第二十帖:いざ、竜退治へ!
――奥山に 紅葉ふみわけ 鳴く鹿の こえ聞くときぞ 秋はかなしき
無事に秘宝“蓬莱の玉の枝”を手に入れることができたオレとかぐやはもちろん、100円ボールペンをうれしそうにカチカチするミッチーも、憧れのカリスマアイドルに会えたパープル・紫さんも、みんなが満足して帰ることができた。過程や実態はともかく、まぁ結果おーらいということで。
「それじゃぁ、またいつでも会いに……いや、むしろ愛に来ておくれよ、かぐやちゃん!」
「あーん、ミッチー様ぁ! 夢の超絶美形を間近で見られたおかげで、創作意欲がもりもり湧いてきたわ!」
未来の大人気アイドルの元祖(?)と、彼をモデルにした大作小説の筆者は、最後までハイテンションだった。コンサート会場の外で別れてからも、妙に疲れてしまっていた。
「おいおい、マジかよ。すごいなぁ。あと2つになってしまったぞ」
工務店セイメー堂に戻ったら、ハルアキさんの第一声は喜んでいるのか呆れているのか微妙だった。このなんちゃって陰陽師、本当に信じていいのか毎度のことながら不安になるけど、どうせ今さら他に選択の余地がないのも毎度のことだ。興味津々で秘法を調べている間に、次の宝の在り処をヨーに訊くことにした。
「ふっふん。じつはな、残りの2つはもう調べがついとるんや」
「マジかよ!? で、どこなんだ?」
「せやから、ヤロウに教える義理はないっちゅうねん。ペッ!」
こ、こいつ、紙人形の分際でつば吐きやがった……!
「次のコンサートは、紙吹雪で盛り上げてやろうかしら。それとも、紙飛行機なんていうのもおもしろいわね。月の向こうまで飛んでいきなさい」
「すんません。ごめんなさい。申し訳ありませんでした」
かぐやがつぶやいた一言で、あっさり態度を変えるこの紙切れには、もう怒る気にもならない。
「1つはちょっと厄介なとこやから、先にもう1つの方でいきましょか。都から半日のとこにある奥山っちゅうとこですわ、姐さん」
いきなりどーんと腰が低くなって、ヨーは手もみしそうな勢いで丁重に説明した。奥山って、紅葉がきれいで鹿が歩いているようなところなのかな。
「その山の、どのあたりなんだ? 全部探すのはさすがにキツいぞ」
「それなら大丈夫や。山頂に棲んでいる竜の首にあるから、迷うことはないやろ」
「竜!?」
竜って、つまりドラゴンだろ? 火を吐く、でっかい牙と爪の、あれ? まるっきりゲームじゃん。そこまでファンタジーにしてもいいのかよ。
「いちおう訊いておくけど、もちろん本物……だよな」
「当たり前や。正真正銘、今まで退治に向かった武士をことごとく返り打ちにしてきた最強の竜やで」
さっき確か、もう1つは厄介なところにあるから後回しにするとか言っていなかったっけ? 最強の竜の方がマシってあんた、次は魔王ですかい。
「そんなの無理。絶対無理だって。諦め……」
「場所がはっきりしているなら簡単ね。行くわよ、シュウ」
「……ないよなぁ、やっぱり」
まるで隣ん家のポチのところへ行くかのように、かぐやはあっさり言った。あぁ、もちろんこの大胆不敵高飛車女を止められるなんて初めから思っていないから、オレもおとなしくついていった。無事に生きて帰れることを祈りたいけど、神様がこの紙切れじゃ、余計に絶望的な気分だよ……。
都のはずれから遠くに見える奥山の上空には、真っ黒などんより雲がぐるぐる渦巻いていた。都は華やかで雅な雰囲気なのに、あそこはまるで地獄の入口だ。確かに、あれなら竜の1匹や2匹いてもおかしくないな。山のふもとに立って見上げたら、異様な威圧感で背中がこそばゆくなった。
「なぁ、かぐや。まさか本気で竜に勝てるなんて、考えているんじゃないよな?」
「泣き言言っているんじゃないわよ」こいつこそ本物の魔王だ……。「ほら、あいつの気合いを見習いなさい」
「うぅおぉぉーッ!」
な、なんだありゃ……? 変な男が、山の入口で雄叫びを上げているぞ。赤いマントと白銀の甲冑を着て、両刃の剣をふりかざしている。町中で見かけたら間違いなく通報してしまう変質者だけど、このおどろおどろしい背景にはなぜか似合っていた。
「悪竜バルバドス! 今日こそ麿がぶっ飛ばしてやるでおじゃるぞ!」
やっぱり変態かもしれない。こういうヤツには関わらないのが1番だな、うん。放っておいてこっそり行こうと思ったら、いきなりばっとふり返って、通り過ぎようとしていたオレ達に目を止めた。目が合ってしまった。
「そなたら、ちょうどいいところへ来た! 竜退治の供をせい!」
「いや、オレ達は――」
「私たちもそのつもりよ」あぁ、かぐやが答えちゃったよ……。「もちろん、あんたが私のお供をするんだけど。どこの武士なの?」
「フハハハハ! 耳の穴をかっぽじってよーく聞くがいい!」こいつも自己紹介だけで、いちいちうるさいヤツだ。「麿の名は坂上田村麻呂! 都の平和を守るため遣わされた、伝説の勇者なり!」
「要するに左遷されたのね」
「さぁ、行くぞ者ども! いざ竜退治へ!」
かぐやのつぶやきもオレのため息も無視して、麻呂は気合い充分に突っ走っていった。この世界は、どうしてこうテンション高いのばっかりなのかなぁ。
けど、まぁ、いざとなったらあいつを盾にして秘宝を奪えばいいか。
「わかっているじゃない、シュウ」
「お前に学んだよ」
珍しく意見が合ったオレとかぐやは、いかに楽をして宝を手に入れるか、あのウザい勇者もどきをいかに関わらず利用するかを考えながら、距離をあけてついていった。
冒頭出典:『百人一首』第五首