659・不都合。
函館!
そう聞いた途端、目眩がした。
そうして記憶が大波のように押し寄せてきた。
「湯の川」に泊まって市電に乗った。
函館山に登って夜景を眺めた。
あいにくと天気は悪かったがほんの五分ほど晴れてくれたのでパートナーと
ラッキーを喜んだ。
アチコチでタラフク詰め込んだのにどうしても名店のラーメンが食べたくて
二人で一杯のラーメンを分け合った。
「今度はお腹を空かせて来たい」
そう言うパートナーに店員が笑っていたっけ。
函館に行ったのは新撰組の土方歳三のファンだったからだ。
彼は箱館戦争で戦死している。
山のような思い出と前世の知識が押し寄せて来て目眩を起こしたのだと思う。
気が付けばヘンリーに回復魔法を掛けられていた。
「すみません……まさかこんなにショックを受けられるなんて。
アナタの他にも転生者に何人か会ったことがあるので油断してました。
大丈夫ですか?」
この子は……
まさかとは思うが君も前世の記憶をもっているのかね?
「消えると聞かされました。転生の時に。
でも王都に召喚された勇者と聖女の魔力の暴発の複合作用だそうです。
急激な成長まで起きてしまって難儀しました。
転生の時のことを覚えてられますか?」
そう言う記憶は一切無い。
前世の記憶も曖昧な夢の中のものでしかない。
確かに夢を見ていたと思うのに朝には覚えて居ないこともよくあるのだ。
あれらの夢には前世のコトも多く入っていたのかも知れない。
「本当は前世の事には拘りすぎない方が良いんです。
今、生きている今世をこそ大事にしなければいけないと思うんです。
でも私の記憶はハッキリし過ぎていて……
まるきり無視が出来ればよかったんですけどね」
彼の家、旧都の宰相家の館で休ませて貰った。
まるきり無視か……私には前世は「夢」でしかなかった。
無視して生きてきたようなものだな。
それで不都合は何も無かったし。
彼によると転生してきたあの世界の魂はココの世界を活性化させているという。
生きているだけでココの役に立っているということらしい。
そういえば他にも転生者が居ると言う話だったな。
彼等には不都合は起こっていないんだろうか?
「私達と同じ世界からの方は知ってる限りではお一人だけですね。
他の世界からの方も居られますよ。
今のところ大きな不都合は起きていないようです」
その人達は前世の記憶が有るのだろうか?
大きな不都合にはなっていないなら私が心配する必要はないかもな。
そう思ったのにヘンリーはとんでもないことを言った。
「同じ世界からの方は魔王陛下の婚約者です。
魔王陛下ともう一人は別の世界からのようです。
もっとももう一人に会うのは無理ですね。
今回の戦争を引き起こしたオリーザ国大臣の元秘書でしたから」
! 不都合は起きてないって言ったよな!
起きていないさ! 自然には。
でも起こしまくってるじゃないか!
目の前のヘンリー君も見えてないだけでもっと不都合を起こして居そうな気が
してくる王弟殿下なのでした。