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竹取の物語詩  作者: chro
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第十一帖:プロ歌人は高校生

 百人一首の1つ「あらざらむ――」で有名な和泉式部いずみしきぶは、『拾遺集しゅういしゅう』『新古今和歌集』なんかの勅撰集(朝廷の肝いりで作られた公式書物)に常連の、超スゴ腕歌人だ。ついでに男性関係もかなりのヤリ手だったらしく、夫、恋人、噂があった男まで数えるとキリがない。嫁さんのいる大貴族から皇子サマまでメロメロになったっていうんだから、まさにキャバ嬢顔負けだ。

 当代きっての才色兼備、その娘ともなれば、もちろん平凡なわけがない。母親の代わりに歌会に出た小式部内侍こしきぶのないしが、


「ママがいなくて寂しいんじゃないの? 優秀なママに、発表する歌をちゃんと作ってもらったのかな〜?」


 なんて絡んできたイヤミ男をつかまえて、即興の歌でさらっとやり込めた話は有名だ。その男がアホなだけな気もするけど、いちおう和泉式部と同じく百人一首に名を連ねる一流歌人で、生まれも育ちも一流貴族だっただけに、余計に小式部内侍の評判が上がったのは言うまでもない。



 そんな天才少女とクイズ勝負をするハメになってしまったオレは、今ごろ正体を知って焦った。控え目に言ってもオレの成績は中の下だし、サッカー以外には取り柄もない。ちょっと日本史が好きってことで2問目はかすったけど、1問目なんかアインシュタインって気付いた自分を褒めてやりたいよ。


「お兄ちゃん、私とお母さんのペンネームをどうして知っているの?」


 短く切りそろえた黒髪を揺らして、コイズミちゃんは不思議そうに首をかしげている。オレはあいまいに笑っておくしかなかった。1,000年後の未来から来た、っていう簡単で納得できない理由はとても言えないけど、1,000年後まで有名な天才少女に感心してもらって光栄です。


「もしかして、お兄ちゃんも歌会に出ていたの?」

「はは、まぁ、そんなところかな」

「それじゃ、3問目は和歌にしてあげる」


 歌つながりで親近感を持ってくれたらしく、コイズミちゃんは冷めた表情の中にも目を輝かせていた。さて、和歌と言われても、もちろんそれ自体が得意なわけじゃなく、あくまで歴史上の有名なものを知っているくらいの知識しかないんだけど……。


「第3問、『大江山 いく野の道の 遠ければ まだふみもみず 天の橋立』――今思いついた歌なんだけど、意味と掛詞は?」


 来た!来ました! やっと答えられる問題が、最後に来たぁーッ! オレはガッツポーズをして叫びたい衝動をこらえて、あくまで冷静に、ちょっと考えるふりまでしてから答えた。


「『大江山へ行く生野の道は遠いから、その先の天の橋立はまだ踏んでいないし、文もまだ見ていない』……だろ? 掛詞は“生野”と“行く”、“踏み”と“文”。ついでに言うと、“踏み”と“橋”が“道”の縁語になっている」


 コイズミちゃんとイズミさんは、あっけに取られてぽかんとオレを見た。ふっふっふ、どーだ、完璧だろ! 先月、古文の授業で習ったばかりのところだ。退屈な日本史の時間にも、ほとんど暗記できるくらい何十回も資料集を読み返しているからな。


「お兄ちゃん、すごい! 私の歌を見切るなんて!」

「あなた、なんてペンネームなの?歌会では見たことないけど、もしかして有名な雑誌のプロなんじゃない?」

「あははは、な、名乗るほどのもんじゃないよ」


 尊敬の眼差しまで向けて、親子して感動の嵐だ。ここまで褒められたら、さすがに騙している気がして心が痛い。


「それより、ちゃんと答えたんだから私たちの勝ちよね?」


 なんにもしていなかったくせに、しっかりかぐやが口を挟んできた。ま、今は助かったか。これ以上いろいろ訊かれたら、言い訳が苦しくなってしまう。歌を作れなんて言われた日には、平成のヒットソングでも歌ってやるしかないとまで考えてしまった。


