魔道書(アイテム)の在処(ありか) = 一〇〇人殺しの魔道書 (後編) =
2018.05.15 本文の一部を変更。また読みやすくなるように適宜空白行を挿入する等調整しました。
――何コレ?
私達の目の前に突如現れたおかしな感じ。
その中から、緊張感の無い女性の声が聞こえてくる。
『そんなに簡単だと思ってる? それに合体攻撃は出力が足りなくてもうできないでしょ? 素直じゃ無いなぁ。体を通さないでチャージャーから直接の魔力を、そのままじゃ制御出来ないから属性だけ乗っけて撃ち出す。バレバレだよ。あんなデカい力の発動はキミらには無理だもん。……属性を混ぜる技術はたいしたもんだけど、それは真ん中のキミの仕業ね?』
「華ちゃん! 目の前!」
「次元近道、……違う! 次元回廊! アイリスなのっ!?」
だがそのおかしい塊から出てきたのはアイリスさんでは無く。
年の頃なら20前半、ボブの黒髪をなびかせたパンツスーツにパンプスのお姉さんと、そしてもう一人。
ウチの制服を着た男子が、するん。とごく自然に抜けてくる。
「分断結界の只中に、しかも第三者転送用の大規模長大次元回廊……。物理も魔法も法則は完全無視ですか。相も変わらずやることが滅茶苦茶ですわね。なんでそんな事が可能になるのものかしら……」
『細かいトコ気にしない、できるんだから良いじゃ無い? ――私、やっぱり動けないからカキツバタ達を送るわ。私が行くよりよっぽど役に立つはず、あとはうまくやってよ。……あ、それからアヤメ、目は返しておいたからいくらか楽になったでしょ? んじゃあね、あとよろしくぅ』
おかしな塊は全く緊張感の無いアイリスさんの言葉を飲み込むように、発生した時と同じく唐突に消える。
「カキツバタさん……」
「クロッカス、あたしも見てた。……あんな大結界叩き割られてまだ立てんのか。流石に執行部統括は伊達じゃあ無いな、たいした気合いだよ。――並びは変わってないか?」
「……はい、変わってません」
華ちゃんはフラフラと移動して、それでも私を庇う位置を取る。
「アヤメも大変だったな、おまえも二重複層物魔障壁をぶっ飛ばされた直後だが、……立てるか?」
「……もちろんですわ! ご自分の一番弟子を見損なわないで頂きたいものですわね」
あやめさんは、仁史をそっと地面に寝かせると服を払いながら立ち上がる。
「鼻っ柱の高さだけで体が動くんだから、それはそれでたいしたもんだね」
「アヤメ、アイツらはあたしにゃランクレスに見える。異論は?」
「むしろ、わたくしにもそうとしか見えませんわ!」
――わかった。それじゃこうしよう。
カキツバタさんはスッと自然に場所を変える。
「一番左から私、その隣クロッカス、アヤメ。一番右はヒイラギ、お前だ。炎使いだろ」
「いや、師匠。でも」
「ぶっ倒したらランクDをやる。コケたら、今度は東北の山ん中に無一文で放り出す!」
「……や、やります! もちろんです、任せて下さい!」
何気なく私の前に体を入れた華ちゃんが振り返る。
「カキツバタさんは経験も技術もある、格闘技も使えるクラスBのとても強い水使い。そのお弟子さんならランクレスだって当然強いはず。大丈夫、私達は勝てる! ――仁史君を連れてさがってて」
「……うん」
「あたしの指示で一斉にかかる、たかが野良の逆属性、アヤメとクロッカスなら5%も力戻ってりゃ十分だろ? ――いけるな? 一気に無力化するぞ!」
「お前ら、場所を変えろ!」
「逃がすな、スタートっ!」
ドドォオオーン。公園で聴いたのとは比較にならない爆発音。
白い煙は完全に視界を遮り、立ちこめる。
――土は水を吸い込んで。
――水は火を消して。
――火は風を巻き込んで。
――風は土を削った。
白煙が張れた時には、目の目の男子四人はひっくり返っていた。
「次はリーダーで終わりだ、さぁ……、って。――ヒイラギ! なんだあれ!!」
その四人はまるで糸で操られているかのように、ボロボロのまま立ち上がる。
「師匠! あれ、アイツ等。……もしかして意識、無いんじゃないすか!?」
「ゾンビかよ!? こんなのあたしも見たことねぇぞ……」
「なんという、ことでしょう……」
全体的におかしい雰囲気が立ちこめてる。
その中でもあからさまに『おかしい』が見える。
見えないけど見える、一番オカシイの濃いところ。
ぼんやりだけど、ちょっとだけだけどそれでも初めておかしいの形が具体的にわかった。
これは、……紐っぽい!!
