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竹取の物語詩  作者: chro
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第六帖:族に逢える関

 ――夜をこめて 鳥のそらねは はかるとも よに逢ふ坂の 関は許さじ



 セイコ総長こと、金髪ロングスカートの清少納言率いるレディース暴走族「魔苦羅乃葬死まくらのそうし」は、京の都のはずれにある、この峠を拠点にしている。何も考えないでかぐやについてきたけど、今思えば、どうして町の中を通らないでこんな危険な山越えをしようとしたんだか、さっぱりわから……


「あら、久しぶりじゃないかい、かぐや」

「えぇ、そうね」


 ……ないこともないらしい。世の中は狭い。


「2人とも、知り合いだったのか?」

「セイコとは、大江山峠を競った仲なのよ」

「かぐやのコーナリングは、チーム「娑羅始那さらしな」のスガコを超える鋭さで、あたいもまいったね」


 更級日記の作者様も暴走しているんですかい……どんな字を書くのかは、考えたくもない。でもその前にかぐや、お前もバイクを運転できたのかよ。


「かぐや、しばらく見なかったから、もう帰ってしまったのかと思っていたよ」

「やっと、その鍵が見つかったのよ」

「あぁ、それがこのボウヤなのかい?」


 セイコさんにまじまじと見られて、オレは曖昧に肩をすくめた。当のオレだけが話をわかっていないのは、怒るところなんだか情けないんだか。


「ま、せっかくだから上がっていきなよ」


 セイコさんは茶屋の2階を目で示して、ペンをくるくる回しながら先に上がっていった。総長のご友人はチームの貴賓、とばかりにまわりがいっせいに動いて、いきなりウェルカムな雰囲気になる。さっきの鉄パイプ姐さんがあわててスリッパを出して、絶対ヤクをやっていそうな顔色の悪い姐さんが脱いだ靴をそろえてくれた。両側にずらっと整列した強面コワモテの中を、かぐやは当たり前の顔で堂々と進んでいくもんだから、横から小言で毒づいてやった。


「お前、さっきは知らないフリして、早く行こうなんて言っていたくせに」

「おかげでスリリングな瞬間が楽しめたでしょ?」


 平然と言い放つこの女の根性を、オレはまだ甘く見ていたみたいだ。今、「あなたの夢は?」って誰かに聞かれたら、こいつをぎゃふんと言わせてやることだって迷わず答えるな。


「悪いね。さっきまで書いていたから、ちょっと散らかっているけど」


 2階のセイコさんの部屋は、本当に足の踏み場もないくらい、床中に丸めた紙が散らばっていた。そのひとつを拾って開いてみたら、何回も書き直した一文があった。


「『春は桜』、『春はうららか』、『春はサロ○パス』……いや、これはハル違いだろ」

「そこなの、ポイントは?」


 いつもツッコミ担当になっていたオレが、不覚にもかぐやにツッコまれてしまった。でもセイコさんは、恥ずかしそうに紙切れを集めながら苦笑した。


「あたいは随筆が趣味なんだけどね、その春の段だけが、なんだかしっくりこなくて悩んでいたんだ」

「あー……『春はあけぼの』なんて、いかがですか?」

「曙、ねぇ……夜空がほのかに明るんでくるころ……春の夜明け……うん、いいじゃないか!シュウ、あんたもなかなか詩人だね」


 喜んだセイコさんに両手を取られて、ぶんぶんと上下に振られながら、オレはちょっと複雑な気分だった。これ、清少納言の著書の超有名な一文なのに、オレが本人に教えてどうするんだよ。これで歴史が変わっていたらどうしよう……まぁ、この時代に飛ばされてきた時点で、すでに変わっているんだけど。


「こっちは歌かな? 『夜をこめて』……」

「あっ、それは……!」


 もうひとつ手に取って読みかけた紙は、あわてたセイコさんにひったくられてしまった。怒っているけど、顔を赤くしている。総長さん、かわいいところがあるなぁ。でも、それも有名な百人一首のひとつだから、後世の人間には知れ渡っているんだけどな。ついでにさっき、“行成ユッキーLOVE”って文字がちらっと見えたことも、今は黙っておこう。


「そ、そんなことより、あんた達。あたいに何か用があって来たんじゃないのかい?」


 焦るセイコさんをいじめるのは気の毒だし、何より何十人もの族御一同サマが下で控えているから、自分の身のためにもおとなしく話を変えておいた方がいい。かぐやに目をやったら、そんな心配なんかまるで考えていない涼しい顔で、とりあえずは話を合わせてくれた。


「さっきも言ったように、帰れるきっかけは見つかったんだけど、その方法がまだ見当もついていないの。セイコ、あなた顔が広いから、誰か知っていそうな人知らない?」

「お月さまに行く方法なんて、ロケットでもないと……ん? そういえば……」


 セイコさんは自分で言いながら、ふと思いついたように考え込んで、ごそごそと机の中を探し始めた。随筆の名手は、いろんな作家や芸術家がそうだったように、身のまわりの片付けはあまり得意じゃないらしい。


「……あった! これこれ、こいつなら、何かわかるかもしれない」


 見せられたのは、派手な原色カラーのチラシだった。紙細工のような人形と、ハゲ頭にくるくるメガネのおっさんが写っている。


「『牛車ぎっしゃから家庭用メイドまで、なんでも作ります。セイメー堂』……誰、このおっさん?」

「都のはずれで小さな工務店をやっている発明好きさ。ちょっと変わり者だけどね、いろいろおもしろいものを作っているから、もしかしたら月へ行く乗り物も作れるかもしれないよ」


 そんな変な発明家なんかが、ロケットなんか作れるのかなぁ。なんだか胡散臭うさんくさい気もするけど、今は他に何も手がかりがないんだから、このさい行ってみるしかないか。


「とにかく、1度話をしてみるわ。ありがとう、セイコ」

「ダチなんだ、いいってことよ。ただ、代わりと言っちゃ何なんだけど、こいつを、その……」

「オレが渡そうか?」


 さっきの歌を持ってもじもじしていたセイコさんは、秘密がバレたみたいにビクッとした。オレも知らないフリをしておくからにはこれ以上何も言えないけど、どこの誰に書いた歌なのかはわかっているから、せめて届けてあげたいと思う。セイコさんはかなり迷ったあげく、思いきってうなずいた。


「そ、それじゃぁ、セイメー堂に行く途中にある川岸の家に、こいつをお願いしていいかい」

「任せてくれ」


 うーん、人サマのラブレターを届けるオレって、ちょっといいヤツ? でも、そういえばあの歌って、「会いたいけど会えない」の意味なのか「もう来るな」の意味なのか、ちゃんと勉強していなかったな……セイコさんの態度からは、たぶん前者なんだろうけど、大納言行成がどんな男なのかは楽しみだ。


「かぐや、月に帰れることになっても、その前にまた会いに来てよね」

「えぇ、そうするわ」


 チーム総出のお見送りを受けて、オレとかぐやは峠の茶屋を後にした。反対側の道から都へと降りていく途中、スプレーで描かれた看板にでかでかと案内が書いてあった。


逢坂山おうさかやま


 ……なるほど。こっちから来れば、せめて予想くらいはできたかもしれなかったな。でも逢坂の峠は、オレ達には開いてくれてよかったよ。誰かさんのおかげで、かーなりスリリングな思いはしたけど。



冒頭出典:『百人一首』第六十三首

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