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10話 錬金術に頼るな

 緊張の糸がプツンと切れたというべきか。

 アベルに炭鉱入りを認めてもらった私はまた気を失っていたらしい。

 あてがわれた部屋に運び込まれて、そこでまた半日も休んでいた私。目が覚める頃には夕方だし、お腹は空くし、やけどは痛いしで散々である。


「魔法……魔法でやけど治せるかしら」


 マヘリアの記憶を探れば、回復の魔法というので小さな傷ぐらいはすぐに治せるのだという。なんだか、それだけで小さな村とかに一人いたら神様みたいに大切にされそう。

 人生初めての魔法がやけどを治すというのもどうなんだろう、そして私はその非現実的な技を使いこなせるのだろうか。


「あー……不味いかも。私、魔法使えるって言っちゃったわ」


 アベル達に出会った時にそんなことを口走った記憶がある。状況的に勢いで口にしたことだが、あれも今に思うとなんの根拠もなかったわけで。

 彼らが私を娼婦と勘違いしたのもそれが原因の一端かもしれない。


「あれ?」


 ふと、私は右手に何かを握っている事に気が付く。

 それは、アベルが投げてよこした数グラムの鉄の塊だ。これが、私の命をつないだ。そう思うとただの鉄の塊とはいえ、まるで黄金のようにも思えてくる。

 たった数グラムなせいか、ずっしりとした重みもないそれを眺める。


「はぁ……これが私の命の価値かぁ……」


 これがなければ今頃私はどうなっていただろうか。

 考えたくはないが、今は無事を喜ぶしかない。


「そういえば、錬金術……」


 今日は何かをよく思い出す日だ。

 アベルの言葉を思い出す。彼、さらりととんでもないことを言っていなかっただろうか。確か、錬金術師とか。


「なんで、錬金術師がこんなところにいるんだ?」

「そりゃ、俺が不良息子だからだろ?」

「うわっちゃ!」


 不意に聞こえてきたアベルの声に素っ頓狂な声を上げる。


「ちょっと! ノックぐらい……」

「したんだがな、何度も」


 アベルはぼりぼりと頭をかいている。片方の腕には食事を乗せた木のプレートがあった。

 それを目にした瞬間、私のお腹が鳴る。

 そして沈黙。


「……」

「食うか?」

「食べる」


 何も言ってこない優しさがかえってキツイ。

 私は顔をうつむかせて、プレートを受け取る。その時、扉の向こうにあのおじいちゃんズが座っているのが見えた。

 昨日からずっと私のそばにいるけど、なんでだろう。やっぱり監視?

 まぁ、何もしてこないし、良いけど。

 私はプレートに乗っけられた黒色のパンをかじりながら、さっきの言葉を思い出す。


「ねぇ、不良息子って、なに?」

「あ? そのままの意味だろ。俺は、こんななりだが実は元は良いところのお坊ちゃんなんだぜ? ま、家柄とかそういうの気に入らなくて逃げ出したんだがな」

「なんてもったいない」

「お前には言われたくないな。いや、お前は国家反逆罪だから違うか」

「……それはいいとして。ということは、あなたも、貴族で、魔法使いなの?」

「あぁ、元だがな。うちは錬金術師の家系でな。ま、今となっちゃどうでもいいことだわな」


 あっさりと言ってのけるが、アベルって相当、家の位が高いところの御曹司なのでは?

 錬金術と言えば、何も架空のファンタジーだけの特権ではない。むしろ鉱業的、そして科学的な視点から見れば、錬金術という学問はその始まりともいえる。

 ただの鉄を黄金に変質させる技。結局、私の世界ではそれを実現する事は出来なかったが、その過程で様々な技術が発展していったのだから。


「随分とバッサリというようだけど、御曹司だったら、かなりの問題じゃなくて?」

「だろうな。もう何十年と連絡なんざ取ってないが、実家はまぁ、噂じゃ残ってると聞くし、問題はねぇだろ。どこぞから養子でも取ったんじゃねーの」

「親不孝過ぎないかしら」

「良いんだよ」

「良くないわよ。錬金術って、凄いのでしょ?」


 しかし、それがこの世界では大きく変わってくる。

 魔法というファンタジーが存在する世界。錬金術という存在もその立ち位置を大きく変える。

 なにせ、この世界の錬金術は鉄を黄金に変えられる。

 物質を変換できるというだけでも凄い事なのだから、この世界では錬金術師の地位は結構高い。


「凄い、ねぇ。ま、魔法一発で鉄鉱石から鉄を取り出せるんだから、実際すげぇわな。俺だってやろうと思えばできる」


 物質変換。ただし、それには条件がある。誰もかれもがそれを可能としているわけではないのだ。大まかにしか覚えていないけど、この世界の錬金術は確かに物質を別の存在へと作り変えられるが、それは極めて高度な技術。

