第二帖:月から来た姫君
いきなりまぶしい光が飛び込んできて、オレは反射的に目を閉じた。でも、その後すぐに、なんの明かりなのかと思って少しだけ目を開けたら、ニセモノみたいに真っ青な空とまん丸い太陽が、オレの上にあった。あぁ、なんていい天気なんだ……って。
「え……?」
いやいや、どこだよ、ここは? さっきまで教室の1番後ろの席にいたはず……なのに、まわりをぐるっと見まわしたら、どこかの森の開けたところみたいで、オレはその真ん中で大の字に寝転がっていた。遠くで鳥の声がしていて、涼しい風がさぁっと吹き抜けていく。どうなっているんだよ……歴史の先生もクラスのヤツらも、近くには誰も――
「こんなところにいたのね。探したわよ」
――いた。起き上がってふり返ったら、知らない女の子が腰に手を当てて、オレをにらみつけるように見ていた。
オレと同じくらいの歳かな。腰まである長い黒髪を後ろで束ねていて、雪のように白い肌に、細めの黒い瞳と赤い唇が映えている。変わった服……白いシャツの上に、色とりどりの細かい模様が縫いこんであるロングコートは、どこかの制服なのかな。
結構、マジで、めちゃめちゃかわいいぞ。どこの学校のコなんだろう。
「何ボーっとしているの。早く行くわよ」
「え?行くってどこへ?」
「都に決まっているじゃない」
えーっと……話の展開がまるで理解できないんだけど。
「そもそも、あんた、誰だ?」
「名前をたずねるときは、自分から名乗りなさい」
「……片桐修平です」
「知っているわよ」
……な、何なんだ、こいつは。かわいい顔して、かなりいい性格をしているぞ。
「ま、これから一緒にいろいろまわることになるから、名前くらいは教えておいてあげるわ。私はかぐやよ」
「家具屋? ――イテッ!」
「次は、そこの竹やぶの竹の子が、あんたの首で1つ増えることになると思いなさい」
怖ぇ……言っている内容も据わった目も、全然シャレになっていないぞ。手加減なしにドツかれた頭を押さえて、ここは逆らわないことにした。
「それじゃ、もしかして、あの竹から生まれたかぐや姫の?」
「そう。もしかしなくても、あのかぐや姫よ」
女の子は、まったく当然のようにうなずいた。そう言われてみれば、そのカラフルな上着も、十二単のアレンジに見えなくもない。確かに、黙っていればお姫様の気品もあるけど、この中身で大和なでしこを名乗るのは、ちょっとサギだろう。
「なんか言った?」
「いえ、なんでもないッス」
何もしていないのに、反射的に頭を下げてしまった自分が悲しい……。
「ひとつ、教えておいてあげるわ」 嘘か本当かは別にして、態度はあくまでお姫様……というか、女王サマか?「ここは、あなたの時代より1,000年前の世界よ。ただし、あなたが知る過去とは少し違うと思うけど」
「1,000年前って言ったら、平安時代か?」
かぐやはほんの少し間をあけて、小さくうなずいた。
オレ、体育以外の成績は中の下くらいだけど、じつは歴史は得意なんだ。あのじいさん先生の授業は苦手だから聞いていないだけで、本当はかなりマニアックに詳しいんだぞ。
と、今はそういう問題じゃなくて、オレは1,000年前の平安時代に来ているってことなのか?そんなわけがない……って言いたいところだけど、タイムスリップをできないって確証もない。目の前に、そうだと言い切るヤツがいるんだから、とりあえずは疑うよりも信じてみよう。
「で、オレに何をどうしろと?」
「あなたには、私が月へ帰る手伝いをしてもらうわ」
「……オレ、ロケットなんて作れないぞ」
「それじゃ、何か他の手段を考えなさい。言っておくけど、私が帰れるようになるまでは、あなたも元の時代には戻れないからね」
なんだかとんでもない展開になったってことを、今ごろふつふつと実感してきた。
ワケのわからないうちに別世界に連れてこられて、月に行く手段を見つけないと帰れないだって? もうすぐ地区予選が迫っている部活は、来週の数学のテストは、ベッドの下に隠しておいたエロ――ごほん、机の裏のヘソクリは、いったいどうなるんだよ。
そもそも、オレはなんでこんなところに来ることになったんだ? 午後1番の、最高に眠い歴史の授業中だったはず……いつものように先生がだらだらと教科書を読んでいて……オレは外のグラウンドでやっていた体育のサッカーを見ていて……それで……。
うーん、まだ頭がもやもやして思い出せない。それから気が付いたら、ここに寝転がっていたんだっけ? やってきた過程がわからないのに、帰る方法なんかわかるはずもないじゃないか。
でも1番の問題は、過去にすっ飛ばされたということよりも、高飛車女にあごで使われるこの境遇なのかもしれない。
「どうしてオレが、こんなメに遭うんだよ……」
「それは……」 ん? かぐやが初めて目を逸らせた。「なんでもいいじゃない、そんなこと。それよりほら、早く来ないと置いていくわよ、シュウ!」
「あっ、待ってくれよ!」
あれこれ考える暇もなく、というより選択の余地さえないまま、オレはさっさと歩き出したかぐやについていくしかなかった。どこのどんな時代だろうと、こんな森の中に取り残されたら、それこそ迷子確定だ。この先に町があるらしいから、とにかくそこまでは連れていってもらわないと。元の時代、家に帰る方法を探すのはそれからだ。
それにしても……。
『シュウ……』
さっき初めてかぐやがオレの名前を呼んだけど、なぜか初めてじゃない気がした。どうしてそう思ったんだろう。自分の考えたことがよくわからない変な感覚だけが、この変な世界が夢じゃないってことを知らせていた。
『風と空〜』と同時進行なので、更新が少し遅くなるかもしれません。
どちらもオチだけは決まっているのですが……。