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竹取の物語詩  作者: chro
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第二十七帖:天の羽衣

 ――今はとて 天の羽衣 着るをりぞ 君をあはれと 思ひいでける



 都の北西、宮殿のすぐ西側にある一条大橋は、またの名を一条戻橋といって、“あの世とこの世をつなぐ橋”って呼ばれている。オレが図書館で見た歴史マンガによると、陰陽師・阿倍晴明が操る式神を奥さんが怖がって、使わないときはこの橋の下に隠した――なんて逸話があるらしい。愛妻家か恐妻家か、それはこの際触れないでおくとして、他にも鬼が出たり死者が生き返ったり、いろいろな伝説といわくのあるちっぽけな橋だ。


 ついにそろった5つの秘宝を手に、オレとかぐやはその一条戻橋のたもとにやってきた。ここで秘宝を掲げると月の羽衣が現れて、同時に月への道もつながるらしい。怪しい文献を調べたハルアキさんの説明はいつもながら胡散臭いけど、今となっては唯一最後の頼みの綱だ。


「ところでボウズ、最後の宝は見つかったのか?」


 映画の阿倍晴明みたいな格好をしたハルアキさんが、でもやっぱりいつものビン底メガネのズレを直しながら心配していた。そう、じつはオレ達、昨日は手ぶらで帰ったんだよな。ミカドが、明日ここへ来ればいいって言ったんだけど……。


「よう、待たせたな」


 なんだかざわざわと騒がしくなったと思ったら、武装した一団が狭い路地をぎっしりと取り囲んでいた。まわりの住人たちも何事かと出てきて、遠巻きに野次馬をしている。あっけに取られたオレ達の前に、ミカドが笑いながら現れた。


「な、言ったとおりだろ? 俺が出歩くと、こいつらがもれなく付いてくるんだよ。面倒くせぇったらありゃしねぇ」


 さっそくタバコを取り出して、ミカドは両側を固めるプロレスラーみたいな護衛を目で示して肩をすくめた。格好こそ立派な天子の服装だけど、気だるそうに煙を吐くアル中不良オヤジを、見物人たちは何者か認識しているのかな。


「大変なら、わざわざ出て来なければいいじゃない」

「まぁそう言うなよ。こいつを持ってきてやったんだ」


 かぐやが呆れてそっぽを向いた。ミカドはからからと笑って、お付きのマッチョが差し出した箱を開けた。高級そうな桐の箱に入っていたのは、無骨な灰色の器……ん? あれって確か、清涼殿で謁見したときにミカドが使っていた灰皿じゃ……?


「こいつが最後の秘宝“仏の御石の鉢”だ。ちぃっとタバコ臭くなっているが、ちゃんと洗っておいたから大丈夫だろ」


 このヘビースモーカー、よりによって秘宝を灰皿にしていたのかよ。んで、山盛りの吸い殻を捨ててきれいにするために、オレ達を先に帰らせた、と……なんて情けない。

 でも、ミカドのことだ、それにかこつけてかぐやを見送りに来たんだろう。こんな物騒な人たちをぞろぞろ引き連れてでも、簡単に外を出歩ける立場じゃない。それに、かぐやもあの灰皿が秘宝だったってことに気付いていたのに、ミカドに会っても何も言わなかった。こうなることを計算していたのかな。


「こいつぁ珍しいもんを見せてもらった。ワシも一世一代のワザをお見せせんとな」

「ハルアキさん、具体的にはどうするんですか?」

「フッフッフ、まぁそこで見ておれ」


 おぉ、ついに本物の陰陽術が見られるのか。ドキドキしながら後ろに下がったら、ハルアキさんは十二神将たちに指示して準備を始めた。ヨー以外の式神を見るのも初めてだけど、それよりもこいつらがおとなしくハルアキさんの命令を聞いているってことに目を丸くしてしまった。こいつはある意味、世紀の大奇跡なのかもしれない。


 ……と思ったら、さらにこれを上回る驚愕の光景が展開されてしまった。


「はんにゃら〜 ふんだら〜 ほにほに」


 ……。意味不明の呪文を唱えるなんちゃって陰陽師と、輪になって踊る紙人形たち。もはやコントとしか思えないこの状況に、どうツッコめと。いや、もう月への帰還も宝探しの苦労も全部無駄に終わったと、あっさりあきらめよう。うん。


「ぶぶべべ ぴ〜 ちゃっとっと ふんがー!」


 “竜の首の珠”を首にかけたハルアキさんは、“仏の御石の鉢”に“火ネズミの皮衣”を入れて火をつけた。“蓬莱の玉の枝”を振りかざしながら、声をからして呪文を叫んでいる。最後に“燕の子安貝”を火の中に放り込むと、炎が黄色く輝いて空高く伸びた。まぶしい……!


