第十九帖:ようこそここへ
――ようこそ ここへ〜 あそぼうよ パラダイス♪
コンサート会場になっているミヤコ武道館は、蹴鞠スタジアムに勝るとも劣らない規模と大熱狂だった。現代の日本武道館と同じとすれば、ざっと1万人の満員御礼だ。それも見渡す限り客のほぼすべてが女性で、下は小学生くらいの子供から、上はオレのばあちゃんくらいのご老体まで、かなり幅広くそろっている。
そんな彼女たちの黄色い絶叫が集中放火する真ん中のステージには、スポットライトに照らされた7人組アイドルグループが満面の笑みを振りまいていた。軽快なローラースケートさばきで、新曲『パラダイス平安』を熱唱している。この踊りといい、この歌といい、どう考えても80年代某アイドルのデジャヴなんですけど。
「やぁ、かぐやちゃんじゃないか! ようこそ、ボク達のコンサートへ! やっと来てくれてうれしいよ!」
「……」
武道館の前で事前サイン会をしていたミッチーこと藤原道長に会うと、予想どおりあっさり顔パスで入場することができた。なんで名前を知っているのか、どうして直接声をかけられるのかと、まわりの女の子たちの無言の視線がグサグサ突き刺さって、オレは体中に穴が開きそうだった。そんな光栄(?)なミッチーの歓迎にも、かぐやは苦い顔で目を逸らしていたけど、怒鳴ったり毒を吐いたりしなかったというのは、こいつにしてはかなりの自制だ。
「あぁっ! ミッチー様、最高ーッ!!」
かぐやの友人と自称して、ちゃっかり握手をしたパープル・紫さんは、他のファンに負けないように、メガネが吹っ飛びそうなほど全力で叫んでいる。一生手を洗わないなんて宣言していたけど、トイレの後は近づかないようにしよう。
「なんだか、ここにいること自体が屈辱だわ」
おそらくチケットはプレミアもののコンサートに特別に入れてもらっておいて、かぐやはかーなりご機嫌斜めだった。隣で飛び上がっているパープルさんをにらみつけているけど、そんなものが彼女に効くはずもない。オレは生まれる前に流行った歌(……の似て非なるもの)を聞けてラッキーだけどな。
会場に入る前から全力暴走のパープルさんと、まったく冷めたままのかぐやの間で、オレはとても反応に困ったコンサートが終わったら、さっそく楽屋裏に向かった。さて、ここからが本題だ。ミッチーから、どうやって秘宝をいただこうか。
「悩むことなんてないわよ、シュウ。いざとなったら……」
「内蔵は売らないし、切腹もしないぞ」
「あんたの腹なんか誰も見たくないわよ」この前は自分が言ったくせに……。「その代わり、死ぬ気で強奪してきなさい」
どっちにしても酷い(←ヒドいともムゴいとも、好きな方で読んでください……)、選択肢にもなっていない極悪な命令だ。
「……来た!」
コンサート上がりの7人が出てきた瞬間、またしても殺到するファン達で大騒ぎになった。この中からミッチーを連れてくるように頼んだら、パープルさんはむしろ本望とばかりに目の色を変えて突進していった。あの猛烈なエネルギーと、かぐやの名前を出したら、たぶん大丈夫だと思うんだけど……。
「か〜ぐやちゃ〜ん!」
……けど、本当に来るとムカつくのはなんでなんだろう。まわりに邪魔されないように、人混みの中に潜り込んでからこっそり消えて、会場の地下通路まで逃げてきた。
「やぁ、かぐやちゃん! コンサートに来てくれたばかりか、こうして特別に会えるなんて感激だよ!」
「私が呼んであげたんだから、ありがたく思いなさい」
こんな大人気トップアイドルに、しかもこれから頼み事をしようって相手にも、こいつはあくまで上から目線だな。エムじゃないなら、ミッチーはこの高飛車女のどこがいいんだろう……? 後ろのパープルさんは、目がハートになっていて話にならない。仕方がないから、オレが秘宝“蓬莱の玉の枝”を探していることを説明した。
