第九帖:伝説のキャバ嬢
――あらざらむ この世のほかの 思ひ出に 今ひとたびの 逢ふこともがな
超有名陰陽師、安倍晴明とは似て非なる発明家ハルアキさんの協力で、オレとかぐやは月から落ちてきたっていう5つの秘宝を探すことになった。
宝の存在自体が胡散臭いことはもちろん、そんなものを集めても月へ帰れるなんて保証はまったくないけど、今はこれしか手がかりがない。オレが1,000年前に飛ばされてきた時点で、そしてこんな意味不明な平安京を目の当たりにした現実の前では、とっくに常識なんか吹っ飛んでいる。
……でも、なぁ。
「ここ、なのか?」
「ここ、でしょうね」
ハルアキさんの式神ヨーが教えてくれた場所にやってきたものの、さすがに足が止まってしまった。1センチのズレもなく区画整備された都の南側、神獣・朱雀が守る羅城門から1本奥に入った信濃小路――何度見ても、地図の印はここに間違いない。
「はぁい!“信太の森”へようこそ〜!」
昼間っからネオンが燦然と光り輝くそこは、間違いなく信太の森だった。十二神将が自信を持って教えてくれた宝の在り処……どんな不気味な森かと緊張していただけに、真っ赤なドレスの金髪お姉さんが現れたときには、いっきに力が抜けてしまった。
「クラブ“信太の森”……」
そりゃぁ確かに、ヨーは鬼が棲む森だと言ったわけでもないし、秘宝は森や洞窟に隠されていなきゃいけないわけでもない。でも、だからってキャバクラである必要があるのか!?
「ん〜、かわいいボウヤじゃない」
「ど、どうも……」
顔をのぞきこんでウィンクするキャバ嬢は、目を逸らすのが精一杯のオレを見てくすくす笑っている。もちろんキャバクラなんて行ったことがないけど、オレも健全な高校生だ、興味がないわけじゃない。というか、興味津々だ。甘い香水をプンプンさせて、でっかい胸を近づけられたら、どうしても黒目が勝手に動いてしまう。雑誌でしか見たことのない『業界』のお姉さんの肌は、作り物みたいに白くて柔らかそうで……
「鼻の下をちょん切ってあげましょうか、シュウ?」
横からかぐやが思いきり耳を引っ張るまで、完全に彼女の存在にも吸い寄せられていた自分にも気が付かなかった。我に返ったら、かぐやが恐ろしく殺気を込めてにらみつけている。その殺人的な視線に背中が冷たくなって、もう目の前の美女には反応しなかった。
「あら、彼女も一緒だったのね。残念だわ」
「いや、彼女ってわけじゃないんだけど……」
「“ツバメの子安貝”がここにあるのはわかっているのよ。さっさと出しなさい」
からかうお姉さんに困っているオレを押しのけて、かぐやが刑事ドラマさながらに切り出した。いきなり決め付けて命令するあたり、さしずめガサ入れに来た風俗取締り当局ってところか。でも今回は明らかに敵意……というより殺意に満ちた声で、むしろヤクザの脅迫に近い。
「ふふ、かわいらしいお嬢さんね」
性格はどうあれ、かぐやは確かに美人だ。それでも、この香水と化粧とフェロモンたっぷりのお姉さんにしてみたら子供も同然なんだろう。軽くあしらわれて、かぐやの目はますます怒り狂っている。キャバ嬢にライバル心を燃やすなんて、かわいいところがあるなぁ……なんてお気楽なことを考えていたら、本気で包丁でも取り出しかねない雰囲気になってきたから、あわててオレが真ん中に入った。
「すみません、その、オレ達探し物をしているんだけど、ここに貝殻みたいなものがないですか?」
「貝殻?」お姉さんは不思議そうに目をパチパチさせた。「変わったコねぇ。んー、貝殻って言っても……イズミのしているネックレスくらいしか思いつかないわ」
「その人に、会わせてもらえませんか?」
