第107話 王子への楔
「未開拓地域への進出だと?」
そこは祝宴の席だった。ガーフィールド王子は濃度を薄めたアルコール飲料の入ったグラスを置いて、左端の席に座る私を見据えながら、鋭い口調で言った。
「左様です。これから大規模な戦争がはじまりますし、そうなると資源の確保は必須……我が方の鉱山はまだ産出においては問題ありませんが、どれも有限なものです。何より木材が足りません」
海戦の勝利にサルバトーレも大きく関わったという事実は国中を沸かせていた。大臣たちも、将軍たちも新たなる軍隊、サルバトーレ空軍の誕生を祝福している。このあたり、お気楽な性格という点には助けられている。
それ以上に、内部粛清の嵐が吹き荒れ、殆どをザガートの養父であるゲヒルトが掌握しているというのも大きい。
そして、本心はさておきゲヒルトは一応、私の事を有益であると思ってくれているので、大いに賛同してくれている。
「しかし、それは……どうなのだ? 外国との折り合いもある。我らが勝手に土地を広げてよいものではないはずだ。第一、未開拓ともなれば獣の問題もある」
「狩ればよろしいのではないでしょうか。訓練にもなりましょう」
「簡単に言ってくれるな」
「ですが、遅かれ早かれ行うべきものです。資源とは有限であると私は何度も言います。国内の生産量だけではいずれ賄えません。それに、敵の艦隊をご存じでしょう? 大海を渡り、二日も大攻勢に出れる軍力なのです。今の私たちに、そのような力はありません」
あの時の戦いは質でごり押したというのもあるが、それ以上に不意をつけたことが大きい。
「とはいえ、海を何度もわたるという行為は国力を大きく削ぎます。何より、相手は何の成果を得られぬまま退却したのです。こちらの損害も考えれば痛み分けとも言えますが、私たちは本土への侵入を許していません。ある意味では、勝ちです」
だからこそ、相手も準備をする。その期間をこちらも利用するしかない。
で、結局できるのは国力の増強と今あるものを大量生産するしかないわけだし。あと、こっちとしては飛行船ぐらいは用意したい。
それと何よりも純粋な兵力が欲しい。その為にも他国の協力は必須だし、私掠船計画も進めたい。とにかく、私たちに今必要なのはたくさんある。
どれもこれも同時に進めなきゃいけない状況なのだ。
「王子、このゲヒルトめからも一つよろしいかな?」
「なんだ、騎士団長」
ここでことの成り行きを見守っていたゲヒルトが発言をする。
みながゲヒルトに注目した。
「マッケンジー夫人は何も大陸内で戦争を行おうと言っているのではありません。ですが、大陸ひいてはこの地に生きる全ての民の危機に際して、何も対策を講じないというのは国家としての責務を果たしていないことになりましょう。ですので、号令をかけてみてはいかがでしょうか」
「号令? 呼びかけに応じねばどうするつもりだ」
攻撃するのか? とは王子は口にしなかった。
例え、質問でもあってもそういう言葉を軽々しく使うのは違うと感じ取ったのかもしれなかった。
だけど、ゲヒルトはそんな王子の考えなんてお見通しだったらしく、にこりと無駄に優し気な笑みを浮かべて答えた。
「何もいたしません。する必要もないでしょう。何もしなければ、しない。こちらからしてやることもありますまい。ですが、同調を示す国があれば、それは最大限に活用し、保護し、同盟とするべきです」
「同盟とは言うが、結果的にそれはサルバトーレが音頭を取り、先頭に立つということではないか? 対等とは言えん」
「それは仕方がありません。我らがサルバトーレは過去においてもそうでありましょうが、今では土地だけではなく文化的にも技術的にも他国を圧倒します。足並みなぞ揃えようがありません。ですが、王子も我々も侵略を望んでいるわけではありますまい?」
「その通りだ。事実、いくつかの技術を外国に提供する動きもある。そうだろう、エギィ財務大臣」
「あ、は、ハッ!」
話を振られるとは思っていなかったような小太りの男が慌てて、立ち上がる。
内部粛清やらなんやらで各種大臣の顔も様変わりしたらしく、今そこに立つエギィ財務大臣も新任であった。一応、財務省の所属貴族であったらしいが、まだこういった公式の場には慣れないらしい。
「が、外務大臣殿と協力し、製鉄技術の普及に努めています! ど、同時に蒸気機関の輸出もまた検討中ではありますが、こちらはまだ根本的な技術の理解が追い付いていませんので……」
この件にはゴドワンも一枚絡んでいるので、ある程度は私にも情報は降りている。外国への技術の拡散は同時に新しい技術体系の発見にもつながる。で、それをこっちでも勉強して、マネするというわけ。
こういう形で技術が洗練されていくのだ。
それに輸出すればこっちも潤うしね。場合によって土地との交換という手段もある。そっちの方がこちらとしては都合がよかったりする。
「どうでしょうか王子。我々の国も長い歴史を誇りますが、もはやそれだけにあぐらをかいている時代ではなく、新しい世界に向けて進みだすという時期に来ているのではないでしょうか?」
「新しい、時代」
私としてはさっさと開発を進めてくれる方が色々と潤うのだけど。
「世界を見てみたいとは思いませんか?」
「世界を見る、だと?」
「戦争などではなく、平和的に海を渡り、海を越えた国々とのつながりを持つことができればそれはプラスになります。ですが、今は戦わねばいけない時期です。全てが、友好的ではないというわけです。ですが、私はそうであっても、世界中を見てみたいのです。その時、胸を張り、海外に向けて誇る国でありたいとも思います」
外国に興味があるのは本当。
でも個人的には他国の鉱山とかを見てみたいのもある。この大陸じゃどうあがいても取れない鉱石もあるだろうし、世界が広ければもっと凄い架空な、ファンタジーな鉱石もあるかもしれない。
こっち、魔石と聖翔石ぐらいだし。聖翔石はほぼグレースにしか使えないギャンブルアイテムだし。
まぁそれは置いといて、あれやこれやするにもまずは地盤を固めないといけない。
だからサルバトーレには統一を果たしてもらいたいのよね。
「……熟考しよう。だが、いまは祝宴の席である。返事はそのあとで構わないな?」
「御意に」
私たちはそういって、頭を下げ、食事に戻る。
さて、これで王子への楔の打ち込みは終わった。次は……グレースの番ね?




