第十四帖:蹴鞠対決!
――あそびわざは、さまあしけれども、鞠もをかし
外からでもすごい騒ぎだったスタジアムの中は、それこそ耳がバカになりそうなほどの大歓声に包まれていた。明るい昼の空に花火がバンバン上がって、それぞれのチームの応援歌がとんでもない音量で鳴り響いている。青いユニフォーム“ガンバレ難波”応援団が西側に、紫のユニフォーム“京都サンカク”応援団が東側に陣取って、試合前から激しいにらみ合いと応援歌合唱合戦がくり広げられていた。
「シュウ、絶対に勝ちなさいよ!」
応援席の最前列から叫ぶかぐやの声が、この轟音の中でもはっきりと届いた。言い方はいつものことながら、まわりに負けないように声を張り上げているっていうのが、ちょっとかわいいやらうれしいやらで、紫ユニフォームを着たオレも手を振って応えた。あいつがめずらしく笑いかけるもんだから、なんだかドキドキしてしまった。
「あのコ、すっげぇかわいいよな」横からナリミチが突っついてきた。「カノジョが応援しているんだから、いいところ見せろよ」
「いや、オレ達はそんなのじゃ……」
「ハハハッ! 照れなくてもいいって!」
勝手に勘違いしているナリミチは軽く笑って、自分もファンの女の子たちに手を振っていた。オレ達、そんなふうに見られていたのか? 中身はまるで女王サマと下僕なんですけど……。
「ただいまより、蹴鞠トーナメント決勝戦を行います!」
いよいよ試合開始の時間になって、オレ達はフィールドの中央に集まった。向かい合う“ガンバレ難波”は、巨大なラグビーの壁よろしく、ガタイのいい選手ばかりがズラリと並んでいる。両チーム合わせてもオレとナリミチが最年少らしいけど、隣はまったく涼しい顔をしていた。
「いいな、シュウ。ルールはさっき教えたとおりだ。俺たちでガンガン点を稼いでやろうぜ!」
上鞠は、両チームの中で1番の選手がやることになっている。ナリミチは緊張しているオレの肩を叩いて、慣れた様子で前に出ていき、全員がポジションについたところで鞠を蹴り上げた。
このおかしな都での蹴鞠は、本で見かけて少しだけ知っている蹴鞠のルールと、オレがやっていたサッカーのルールを足して2で割ったような内容だ。つまり、鞠を地面に落とさないようにリフティングとパスでつないでいって、相手ゴールにシュート! ――簡単に言うと、そんなところらしい。手以外はどこを使ってもよくて、鞠を落としたら相手側フリーキックで再開。ドリブルが得意なオレとしては見せ場がないのは残念だけど、今回は抜けたポジションを埋めるためにフォワードを任されたから、ここはひとつ、リフティングとシュートで決めてやるぞ!
「オウ!」
デカブツ選手がそろっているだけあって、“ガンバレ難波”のディフェンスはハンパじゃない。味方のミッドフィルダーがうまく上がってくるんだけど、そのたびに青いディフェンス陣が立ちはだかって、オレが鞠を受ける前にはじき返してしまう。タックルもどきのスライディングで、何度か鞠を落としてしまって、なかなか前に進めなかった。くっそ、慣れていないルールとはいえ、やりにくい相手だな。
「さすがは“鉄壁の難波”だ。堅いなぁ」
ハーフタイムの笛が鳴っても、まだどっちにも得点はなかった。からからと笑うナリミチは、前半戦、フォワードなのにほとんどディフェンスラインまで走りまわって、司令塔として全員に大声で指示を飛ばしていた。それなのに息ひとつ乱さないで、何よりもまったく焦っていなかった。
「悪い。せっかく助っ人に来たのに、全然役に立てていないな」
「シュウのせいじゃないさ。“ガンバレ難波”は、俺たちが唯一公式戦で負け越している宿敵なんだよ」
ナリミチは休憩中にも鞠を頭にのせたまま、スポーツドリンクを飲んでいた。他の選手もサポーター達も、試合前よりもさらに闘志を燃やしている。因縁の対決、しかも決勝戦。盛り上がらないわけがない。
「さて、後半は作戦を変えていくぞ」
冷静に戦況を読んで計算したナリミチの作戦に、オレだけでなく他のメンバーも驚いた。フォワード2人を残して、他は全員センターから下がれだって!?
