過去 1
「おーい?」
「なに」
「宿題見せてー」
「はいノート」
「ありがとっ。はい席退いて。つーかまた勝手に本読んでるし。それ俺の」
「じゃあノート返せ」
「いーえなんでもありませーん」
肩をすくめて、彼は友達の席へ走っていく。笑いそうになって、隠すために慌てて眉根を寄せる。……やっぱり感情が戻りかけてる? 今さら? もう3年生なのに。
「由梨奈」
「なに?」
隣の席の女子に向き直る。ウェーブのかかった黒髪が特徴的な彼女は、私の数少ない友達の1人。
「さっき、動かないでって言ったのに」
「あっごめん愛美」
去年40センチ短くした私の髪は、肩につかない長さ。愛美は私の髪で編み込みをよくしている。私にはできないや、愛美すごい。
「……そりゃあの人が来たから動いたんだろうけど」
「愛美ィ?」
「事実だよね」
「まぁ……じゃない?」
いつもの柔らかで朗らかな笑みの愛美は、それ以上は踏み込んでこなかった。この辺りの距離感、本当に大好き。頭もいいし、自分の気持ちを表現するのは上手いし、自分の世界をテキパキ歩けるし。
「眠い〜」
「今日もか栗源」
思わず突っ込んだ私に、そいつはおっとりと笑った。
「おはよう霧生さん、保子さん」
「私は神納だっ」
「はは、間違えた」
腹立つ……!
しばらくして、軽く湧いた殺意が収まる。
「リューくん、いつからそんな性格になったっけ?」
愛美が面白そうに笑って聞いた。うんうん、前はもっといじめられ側のドMだったはず。
「神納さんに話聞いてからかなー。まぁ俺口固いから大丈夫」
うんまぁ、信頼しているから話したわけで。これで裏切られたら私の責任だし構わないけど……普通は腹立つんだろうな。あと、こんな風に割り切らないか。
「大会観に行くんでしょ? やっぱり」
行くんじゃない、と適当に答える。……行くに決まってんだろバーカ。
「よかったねバスケ部で。人もいっぱい行くし。由梨奈、バスケ好きって言ってるし?」
「好きなのはホント。マンガが入口だけどね。でも、あんな超人いなくても面白いよ? バスケ」
「へぇ。じゃあティアーズの曲を聞き始めたのも、普通に好きだからなんだ?」
おうふ……今すぐ逃げ出してぇ……。って編み込みしてんの逃亡防止!? いやー愛美さん怖いー。
「マジで? えっヤバ嘘だろあははははっ!」
「うっるせぇぇぇ!蹴飛ばすぞてめぇ!」
「由梨奈ダウト」
ピシャリと言われて彫像のように動きを止める。
「普通にいい曲あるし」
「前はアイドル一筋だったのに?」
「ちょっと愛美、アキバのアイドルと一緒にしないでよ。こっちは王子なんだからさ」
「王子ねぇ。王子って1人だけだと思ってた。少なくとも由梨奈にとっては」
「……うるさいな、あいつは王子なんかじゃないよ」
王子なんかじゃ、ない。王子よりも近くて、王子よりも遠い。
「つーかあんな王子がいて堪るか」
呆れた声でそう言う。王子に向いた性格じゃないよねそりゃ。まぁ、顔と声と運動神経はいいけど。文系ダメダメ、性格は小学生、人使いは相当荒い。暴君だ暴君。




