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03

 王都近くの街道沿い。


「おい、ヤバいぞっ! ターゲットが逃げる!」


 一人の剣士が叫ぶ先には、切り株のようなモンスター「シェイム」が地面に自分の根を次々と刺して走り去っていく。とても人間に追いつけるスピードではないし、かなり気味が悪い。


「おい魔術師、魔法をはやくしろ!」

「無理言わないでよ!」


 自分のミスのくせに、なぜか私にキレる剣士くんである。

 シェイムは火炎属性の魔法が弱点なので、本来私にとってはカモみたいな存在なのだが、こうなると手がつけられないのが現状だ。

 このままでは逃げられてしまうだろう。


 だが、それはいつもならの話。

 今は心配する必要がない。


「――仕方ないでござるな」


 シェイムの行く先には、すでにレン・アオカが先回りしていた。

 彼は自分の剣――「刀」というらしい――の柄に手をかけた。


「『木枯らし』」


 刀を抜き、天に向けたレンが、ふっと姿を消す。

 ……比喩表現でなく、本当に一瞬だけ消えて見えるのだ。

 刀を振り切ったポーズで、ちょっと先の場所に現れるレン。ほぼ同時に、シェイムが4つに切り裂かれて絶命した。


「さすがレンさんだな。今回も助かったよ」


 王都のギルドで精算を終えたあと、先ほどの剣士が敬服した様子でレンに声をかけた。


「いやいや。今回はお主にも救われたよ。あそこでの陽動は見事であった。あの判断は、なかなかできることではない」


 こういうところが巧妙なのだが、レンはこういう時、多少相手に非があっても褒める。いいところを見つけてとにかく褒める。

 剣士は笑顔を浮かべた。


「ああ! 俺たち、けっこう相性いいかもな」


 相性がいいのではなく、実力で大幅に上回るレンがうまく合わせているだけなのだが。


「今回の取り分、余った分はアンタにやるよ。また次も頼む。アムルさんも、どうもありがとよ!」


 私はオマケか、この野郎。

 ともあれ、剣士は上機嫌な様子で王都のメインストリートに消えていった。

 「余り分」の1000ゴールド硬貨を指で弾いて手に取ったレンは、例の笑顔でこちらに振り返った。


「さてアムルどの。仕事は済んだでござる。今日もジェイクどのの畑へと赴こうか」



 この男との出会いから、2週間余りが経った。



 先日のグリーンバジリスクの一件以来、私の環境はすっかり変わった。

 失職の危機に瀕していたのも、今は過去の話。

 現在はレンと一緒に、例の芋ジジイ……ジェイク・バザード氏の芋畑の管理を任されている。

 とは言え、そうモンスターがポコポコ現れるような場所でもないので、基本的には息子のピアズさんと一緒に、ひたすら芋を掘っているにすぎないのだが。

 先日の一件で信頼を得た私たちは、ジェイク氏から破格のクエスト報酬を毎日もらっている。ハッキリ言って、信じられないほど上がりのいい仕事だ。聞くところによると、ここで栽培しているトマーヤ芋は、王都に住む貴族たちの間でちょっとしたブームになっているとか。だとすれば頷ける金額だが、これが続くとモンスター相手に命を賭けるのがバカバカしくなってしまいそうでちょっと怖い。


「アムルどの。今日もトラブルを起こさず、満点でござったな」


 さっそくの賞賛である。だが、言われて悪い気はしない。

 コイツの場合、本気で言っているような気がするからだ。

 いつもこんな調子だから、周囲でのレンの評判は非常にいい。噂が人を呼び、先ほどのようにクエストの同行を頼まれることも増えてきている。


「まあね……。そういやさっきの『木枯らし』だっけ。あれ、どういう仕組みの技なの? 全く見えないけど」

「拙者の剣は風を呼ぶのでござる。詳しいことは拙者自身にもわからぬ」

「えっ、わかんないの!? あんなドヤ顔で技名まで言ってるのに?」

「あ、あれは言霊といって――。まあ、いいじゃないでござるか」


 レン・アオカは、相変わらず私と行動を共にしている。

 もちろん、独り暮らしのうら若き乙女である私の家に入れる訳にはいかない。現在は庭にテントを張って野宿してもらっている形だ。それでもかなり喜んでいるのが、コイツらしいっちゃらしいのだが。