「ふーん、あの金色の飾りか」
「はいっ! わたくしが差し上げたものですわ!」
尻尾を振る子犬のごとくパープルさんが答えた。ミッチーはあんまり興味がなさそうな顔だったけど、急に何かを思いついて手を打った。
「そうだ! それじゃあ、こうよう。かぐやちゃんがボクとキスしてくれたら、あの枝をあげるよ」
「なっ……!?」
3人とも目を丸くして耳を疑った。ミッチーだけがにこにこ笑っている。か、かぐやとキス、だって……?当然ながら、かぐやもパープルさんも噛みつきそうな勢いで反論した。
「冗談じゃないわよ! なんであんたなんかと!」
「そんな! 代わりにわたくしがやります!」
「いやぁ、ボクはかぐやちゃんがほしいんだよ。この麗しい美貌、そっけない中に隠した繊細な心に、ボクはすっかり囚われてしまったんだ」
美貌は認めるけど、繊細ってのは幻想もいいところだぞ。いつもならツッコんでやるところだけど、今はオレも放っておくわけにいかない。
「待ってくれ。なんとか他の条件で勘弁してくれよ」
「他って? 自慢じゃないけど、ボクは望むものほとんどなんでも手に入るんだよ」
う……た、確かにそうだよな。金は1円も持っていないし、引き替えになるような宝物もないし。冷静に考えたらまったく無茶な取引だけど、でも……!
「何年かかってでも絶対に代わりのものを見つけてくるから、オレにできることならなんでもするから、頼む! かぐやだけは……!」
「なんでも、ねぇ。たとえば、裸で都中を歩くなんてことでも?」
「く……そ、それで許してくれるなら……」
「シュウ……!?」
かぐやがあわてて入ってきたけど、オレとミッチーはお互いに目を逸らさなかった。恥ずかしいけど、それなら金も物もかからないし、どうせここじゃ学校のヤツらもいないし、かぐやを好き勝手にされるよりはマシだ。
「……ん?」ミッチーの目が、急にオレの目から離れた。「それはなんだい?」
いきなり言われたから、何か変なものでもついついるのかと思ったら、制服の上着のポケットにさしたボールペンしか見当たらなかった。え、これ?
「何って、ただのボールペンだけど」
「ぼお、るぺん?」
いや、区切るところ違うから。そうか、平安時代にボールペンはないよな。珍しそうにしげしげと眺めているミッチーとパープルさんの目の前で、カチッと押したら、飛び出てきたペン先にビクッとした。
「す、すごい! なんて神秘的な筒なんだ! そうか、もしかしてキミは陰陽師なんだね!?」
「いや、オレはただの高校生……」
「そうに決まっているよ。これは鬼を退治する魔よけの祈祷棒なんだろう? 似たようなものを、知り合いの陰陽師が持っていたんだ」
「へぇー、シュウさん、それでそんなおかしな格好をしていたの」
いったいどんな勘違いなのか、2人がオレを見る目は尊敬の眼差しになっていた。陰陽師ってあんた、あの胡散臭いオカルト発明家とオレは同類に見えるのか? かなりショックだ。
「なぁ、それと交換ってわけにはいかないかい? もちろん貴重で大事なものだっていうのはわかっているけど」
「あぁ……そうだなぁ。この際仕方ないか。なんでもするって、さっき言ってしまったし」
「わぉ! 本当にいいのかい!?」
1本100円の“貴重で大事”なボールペンを、もったいぶって渋々渡したら、ミッチーは目を輝かせて喜んだ。代わりに受け取った金色に輝く秘宝を見ながら、オレは引きつった笑いで感激の握手に応えた。パープルさんにあげたもらい物のサイン色紙といい、このなんの変哲もない量産安物ペンといい、とても良心が痛いです。
冒頭出典:『パラダイス銀河』(光GENJI)より。
サブタイトルを見て真っ先に桜田淳子が思い浮かんだ方、そのお年頃で読んでいただいて光栄です。