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竹取の物語詩  作者: chro
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第二十八帖:終幕

 ――その竹の中に、もと光る竹なむ一筋ありける。三寸ばかりなる人、いとうつくしうてゐたり。



 オレは何を見るともなく、ただ窓の外を眺めていた。


 下のグラウンドで走りまわっている体育祭準備委員会の声、雲ひとつない晴天の空。音もなく横切っていく赤とんぼが涼しい秋風を運んできて、教室のカーテンを柔らかく揺らした。

 意味不明な記号数式が羅列する黒板は、もはや混沌カオスだ。ちらっと見ただけでめまいがしたから、すぐに目を逸らしてあきらめた。気が狂っているとしか思えないこの難問を解読できなくても、悠久の歴史の中じゃ塵ほどの問題もない。たとえそれで週末のテストが真っ赤になろうとも、地球はまわり続ける。


「ふぅ……」


 無意識に赤い石の髪飾りを握ったり放したりしながら、頬杖をついてため息をついた。視線の先には『あの日』と同じ、真円の月が漂っている。


 時間は無情なほど緩慢に、気付かないほど一瞬で過ぎ去っていった。

 目が覚めたら、まだ歴史の授業中だったあの日から、いつの間にか桜は散って、数日前からわずかに山が色づき始めていた。また何事もなかったかのようにくり返す日常の中で、それでも消えない思い出は胸を締め付けるばかりだった。オレは誰にも何も言わなかったけど、ぼんやりと空を見上げていることが多くなったと友達に言われたっけな。


「今日の授業はここまでだ。朝のホームルームでも言ったが、今日から来る転校生がさっき着いたから、紹介するぞ」


 数学教師でもある担任が、チャイム5分前になって突然そんなことを言い出した。ずっと爆睡していた教室が一瞬で騒がしくなる。オレはこれっぽっちも興味がないから、ひとり窓の外を向いたままあくびをこぼした。


「私の初登校にあくびをするなんて、いい度胸ね」


 澄んだ小さな声に、頭を殴られたような衝撃を感じた。い、今の声は……! あごが頬杖から落ちそうになりながらばっと顔を上げたら、教室の入口に立っていた転校生と目が合った。


「まさか忘れたとは言わせないわよ、シュウ」

「かぐや……」


 よろよろと立ち上がって、それだけつぶやくのが精一杯だった。バカみたいに口と目を開けていることにも、まわりの友達が知り合いかと訊いていることにも気付かないで、とにかくその姿を見失わないように、呼吸をするのも恐れて見入ってしまった。

 担任が簡単に紹介したところでチャイムが鳴った。透き通るような長い黒髪の美人転校生に、男も女もに興味を持ってがやがやしていたけど、オレ達がピクリとも動かないで見つめ合っているから、みんな遠巻きに見ていた。


「かぐや、どうして……月に帰ったんじゃ……」

「えぇ、帰ったわよ。そして転生したの。この時代の、この地に……あんたのところへね」


 かぐやは表情を変えずに答えたけど、声はかすかに震えているようだった。オレはなんて言ったらいいのかわからくて、近づいてくる彼女をただじっと目で追った。そばまで来たら、確かめずにいられなくて、そっと手を伸ばした。

 ……うっすら赤いその頬は、温かかった。


「また会えるなんて……」

「あら、何を言っているのよ。約束、守る気なかったわけ?」

「約束……」

「ミカドとあんたが言った、約束」


『絶対に俺がお前を月へ帰してやる。そして、いつの時代のどんな場所だろうと、いつか必ず一緒になるぞ。約束だ』

『1,000年もかかってしまったけど、約束を果たすよ。帰るべきところへ、一緒に帰ろう』


 なんのことを言っているのか、ぼんやりと思い当たった。でも、その意味を考えて急にあわてたけど、かぐやはいつもの勝気な笑みを浮かべた。


「私の帰るべきところは、ここ。シュウ、ちゃんと約束守ってって言ったでしょ」

「かぐや、でも……」


 オレは頬に触れた手を止めて、言葉を迷った。故郷も時代も捨てて、ここに来たことの意味を考えると、軽い思いじゃいられない。あまりにお互いしか眼中にないオレ達を見かねたのか、転校生に話しかけるのをあきらめたクラスのヤツらは、次の体育の授業に向けて出ていった。


 服装こそ同じ制服だけど、かぐやは全然変わっていない。黒い髪と瞳、彫刻みたいな白い肌、憎たらしいほどかわいい笑顔……それに、オレの名前を呼ぶ声も。オレには前世の記憶なんて残っていないのに、かぐやはまったくそのままだった。

 すべての憂いと記憶を消す天の羽衣を着ても、月に帰っても、オレ達の約束だけは忘れていなかったんだ。そしてそれを守るために、時間も場所も遠く離れたこんなところまで……。


 あぁ、だったらオレも、それに応えなきゃな。2度も悲しい別れをして、でもまたこうして再会することができたんだ。前世の約束だけじゃない、オレはオレが交わした約束のために、大切な人を離したくない自分の気持ちのために。オレは預かっていた想いに答えるために、赤い髪飾りを長い髪に付けた。


「……本当に、もう離さないぞ?」

「望むところよ」


 誰もいなくなっていてよかった。教室の片隅で、オレは1,000年ぶりに愛する人を抱きしめた。細い腕で背中につかまるようにして、かぐやがオレの肩に顔をうずめた。一瞬、目に光るものが見えた気がしたけど、それはオレも同じだったから、黙って何も言わずにおいた。



 この先の歴史がどう続いていくのか、オレにはわからない。

 でも、月から来たお姫様と帝の悲しい恋の物語は、遠い世界でハッピーエンドになった。

 だから、今は……今からは、2人で歩いていこう。


 ずっと、一緒に。



冒頭出典:『竹取物語』より


初の現実をもとにした歴史ファンタジー(?)でした。いかがだったでしょうか。

かなりマニアックな人選もありましたが、これで少しでも興味を持っていただければ幸いです。

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