「それにしてもレン、あんたさー。あんな格下にこびへつらって、嫌にならないワケ?」

「ならないでござる。それにこびへつらっているつもりもないでござるよ。先ほどのロバートどのは、なかなかの太刀筋でござった」

「でもあいつさ、今日もミスしたのよ? しかも私の胸ばっか見てくるし。全く、困っちゃうわ。そこそこいいギルドに入ってなきゃ、あんな奴使ってないのに」

「アムルどの。もっと相手のいいところを見るべきでござるよ。そういうところから信頼関係が生まれて、いい結果になるでござる。それにミスは置いておくとしても、お主のおっぱいを見るのは男として当然のことでござる。むしろ見ない男がいたとしたら、それはもはや男とは――」


 そこでレンが、ある店の前で立ち止まった。

 彼の視線は、ショーウインドウに飾られているひとつの籠手に注がれた。


「またそれ? 一体何回繰り返すつもりよ?」


 返答は返ってこない。

 私もウインドウに目をやる。


 魔力鉄籠手「紅雷こうらい」。

 王都で名工と名高い「ブッフェ工房」の作品だ。

 見た目はちょっといかつい鋼鉄製の籠手だが、手の部分に取り付けられている「魔石」の力によって、自分の“魔力”を雷属性の力に変質させられるという魔法の道具、「魔具」と呼ばれるアイテムである。

 オープン価格、80万ゴールド。

 ギルドの幹部クラスでもなかなか手が出ないであろう高級品だ。


「……早く手に入れなければ。わが妹・アスカのためにも」


 レンは、神妙な顔でつぶやいた。


 そう。最近になって聞いたのだが、彼がここにやってきた目的は、この籠手を手に入れること。

 私たちが住む国の装備は、世界的に見ても高水準だとして有名だ。

 レンは妹のアスカさんという人に頼まれて、この装備品を購入するためにはるばる海外からやってきたらしい。

 しかし、このバカは到着後まもなく王都のクズどもにだまされて、用意していたお金をすべて巻き上げられてしまったのだという。

 あんなに強いレンでも、さすがに多勢に無勢だったのか。ボコボコにされて、馬車から人の少ない場所に投げ捨てられたらしい。

 そこに行き合ったのが、私だったというワケだ。


「ぬう……」


 お気楽野郎に見える彼だが、この籠手の件に関してはけっこうマジらしい。

 レンは珍しく眉間に皺を寄せて、籠手を見つめていた。


「レ、レン……」


 けっこう、シリアスな一面もあったのね。

 マジな顔をしてると、案外ハンサムに見えるかもしれない。

 紳士なところもあるしね。


「ああッ! 早くこれを手に入れてアスカに会いたいでござる! あの細い腰を、はやく抱きしめてあげたいでござるよッ! アムルどの、そこで頼みなのでござるが……この寂しさを紛らわせるために、そなたのその豊満な乳房を……さ、さわらせてはくれぬか? そ、そのペンダントみたいに、腕をまわすだけでも」


