第四帖:光るキミ
――この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば
1017年、栄華を極めた太政大臣、藤原道長が詠んだ歌だ。日本の頂点である天皇になるには天皇家に生まれるしかないけど、娘を嫁に送り込んで孫を天皇に据えて、おじいちゃんとしてバックで仕切る影の最高権力者になった。その得意の宴会で、欠けていない満月みたいにすべてが思いどおりになったと豪語したらしい。
つまり早い話が、
「この世界は俺様のものだぁ! ハーッハッハッハッ!!」
と、まぁそう言いたいわけだ。まるで悪の大魔王だな、これじゃ。
で、今オレの目の前にいる男は、その大物有名人と同姓同名らしい。時代もまさにドンピシャだから、普通に考えると本人ということになるわけだけど……。
「みんな、いつも声援ありがとう! 愛しているよ!」
サラサラ茶金髪に白い歯をキラッと光らせて、さわやかな笑顔を振りまいている。くっきり目鼻の整った顔立ちに、甘い声、細身の長身。まさに非の打ち所のない美男子だ。まわりを取り囲む数百人の女の子たちがさらにヒートアップして、三条川原はもうとんでもない盛り上がりになっていた。
「何なんだ、こいつは……」
「今、都で1番の人気アイドルグループ『ヒカルゲンジ』の、道長ことミッチーよ」
オレの隣でいつもの冷めた目をしているかぐやは、全然興味がないらしい。黄色い集団から少し距離をとって、さらっと答えた。なんのイベントをしているのかは知らないけど、これだけの人数を集めるなんて、さしずめジャ○ーズといったところなのかな。グループの名前も、書いてみないとわからない、びみょーな違いだけだし。
「シュウの時代にもいるの? あぁいうの」
「オレが生まれたころに大ブームだったんだってさ。まさか平安時代にもいたなんて、信じられないな」
「こっちが元祖に決まっているじゃない。後の時代がマネをしたのよ」
確かに、時間の流れ的にはそうなるけど、こんな大昔に金髪だのアイドルだの、そんなものが存在していたこと自体、オレ達は知らないっての。ここが過去の世界だって、オレはまだ完全に認めたわけじゃないからな。
「さ、そろそろ行きましょ、シュウ」
「ん? そこのキミは……?」
騒ぎを尻目に歩き出そうとしたかぐやに、人だかりの中から呼び止める声がした。小さな声だったけど、川原で爆発している黄色い歓声とは高さの違う男の声は、この騒ぎを飛び越えてオレにも聞こえた。
「やっぱり! この輝くばかりの黒髪は、あのときの美少女に間違いない!」
「……」
ミッチーがうれしそうに叫び、かぐやは背中を向けたまま舌打ちをした。知り合い、なのか?
「ボクのサイン会に来てくれたんだね!」
「あんたのサインなんかいらないわよ……」
どこかの預言者よろしく、人気アイドルがさーっと人ごみを真っ二つに割って突進してきて、かぐやはため息をついてふり返った。道を開けた女の子たちがいっせいにふり返って、殺気と疑惑のこもった強烈な視線が降りかかる。な、なんか隣にいるオレまでにらまれている気がするんですけど……?
「やっとボクと友達になってくれるんだね」
「なんで、あんたなんかと友達にならなきゃいけないのよ」
「そりゃぁ、決まっているじゃないか。ボク達はみんな、運命の糸でつながっているからさ!」
「キャーッ! ミッチー最高!」
「あたしもミッチー様とつながっているんだわ!」
さわやかなスマイルのミッチーがしゃべるたびに、キラキラのアイドルオーラがほとばしって、女の子たちは狂ったみたいにのけぞって叫ぶ。間近で見るのは初めてだけど、これが芸能人パワーってやつなのか……ダテに日本の頂点に立っていないな。男のオレから見ても、カッコよく思えてきてしまうよ。
「かぐや、アイドルと知り合いだなんて、すごいじゃないか」
「知り合い? 冗談。前にコンサート会場を通りかかったとき、たまたま目が合っただけよ」
「そう!目が合うなんて、まさに運命じゃないか。それなのに無言で行ってしまうなんて、こんな悲しいことは初めてだよ!」
あー、なるほど。ナンバーワンアイドルの熱い視線を、かぐやは見事に黙殺したわけか。このタカビー女なら、やりかねないだろうな。
それにしても、無視をされたのも初めてらしいミッチーもすごい。さすがはナンバーワンアイドルの意地なのか、あの人混みの中からでもかぐやに気付いたとは。芸能人じゃなきゃ、軽くストーカーもどきだぞ。
「で、そこのキミも、ボクのファンなのかな?」
「え? あ、いや、オレは……」
「うんうん、遠慮することはないよ。ボクは来るものすべてウェルカム! 人類皆恋人だからね!」
「はぁ……」
テンションが高いというか、自分の道を突っ走っているというか……。なぜかオレにまで絡んできたミッチーは、サイン入り色紙を無理やり押し付けて、すかさず得意の悩殺スマイルを炸裂させる。それを見て雪崩のごとく殺到してきたファン数百人に、オレとかぐやはあっけなく弾き飛ばされてしまった。
「去るものまでウェルカムだな」
「しつこい男は嫌われるわよ」
「ちなみに、オレも去るって選択肢は……」
「さ、あんな鬱陶しいの放っておいて行くわよ」
どうせオレには選択の余地もない。聞くだけ無駄だったとあきらめて、オレも騒ぎの輪から離れた。
「ところで、本物の太政大臣は?」
「太政大臣は知らないけど、あれが正真正銘、本物の藤原道長よ。残念だけど」
残念ってあんた、相変わらず厳しいなぁ。
「かぐやちゃん! 次のコンサートで待っているからねーッ!」
川原の土手からふり返ったら、ファンの群れにもみくちゃに潰されながら、ミッチーが手を振って叫んでいた。いくら有名人じきじきのお誘いでも、ここまで来れば光栄というより、ちょっとウザいかもな。キャーキャー騒ぐ女の子たちは、いつの時代も変わらないけど。
「……まぁ、こいつは高く売れるかもな」
達筆なんだか落書きなんだか、オレには読めない毛筆のサインは、せっかくだから捨てずに持っておこう。
冒頭出典:『小右記』より