第108話 淑女たちの宴
「ここは静かね。さすがは次の王妃の部屋だこと」
防音の魔法が施されているのか、グレースの自室は静かなものだった。どうやら他にも魔法が仕掛けられているようで、火もないのに、ほのかに明るく読書もできるし、室温も一定に保たれて、過ごしやすい。
祝宴が終わりに近づいても男たちは酒を呷る。王子もそれに付き合わなければならない。だけど、私たち女はそういう場からはさっさと出ていって、余韻を楽しむというものだ。
決して私が飲み会の空気が嫌いだとかそういうのではない。決して。
「ガーディーが、プライベートは必要だろうって。用意してくれたの。私、そこまで気を使ってもらわなくてもいいのに」
「あのね、王妃になる女が慎ましいのは美徳だけど、多少は傲慢にふるまいなさいな。下々に示しがつかないでしょう」
「それ、メイド長にも小言で言われます。教育係も務めていた人で、厳しいの」
「へぇ、王家の人間を叱れるってのはずいぶんと信頼されてる人なのね」
「えぇ、ガーディーも幼い頃から面倒を見てもらっていた、もうひとりの母親だって」
私は件のメイドさんの事は知らないけど、そんな人なら一度会ってみたいわね。
話を聞くとずいぶんと高齢な感じだろうけど。
「ジュース、飲みます? アルコールを抜くほどじゃないですけど」
「いただくわ。私、お酒はあまり好きじゃないの」
「意外かな、それ」
グレースは氷の魔石を使った冷蔵庫から果実水の入った瓶を取り出し、グラスに入れてくれる。柑橘系の香りがした。口に含むと酸味が刺激を与えて、さっぱりとさせてくれる。
「戦争は、まだ続くのですね」
「そりゃあそうでしょう。講和も何もしてないのだから」
グレースはグラスを両手で持ちながら、じっとそれを見つめて、目を伏せた。
「大陸の内乱だけじゃない……見ず知らずの、遠い外国との戦争だなんて、想像もできなかった」
「そうね。私としては遅かれ早かれ起きることだとは思っていたけど……それでも、敵の在り方は想像以上に下劣よ」
「そんなに吐き捨てなくても……そうなの?」
「無抵抗の人間を斬殺するような兵士が、まともだとは言えないでしょう」
「それは、そうです……でも、殺されたのは、あなたの」
「あれを両親だとは呼びたくないし、呼ぶつもりもないわ。知っているでしょう。あの二人は自業自得だし、私を売ろうとしたのよ。とはいえ、あんな殺され方をされるいわれはないわ。というより、裁きを下すのは私がやりたかったぐらいよ」
マヘリアの両親に関しては、驚くほど、国内では話題にならない。当然といえば当然だ。裏切りものだし。ただ、無抵抗のまま斬殺されたという事実だけは国民の感情を震わせた。
罪人、裏切り者であっても、無抵抗なものを、裁判もせずに殺すというのは怒りを持つに十分だったらしい。
なにより、本当に無関係の輸送船の乗員たちまで、海に落とされたのだから。
「あなたとしては不本意でしょうけど、軍備は進めるわ。国と国民を守るためよ。そして、機械技術というものを世に知らしめる。サルバトーレは、近代化を果たす、先進的な国であるとアピールするの。それは悪いことではないはずよ」
「暮らしが豊になるのは、うれしいことだと思うけど……」
「まぁ色々と犠牲にするものも多いわね。過渡な時期というのはそういうものよ。緩やかな進歩って、それ、行き着くとこまで行った場合だもの。これから三十年、五十年の間にこの大陸には鉄道が敷かれるわよ。断言する」
「楽しそうにお話しますね」
「えぇ、自分でも、まさかこんなことをするようになるなんて思ってなかったもの。意外と、自分の好きなことを、好きなだけできているから、満足よ。そのためには好き勝手を許してくれるこの国には感謝しているし、滅んでほしくないわ。少なくとも、私が生きている間はね」
元いた世界を考えれば、この国もいずれは王政の在り方を変えていくことになるだろうなと思う。王族、貴族というものは残ってもそれは名誉職になるかもしれない。もしかすればずっと存続するかもしれない。
まぁこのあたりは私には関係のないこと。
私は、ただ自分がどこまでできるかを試してみたくなったというのが正直な部分だもの。
「優柔不断な旦那様にそれとなく言ってあげてくれないかしら。これこそは未来永劫、サルバトーレを残す為の偉業だって」
「初めからそれを期待して、私の部屋に来たのでしょう?」
「当たり前じゃない。こんなこと、嘘ついて、隠す必要もないわけだし」
「あなたって、本当に悪い人ね。昔よりも怖くなっている……うぅん、まるで別人」
「別人になるぐらいの経験を積んだからよ。とにかく、色々と協力はしてもらうわよ、そうねぇ、借りを返すと思ってさ?」
ガーフィールド王子を助けた際の借りの意味だ。
「私一人が戦争反対を唱えたところで、相手は向かってくるのでしょう? 私は、頬を叩かれて、黙っているほど、できた人間じゃないもの。必要であれば、そのような行動も容認します。それでも、やっぱり、戦争はしたくない……」
「誰だって同じよ」
そう、好き好んで殺し合いをしたい連中なんて、一握りしかいないわ。
そういう連中はそういう連中同士で楽しくやるでしょう。
私だって、そんなのはごめんだ。ただ、なんにせよ、皇国軍に関しては、私個人が気に入らないから倒すだけ。
それが結果的にこの国の為になっているから、みんな協力してくれるというだけ。
あぁ、確かに、私は戦争の裏で暗躍する、魔女なのかもしれない。




