとダウ・ルーの戦いは正当なものであり、もってこれよりの戦いは正義の為であると宣言した。
「これで大軍事国家化していきそうね」
領内に戻った私は、ゲヒルトの宣伝効果の強烈さを目の当たりにした。
ある意味で、大陸随一に余裕を持っていた我がマッケンジー領でも皇国倒すべしという空気が流れている。
幸いなのはまだ戦争に批判的な人たちがどうのこうのというものはない。このあたり、気を付けたいけど、利用もできるから悩みどころだ。
元日本人としては、あんまりな極度の軍事国家化は望ましくはない。確かにサルバトーレには覇道を突き進んでもらうことになるけど、軍事力だけですべてを解決するような国にはなってほしくないのだ。
といっても、好き勝手するには圧倒的な軍事力を背景にしなきゃいけないという世知辛い事情もある。
そういう意味では皇国との戦争はある意味で良い敵を見つけることができたと思う。
「都合のいい敵か……ちょいと相手がでかすぎる気もするがな」
アベルはザガートから送られてきた膨大な資料の写しに目を通しながら、各工場への資源配給の割合を計算し始めていた。
「そうでもないわ。世界は広い。海を越えた、知らない土地には皇国以上の軍隊だっているかもしれない。もしかしたら皇国はそんな国の一部かもしれないし、逆にそれらを従える元締めであるかもしれない。私たちは、長く一つの大陸にいすぎたのよ」
私がいなくても、あと数百年もすれば世界中の国は鉄の船を作り出してあちこちと交流を始め、そして流れるように戦争をするだろう。軍事的な衝突はある意味では避けられないし、通過儀礼のようなものと思ってしまう。
社会情勢が成熟しておらず、いまだ技術的な余裕がない中での出会いはハリネズミ同士の接触に近い。
自分たちと異なる大陸の人間を受け入れるだけの余裕を築くのは、元の世界でだって完璧にできているとは言えない。それでも、比較的、平和な世界だったのだと思う。
「これから、サルバトーレはもっと戦争をすると思う。正直、その流れは私がどうこうはできないわ。止められないもの。でも、私はこの国の人間だし、滅ぼされたくもないから、こうして技術を拡散する。必要なことだと思っているし、結果的にこの技術が世界をより豊かにしていくと思っているから」
「戦争に勝ったら、技術を売るのか?」
「まぁそうね。売るというか、友好的な国ならそれでもいいけど、皇国に勝って、彼の国を占領、支配するときにだって意味のない植民地支配するよりは融和政策を取って、こっちの技術で染める方がいいわよ」
それに、皇国が大規模な国であればある以上、瓦解したときの影響は大きい。間違いなくあの国は他国を侵略して領土を拡大していった国に違いない。となれば、それらを統率するトップの国が崩壊するとくすぶっていた反乱の兆しが爆発する。
正直それは泥沼化しそうなので、そっちの対応も考えるべきだけど……今は目の前の敵を倒すことにだけ集中するべきだった。
「ダウ・ルーで建造中の鉄鋼戦艦の二番艦は完成間近、三番艦もそう遠くないうちに完成するとのこと。せめて五隻は作って簡易的な艦隊を用意したいところだが……あとは火砲の威力だと思うが」
「いえ、今のところは多分、三番艦までよ。それ以上に、航空戦力を増強して。どれほど堅牢な装甲を持つ戦艦でも、空からの攻撃には耐えられない。私たちは空というテリトリーを手に入れた以上、空の防衛も視野に入れるべきなの。制空権を取られたら、どんな屈強な艦隊もおしまいよ」
ゆえに飛行船と気球の量産こそが急務。とにかく量産、安定化である。
「次は、敵は間違いなく気球の真似事をしてくるわ。上から爆弾を落とすだけで、船はおしまい。どれだけこっちの航空戦力が空を支配できるかの戦いになる。弓や小銃の量産も必要だし、その訓練も必須。空中同士の戦いって、難しいはずだもの」
私は戦闘機同士の戦いは知らないけど、発達しすぎた機械技術のせいで、ミサイルの応酬となった戦いであっても、結局どれだけ空を支配できるかというのは重要なファクターになるってことぐらいは知っている。
敵をどれだけ早く見つけられるか、高度を取れる、速度を出せるというのは必要な性能だった。
水素式、蒸気式、この二つの動力を利用して飛行船開発は急ピッチで進んでいる。
むしろ何に変えても、飛行船は必須だ。
ガソリン式のレシプロエンジンの開発だって行いたいけど、こればかりはそもそもガソリンを作る技術というのがまだ発展していないし、この世界では重油すらも活用できていない。
こればかりは気を長くしなといけない。当然、開発研究を行わせるとしても今回の戦いにおいては全く期待はできないでしょう。
だけど、数十年後の未来においては、複葉機ぐらいは飛ばしたい。
私は、サルバトーレに技術発展大国としての側面も期待しているのだから。
「ところで、オヤジの体はどうなんだ? 正直、長くねぇと思っているが」
「高熱が続いているわね……多分、肺炎よ」
老人は、体を壊すと一気に弱くなってしまう。最近、ゴドワンは体を崩すことが多かったけど、昨日一昨日で倒れてからはずっとベッドで眠っていた。
多分、誤嚥性肺炎だと思う。食事をむせるようになっていたし。それ以上に、お酒も飲む人だったからね。
まぁ、それ以外の原因を探れば、やっと一人息子が帰ってきて、跡取りとしての責務を果たそうとして、領内の発展を見届けたせいで気が抜けたのかもしれない。
体は辛いだろうけど、心持ちは穏やかなのかもしれない。
「お見舞いに行きなさいよ。それと、家を空けた分のことも謝っておきなさい。あなた、まだやってないでしょう?」
「む、むぅ……それはそうだが」
「恥ずかしがってる場合じゃないでしょ。血を分けた親なんだから。悪い人でもないのだし」
「わぁってるよ。一段落したら、今日にでも行く」
「よろしい」




