第十二帖:燃えない毛皮
――『臨』める『兵』、『闘』う『者』、『皆』『陣』を『列』ねて『前』に『在』り
工務店『セイメー堂』に戻ったオレ達は、そわそわしながら待っていたハルアキさんに、クラブ『信太の森』でのことを話した。キャバ嬢イズミさんから預かった秘宝を興味津々で見ているけど、やっぱりお母さんのことが1番気になっていたみたいだった。
「そうか、母ちゃんは元気にやっておったか」
涙目でつぶやくハルアキさんを、オレとかぐやは曖昧に目を逸らして見ていないことにした。悲しいかな、このぐるぐるメガネじゃなきゃ、そしてあのごっついお母ちゃんじゃなきゃ、もう少し感動があっただろうと思うのは、オレだけなんだろうか……。勘違いとはいえ、イズミさんがお母さんだと思って話がややこしくなった余計な苦労を、逆恨みせずにはいられない。
「それで、クビラ……じゃなくて、ヨー、他の宝の場所も教えてほしいんだけど」
「はん、なんでヤロウの頼みなんざ聞かなあかんねん」
こんのやろ……紙人形のくせに、鼻で笑ってそっぽ向きやがった!
「おとなしく吐きなさい。でないと、破いて囲炉裏の燃料にするわよ」
「うーん、姉ちゃんのお願いやったら、しゃーないなぁ」
このSM式神め、かぐやが言うとあっさり手のひらを返して、ニヤニヤうれしそうに笑っている。あの脅しも目つきも、まったく冗談じゃないってことを、こいつはわかっているのか?
「ほな姉ちゃん、これを見てみ」紙人形は地図を取り出しながら、オレとハルアキさんをあくまでシカトだ。「2つ目の秘宝“火ネズミの皮衣”は、このあたりにあるらしいんや」
「このあたり? らしい?」
静かにドスのきいたかぐやのにらみで、男3人は一瞬で石になった。
「あんた、『神』なんでしょ。いい加減なこと言っていないで、正確な情報を教えなさい。役に立たない『紙』なら燃やすわよ」
「いや、待ってえな、姉ちゃん……」
ヤバい、地雷を踏んだらしい……今ごろ焦り出したヨーに、かぐやが容赦なく詰め寄った。どうする、どうやってこの危機的状況をやり過ごす? オレ達はすばやく目だけで話し合った。わしには特攻はできん? そりゃハルアキさん、オレだって死にたくはないよ。お前が火をつけたんだから、ヨーがなんとかしろ。失敗したら? そのときは……全滅だろうな。
「そ、そうや! わい、ちょっとそこへ行って調べてくるわ!」
あっ!あいつ、逃げたな……! 突然ヨーが消えてしまって、必然的にかぐやの視線がオレとハルアキさんに向けられた。
「あんた達、さっきから何こそこそ話をしていたの?」
「あぁ、その……なぁ、ボウズ?」
「えぁっ?」結局、オレがイケニエなのか……。「と、とにかく行ってみよう。この近くにあるらし……あるはずなんだからさ」
「しょうがないわね。シュウ、しっかり探すのよ」
ほっ……ひとまず鎮火に成功したみたいだな。意外にもあっさり聞き入れたかぐやは、オレに当たることもなく先に外へ出ていった。思いきり寿命が縮まった男2人は顔を見合わせて、これ以上さらに縮まるのを防ぐためにも、秘宝を探す決意を固めた。
ヨーが示した地図の場所は、都のはずれにある下町の一角だった。もう慣れっこになった高速牛車が行き交う大通りを1つ奥に入ると、長屋が両側に並んだ狭い路地になっていた。奥さんが洗濯板でごしごし洗っていたり、ヤンキーが円形に座り込んでタバコをふかしていたり、侍が遊女をナンパしていたり。下町とか裏通りとか言う以前に、もはやなんでもアリの時代設定だ。
「それらしい毛皮を着たヤツはいないな」
とりあえずざっと見まわしてみたけど、この春うららかな陽気で酔狂にも毛皮を着ようなんて人間は、たぶんいないだろうな。もしかして、皮衣って毛皮とは違うのかなぁ。「このあたりにあるらしい」って情報だけじゃ、やっぱり簡単には見つかりそうにないぞ。
「シュウ、何かを感じる?」
同じように通りを眺めて、かぐやがオレを見た。
「感じるって、何を?」
「だから、それを訊いているのよ」
「うーん……いや、特に何も」
このトンチンカンな光景には、いろいろ言いたいことが山盛りだけど、そんな感想を聞いているわけじゃないことはわかる。かぐやがオレに何を期待しているのかわからないうちは、あえて地雷原を突っ走るようなマネはしないでおこう。なんとなく町を見渡しながら、また歩き出したら、ふと、とある長屋の前で足が止まった。
「わしのが本物じゃ!」
「いーや! ワシのが本物に決まっておる!」
なんだ、なんだ? 道を挟んだ両側の長屋から、2人のじいさんが怒鳴り合っている。右側はつるつるにハゲた小柄なじいさんで、左側は白髪の大柄なじいさん。どっちも100歳近いんじゃないかと思うくらいシワシワだけど、お互いをにらむ目は爛々としていて、威勢のある声も元気だ。
「ふん、お主のなんぞ、ただのタヌキの毛じゃないのかね」
「なんじゃと? そっちこそ、安物の合成皮革のくせに」
「これこそが、火ネズミの皮衣に相違ない!」
「火ネズミの皮衣は、このわしのものじゃ!」
火ネズミの……!?