「約束よ、秘宝は貸してもらうわ」

「えぇ、もちろんよ」


 イズミさんは今度は快くうなずいて、首にかけたペンダントを渡してくれた。手にとって見ても、やっぱりなんの変哲もなさそうな、小さな白い貝殻。これがツバメの子安貝……こんなもんが、本当に秘宝の1つなのかなぁ。これだけ苦労して貸してもらっておきながら、どうにもうさんくさい。


「すみません。あとで返しに来ますから」

「いいよ、お兄ちゃん。お母さんには、また私が海へ行って拾ってくるから」


 コイズミちゃんからの誕生日プレゼントを大切に預かって、オレとかぐやはそろそろ入り始めた客と入れ違いに店を出た。


「ところで」入口まで来たところで、ふっと尋ねてみた。「3問目の『大江山』の歌、さっき考えついたって言っていたけど、どうして急に?お母さんはここにいるのに」


 顔は無表情のままだったけど、初めてコイズミちゃんの目が泳いだ。あれは確か、旦那さんの仕事で丹後へついて行っていたお母さんのことを詠んだ歌のはず。オレの知っている歴史とは違う世界だってことは、もう充分実感しているけど、ここではどういう意味があったのか、ちょっと気になった。


「この子の父親がね。丹後にいるのよ」 代わりにイズミさんが答えた。「もともとあっちに住んでいたんだけどね。あたしが別れちゃったから、今じゃめったに会わなくなって」

「あ、そうだったんですか。ごめんなさい……」

「いいのよ、別に。おかげで、またそろそろあっちへ行ってみるのも悪くないかなって思ったわ」


 イズミさんが肩をすくめて淡々と言うと、コイズミちゃんが目を見開いてお母さんを見上げた。冷めた態度でいるけど、やっぱり子供だよな。久しぶりにお父さんに会えるって聞いて、言葉もなくお母さんのキラキラ服を引っ張っている。この子なりの最大限の喜び方なんだろうって思った。


「それじゃ、オレ達はこれで。早くお父さんに会えるといいな」

「バイバイ、お兄ちゃん、お姉ちゃん! ありがとう」

「またいつでも店に来てね。サービスするわよ」


 初めて明るく笑ったコイズミちゃんと、色気たっぷりの流し目を送るイズミさんが、“信太の森”から見えなくなるまで見送ってくれた。……途中で客引きのおネエさんやら酔っ払いのおっさんやらに何度も絡まれて、そのたびに、かぐやの殺気のこもった目で振り払われていったことには、さすがに気付かれなかったと思うけど。



 1つ目の宝をうまく手にすることができたから、とりあえずセイメー堂に戻ることにした。2つ目からは、また式神ヨーに在り処を聞かないとわからないからな。


「ほとんどまる1日かかってしまったわね」


 夕暮れの朱雀大路を歩きながら、かぐやが不満そうにつぶやいた。そんなこと言ったって、お前、なんにもしなかったじゃないか。……と思いきり反論できれば、どれだけ気持ちいいか。とりあえず最善の策として、黙っていた。


「ま、あなたにしかできないことだから、しょうがいないんだけど」

「あれも運が良かっただけだぞ。普通の和歌なんて全然わからないし、どうせなら特殊相対性理論も知っている、あの子に協力してもらった方がいいんじゃないのか?」

「駄目なのよ、それじゃ」


 いつもどおり理由も言わないかぐやは、あくまでオレをご指名だった。こんなに怒られてこき使われて、大して役にも立っていないのに、どうしてオレなんだろう。


「それなら、今じゃなくていい。せめて、月に帰るまでには教えてくれよ」

「……わかったわ。でも、いずれ嫌でも知ることになると思うけど」


 左側を歩くかぐやの横顔は、真っ赤な夕日に照らされて表情が見えなかった。それがわかったとき、オレも元の時代に帰れるのかな。かぐやはどうして、そんなに話すのを躊躇っているんだろう。その謎のすべてが、オレが今ここにいる理由につながっているのかもしれないと思った。



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