第八帖:紙人形と下僕
――恋しくば 訪ね来てみよ 和泉なる 信太の森の うらみ葛の葉
小説に映画に大ヒットした、かの高名な陰陽師、安倍晴明が操った十二神将っていうのは、仏さまに従う鬼神だったらしい。それを晴明が紙の人形に念じて実体化させて、式神として使っていたと言われている。つまり、十二神将は神様の部下みたいなすごい存在で、それを自由に呼び出していた晴明も当然すごかったってことだ。
「あー、クビラ、そこの棚の奥の地図を……」
「おんどりゃ、そのダサい名前で呼ぶなって何回言うたらわかんねん! ナメとんのか、あぁ!?」
「す、すまん! だから殴るなって!」
……なのに、今目の前にいる陰陽師・阿倍晴明ならぬ発明家ハルアキは、式神ロボット・クビラこと十二神将ヨーに張り倒されていた。な、なんて情けない……自分が発明(召喚?)した式神に怒鳴られたり、パシらされたりしているなんて。
「何ぼーっとしているのよ、シュウ。お茶くらい出しなさい」
「……」
あぁ、あごで使われる人間が、ここにも1人。1度ガツンと突っぱねてやればいいんだろうけど、口も手も早いこの女に逆らうと、ろくなことがない。そう、これは学習と防衛本能から計算された結果なんだ。決して卑屈に従っているわけじゃないんだぞ。
「ボウズも苦労しているんだな。がんばれよ」
いや、ハルアキさん、そんな同情の目で見ないでください……。
「それで、5つの秘宝とやらはどこにあるの?」
勝手に上がり込んで(オレが入れた)お茶をすすりながら、かぐやが話を元に戻した。そういえばオレ達、月にいく方法を聞きにきたんだっけ。ハルアキさんは、(結局自分で取ってきた)古文書と地図を広げて説明した。
「『月刊鬼マガジン』の特集ページと、この付録古文書によると、秘宝は一見するとただのガラクタのようなものらしい」
「聞くからにガラクタっぽいものね」
「しかし、本当にあるんだぞ! 9月号の特集にあった「天叢雲剣ニセモノ疑惑」でも、ある中古電気店に陳列してある草刈機こそが本物だという新説で業界が震撼したからな」
「草薙剣、ね……そんな、草を刈れればいいってもんじゃないだろ……」
ダメだ、話を聞けば聞くほど胡散臭くなってくる。オレ自身が1,000年前に飛ばされてきたなんてデタラメな話がなかったら、こんなのとっくに笑い飛ばしていたところだ。
「まぁ、とにかく、秘宝は実在する。問題はどこにあるのかだが、5つのうち1つはクビラ……じゃなくて、ヨーが見つけた」
「まぁ、わいにかかれば小物の1つや2つを探すくらい、わけもないっちゅーことやな」
「だから、どこにあるの? もったいぶらないで、教えなさいよ」
「えらい強気なネエチャンやなぁ。でも、わいはそういうの、嫌いやないで」
「私は紙切れなんかに興味はないわ」
「んー、かわいい顔してキッツいこと言うなぁ。ますます気に入ったわ!」
この紙人形、SなのかMなのか、よくわからない。
「このおっさんの命令で探させられたのはシャクやけど、ネエチャンには特別に教えたるわ。都の南、信濃小路にある信太の森に、秘宝の1つ“ツバメの子安貝”があるみたいや」
「信太の森?」
「そ、そこは……!」
場所の名前を聞くなり、驚いたハルアキさんがあわてて立ち上がった。
「ハルアキさん、そのなんとかの森ってところ、知っているんですか?」
「わしの母ちゃんが……そこにいるかもしれん」
「ハルアキさんの、お母さんが?なんでまた、そんなところに?」
「話せば長くなるが……」ハルアキさんは、ぐるぐるメガネの下の目を伏せた。「母ちゃんはわしが子供のころ、親父とケンカして出て行ってしまったんだ」
「短っ!」
泣かせる家庭の事情も、この人が話すとどうも笑い話にしか聞こえない。
「でも、そこにいるってわかっているなら、会いに行けばいいのに」
「いや……信太の森にいるらしいことは、最近になって風の噂で聞いただけだ。今さら会うなど、とても怖くてできん……」
実の母親にそんなに躊躇するなんて、わからないなぁ。数十年ぶりの再会って、そんなものなんだろうか。
……そういえば、オレも次はいつ母さんに会えるんだろ。父さんも妹も、オレが帰ってこないのを心配してくれているのかな。サッカー部のみんなも、部活を休んだことのないオレを探しているかもしれない。……でも、あの歴史のじいさん先生は、オレが消えたことにも気付かないで授業を続けているかもしれないな。
「……」
「? どうした、かぐや?」
ふと隣を見たら、かぐやがうつむいて黙り込んでいた。長いまつげを伏せて、床じゃないどこかを見つめる目は、どこか悲しそうだった。声をかけても、しばらく反応がなかったけど、突然思い出したみたいに顔を上げた。
「え、何?」
「何って、ぼーっとしていたら、どうしたのかと思ってさ」
「あ……な、なんでもないわよ」
かぐやは嘘をつくのが本当に下手くそだ。それにしてもさっきの顔、いつもの勝気で生意気な表情からはほど遠い、別人みたいだった。どっちが本物のかぐやなのか、それともどっちも本物の、オレの知らないかぐやなのか……。
その夜は、ハルアキさんの工場に泊めてもらうことになった。女の子と同じ部屋っていうのはちょっと緊張するけど、こいつに限っては何かが起こるはずもない。仕事で遅くなったときにハルアキさんが使っている仮眠室のベッドを当然のように占領して、かぐやはさっさと横になっている。オレは部屋の隅っこにあるソファーに寝転んで、毛布に包まろうとしたら、いきなり小さい声で呼ばれた。
「……シュウ」
毛布を広げようとした手を止めて顔を上げたら、背中を向けたままかぐやが話しかけてきた。
「あなたには、ずっと会いたいけど会えない人って、いる?」
「え?」予想できない質問で、すぐには答えられなかった。「うーん、遠くに引っ越した友達とか、ナマで見てみたい有名人とかはいるけど」
「それじゃ、何十年何百年だっても、いつか必ず会おうって約束、あなたは信じる?」
「わからない。ただ、その人が待っているなら会いに行く、かな」
「……そう」
それきり、かぐやの声は暗闇の中に消えてしまった。いったい、なんだったんだ? ハルアキさんの話を聞いてから、なんだか様子がおかしい。今の質問から考えると、かぐやには会いたいけど会えない人がいるのかな?
あぁ、そうか。会いたい人が月で待っているんだ。そうだよな、両親や友達みんな、かぐやも離れ離れになっているんだもんだ。その気持ちなら、オレもよくわかる。どうしてこの都に来たのかはわからないけど、早く帰れるようにしてやりたいって、初めて思った。
冒頭出典:信太森葛葉稲荷神社の伝承より