602・忘れたくない。
「知恵熱かしら?」
「でも五歳児……ああ、そういえばこの方はまだココの世界では一年ちょっと位
でしたね。
元は宰相閣下の左腕だったと言うことでしたが……
一年位から熱を出す子が確かに増えますね。
でも回復魔法にあまり反応しないですから多分なにか心因性のモノでしょう。
何かショックな事でもあったんでしょうか?」
おばあさまと神官様の会話で目が覚めた。
心因性か……多分あの手紙と写真が原因だろう。
まだ頭がボーッとしてる感じだな。
おばあさま達に心配をかけてしまったのか。
そんなつもりは無かったんだけど。
熱は大分引いていた。
起き上がるのにはまだ体も頭も「重い」気がしたよ。
側に居て下さったおばあさまにお詫びを言う。
ご心配をおかけして済みませんでした。
「気にしなくて良いわ。
子供にケガや病気は付きものですものね。
でも病気じゃあなくて『あの絵』が原因ならガマンは禁物よ。
たぶん、自分でも分かっていると思うんだけど」
あー……全部見抜かれてるなぁ。
あの絵? オレ……片付けないで寝ちゃったのか。
ご覧になったんですか?
「無断で見てしまってごめんなさい。
でもベッドの上にあったのよ。
見たと言うより見えたって方が正しいわね
変わった『絵』だと思うけど……もしかして向こうのモノなのかしら?」
……そうです。
土地神のダテさんが里帰りされたので。お土産だと渡してくれました。
コレは前世の家族達です。
甥達も一緒に映っているのでもうお分かりなんでしょうが……
「アナタもこの一年、色々我慢して頑張ってきたと思うわ。
この『絵』のせいで堰が切れちゃったんでしょう。
でもだからって恥じることも恐縮することも無いと思うのよ。
前にも言ったでしょう?
前世のコトは無理に忘れようとしない方が良いと思うの。
ソレはアナタの土台になってることでしょうから」
忘れようと思っていたわけじゃあない。
むしろ忘れてしまうことを恐れてたんだ。
思い出せる限りのコトをノートに記したりあの国の言葉で日記をつけたりした。
手作りの辞書を今でも作り続けても居る。
忘れたくないと……前世の全てを忘れたくないと。
家族を……忘れたくないと……
「そう……そうね。
私だってこの歳になっても実家のコトを気に掛けてたりするもの。
忘れるなんて事はできないことよね。
忘れなくて良いのよ。
それも全部含めてアナタなのよね」
おばあさまはやさしい方だ。
馴染もうとしつつ前世を忘れたくないというオレを受け入れて下さった。
止っていた涙がまた溢れてくる。
でもこんどは止めようとは思わなかった。