「イズミをご指名? ふふふ、あのコは高いわよ」
「うっ……そ、そこをなんとかお願いします。セイメー堂って工務店のハルアキさんから、紹介されて来たんです」
「セイメー堂……ふぅん。ちょっと待っていなさい」
値踏みするようにオレを上から下まで見まわしたお姉さんは、何を思ったのかにっこり笑って、店の中へと消えた。ど、どうなんるんだろう……ただでさえこの時代のお金を持っていないっていうのに、現代のお金で換算しても高校生の小遣いごときで入れるところじゃない。
「どうする、かぐや? やっぱり出直してきた方が……」
「今さら何ビビッているのよ。あんたも男でしょ、いざとなったら腹でも首でも切るくらいの覚悟でいきなさい」
「オレは武士じゃないっての」
ごくごく平凡な、ちょっとサッカーは得意だけど勉強は並みの、しがない高校生です。強請られても脅されても、ないもんはない。
「いらっしゃい、ボウヤ達。イズミが特別に相手になってくれるそうよ」
しばらくして戻ってきたお姉さんが、オレ達を手招きした。なんだかよくわからないけど、貝殻を持っている人に会えるらしい。法外な指名料を請求されたらどうしよう……いや、そのときはそのときだ。
「そうよ、シュウ。なかなか度胸があるじゃない」
「まぁな。いざとなったら――」
「いざとなったら、あなたの内臓を1つか2つ売れば大丈夫よ」
こ、こいつ、本物のヤクザだ……。
「ここで待っていてちょうだい。すぐに来ると思うわ」
高級そうな革張りのソファーに座って、オレとかぐやはお姉さんに言われたとおり、おとなしく待っていることにした。お酒の匂いが今も漂っていて、きらきらのシャンデリアが輝く部屋は、がらんとしていて誰もいない。まぁ、昼間なんだから当然か。
「いらっしゃいませ。お待たせしました」
優しい声がして、オレは反射的に立ち上がった。薄く化粧をした柔らかい微笑み、ふわっと匂い立つような栗色の長い髪、ビーズをちりばめた緑のドレスが、1度に目に飛び込んできたけど、何よりもその輝くばかりのオーラに圧倒されてしまった。
「えーっと、あの……」
「イズミよ、初めまして」
あぁ、この笑顔、まさに女神さまだよ……。こんな美人が世の中にいたなんて、しかもオレに話しかけているなんて、もう夢みたいだ。ぼーっとしてしまう目の端に、壁に並んだ写真が見えた。『伝説のナンバーワンホステス・イズミ』――うん、そりゃそうだろう。テレビで見る女優なんかより、ずっと神々しくてまぶしい。
「こんなかわいいコにご指名いただいてうれしいけど、どんなご用かしら?」
「じつは、オレ達が探しているものを、イズミさんが持っているって聞いたんだけど……」
「セイメー堂の店主から、ね?」
言いかけたオレをさえぎって、イズミさんは向かいの席に座った。お酒はさすがにお断りしたら、ナンバーワンホステスはオレンジジュースを2つオレ達に出して、自分は真っ赤なワインをグラスに注いだ。
「ハルアキさんを、知っているんですね」
オレが疑問じゃなく肯定で聞いたら、イズミさんはグラスに少しだけ口をつけただけで、肯定も否定もしなかった。その首には、銀鎖に小さな白い貝殻のペンダントが光っている。
「あの子は……今も無事に生きているのね」
小さな声でつぶやいたイズミさんの目は、青緑のアイシャドウの下で遠い何かを見つめていた。やっぱり、この人はハルアキさんの……。
「……?」
あれ? でも、ちょっと待てよ。いい感じにハゲた頭の発明家は、どう考えてもオレの倍以上生きている気がするんだけど。そのお母さんってあんた、いったい何歳なんだ……?
冒頭出典:『百人一首』第五十六首