第二十一帖:勇者と姫と一般人
――征東副将軍坂上大宿禰田村麿已下蝦夷を征す
武士たちの棟梁『征夷大将軍』は、元は外敵と戦う軍団の隊長だった。敵って言っても、もちろん外国人でもエイリアンでもないぞ。都の朝廷の権力が及ばない東国、現代の東北地方に住む人たちを、異民族として侵略していたんだ。今なら、同じ日本人なのにバカだよなぁって思うけど。
で、2代目将軍職として東国平定を果たしたのが、坂上田村麻呂だ。この人、どこまでが苗字でどこからが名前なんだ?……なんて、どうでもいいことくらいしか記憶に残っていないヤツがほとんどだと思うけど、当時は『文の菅原、武の坂上』なんて言われるくらい、武術で右に出る者はいないヒーローだったらしい。あぁ、ということは、名前が田村麻呂なんだ……。
とにかく、征夷大将軍の地位は、都に進出したきた東国武士が利用することで威光と箔(?)がついてきて、鎌倉幕府から江戸時代が終わるまでの650年以上、事実上この国のボスになった。よく考えたら、征服されてきた東国人が征服軍の最高司令官を名乗るなんて、おかしな話だよな。
「ハァーッハッハッハッ! 麿こそは都の救世主、伝説の勇者なりぃ!」
……それにしても、だ。由緒ある総大将が、こんなアホでいいのか? つーか、なんだこのテンションは。
「シュウ殿、気合いが足らん! いつ魔物が襲いかかってくるかわからんのだ、油断してはならんぞ!」
「魔物もいるのかよ」
「それはわからぬ」 うぉい! 「だが、竜が棲む山ならばきっといる! いや、いないと麿の活躍が少なくなってしまうではないか!」
マロは剣を振り上げて、誰にともなく叫んでいる。勇ましいというより、むしろ危険な思想だな。近くに並びたくないから、一定の距離をとって後ろからついていった。
「かぐや、本物にアレ、大丈夫なのか?」
「要は首飾りさえ取れればいいのよ。あいつを盾にして、あんたが特攻すれば、なんとかなるでしょ。骨くらいは拾ってあげるわ」
ここにも危ない人がいるのを忘れていたよ……あの勇者バカはともかく、こいつはいつでも本気だからな。冗談で笑えたことなんかない。
「出たな、魔物め! 成敗してやる!」
あーぁ、野うさぎやら猿やらを追いかけまわしているよ。どう見ても魔物というよりただの動物、それも無力な小動物だと思うんだけど。弱いものいじめはよくないよ、自称・勇者さん。
今さらだけど、かなり不安になってきた。オレも何か武器になるものを持ってくるべきだったかなぁ。いや、オレはサッカー一筋だから、剣道も柔道もできないんだけどさ。サッカーボールで敵を倒すなんて、どこかの少年探偵みたいな芸当は無理だし。そもそもオレ、ただの一般人なんですけど。
「シュウ、あのね」
ん? 岩だらけの山道を登っていく途中で、かぐやが足を止めないで声をかけてきた。いつも言いたいことはズバズバ言うのに、なんだか言いにくそうに下を向いている。こんなかぐや、前にもあったな。初めて工務店セイメー堂を訪ねた日の夜……会いたいのに会えない人がいるか、って訊いたとき。
「もし秘宝が全部そろったら、私は月へ、あなたは元の時代へ戻ることになるわ」
「そうだな。やっと、帰れるんだよな」
「えぇ。でも、そうしたら……」
言いかけて、かぐやは口をつぐんでしまった。な、なんだよ。もっとうれしそうにしてくれよ。でなきゃ、これまで都を這いずり回った苦労が報われないし、オレも……オレだって……。
「……」
あぁ、オレも本当は素直に喜べていないんだ。最初は一刻も早く月へ帰る方法を探して、さっさと自分の時代へ戻りたいって思っていたのに。こんなタカビー女と一緒にいるなんて、まっぴらごめんだった……はずなのに。
この山で“龍の首の珠”を手に入れて。残る最後の秘宝を見つけたら。
こいつは本当に月へ帰ってしまうんだよな。もう、会えなくなるんだよな。さんざんドツかれて脅されて、でも、ときどき寂しそうな顔をするのが気になって……。
かぐやは、どう思っているんだろう。どうして黙っているんだよ。さっきは何を言おうとしたんだ? ちらっと横目でうかがっても、下を向いたままの表情を読むことはできなかった。
「なぁ、かぐや。もしかして、お前も――」
「そうね。そうしたら、こんな下界でのことなんか忘れて、楽しい生活に戻れるわ」
「かぐや……」
「本来、私はここにいるべき人間じゃないのよ。あんたとも、会うべきじゃなかった。だから、私が月に帰ったら、すべて忘れなさい。私も……全部忘れるから」
早口で言い捨てて、かぐやは坂道を走っていった。前を歩いていたのに抜かれたマロが、あわてて追いかけていく。1人残されたオレは、しばらくその場に立ち尽くしてしまった。一瞬見えたかぐやの目が悲しくて、何も考えられなかった。
それから、はぐれたオレを探しに戻ってきたマロに引っ張られて、また山道を歩き出した。今度はかぐやが前を行って、ふり返ろうともしない。この微妙な空気にもびくともしない勇者様は、オレの横に並んで1人でしゃべっていた。
「某、武術も兵法も馬術も、すべてマスターしているのだ。槍は宝蔵院流! 兵法は孫子! もちろん馬は一流サラブレットだぞ」
「あぁ……」
持っているのは剣だし、兵法どころか独り特攻しようとしていたし、馬もつれていないし。おまけに時代考証間違いすぎだ。ツッコミどころが多すぎて、まともに返す気にもならないよ。
「それが、こんな平和な世の中では役立つ場もなく……獲物を求めて都をうろうろしていたところ、奥山に竜が棲みついていると言うではないか! これは麿の力を世に示す、千載一遇の大チャンス! 神が与えたもうた試練なのだ!」
もう返事をするのも面倒くさい。さくっと無視して、できればこいつから離れたいと思いながらも、かぐやに追いつくのは気が引けた。あいつの背中、初めて見たかもしれないな。あんなに……小さかったんだ。
「やぁ! ついに現れたな!」
すぐ目の前にばっかり気を取られて、道の先に待ち構える巨大な影に気付かなかった。マロが叫んだ声で顔を上げたら、いつの間にか登りきっていた山頂に、見上げるほどあるデカい生き物が嫌でも目に入った。
「こ、こいつが……」
この黒雲の空にも負けない真っ黒な竜は、オレ達をじっと見下ろしていた。ゲームやアニメに出てくるまんま、でっかい牙、鋭い爪、真っ赤に燃える眼、金属みたいな鱗……どこからどうみても竜だ。その首には、確かに七色に輝く宝玉がぶら下がっていた。
「人間、か……?」
あわわ、しゃべったよ。マロは気合い充分に剣を振りかざして、かぐやはゆっくりと後退っていく。竜は口元によだれならぬ火をこぼしながら、今にも襲いかかってきそうな眼で、しっかりとこっちを見据えていた。
どうする、どうするよ、オレ!?
冒頭出典:『類聚国史』より