660・お昼は牛丼。
王弟殿下が「五稜郭?」とつぶやかれたので思わず尋ねてしまった。
でもそれで殿下は大きなショックを受けられたようだった。
目眩を起こされた殿下に回復魔法をかける。
前世のコトを軽率に尋ねるべきじゃあなかった……と後悔した。
殿下はどうやら尋ねられたことで前世の記憶を思い出してしまったらしい。
ど、どうしよう……
オレのように完全な前世の記憶をお持ちの方じゃあなかったのか……
そういえば魔王陛下の婚約者も前世の記憶を持っていてもオレのように全部とは
いかなかった。
でもちょっとしたこと、彼女の場合は将棋関連のことがキッカケで記憶が呼び
戻されていたんだ。
取り戻した前世の記憶が彼女の心を少しでも支えてくれるものになってほしいと
願い、そうして祈っているんだよ。
でも前世の記憶は本来消えてしまうモノだ。
余計な記憶が今世の人生を惑わすモノなら……無いほうがマシとも言える。
迂闊な質問で王弟殿下の前世の記憶を呼び戻してしまった……
なんだか申し訳ない気持ちで一杯になってしまった。
「気にしなくても大丈夫だ。
私には前世の記憶は夢のようなモノでね。
ときおりフッと浮かんでくる泡のようなモノだったんだ。
ただ、今のは不意打ちめいてた上にちょっと情報量が多すぎた。
まあでも目眩程度で良かったよ。
君の知ってる転生者は不都合とか起きてないのかね」
ほとんど前世のコトには影響されない人生だったみたいだね。
まあ、殿下は何処から見ても中年男性だ。
多少のコトではグラつかないベテランなんだろう。
少しホッとしたせいか他の転生者についての情報をポロッと漏らしてしまった。
ヤッパリあの元秘書のことは余計な情報だったみたいだね。
「君はあの元秘書みたいに不都合を起こしたりしてないのかね?」
だ、大丈夫……だと思う。
だってオレ以前の勇者達の影響が大きくてオレごときがする程度じゃあ大した
影響はないって神様が言って下さったから!
それにオレは「勇者」じゃあなくて「勇者見習い」だもんな。
出番は無いって最初に言われちゃってるし……
「ハハハ……最初に言われちゃったのか。
それなら安心してやりたい放題ができそうだねぇ。
あぁ……それをやって宰相殿に叱られてるんだな。
まあ、宰相殿の気持ちも分かるよ。
少しは手加減してやりたまえ。
彼の血圧の為にもね」
この世界には「血圧」なんて言葉は無い。
体温計すら無かったから血圧計なんて想像外だろう。
健康チェックの重要項目ではあるんだけど。
ココに導入できるのはまだまだ先だよなぁ。
オレのコトや他の転生者のことについて殿下に納得して頂けたので一安心した。
昼食には「牛丼」をお出ししたんだ。
驚いて欲しかったからね。
なぜか牛肉によく似たサンショウウオモドキなあの魔物。
養殖は順調で六ヶ月でほぼ成体になった。
一年したらもう産卵を始めたのには呆れちゃったけど。
勇者が持ってきたタマネギ。
提供時期を早くもできたし北部で育てることで遅くも出来た鶏の玉子。
錬金術を使いまくって完成させた「醤油」。
さすがに紅ショウガは準備出来なかったけどね。
植物大百科を精査してみよう。
何処かにショウガに似た物があるかもしれないから。
「こんなモノを再現してたのか。
『醤油』が少し香りが薄い気がするし味わいが微妙に違うとも思う。
でも充分『牛丼』だと言い張れると思うよ。
有り難う。美味しい『牛丼』だったよ。
ところで『醤油』が有るなら『味噌』は無いのかね?
味噌ラーメンが好物だったんだよ。前世でね」
そ、それは聞いて欲しくなかった質問なんだよなぁ……