第十三帖:和風サッカー
――侍従の大納言成通と申ししこそ、鞠足におはすることも、昔もありがたきことになむ侍りける。
京の都は宮廷を北の中心に置いて、そこから東西対称に道路が広がっている。道を基準に商店街、繁華街、住宅街なんかの地区に分けられているんだけど、中でも1番活気に溢れているのは、西地区にあるこのスタジアム近辺だろう。偉そうな貴族から小汚いおっさんまで、上は杖をついたばあさんから下はよちよちの赤ちゃんまで、とにかく都中の人が熱狂している。
「なんの試合なんだ?」
古代ローマもびっくりの、コロシアムどころか開閉屋根付ドーム球場を見上げて、まさかジャイア○ツの本拠地であるアレじゃないことを祈った。
「ここは京都サンカクKCの本拠地よ」
サンガ、サンカク……FC、KC……びみょーだ。「それじゃ、サッカー球場なのか」
「何言っているの、蹴鞠に決まっているじゃない」
かぐやの説明によると、今、都では蹴鞠が大流行していて、いくつかあるプロ蹴鞠チームの中でも実力・人気ナンバーワンのチームが、この京都サンカクKCらしい。蹴鞠、つまり和風のサッカーか。おもしろそうだなぁ。
「でも、本当にこんなところにあるのかしら」
いつかの人気アイドル同様、世間の流行ごとにはまるで興味のないかぐやは、あくまで目的のブツにしか関心がなかった。
とある長屋で偽物の毛皮を燃やしたオレ達は、タイミングを見計らって現れたとしか思えない式神ヨーから、このスタジアムに火ネズミの皮衣があるっていう情報をもらった。今度こそ本物じゃなかったら日には世にも恐ろしいことになるってこと、あいつも充分承知しているはずだから、たぶん本当にあるんだと思うけど。
「この人数の中から探すのか……?」
外から見ただけでもげっそりするくらい人で溢れかえっているっていうのに、秘宝を持っているたった1人を見つけられる確率なんて計算したくもない。まさかヨーのヤツ、初めからあきらめるのを狙っているんじゃ……
「おっと!」
どこからかいきなり飛んできたボールを、とっさに体をひねって胸で受け止めた。右足で何度かリフティングして勢いを殺してから、頭で真上に上げて手で持った。オレが知っているサッカーボールより、硬くて小さい。革でできているのかな?
「すまねぇ! 大丈夫だったか?」
ボールが飛んできた方向から駆けつけてきた男は、オレと同じくらいの歳だった。切れ長の細い目とさらさら茶髪は、女子にウケること間違いない。細いけどしっかりした体格と、軽い動きだけでも、かなりデキるヤツだってわかった。
「お前、すげぇな! あの角度からのボールをさばくなんて」
「へへ、いちおうサッカー部のエースだからな」
「さっかー? なんだ、それ?」
「あー、蹴鞠の親戚みたいなもんだよ」
サッカーの日本語“蹴球”はこの蹴鞠から来ているんだから、嘘じゃないだろ。
「それにしてもお前の球も、鋭いのに重かったな。あのカーブなんか、全国大会クラスでもなかなかいないぞ」
「俺もいちおう、プロだからな」
男は得意そうに胸を張って笑った。よく見ると、シャツには三角形を組み合わせたロゴがある。
「あ、もしかして、ここのチームの選手なのか?」
「おう、京都サンカクのナリミチだ」
「ナリミチ……」って、まさか!「あの蹴鞠の達人、“蹴聖”の成通なのか!?」
「“蹴聖”なんて大げさだなぁ」
ナリミチは恥ずかしそうに照れながら笑った。うわぁ、すげぇ……本当に本物の成通だよ。
藤原成通は平安時代の蹴鞠のプロで、他に名前を残す有名な蹴鞠プレイヤーを押さえて飛び抜けてうまかった。歴史好きのサッカー部員としては、まさに神様のような憧れの存在だ。同じ藤原氏でも、どこかのアイドル摂政より知名度は低いけど、こっちは快活で親しみやすい好青年でよかったよ。
「あー、あのさ。初対面で悪いんだけど、相談したいことがあるんだ」
鞠を受け取ったナリミチが、迷いながら言い出した。どうしたんだ?
「お前、蹴鞠が得意なんだよな?」
「蹴鞠っていうか、サッカーなんだけど」
「どっちでもいいさ。頼む、今日の試合に出てくれないか?」
「……試合?」
それってつまり、蹴鞠のプロゲームだろ? うーん、オレ、地区大会じゃベスト3常連校のエースだけど、全国大会は去年逃していて、まだ出たことがない。今年こそ行けそうなのに、オレはこんなところで宝探しなんかやっているし。プロのサッカー選手になるには、まだまだだ。
「な、いいだろ? 流行り病でメンバーが足りなくてさ。今日はトーナメントの決勝なんだよ」
「でも、オレで大丈夫かなぁ」
「だーいじょうぶだって! あの球さばきなら充分いけるさ。それに優勝賞品の“火ネズミの皮衣”はお前にやってもいいよ。どうだ?」
「火ネズミの……!?」
「いいわ。出なさい、シュウ」
オレが驚く間もなく、あっさりとかぐやが承諾した。かなりあきらめモードだった秘宝も、こんな形であっさりと見つかるとは……うれしいけどちょっとがっくりだ。
でも、こいつはチャンスだよな。勝てば宝が手に入るし、それ以上にプロのチームでサッカーができるなんて、夢みたいじゃないか。宿題そっちのけで毎日ひたすら練習してきた成果を試してやる!
「よーし、やってやる! いくぞ!」
「頼んだぜ!」
オレとナリミチはこぶしをつき合わせて、決勝戦のフィールドへと並んで乗り込んだ。
冒頭出典:『今鏡』より