「華ちゃん! 倉庫右の窓! おかしな紐!」
「サウザンナイブスっ!」
私の紐、と言う言葉に反応して華ちゃんは右手を振り上げ紐を切るべくナイフを飛ばす。
無数の砂のナイフが倉庫の窓に殺到し、窓は枠さえ残さずに消し飛んだ。
おかしなものはおかしなままぶつ切りにされ、そして。
立ち上がった四人は糸が切れたようにその場に倒れ込む。
「ありがとう、桜!」
「多少は役に立たなくちゃ。私達、バディだもん」
パン! ハイタッチ、お互いの右手が鳴る。
「私……桜の相棒、でいいの?」
「最高のコンビ、でしょ?」
違うって言ったら泣くぞ!
「うん!」
「アヤメ、これはどういうことだ! なんで意識がないとは言え人体を操れるっ!」
「おそらくサプライラインを自分につなぎ替えて、魔力供給をしつつ意思も一緒に送り込んだ。……これは禁断の黒魔法、傀儡人形ですわ! 魔法行使条件違反、いえ、明らかな国際魔道条約違反です! 世界的に見ても30年以上使われたことが無いというのに、まさかこの日本で……!」
「会長が臨場しなきゃヤバいんじゃねーのか? 素人があんなのを無詠唱、儀式無しで即発動するんだぞ」
カキツバタさんはすっ、と腰を落とす。
「魔法の大本、ヤバい“アイテム”だっつってたが。……破壊力を考えても、振興会単体であたるより警察を介入させた方が良かったかも知れんな」
「……ちょっと遅かったですわね、その判断」
「あたしだって遊んでたわけじゃ、……だいたいなんで高校生がそんなもん持ってんだ? 流したのは何処の誰だ!」
「当然ですが何故か、などとはわたくしは存じませんし、出所が何処かなどはもっと知りません! ――桜さん! 今のうちに仁史君ともっと後ろに!」
仁史の脇の下に手を入れてズルズル後ろに引きずって、下がりながら考える。
洋書の古本として魔道書が日本に紛れ込んだ。
金銭的にはほぼ無価値。
なので高校生がお小遣いで変える額で古本屋に並んで、ウチの制服が購入した……。
ここまではおかしくない。
「しょうがねぇ、事情聴取がしたかったが、こうなりゃぶっ殺してアイテムはそのあと探す! ――ランス!」
カキツバタさんが放った水の槍はニヤニヤ笑いの男の直前30cmで文字通りに胡散霧消する。
「相殺でも破壊でも無く、弾いた……? あたしの全力のウォーターランスを?」
「ぶっ殺すんじゃ無かったのか? お姉さん?」
「へ? わっ! ――なんだこれっ!?」
「焼畑農業! ……上手くいったぁ。師匠、無事っすか!?」
いきなり見えない何かに襲われたカキツバタさんの目の前。
土と石ころしか無い地面がいきなり火のカーペットのように燃え上がる。
但し「なにか」があったところはそこだけ数カ所、火の手が大きく上がる。
「ヒイラギ、ナイスっ! ……アヤメ! これはなんだ、属性が見えないぞ!?」
「多分魔法なのですが属性が混在しています! 魔法と言うよりは呪術に近いものですっ! 恐らく基本はアイテム由来の呪術、だから向こうはフィールドを展開したままで良いのです! 魔法結界は、それならば基本スルー出来ます。アレは、魔法では無く呪詛の類なのですわ!」
アイテム……。
華ちゃんは言った。
――アイテムをチャージングアウト、電池切れの状態で持ち歩いているなんて考えて無かった、と。
こないだの華ちゃんの携帯電話とおなじ。充電無しなら電話はつながらない。
アイテムだってそこは一緒のはず。魔力の充電無しなら魔法は発動しない。