「ちゃららら、天の羽衣〜!」


 どこかの猫型ロボットをパクった決め台詞に目を開けたら、空からふわふわと薄い布きれが落ちてくるのが見えた。淡いピンク色の長衣は、ぼーっと見上げていたかぐやの両手にそっと着地した。


「どうだ、ワシのとっておきの秘術は!」

「っていうか、あの呪文と踊りはなくてもよかったんじゃ……?」

「何を言うか! あれは精神と法力を高める神聖な儀式なんだぞ!」

「これが、天の羽衣……」


 呆れるオレとムキになって怒るハルアキさんを無視して、かぐやは恐る恐る羽衣を広げた。踊りをやめた十二神将たちが、橋の欄干に沿って、空に向かって整列する。両側6体ずつ、まるで道を作っているみたいだった。……空への、月への道を。


「嬢ちゃん、それを着て、あの滑走路をまっすぐ飛んでいけば、月へ行くことができるぞ」

「……」


 かぐやは羽衣を手に持ったまま、オレとミカドを見た。彼女をじっと見返していたミカドは、ふっと肩をすくめてオレに目を向けた。2人の視線を受けながら、オレは少しだけ迷ったけど、かぐやの前に進み出た。黒く濡れた瞳は、見つめ合っているだけで胸がいっぱいになった。


「お前とまた会えて……出逢えてよかったよ。元気でな」

「……これ」 ぶっきらぼうに手を伸ばして、かぐやは押し付けるように赤い髪飾りをオレに手渡した。「約束、ちゃんと守ってよね」


 急に渡された髪飾りと、小さくつぶやいた声に気を取られて、いきなり2人の距離が縮まったことに気が付かなかった。唇に、柔らかい感触。火事現場でのそれと同じだって意識が追いついたときには、さっと目の前にピンク色が広がって、かぐやが羽衣のそでに腕を通していた。


「かぐや!」


 思わず叫んだけど、遅かった。天の羽衣を着た者は、悲しい記憶も楽しかった思い出も消えてしまう。過去を断ち切って未来への道を選んだかぐやの目には、もうオレ達の誰も映っていない。まぶしい光に包まれて、月へと続く道をまっすぐ舞い上がっていった。


 あまりにあっけない最後に、オレはただ空を見上げていることしかできなかった。光が、かぐやの後ろ姿が見えなくなっても、バカみたいに顔を上げて立ち尽くして。遠い遠い空の彼方には、真昼の白い月がぼんやりと浮かんでいるだけだった。


「……行っちまったな」


 ひと筋の煙を吐き出して、ミカドがつぶやいた。彼は4年前から、この日を覚悟していたんだろう。だからオレよりずっと落ちついているし、同じくらい悲しそうだった。


「シュウ、お前には本当に感謝している。お前は俺やかぐやを助けただけでなく、1,000年の歴史も守ってくれたんだ」

「歴史……?」

「後世に『竹取物語』ってのがあるだろう? あれは俺が、俺たちの話を書いたものだ。あのとおりに物語が終わらねぇと、歴史が狂って世界が崩壊してしまう」


 なんだって? 今こいつ、のんびりとタバコをふかしながら、とんでもないことを言わなかったか?


「あの話だけじゃねぇ。この際だからぶっちゃけ教えてやるけどな、すべての歴史は時の権力者が勝手に創っているんだよ。ま、特に俺は文才があるからな。天才陰陽師やら女流文学者やら、なかなかよくできていただろ?」


 軽くめまいを覚えた。こんなヤツらが、歴史を創っていただって? 自分の体験談を架空の物語風にしてみたり、キャバ嬢やら勇者もどきを偉人に仕立て上げたり……オレ達が学んできた歴史ってのは、いったいなんだったんだ……?


「おっと、つまらんことを言っている時間はねぇな。秘宝の力が残っているうちに、お前も元の時代へ戻れ」


 つまらんどころじゃない重大な話を切り上げて、ミカドはうなずくハルアキさんに確認して、オレを橋のたもとへと連れてきた。滑走路はまだあるけど、当然ながら羽衣もなければ、オレの故郷は月でもない。


「いや、オレは空飛べないんだけど……」

「心配するな、飛ぶ必要はない。お前が帰る先はあっちだ」


 ミカドが指をさした方に目をやった瞬間、背中をどんっと押された。完全な不意打ちで、オレは堪えることもできずに足を滑らせて、真っ逆さまに川へと転落した。溝みたいな小さな浅い川のはずが、どんどん深く飲み込まれていく……!


「あいつを頼んだぞ!」


 かすかにミカドの声が聞こえたような気がしたのを最後に、オレの意識は青黒い水の底に消えた。



冒頭出典:『竹取物語』より

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