第103話 サルバトーレ空軍の興り
「今回の作戦は正直言って、あなたたちに死んでくれと頼むようなものだけど、成功した暁にはそれ相応の謝礼を用意することを約束します。私は嘘を言わないし、できないことを約束するほど無神経じゃないわ」
私は目の前に控える山賊たちを見据えて言った。
「これから始まることは、この世界において初めてとなる戦い! その最も名誉ある行いに、あなたたちは選ばれたわ! 金で言うことを聞く山賊? とてもいいわ。命知らずを私は求める。ただお行儀の良い騎士たちは違う。あなたたちこそ真に勇気あるものたち! そして最も名誉ある行いをするものになるわ!」
演説だった。
この世界にきて、立場ある人間となってから、私はどれだけ演説をしただろうか。従業員に、領民に、多分、きっと、これからも私は、私の声で人々を扇動していくのだろうと思う。
どこかで、その自覚というか、明確な何かがあった。
私は、声で、彼らを動かそうとしていた。
だから耳障りのよい言葉を選び抜いていった。
「初めての行いには危険が伴うわ。一体どんな危険があるか、それは実際にやってみないと分からない。本来であれば数百、数千の慣熟をもって完了となす行為のはずだけど、今はそのような余裕がないことをあなたたちにも理解してほしいの。ごらんなさい、私たちが作り上げた鋼鉄の戦艦を! この船は強い! だけど、たった一隻ではこのありさまよ! それほどまでに敵は強大であるということ! 恐れを持ったかしら? それは正しい反応よ」
私の言葉に山賊たちは少しざわつく。
山賊だけじゃない。そこにいた部下たち、船から退官する兵士たちも私の言葉に耳を傾け始めていた。
「恐れなくして人の成長はないわ! でもそれを乗り越えられるものにこそ未来が切り開かれる。この鉄鋼戦艦に乗り込み戦い抜いた戦士たちも同じことよ。いつ暴走するかもわからない蒸気機関を操り、誘爆をすれば逃げ道のない鉄の檻が如き船に乗り込み、だけど生きて帰ってきた! 結果を残したわ! 彼らには鉄鋼戦艦を操り、敵を倒し、生きて帰るという未来が得られた! これが名誉よ! 未来永劫語り継がれるべき勇者の行い。ならばこそ、次はあなたたちよ。山賊と言われ、お尋ね者になるしかなかったあなたたちは、これを完遂した暁には大陸の英雄となる。それだけじゃないわ。大陸初の空の兵士として名を残すのよ!」
名を残す。名誉を得る。それは中世だけじゃない。未来の、現代社会においても手に入れたいもののはず。
山賊たちに果たしてそのようなものを求めるだけの器量があるかどうかといわれれば、それはそれぞれだろう。
だけど、この場に流れる空気は、そのやる気を加速度的に上昇させる。
山賊たちの目には明らかな闘志が宿っていた。
「もう一度聞くわ! 命を懸ける覚悟はあるかしら! 誰も体験したことのない戦場に、率先して立ち、名を残し、欲しいがままの欲を叶える勇気があなたたちにはあるのかしら!」
私の問い掛けに、甲高い雄叫びで答える者がいた。
山賊の親分、コルンだった。
「恐れる者は誰もいない! 俺たちゃ後ろ指刺される山賊だが、勇気はある! 恐れなど乗り越えられる覚悟のある男たちだ! 鳥だけが手に入れられる大空へと羽ばたく権利! 俺は欲しい! そうだろう!」
親分が音頭を取れば、部下たちもそれに続く。集団の心理とはそういうものだ。
「金と名誉だ! この戦いを生きて帰れば、国中の女がお前たちを勇者として受け入れるぞ!」
アベルがそれに続く。
熱気はさらに加速した。
「酒は飲めるか!」
「飲める! 浴びるほど飲め!」
「家は持てるのか!」
「デカい土地をやる!」
「金だ!」
「欲しけりゃ結果を残せ!」
その純粋な欲望を刺激させれば彼らはたやすく動く。
ただそれだけの話。だけど、この純粋さが馬鹿にならない力を発揮する。中には見どころのある山賊もいるだろうけど、そればかりは終わってみないと分からない。
結果を出せばそれにこたえる。幸いなことにそれだけの資金が私にはある。
「ならば覚悟を決めて! これよりあなたたちは山賊ではなく空賊……いいえ、賊ではない。あなたたちはこの世界において初めての空軍となる。サルバトーレ第一空軍隊! そう名乗るがいいわ!」
ちなみに私にそんな権限はないが、こういうのはその場の勢いの為に必要だ。結果さえ残せば事後承認もたやすい。
とにかく、こうして地盤を固めることができた。使える人材の確保はいつだって重要だ。
さぁ、次は本隊を用意しなければならない。
サルバトーレでケイン先生に準備させているもの以外でも、こちらでできる範囲の準備を進める。当然、ポケットマネーから出ていくことになるけど、無駄な出費ではない。
「戦艦の修理と同時に、気球を作るわよ!」
私の号令に工房は震えた。
***
数日後。
私たちの工房にいくつもの気球の材料が続々と運び込まれていた。その指揮を執っていたのはコスタだった。彼は汗だくになり、顔面蒼白になって、倒れていた。曰く、慣れない実務作業までさせられたのだという。
何十、何百という馬を使い潰し、休むことなく資材を運びださせる。利用するべき馬車、馬、騎手、それらにかかる資金の一切合切をコスタは一人で計算して、何とか予算の範囲に収めたという。
「ハヒッ! ハヒッ! ご、ご注文された、材料は、全て、全て!」
「ご苦労様、ゆっくりと休んで頂戴」
過呼吸に陥りかけていたコスタを運ばせつつ、私はそろい始めていく材料を眺めて、流れ作業のように組み立てを始めさせた。気球の構造は単純だ。そう時間のかかるものではない。単純ゆえに些細な欠陥も許されないけれど、今の部下たちならそのようなミスはリカバリーできるものと考える。
「風の魔石! 到着しました!」
「丁寧に扱いなさい! 出来る限り気球取り付け! 完成させたら動作チェック! 前に進めるようになればそれでいい! 速度は考えるな!」
魔法石の使用はある意味では苦渋の決断ではあったけど、どうせ使う必要があった。気球には自分で進行方向を定める推進機関はない。風任せだ。だから、風の魔法石を使い、ある程度の推力を持たせる。殆どが進行方向の調整にしか使えないだろうけど、好きな方向に進めるという利点は大きい。
そしてそれ以外の方法もまた用意してある。
「志願魔法兵到着しました!」
「よろしいならば、レクチャーを開始して! 貴重な魔法使いよ、徹底的に教え込んで頂戴!」
結局は、急ぐのであれば魔法を使うしかない。
だけどこんな危険な任務に志願する魔法使いは少ない。それでも少ない人数をかき集めることで、数を揃えるしかない。希少で高価な魔法石を使うよりは安くつく。
「本当なら、飛行船も作りたいけど、さすがにそんな時間はないわね……!」
蒸気機関を利用した飛行船ならば諸々の問題を解決するのだけど、今からそれを作るのは厳しい。この気球作戦も言ってしまえば苦し紛れの作戦なのだ。
だから、成功しない場合だってある。
だけど、もはやそんなことを言ってる状況ではない。
私は、勝ちに行くのだから。
「今日中に数を揃えなさい! サルバトーレ空軍の完成は、近い!」