「守備はガチガチになるけど、さっきより攻撃力を減らしたら、余計にゴールできなくなるじゃないか」
「まぁ、あわてるなって」ナリミチは地面に図を描いて説明した。「わざと相手を自陣に引き込むんだよ。できるだけ人数も時間もギリギリまでおびき寄せてから、いっきにロングパスを出す。そしてがら空きになった敵陣を、オレとシュウで叩く」
つまり、カウンター攻撃か。確かフランスがワールドカップで採用したフォーメーションだけど、やっぱり得点力ががた落ちして、下手なチームがやると自滅する可能性が高い。ロングパスを出すタイミングも大事だけど、何よりもフォワードの攻撃にすべてがかかってくる。
「できるよな、シュウ?」
「あぁ、やってやる!」
こいつは繊細なのか大胆なのか、いまいちつかめない。でも、信頼できる司令塔であり、オレが今まで見てきた中で1番の腕を持ったプレイヤーだ。何より、いつでも明るく笑う目を見ていたら、チームの誰もが勝てるって希望を持てた。
「いくぞ!」
相手に悟られないように、押されるふりをしてゆっくりと紫のユニフォームが後ろに下がっていく。勢いづいた青いユニフォームは、どんどん前に出ていって、ディフェンス陣までがセンターラインまで来たところで、ナリミチがオレにうなづいて、味方ディフェンスに合図を出した。
「しまった!」
フィールドを突っ切るロングパスを、オレが胸に受けたところで、やっと気付いた大男たちが、いっせいに引き返してきた。でも、たった1人残っていたディフェンスを抜くぐらいはわけないし、次が追いついてくる前にナリミチがシュートを決めた。よっしゃぁ!
「いいぞ、サンカク!」
「ガンバレ、負けるな! 逆転だ!」
応援がヒートアップして、もう隣のナリミチが笑いかける声も聞こえない。わざとおびき寄せる作戦に気付いた“ガンバレ難波”は、もう深追いすることはなかったけど、それじゃいつまでたっても得点することはできない。どっちつかずで陣形が崩れたところを突いて、さらにオレが1点、ナリミチが2点を挙げて、“京都サンカク”は大勝した。
「やったな、ナリミチ!」
「ありがとう、シュウ。助かったぜ!」
オレとナリミチは、駆け寄ってきたチームメイトと思いきり叫んで喜び合った。プロのチームで戦えたのはもちろん、久しぶりにサッカーができたことそのものもうれしい。花火と紙吹雪と座布団と、よくわからないものまで空に舞い上がって、絶叫のスタジアムは今にも爆発しそうだった。
「キャーッ!」
……? 優勝の表彰式に移ろうとしていたとき、何か変な声が聞こえたような気がした。サポーターが興奮しすぎて倒れたのかな。
「か、火事だぁ!」
「逃げろーッ!」
喜びの歓声が、いつの間にか混乱の悲鳴に変わっていた。よく見たら、東側の応援席の下から、黒い煙が昇っている。あそこは……!
「かぐや!」
いっせいに逃げ惑う観客たちの中に、かぐやの姿を見つけることはできなかった。オレはすぐにフィールドを飛び出して、地下から客席へ続く通路を走った。
言い訳です。じつは蹴鞠どころかサッカーのルールさえ知りません。用語やルールがごちゃごちゃになっていたらご指摘くださいませ……。
冒頭出典:『枕草子』より