「ちょっ、ちょっと待ってくれ!」
まさにドンピシャの単語を聞きつけて、にらみ合うじいさん達の間に割って入った。2人の手には、それぞれが本物だと主張する、茶色っぽい毛皮と黒っぽい毛皮があった。
「なんじゃ、小僧?」
「あ、すみません。オレ達、火ネズミの皮衣を探していたんです」
「それなら、ワシの……」「それは、わしの……」
「うるさいわね」
また言い合いになりかけた2人を、かぐやがぴしゃりと黙らせた。怒っているわけでも、大声で怒鳴るわけでもないのに、たった一言でまわりをおとなしくさせるこいつの言葉は、いつもながら問答無用の暴力的威厳がある。
「とりあえず、あんた達、誰?」
いきなり現れたのはこっちなのに、まるで尋問みたいな態度だよ……。
「わしはデンキョウ。こやつとは90年来のライバルじゃ」
「ワシはコウボウ。こやつとは生まれたときからのライバルじゃ」
仲が良いのか悪いのか、2人は口をそろえて答えた。デンキョウ、コウボウ……どこかで聞いたことがあるような気がしないでもないけど。
「で、どっちもそれが火ネズミの皮衣だって言い張るのね。どこで手に入れたの?」
「ワシは堀川小路の東市場で買ったのじゃ」
「わしは西大宮大路の西市場で見つけたのじゃ」
クラブ“信太の森”へ向かう途中に東市場ってところを見かけたけど、安っぽい骨董品やら古着やら意味不明なコレクションやら、なんでもアリの雑多な青空市場だった。たぶん、西の方もそう違わないだろう。となると、両方とも怪しすぎるぞ。
「本物かどうかを確かめる、いい方法があるわよ」
めずらしくにっこり笑ったかぐやは、2人から毛皮を取り上げて、近くに転がっていた桶に放り込んだ。そして、これまた近くでたむろしていたヤンキーからライターを巻き上げると、おもむろに毛皮に火をつけた。えぇっ!?
「あーッ! ワシの毛皮!」
「わしの皮衣が……!」
驚いたじいさん達が叫んだときには、毛皮は2つともメラメラと勢いよく燃え上がっていた。せ、せっかく見つけた秘宝を燃やしてどうするんだよ!
「バカね、落ちつきなさい」かぐやが呆れて肩をすくめた。「火ネズミの皮衣は燃えないのよ。本物ならね」
言い捨てて、かぐやはさっさときびすを返して行ってしまった。ひ、ひどい……けど、確かにこれで両方ニセモノだってことが判明したのか。灰になっていく毛皮の前で呆然と座り込んでしまった、デンキョウじいさんとコウボウじいさんにはかける言葉も見つからなくて、オレもそっと退散することにした。
「長屋“比叡山”、“高野山”……なるほど」
そのとき初めて目に入った長屋の看板には、そう書いてあった。あっという間に毛皮を燃やされてしまった2人には申し訳ないけど、皮衣疑惑といい聞いたことのある名前といい、オレは妙に納得できてすっきりした。
デンキョウ(伝教大師)は比叡山・天台宗の教祖、最澄。
コウボウ(弘法大師)は高野山・真言宗の教祖、空海。
お二人は仲がよろしくないことでも有名です。
冒頭出典:密教に伝わる邪気を祓う術「九字の真言」