第112話 空を覆うもの、大地を駆けるもの
武器の性能に関する向上は私がとやかく言わなくても勝手に進んでいく。このあたりはさすがは人間といったところかしら。正直、私としては助かっている。できるならば簡易的な拳銃、そう例えば海賊映画とかに出てくるようなピストルが欲しいところ。あれも極端なことを言えば火縄銃のダウンサイズ版だ。
フリントロック式とか言ったっけ? 当然、そういう小型の拳銃の開発も進んではいるけど、完成はさていつになることやら。
もうここまでくると、私の知識は及ばない。だって、銃火器とか、よくわかんないし……。
でも、立場上そうも言ってられないのが今から始まる壮大な計画。
飛行船建造と蒸気機関車の鉄道網開通事業である。
私が言い出したのだから、知識がなくても知りません、後任せにしますとはできない。関係者かつ音頭を取る人間として私はそこにいなきゃいけない。
まぁ、結構、勉強になることも多いからそれはそれ、楽しいと感じる部分もあるのだけど。
「騎士団としては速度を上げてほしいという要望があったのだけど、現状で技術が未熟なうちになんでもかんでも機能を追加するのは僕は好ましくないと思う」
そう語るのは今では領内、いえ国内屈指の開発者となってしまったケイン先生だ。
まるで、初めからそうなる予定だったかのように、彼は本来であれば何十年とかかってやっと思い至るはずの技術の先端に触れ始めて、それを簡易的ながらも実用化をし始めていた。
モールス信号に似た電信のようなものを作っているのを見たときは「実はこの人が一番、特異点なのでは?」と疑い掛けたぐらいだった。
とはいえ、電信技術の方は殆ど停滞気味。というか今は飛行船と蒸気機関車の開発にかかりきりでそれどころじゃないみたい。
有線とはいえ、電信が可能となれば私たちの情報伝達の速度がそれだけでこの世界ではずば抜けてしまう。それはそれで、ぜひとも実現してほしいところ。鉱石ラジオの原理を使えば簡単なトランシーバーみたいな真似事も出来なくないし。とはいえ、非常に精度が悪くて、果たして聞き取れる会話ができるかというとそうとも限らない。
モールス信号に代表される簡易的な通信手段から成熟させるのが一番か。
さて、話が逸れてしまった。
ケイン先生は今現在では飛行船の方に注目していた。
飛行船の動力は私が提案する蒸気機関以外にも、歴史を紐解けばかなりある。そのうちではヘリウムガスを使うのが一般的なのだけど、ヘリウムを取り出す技術がこの世界にはまだない。これは相当未来の話。子孫たちにあとを託しましょう。
で、それ以外だとパッと思いつく限りは水素式の飛行船だ。
水素ガスを利用した飛行船はかーなーり、政治的な背景で開発されたと言ってもいい。
というのも本来であればヘリウムガスを使う飛行船が主流になっていた時代に、当時のドイツ……あの頃はナチスというべきかしら。そんな時代にヘリウムの産出は主にアメリカであった。で、この二つの国の仲はそりゃもうとんでもなく悪いから、ヘリウムの供給なんて当然ストップ。
で、考えられたのが水素ガスを使った飛行船。これはこれで大成功を収めて、大型の飛行船、それもかなりの速度を出すタイプのものが次々と開発されていったのだけど、ここである有名な事故が起きる。
ヒンデンブルグ号事件だ。色々と解釈のある事故だけど、原因は燃えやすい水素ガスに静電気か何かが作用して爆発したというものだとか。
ただこのあたりは否定されてもいる。果たして何が原因だったのか……当時を生きていない私にはわからない。
ただ、どっちにせよ、その時代は複葉機の出現もあって、大型の飛行船の時代は終焉を迎えて、殆どが遊覧、広告、観測用の飛行船しか残らなかった。
まぁそれは未来の話なので、私たちはそのすたれた大型の飛行船をちょっと目指してみようという話になっているのだけど。
「金属フレームなどを利用して、船体強度を高めれば多少の速度には耐えられます。その金属を作り出すのが少々骨が折れるのですけど」
飛行船にはいくつかの種類がある。軟式と硬式と大まかに二つ。それ以外にも細かい違いがあるけど、それらはこの際置いておく。現状では実現不可能なのも多い。
「その通り。だが問題はそれだけじゃない。結局、飛行船というのは天候に左右される。まぁこれは、そこに気を付ければいいだけだし、大陸を横断するなんて偉業を成し遂げるとかでもないならある程度は無視してもいい……まぁ、君はそれを求めているようだが?」
いやそこまでは……さすがに私も空で世界の旅をするなら飛行機の開発を進める。
飛行船でも決して不可能じゃないだろうけど、まだまだ不安要素が強いもの。
「気嚢だけの軟式飛行船の開発をメインに進めましょう。金属フレームを使用した硬式飛行船はそれから開発したとしても遅くありません。私たちは、最先端をひた走っています。焦る必要はありませんわ。それより、陸上の方はどうなっているのです?」
飛行船に関しては正直、慎重になりたい。大きな物体が空を飛ぶというのはある種のタブーに近い。恐れる気持ちの方が大きいだろうし。
必ず事故は起きる。これは避けられない。避けられないけど、ある程度を予防することはできる。その為の技術だ。
とにかくとしても、気球の一つでも実用化している我が国は他と比べて空というステージを手に入れている。これは大きいことなのだ。
そして、陸上を駆け巡る鉄道計画もまた、重要なのである。
「蒸気機関車のプロトタイプは完成している。速度は出ないが、実験として使う分には問題ないし、鉱物資源運搬に利用するのであれば多分可能だろう。ただやはりレールの設置に関する問題が大きいねぇ。まずはマッケンジー領と王都を結ぶ鉄道を開通させて、そこから処理をしていかないとダウ・ルーとの鉄道網は不可能だろうさ」
まぁそうなるわよね。
ケイン先生の言う通り、鉄道で重要なのは言葉の通り、道。鉄道。レールだ。これは消耗が激しいから、使用する金属も重要になる。一時期は錬鉄、非常に柔らかい鉄を使っていたということもあったけど、ここは安定性を取って鋼一択でしょうね。コストは馬鹿にならないけど、将来性を考えればねぇ……?
木製レールに金属カバーを取り付けるという簡易的なレールもそりゃなくはないけど、破損も大きいし。トロッコを使うって話なら話は変わってくるけど。
「レールに関しては鋼を使用します。多少の加工は必要ですが、ひとまずはそれで安定はするでしょう。使用による消耗と交換を考える必要もありますが?」
「だろうね。これは一大事業だ。はてさて何年かかるか……僕が生きているうちに拝めるとは思えないね……」
まぁ短く見積もっても二十年、三十年はかかるだろうなぁ……あぁ気が長い。各国に同等の技術を渡して、同時進行で進めることができれば短縮も可能だろうけど、危険性がなぁ……これは今までにない大博打になりそうだし、私の一存では決められないわね。
「王子ともこの部分は煮詰めてまいります。とにかく、できる限りのことはやりましょう。輝かしい未来の為にね」
もはや、異世界の近代化の波は止まらない。サルバトーレは産業革命の扉をノックし始めている。
もはや私の目標は戦争に勝つことではない。
戦後の事を考え始めていた。