 土を石に、もしくは石を石膏像のように変形させるのならまだしも、鉄を金に変えることができるのは何十年にも及ぶ修練の結果、それを経てもできるものは十年、百年に一人、いるかいないか。

 黄金への変換はいうなれば伝説の錬金術師でもなければ無理……というのがゲームの設定だったはず。


 他の事は全然覚えてないのに、そこだけはやたらと覚えていた。

 あーそういえば、ラピラピの登場人物の中にも一人、錬金術師の名家のおぼっちゃまがいたような。そのキャラとの会話でその辺りの事を説明していたはず。

 残念ながら、名前はまともに覚えてないけど、アベルじゃないのは間違いなかった。苗字も違った気がするし、恐らく関係者ではないだろう。


「だが、魔法を使わなくても作れるんだったら、別に使う必要なくねーか? 実際、今時の錬金術師で、鉄をちまちま作ってる奴なんていねーよ。どいつもこいつもオリハルコンだミスリルだ、黄金だに夢中だしな。ま、それか芸術家気取りだな」


 アベルが例に挙げた物質はこの世界の錬金術師が目指す最高峰の物質だ。

 これらの内、一つでも錬金術魔法で再現できれば名を遺すと言われている。実際に、できたのは件の伝説の魔法使いただ一人らしいけど。


「いかに美しく物質を変形させるか……今の貴族にいる錬金術師は本質を見失ってるぜ」

「別にいいじゃない。売り物にはなるでしょ?」


 なんというか、さっき私が説明したのは大前提であって、現実は少し違う。

 錬金術は素晴らしいとは思うけど、それをこの世界の錬金術師たちは活用しない。やってることは生け花とか絵画とかみたいな事ばかり。

 それが悪いとは言わないけど。


「でも、確かにもったいないかも。錬金術、いえ冶金技術って重要なのに」


 錬金術で物質を変換する。それ、ようは冶金技術がべらぼうに高いって事だ。極端な話をすれば、鉄の加工はイコールで軍事力や生産力に繋がる。

 鉄を金に出来るんだぞ。だったら、それより簡単になるはずの各種金属への加工なんてちょちょいのチョイじゃないのか?


「あれ?」


 そこまで考えて、私はある疑問が出てきた。

 それだったらこの世界、なんで技術発展が遅いんだ?

 ここは剣と魔法の世界であると同時に舞台背景としては中世ヨーロッパと同等。

 魔法が使えるからっていきなり技術が飛び級するとは言わないけど、それにしたって妙に進んでない。


「なんだ?」

「あぁ、いえ、なんでも。ちょっと、考え事。錬金術の是非はさておいて、なんでそんな技術があるのに、もっと豊かにならないのかしらと思って」


 だが、そこに関してはなんとなくの仮説が私にはある。

 便利すぎるのだ、魔法が。大がかりな機械を使わなくても魔法使いは火が出せるし、水も出せる。魔力という燃料はあるけど、それはほぼ無尽蔵。ちょっと休めばまた使える。

 ゆえにこの世界では魔法を扱えるものは貴族やそれに近しい存在となるわけだ。

 

「……汗水流さなくても魔法使いは火が出せた。喉の渇きもうるおせる。土地が枯れることもないだろうさ。そして、それは強大な力で、権力に繋がる。でかい武器なんだよ、魔法ってのは。武器、力という点にしか、目がむかねぇのよ」


 説明をするアベルはどことなく苦々しい顔だ。


「その場から動かなくても、魔法が使えれば大抵の事は出来るからな」

「やっぱり、なれちゃってるんだ……」


 魔法が使えれば、あとの技術なんて最低限でいい。

 そんなところだろうか。普通、もっと上を目指すべき……うぅん、なんか複雑な世界。

 右に倣えの大衆理論って奴だ。新しいものに挑戦しなくてもいい。周りはやってない。今ある技術で満足、周りもそうだから。

 だから、それでいい。それ以外の難しい事は考えなくてもいい。

 そういう事なんだろう。


「だから、まぁなんだ。そういう意味じゃ、俺はお前のやろうとしてる事、わからなくもないんだぜ? むしろ、ちょっと嬉しいとすら思う」

「嬉しい?」

「貴族なんてのは俺も含めて、先をみない連中だと思っていたが、お前は違う。お前だけは別の何かが見えている。俺はそう感じたね」

「ちょっと、大げさよ。私、別にそこまで深くは……」

「自分でも気が付かねぇもんよ、そういうのは。だがな、お前はやって見せたんだよ。俺にはわかる。お前の知識は、世界を変えるぜ?」

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