表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竹取の物語詩  作者: chro
17/29

第十七帖:学問の神様の家

 ――東風こち吹かば にほひをこせよ 梅の花 主なしとて 春を忘るな



 頭がいい学者で仕事ができて漢詩の達人でもあった菅原道真すがわらのみちざねは、宇多天皇に取り立てられて右大臣まで務めた。でも、こういう有能で真面目な“いい人”っていうのは、本人が気付かないところで妬みや恨みを買っていることが多いもんだ。逆恨みをした藤原時平たち政敵ライバルたちが、


「なんだよあいつ、イイ子ぶりやがって。ムカつくぜ!」


 ……なんて言ったかどうかはともかく、適当な濡衣を着せて左遷してしまった。あわれ道真は吹っ飛ばされた辺境の地で無念の死を遂げた。

 けど、話はそれだけでは終わらない。その直後から都で天災、疫病、怪事件がわんさか続いたから大変だ。心当たり大アりの時平はもちろん、一緒になってイジメていた小心者の貴族たちも道真の祟りだとパニクった。そして神様仏様道真様とばかりに、神社まで作って祭ってしまった。本人的はどんな気分だったのか、1,000年後まで学問の神様で有名なその人には、オレも受験のときにお世話になったよ。



 で、こっちの世界の道真さんはというと、いきなり現れた不審者を家に入れてくれたばかりか、ニコニコ微笑んでお茶まで出してくれた。このゆる〜い顔には、出世欲も野心もまるで感じられない。


「あはは。君たちが来ることを、ハルアキさんからの早バトで聞いていたからだよ」


 ここではドウシンって名前らしい菅原道真、あくまでニコニコと説明されても、まったく説得力がない。この笑顔の絶えない若旦那さんは、親戚でも通りすがりでも逃亡犯でも来る者拒まず招き入れかねないくらい、金も親切心(お人好しともいう)も有り余っているらしい。周りの塀が見えないくらい広大な庭には、筋肉マッスルオヤジの銅像やらラフレシア並の巨大花やら、よくわからん物体がそこら中にごろごろしていて、さらに明らかに外部の一般人らしい人が何人も普通にうろついている。


「それで、“蓬莱の玉の枝”を探しているんだって?」

「はい、ちょっとそれが必要なことがあって……もしよかったら、貸してもらうことなんてできないですか?」

「いいよ」


 即答かよ。なんとなく予想はしていたけど。


「でも、あげちゃったんだよね。残念だけど」

「あげた!?」


 オレとかぐやは声をそろえて叫んだ。窓から乗り出して庭を見まわしてみたけど、金色に輝く枝はどこにも見当たらなかった。


「つい先日だよ。僕の幼なじみのコが強引に持って行っちゃって」

「その人、どこにいるんですか?」

「ウチのお隣さんだよ。パープル・紫っていうペンネームの小説家なんだ。今はまだ売り出し中だから、知っている人は少ないけど」


 紫……小説家……ね。この世界の人物連想ゲームにはもう慣れたから、誰なのか想像はできるけどな。あえて言わないでおこう。さっそくそこへ行ってみることにして、突然押しかけたときと同じようにあわただしく席を立った。


「ところでドウシンさん。もしかして、近いうちに九州へ行く予定なんかありますか?」


 どうしても気になっていたことを、帰り際に聞いてみた。この人畜無害なお人好しが他人に嫌われているとは思えないけど、金持ちってだけでトラブルが多いだろうから、ちょっと心配になった。そうしたら、ドウシンさんはちょっと首をかしげて笑った。


「キューシューっていう名前のホテルがあるのかな? 今度、筑前国に旅行に行くんだよ。同僚の時平くんが、旅行券が当たったけど行けなくなったからってくれたんだ」

 やっぱり……! 「ダメだ、ドウシンさん。行ったら――」


 言いかけたオレの腕を、かぐやがつかんで止めた。どうしてだよ。こんな善良な人を、生きて帰ってこられないことがわかっている旅に行かせるなんて……そう目で訴えたけど、かぐやは黙ってかぶりを振るだけだった。厳しい顔の中に悲しい表情で何かを伝えようとしているようで、オレは言葉の続きを言えなかった。


「……九州までは遠いから、気をつけてください」

「うん、ありがとう。君たちも、また帰ってきたら遊びにおいでよ」


 ニコニコと笑いながら手を振って見送るドウシンさんの顔を、まともに見ることができなかった。いくらおかしな世界とはいえ、過ぎ去った歴史の出来事とはいっても、どうしても見殺しにした罪悪感でいっぱいになって、オレは初めて未来を知っていることを悔やんだ。



 壮大な敷地を誇る大豪邸の隣にある、駆け出しの小説家宅に向かうため、オレ達はてくてくと来た道を戻った。門までの道のりはほとんど町1つぶんじゃないかと思うくらいだから、屋敷に入って出るまでにかかる時間と体力は膨大で、今こそあのF1牛車ぎっしゃがほしいと思った。


「かぐや、さっきはなんで止めたんだよ」


 やっとのことで門を出てから、今度は延々と続く塀を伝っていく間にかぐやをふり返った。止めたということは、彼女もこの先の歴史を知っているってことだ。つまり、ドウシンさんの未来も。いくらこいつが高飛車で傲慢でも、人が死ぬのを放っておくほど残忍じゃないはずだ。


「私は、あの金持ちボンボンがどうなるのかなんて知らないわ」

「だったら、どうして……ドウシンさんは九州で病死することになっているんだぞ。本当は左遷されてだけど、あの旅行券っていうのも時平の陰謀だよ」

「でしょうね」

「だから、今ならまだ止められたのに……!」

「止めてはダメよ。それが歴史なんだから」


 はっきりと言ったかぐやの声は、逆らいがたい威厳と、なぜか泣きそうな震えのようなものがあった。


「前にも言ったように、ここは過去の世界。あんたが思っている歴史とは違うでしょうけど、これが本当の過去なのよ。だからそれを変革したら、未来に狂いが生じるわ。もしかしたら、あんたの存在そのものにも影響するかもしれない。そうすれば、過去も未来もすべてが壊れてしまうのよ」


 冗談だろ、とは言えない気迫が、かぐやの真剣な目にはあった。こんなおかしな世界が本当の過去だってことも、人1人が生きるか死ぬかくらいで未来が壊れてしまうことも、その可能性をオレが持っているなんてことも、全部が嘘っぱちにしか思えない。そんな大げさな話、信じられるわけないじゃないか。

 でも、かぐやは笑っていなかった。


「すべては過ぎたことなのよ。シュウが罪悪感を覚えることはないわ」


 バレていたのか。かぐやがそれを心配してくれていたことがわかって、ちょっとだけ胸が軽くなった。考えてみれば、たとえこの世界が正しい歴史だとしても、オレとかぐやの存在だけは間違いなく間違っている。おとぎ話の登場人物と未来の高校生が過去の世界をうろついているっていうのは、それだけで歴史を歪めている気が、今さらながらしないでもなかった。



冒頭出典:『拾遺和歌集』より

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネット小説ランキング>歴史部門>「竹取の物語詩」に投票 ネット小説の人気投票です。投票していただけると励みになります。(月1回)
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