 前言を撤回します。





「そろそろ休憩しましょうか」


 芋掘りを始めて数時間。

 ピアズさんが私たちに声をかけてきた。


「そうでござるな。それにちょっと傷が痛むでござる。……巨乳パンチでつけられた傷が……」


 レンが、私をうらめしそうに見ながら青びょうたんのできた目をなでる。

 バカが。自業自得だろうが。

 あの調子でちょこちょこセクハラしてくるものだから、だんだん手がでるようになってきてしまっている。

 こいつ、これさえなければなあ。


「おおい、レンよ。ちょっといいか」


 そこに、ジジイ――もとい、ジェイク氏がやってきた。


「おや、ジェイクどの。どうされたのでござるか」

「……おまえこそ、なんだその顔は。まあいい。お前を訪ねて客人が来ているのだ。すぐに家まで来てくれ」

「レンを訪ねてって、どういうこと?」

「知らんよ。なんでも、なんちゃらっていうギルドの代表者だそうでな。すぐに会いたいそうだ」


 げっ……。

 なんだか、ちょっとイヤな予感がする。


「同行?」

「――ええ。明日から我々が行うクエストに、ぜひ来ていただきたいのです」


 ジェイク氏の家。

 レンの問いかけに答えたのは、目の前に座っている1人の男。

 彼は細いフレームのメガネを、中指でくいっと上げた。

 そこそこイケメンだが、これを付けているだけで頭までよさそうに見える。便利だなメガネ。

 かといって、外したからといってバカに見えることはなさそうだ。切れ長の目と、しゅっと細いあご。そして落ち着きのある口調は、いかにも「知将」な雰囲気を漂わせている。

 これで作戦が「とりあえず、よくわからんので突っ込みましょう」とかだったら笑える。


 そんなことを考えて現実逃避したくなるほど、最悪だった。

 見たことがある顔……というか、間違いない。

 以前私がトラブルを起こしたギルド「トランセンド」のギルドマスターだ。

 ちなみに、名前は忘れていたが「キャストル・ヘイブン」と本人が名乗った。

 存在を知ってか知らずか、彼……ヘイブンは私に目もくれず、レンのことをじっと見つめている。

 レンは首をかしげた。


「しかし、なぜ拙者に?」

「先日、あなたの噂を聞きましてね。なんでも、不思議な力をお持ちとか……? ぜひ、その力をお借りしたいのです」

「……モンスターを探すのでござるか?」

「ええ」


 ヘイブンは、細い目を鋭くさせた。


「『魔人』をご存じですか」

「……聞いたことがないでござるな」


 私は、噂だけ聞いたことがある。

 まれにこの地域に現れるという、超強力なモンスターだ。

 何年か前にも、有名なギルドの冒険者が殺されたとかで話題になっていた。


「数日前、ルハーナ湖付近でこのモンスターと思われる目撃証言があったそうです」

「ちょっと。そういうヤバイ話は、王都騎士団に任せておけばいいんじゃないの?」


 私が言った途端、ギヌロ! と刺すような視線を浴びせるヘイブンさん。怖え。やっぱり覚えているようだ。


「この噂は、ギルド内のメンバーが情報筋から得た極秘情報です。王都騎士団に先んじて、我々『トランセンド』が『魔人』を発見、さらに討伐したとなれば……。あとはおわかりですね、アムル・ボヌワールさん」


 あ、名前まで覚えてるんだね……。しかもフルネームで……。


 要するに、手柄が欲しいということか。

 なんというかまあ、相変わらず野心的なヤツだ。だんだん思い出してきた。そうそう、こんなヤツだった。


 レンは結局、このクエストを引き受けた。


「困っているのです。どうか力を貸してくれませんか」


 ヘイブンのこの言葉に、例によって「いいでござるよ」と即答したのである。

 全く、「魔人」なんていう正体不明のモンスターが相手だというのに、なんというお人好しなのか。


 それにしても驚きだったのが、ヘイブンが提案してきたこのクエストの報酬である。

 その額、なんと30万ゴールド。

 今回のクエストは、「魔人」とやらの「討伐」ではなく、単なる「偵察」にすぎない。

 それを考えればちょっと異常なくらいの額である。ぶっちゃけ、現在の芋掘りの比ではない。

 どうやらよっぽどレンの力を借りたいらしい。

 今すぐにでもあの籠手が欲しいレンからしても、この話は渡りに船。あす、すぐに出発することになった。


「――先に言っておきますが、アムルさんはけっこうです。あくまでもレンさんお一人に依頼したいと考えています」


 ヘイブンは大方の話を終えたあと、わざわざこう言った。

 やはり、相当恨みを買っているようだ。

 それにしても名指しとはムカつく話である。


「ちょっとアンタ、だいぶ険のある言い方じゃないの……」

「当然でしょう。あなたとは以前、トラブルになりましたからね。ぜひ、あすはここで芋掘りをしていてください」


 この発言に、私の燭台は一瞬にして消し炭になった。


「言ってくれるわね! だいたいアレはアンタが……!」

「待つでござる。アムルどのが来ないと、拙者は受けないでござるよ」


 レンの発言に、思わず目を開くメガネ。


「なぜです。あなたには関係のないことだ」

「そうでもないのでござる。今はこのアムルどのとコンビを組んでいるのでござるよ。だからこの依頼は、拙者とアムルどのへの依頼としてくれなければ困るのでござる」

「ちょっとレン! 勝手になに言ってんのよ!」


 レンはにこりとほほえんだ。


「人のためという気持ちを持ってやってきたからこそ、こういう話が舞い込んできたのでござる。アムルどの、今こそ人のために動くべき時でござるよ!」

「ア、アンタねえ……」


 あまりにも曇りのない笑顔なので、言い返す気持ちすら失せてしまった。

 ヘイブン……いや、メガネも同じ気持ちだったのか、息をついて立ち上がった。


「仕方ありませんね。ですがもしアムルさんがトラブルを起こしたら、報酬については考えさせていただきます」

「構わぬよ」

「……。では失礼します」


 こうして私も、メガネたちに同行することになった。

 正直、身の置き場がないクエストになりそうでテンションが上がらない。「魔人」っていうのも不気味だし、メガネとはそりが合わないからね。またトラブルになりそうで心配だ。


 ともあれ翌日、私たちは装備を整えて王都へと向かった。

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