第十六帖:遥か遠い思い出
タバコの火が原因でスタジアムの一角を焼いた大火災は、消防団が鎮火してからもしばらく混乱が続いていた。幸い、入院クラスのケガをしたヤツはいなかったみたいだけど、1番重症だったかぐやがあくまで大丈夫だって言い張るもんだから、オレ達は検非違使(都の警備、裁判、その他もろもろの権力を持った面倒な人たち)にうるさく事情を聞かれる前にズラかることにした。
「ありがとな、シュウ。お前とプレイできて楽しかったぜ」
ファンの包囲網から逃げてきたナリミチが、スタジアムの外まで見送ってくれた。当代きってのエースが見せた鞠さばきや試合の運び方は、オレもいい勉強になったよ。同じ学校、同じ時代なら、きっと親友にもなれたはずだったけど。
「なーに言ってんだよ。同じ鞠を蹴ったヤツは、もう大事なダチだぜ」
「ナリミチ……また、一緒に蹴鞠をやろうな」
「いつでも歓迎するぞ。今度は俺にも“さっかー”ってやつを教えてくれよな」
「あぁ、約束だ!」
このおかしな都で初めてできた友達としっかり握手を交して、オレとかぐやはスタジアムを後にした。
「……」
「……」
あぁー……なんていうか。ナリミチと別れて歩き出したとたん、重〜い沈黙が背中にずっしりとのしかかってきた。隣のかぐやは、まっすぐ前を向いたままだ。なんでこんなに空気が重いんだよ……いや、オレが意識しすぎているだけなのかもしれないけどさ。
『なぁ、頼むから戻ってきてくれ』
悪いことをしたわけじゃないのはわかっているんだけど、あのときのことを思い出したら恥ずかしくて落ちつかなかった。緊急事態だったとはいえ、こいつとキ……
「ねぇ、シュウ」
「えぁっ!?」
匂いから感触までどっぷり思い出し妄想につかっていたから、いきなり呼ばれたらげっぷが出そうになった。すぐに元気になったものの、かぐやもあれからずっと黙ったままだったから、何を考えているのか気になるし気まずいしだった。
「どうして来てくれたの? あんな危険を冒してまで」
「どうしてって、そりゃ放っておくわけにはいかないだろ」
「知り合いだから? 知り合いなら誰でも助けた?」
「誰でも、って自信はないかな」
例えばどこかのナルシスト人気アイドルなら、いくら知り合いでも助けにいく保証はない。
「ところで、お前はどうして逃げなかったんだ? 近くのヤツらはみんな逃げられていたみたいだったのに」
「……これを、探していたのよ」
かぐやがしっかりと両手に持っていたのは、赤い石が付いた髪飾りだった。確か、いつも長い髪を束ねた先に付けていたやつだ。
「ふーん。大事なものなんだな」
「えぇ。あなたがくれたものだから……」
「え?オレがどうかした?」
「ううん、なんでもないわ」
気になるなぁ。なんて言ったのか、はっきり聞こえなかったよ。オレがどうしたんだろ。
「あのさ、変なこと訊きたいんだけど。オレ、前にお前とどこかで会ったこと、あったっけ?」
「……」
「あ、ごめん。はは、あるわけないよなー。ここはオレが生まれる1,000年も前の時代なのに。ボケちゃったよ、ははは」
かぐやがツッコんでくれないから、オレは1人で言い訳がましく笑っておくしかなかった。うーん、こいつがいつもと違っておとなしいから、調子が狂っちゃうよ。
「……とう」
「へ?」
「まだお礼を言っていなかったでしょ。ありがとう」
「あ……い、いいっていいって、あれくらい」
おいおい、あのタカビー女が素直にありがとうを言ったよ。さっきから様子がおかしいと思っていたけど、まさか頭でも打ったのか? ……なんてからかってやろうと隣を見たら、かぐやがオレを見上げてにっこり笑った。こいつの笑顔、初めて見た……か、かわいいじゃないか……。
「さ、残りの秘宝もさっさと集めるのよ、シュウ!」
「あっ、ちょっと待ってくれよ!」
さっきのは幻だったんだろうかと思うくらい、一瞬で元の強気な笑みに替わったかぐやが走り出した。オレもあわてて追いかけたけど、走る前から心臓がドキドキしたままだった。
2つ目の秘宝もどうにかゲットしたオレ達は、前と同じように工務店セイメー堂に戻って、次の宝の在り処を教えてもらうことにした。火ネズミの皮衣を手にしているのを見て、ヨーがあからさまにホッと安堵していた。こいつ、自信があってあの場所を教えたんじゃなかったのか……?
「おぉ、皮衣も無事に見つかったか」ハルアキさんが興味津々にあれこれ見てきた。「ほー、これが燃えない毛皮か。幻獣火ネズミが、まさか本当に存在していたとはなぁ」
「あんた、まさか信じていなかったの?」
「はっ、いやいや! もちろん信じていたとも! 当然じゃないか!」
かぐやの殺意満々のにらみに、ハルアキさんは後退って壁に張り付いた。この陰陽師と式神の主従(どっちがどっちかは別にして)、本当に大丈夫なんだろうか。
「そ、そうだ。わし、3つ目の秘宝がある場所を思い出したんだ」
「デタラメ言ったら、わかっているでしょうね」
「も、もちろんです。はい」
「かぐや、恫喝はやめろよ……」
「あんたも、なんか文句あるの?」
「……いえ、ないです」
あぁ、さっきあんなにかわいいと思った笑顔は、はるか遠い昔のことのようだよ。
「秘宝のひとつ“蓬莱の玉の枝”が、都で1番の大金持ちの屋敷にあった」
「『あった』……?」
「わしが見たのは5年前のことだ。あそこは代々、偉い学者を輩出する家系で有名なんだが、そこの坊ちゃんと学会で知り合ってな。屋敷での茶会に何度か招かれたとき、金色に光る枝を庭で見た」
「普通に生えているものなのか?秘宝なのに」
「いんや、付け毛ならぬ付け枝だ。何しろ金も知識も有り余るくらい持っているからな。各地の名品珍品を収集するのが、先代の趣味だったらしい」
なるほど。今もあるかどうかはわからないけど、行ってみる価値はありそうだな。
「それで、その屋敷はなんてところなんだ?」
「ボウズ、あの超有名な菅原家を知らないのか?」
「菅原……学者……あぁ、あの有名な学問の神様か」
「神様ってほど有名なのか?」
「あ、いや、こっちの話」
「そこなら、私も知っているわ。庭だけでも、このおんぼろ工場の100倍はあるでしょうね」
かぐやが知っているなら話は早い。なんだかとんでもなく金持ちらしい屋敷へ、さっそく行ってみることになった。そんな大金持ちの学者様相手に、いきなり「秘宝を貸してくれ」なんて言ってもいいものなのか、それ以前にアポなしで会ってもらえるのかさえ不安なんだけど。
「行きましょう、シュウ。そいつから宝を奪い取るのよ」
「それじゃ強盗だろ……」
まぁ、なんとかなるかな。かぐやが元気になって、こうして笑っていてくれればそれでいいなんて、オレはこっそり考えていた。