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竹取の物語詩  作者: chro
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第二十四帖:アル中天子

 ――帰るさの みゆきもの憂く 思ほえて そむきてとまる かぐや姫ゆゑ



 見覚えなんか、あるわけがない。

 平成生まれには遠い過去でしかない平安時代の、ごく平凡な高校生には無縁の宮廷御所なんて。オレが知っているはずもないじゃないか。

 それなのに、どうしてなんだろう。さっきから、なんだか変な感じがするんだ。広大な庭を突っ切って、優雅な貴族たちとすれ違って、どこまでも続く廊下を進んでいって――。


 見覚えがあるわけじゃない。それどころか、毎日くり返す同じ行動……例えば学校の通学路みたいに、特別なことを“何も感じない”んだ。


 おかしいじゃないか。こんな非日常の空間に紛れ込んでおいて、普通に落ちついているなんて。最初こそ門の前で驚いたけど、奥に進むにつれて、だんだん『それ』が当たり前に思えてきた。この光景も、ここにオレがいることも。


「最後の秘宝は“仏の御石の鉢”だったわよね」


 迷いも遠慮もなく歩くかぐやが、ふり返りもしないでいきなり言った。オレは正体不明の違和感にどっぷり迷宮入りしていたから、返事をするのに妙な間ができてしまった。


「あ、あぁ。確か茶碗くらいの大きさの鉢だって、前にハルアキさんが言っていたな」

「ということは、たぶんあれね」


 かぐやは何か心当たりがあるらしい。ここまでの早い足取りはさらに確信を持って、ほとんど小走りに廊下を突き進むのを、オレも遅れないようについていった。

 そういえば、去年念願の海外旅行に行った友達が、初めて来たとは思えなかったなんて話をしていたっけ。それと同じようなもんなのかな。テレビやらガイドブックやらで、さんざん見かける有名な観光地。それを見ていたら、まるで自分もその場にいるかのような錯覚。初めてそこへ行くと、前にも来たことがあるかのような既視感。

 ということは、オレはそれだけ授業をサボって、歴史マンガやら資料集の写真やらを見ていたわけだ。うーん、やっとこの不思議な感覚に結論が出たものの、あんまりうれしくないな。


「ここから先は、殿上人でんじょうびとしかお通しできません」


 渡り通路を抜けて、もう1回中庭に出たところで、槍を担いだいかつい衛兵に阻まれた。殿上人っていうのは、五位以上の昇殿を許された人のことだ。つまりこの奥は、宮殿に入れる貴族の中でもさらにズバ抜けて偉い人しか入ることのできない、とっておきの最重要区域ってことだな。それじゃぁここは、帝が日常生活をしているっていう清涼殿……?


「私よ。彼に用事があるの。通しなさい」

「しかし、後ろの者は……」

「説明するのも面倒ね。彼に、私たちが来たって伝えてちょうだい。名前は言わなくてもわかるわ」


 衛兵たちは困った顔をしたけど、1人がおとなしく奥に入っていった。やっぱりかぐやは、この宮殿に来たことがある。それも、ごく限られた人しか近づけない清涼殿の中まで。


「お前、もしかしてどこかの大貴族だったのか?」

「そんなわけないでしょ。まぁ、こいつらがうるさいから、便宜上、六位蔵人ろくいのくろうどって地位はあるけど」

 

 それでも充分すごいぞ。五位以上って言ったけど、その下の六位蔵人も特別に昇殿の許可を与えられている。帝の秘書、雑用担当、食事係なんかで、政治的権限はほとんどないけど、帝の側近だから名誉な職だ。


「そうか。だから宮殿の中も詳しかったんだな」

「まぁ、ね。4年ぶりだけど」


 どうりで門番もあっさり道を開けるはずだよ。それにしても、だったらなんでかぐやがそんなすごい地位なのかってことが次に気になったけど、そのときさっきの衛兵が小走りに戻ってきた。


「お待たせいたしました。こちらへどうぞ」


 おいおい、今度はオレにまで丁重な態度だよ。ただの高校生相手に、武装した大男が腰を低くしてへりくだっている図は、オレが言うのもなんだけど、相手を間違えているんじゃないかと思う。じゃなきゃ、超ド近眼だな。


「こちらでお待ちください」


 通された部屋は、意外にも質素で小ぢんまりしたところだった。清涼殿へ来るまでに途中で通りかかった部屋には、けばけばしい置物とか派手な絵画とかが見えたけど、ここにはそんな余計なものは何もない。ただ、畳は青緑の新品で、部屋の真ん中にかかったすだれはオレが見ても見事な芸術的模様だから、地味に金はかかっていそうだ。


「よく来たな」


 きょろきょろと品定めをしていたら、すだれの向こう側に人影が現れた。声がしたのと同時に、猛烈な匂いがここまで飛んできた。こ、これ、毎晩オレの親父が吐き出している匂いと同じ……アルコール?


「久しぶりね、ミカド」


 隣のかぐやが、まっすぐにすだれの向こうを見据えて言った。え? 今、帝って呼ばなかったか? まさか……!


「久しぶりだな、かぐや」


 すだれがさっと上がって、立派な高御座たかみくらに鎮座する男が現れた。30歳くらいかな、若いけど貫禄がある顔立ちをしている。でも酒ビンを片手に紫色の束帯を着崩して、真っ赤な顔の上に載った冠も傾いていた。この玉座も服装も、たぶん天子に間違いないと思うけど、なんだ、この酒気帯びどころか完全な泥酔状態は。


「俺と会わない間、寂しかったか?」

「酔っぱらいの冗談はやめてちょうだい」


 ニヤッと笑った帝に、かぐやはいつものように冷たく言い捨てた。だけどその怒ったような笑っているような眼差しには、懐かしいって感情以上の優しい光が見えた気がして、オレは少し胸が痛くなった。こんなかぐやの表情を見たことは……あぁ、1度だけあったな。蹴鞠スタジアムからの帰り道、火事現場から助けたお礼を言ったとき、こんな目をして笑ったっけ。それを他のヤツに見せたのが、無性におもしろくなかった。


「そりゃ残念だな。ところで、お前がシュウか」


 まったく残念じゃなさそうに肩をすくめた帝は、オレに目を移した。見た目はただの酔っぱらいオヤジだけど、こうして目を合わせると、どこか迫力というか威厳みたいな逆らいがたい雰囲気だった。


「俺は見てのとおり、今上きんじょうの帝だ」 見てのとおり、って言われてもなぁ……。「あぁ、別に畏まらなくてもいい。俺を覚えて……いや、知っているか?」

「いえ……」


 酔いどれのおっさんなんか、知るわけがない。歴史上の帝の名前っていうのは、普通死んでからおくりなされるものだから、今がどの代なのかもわからない。


「……っていうか、それよりどうしてオレのことを?」

「知っているわけじゃねぇよ。名前がシュウってこと以外はな」


 ますます訳がわからない。さっきの衛兵はオレの名前を知らないはずだし、かぐやは知り合いでも何年も会っていないって言っていたし。オレが知っているならともかく、過去が未来を知るなんてあり得ないじゃないか。


「いろいろ言いたそうな顔だな」 帝はオレをじっと見据えて笑った。「話してやるよ。お前が訊きたいことなんでもな。……が、その前に」


 急にどんよりとなった目を廊下に向けて、外で控えていた家臣に向かって酒ビンを振りまわして叫んだ。


「おい、酒がなくなったぞ! 酒持ってこい! ついでにタバコもだ!」


 ついさっき感じた威厳は、いったいなんだったんだ。やっぱりこいつ、ただのアル中か……?



冒頭出典:『竹取物語』より

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