第113話 待望のベイビィ
その日、サルバトーレは大騒ぎの後、お祭り騒ぎとなった。
理由は簡単だ。グレースが懐妊したという報告が唐突に広まったのだ。そんな予兆は全くなかったというか、いくら何でも若すぎないか!? と私は思ったけど、ここが中世をベースに考えるとむしろ適正な頃合いなのかしら。
というか、やることやっていたのね……うん、でも時期的にそうなると……まぁいいや、私には関係のない話だ。
とにかくお国としてはおめでたいことだし、各友好国からはお祝いの品が次々と届いてくるし、領内でもあれやこれやと使者を送る。当たり前だけど、マッケンジー領でも私たちが一家総出でご挨拶に伺うことになった。
まだ男か女なのかもわからないのに、ゴドワンもそうだけど領主たちは待望のロイヤルベイビーに早くも玩具を送ろうとしていた。木馬や人形、はてはボール、裁縫道具、剣の玩具……まぁ小さいうちならなんでもいいから玩具で遊ぶわけだしいいのだろうけど。
さすがに表に出てくるのはガーフィールド王子のみで、グレースはつわりだとかで休んでいることだろう。安定期に入るまでは彼女との接触はできなくなる。まぁ、魔法を使っての通話ぐらいなら可能だ。色々とあったおかげか、私はプライベートチャンネルみたいなものを持っているし。
それに妊娠期間中は健康に気を付けないといけないしね。現代医学とは違って、魔法はあってもここはまだ中世のそれ。風邪の一つでも引けば大変なことになる。
で、そんな大イベントにかつての攻略キャラたちが出向かないわけがなく、この知らせが広まった翌日にはアルバート、ザガート、ケイン先生が順々に挨拶にやってきていた。本来なら残り一人の攻略キャラがいるはずなのだけど、そういえば姿を見ていないわね。
一年下の後輩だったし、さすがにまだ学生ともなればおいそれと出向くわけにもいかないのかしら?
でも確かこの後輩って教会だか何だかの後継者だったから、そっち方面での動きはあるのかしら?
まぁそれはさておいて……
「今日はめでたい日だから許すが……イスズ、貴様は悪魔だ! 魔女だ!」
なぜか絶賛、アルバートが今にも私を呪い殺しそうな目で睨んでいた。
どういうわけか元攻略キャラたちは私たちと一緒の部屋にいる。かなり広々とした場所でそれそのものが高級ホテルのラウンジみたいな場所になっていた。
王族とかなり親しい人物にしか公開されない超VIPルームといったところかしら。
そんな場所で軽めのアルコールを振舞われていたこともあってか、アルバートは泣きはらしたような目を浮かべて、叫んでいる。
「アザリーが……アザリーが男だなんて、この世はなんだ、地獄か!」
すーっかり忘れていたのだけど、そういえばアザリーことラウ王子の件をアルバートに伝えるタイミングを完全に逃していた。面白いからあえて秘密にしていたのだけど、それとは別に忙しいのが降りかかって、放置していたら、こんなことになっていた。
なんでもアルバートはアザリーにひとめぼれ。それは他人から見てもわかる感じ。それでたびたび、手紙とかを送っていて、アザリーことラウも律儀だから丁寧な感じで手紙を返していた。
それで今回、グレースが妊娠したということで過去との完全な決別を果たして新しい人生を踏み出そうと告白したらしい。
さ、さすがに悪いことしちゃったわね……完全に放置してたこっちも悪いんだけどさ。
「申し訳ありませんアルバート様」
さすがにラウもこれには平謝り。
「いや、アザリー……ラウ王子が悪いわけではない。すべてはイスズという魔女が悪いのだ。そしてザガート、貴様もだ!」
「おい、俺は関係ないだろう」
「何を言うか、ラウ王子が全て教えてくれたわ! 貴様ら親子の怪しげな策謀術のせいだとな! えぇいくそ、これはラウ王子の問題だから俺からは何も言えんが……!」
「まぁまぁ君たち、落ち着きなさい」
かつては、こういう感じでグレースたちも触れ合っていたのだろうか。アルバートがザガートと喧嘩をして、ケイン先生がそれを宥めて、もう一人がどう動いているのか知らないけど多分、そんな彼も加わって……楽しい学生生活だったみたいね。
「やれやれ、気が付くと俺たちの周りもえらいメンツが揃っちまったな」
そんな光景を微笑ましく眺めながら、アベルは薄いお酒を少し飲んでいた。
「かつてのマッケンジー領じゃ考えられないメンツがそろってやがる。これも魔女の魔法のおかげだな?」
「金と技術のあるところに人はやってくるのは当然よ。ま、それ以上に私の人徳かしら?」
「抜かせ。それより、このタイミングでプリンセスがご懐妊ってのはめでたいが、それ以上に都合がいいな。戦争に対する意欲が勝手に盛り上がる」
「そうねぇ、赤ん坊をあまりそういうものに担ぎたくはないのだけど」
ロイヤルベイビーとはつまり国の後継者である。新たなる王の誕生は祝福されるべきだ。仮に女の子であってもこの国は女王を据えることに抵抗はないだろうし、どっちにしても国民感情は良い方向へ高まる。
そんな感情の高ぶりに、戦争という正反対の要素が加わっても、国民としてはこのような幸せを打ち壊すやからは許せないという流れになる。
「まぁでも、ガーフィールド王子もこれで人の親だし、腹をくくってくれるといいわね。さっさと敵を倒して大陸を平定して、覇道でも突き抜けてくれると嬉しいわ」
愛する妻と我が子の安寧の為、地盤を強化する必要があるとでも助言すればなんかやってくれそうだし。
って、いけないわね。利用したくないといった矢先にこれだもの。
赤ん坊はお宝だ。すくすくとそういうのとは関係のない場所で育って欲しいものだ。うん。
「さて、ご懐妊のお祝いのお祭りはまだ続くようだし、こっちも派手に盛り上げてあげないといけないわね。気球の準備はできているのでしょう?」
「あぁ、垂れ幕もな。さすがにこんなめでたい席で事故は怖いから厳重に厳重を重ねて組み立て中だ。んで、花びらも撒くんだろ?」
ある意味では気球本来の使い方の一つ。敵軍に打撃を与えた気球はこのように人々を楽しませるためにも使えるのだというパフォーマンスも大切だ。しかもそれを実践するのが元山賊の面々だというのだから面白い話だ。
「大サルバトーレに乾杯、ってところかしらね」
そのほかにも試作機である蒸気機関車の試運転も兼ねて、パレードのようなものも見せる予定だし、祝砲を上げる流れもある。騎士たちは今頃、ゲヒルトの指示で行進中だろうし、うれしい意味での忙しさだ。
本当、これで戦争なんて控えてなきゃもっと楽しめるのにね。
「失礼します」
そんな空気の中、王室の使用人がノックと共に入室してくる。彼は一度、部屋を見渡すと、騎士でもあるザガートの下へ向かい、何かを耳打ちしていた。するとザガートの表情が切り替わる。
「ン、了解した。下がってくれ」
「では……」
ザガートはやれやれと言って頭をかくと、お酒を一気に飲み干して、口を開いた。
「めでたい席を濁す不届きものからの通知が来たそうだ。悪逆なる国家群に、神帝サビュロスより鉄槌を下すことをここに宣言する。悪しき鉄の文明に滅びこそあれ。悪しき魔女に滅びあれ……フン、あとの文書は罵詈雑言をお綺麗に直しただけだな……あぁ、いや、待てよ……これは……」
刹那、ザガートは憤怒の表情を浮かべた。
「グレースを差し出せだと……!?」