両方とも考えるまでも無くそれは当たり前のことだけど。
「確かに俺のパワー自体はたいした事は無い。でも5,6人まとめてどうにかするなんてのは、実に簡単なんだよな。力でたたき伏せてみろよ? “力自慢”のお姉さん」
「アヤメ、二人で正面に立つ、弱気になっちゃダメよ! ヒイラギ、クロッカスの前に入って魔力の充填完了まで楯になれ。魔法戦でアンクラスドに守ってもらって、その上更に怪我をさせるとか、そんな訳には行かないぞ!」
元々アイテムの持っていた魔力は充電器に収まっているはず。
既に充電ケーブルのアダプターはさっき壊した。
ならばあとは本人と電池切れのアイテム、それしか残っていないじゃ無いか。
――なんで魔法が発動する? そもそもアイテム、魔道書は何処だ!?
「さて、お姉さんをマリオネットにしたら、俺のメイドに成って貰おうかな」
「巫山戯んな! 言ってろ、ウザガキ! ……くっそ、なんでこんな複雑な術式が発動してる。しかもあの結界! アンクラスドとは言わないが、どう見てもクラスレスだぞアイツ! ――アヤメ! 大雑把なクラスと術式はわかるか!? クロッカス! 結界、どうした。まだ張れないか!?」
地面から湧いてきた半透明の触手のようなものを、水の長刀で切り飛ばしながらカキツバタさんが叫ぶ。
よく見ればスーツの腕や裾がボロボロになり、所どころ血が滲んでいる。
バリア無しで、同じく最前列に立つあやめさんを庇いながら、半透明の触手を事実上一手に引き受けているのだからそうもなる、か。
さっきからちょっと会話が微妙な気もしていたがそういう事か。
経験値とテクニック的なものはカキツバタさんの方が上。
でも魔法使いの能力としてはあやめさんの方が上で、更に観察眼が鋭い上、モノを良く知っている。
そして何より話し方だけ聞いていれば、いつも通りでは有るけれど。
華ちゃんほどでは無いにしろ、あやめさんだって既に結構なダメージを負っているのだ。
「エレメンタラーで無いのは間違いありません。ですから魔法はアイテム経由で発動してると思われ、有効効果範囲はほぼ30m。ただ術式も魔法と呪術が混ざり合って、しかも最終的な制御はおそらく近代歴道系。わたくしでは、効果的な抵抗結界を形成、展開するのはほぼ不可能ですわ!」
だからカキツバタさんは、既に消耗が目に見えるあやめさんには分析をさせて、自分が最前列に立ち、隙を見て突っ込むつもりなんだ、これ。
「わけがわかんねぇと言うのはわかった、結界は!?」
「わたくしにはそもそも呪術系多重結界は張れませんが、……それでも呪術結界は多少なりとも効果が期待出来る以上、桜さんの前に集中して張っています。動かせません!」
「だいぶ魔法にお詳しいようだなお嬢様。キミもすぐに俺にかしずいて貰う。二人共、魔法が強いから充電機無しでも良い働きをしてくれそうだよな。魔法だけに使うには、二人共勿体ない、か。……むしろ意識だけ残しておいた方が面白いかね。くっくっく」
「見ていらっしゃい! わたくしにそんな口を聞いたこと、すぐに後悔させて差し上げましてよ!」
「やってみろよ! ほれ! 喰い付かれたら俺の人形だぜ!」
「クラスレス風情が、なんの根拠も無く大きな口を、叩くものでは、有りませんこと。よ!」
「魔法の回復のこの早さはなんなんだ! 休みの学校、条件は最悪だっての、……にっ!」
男に対峙する形のあやめさんとカキツバタさん、一歩下がってヒイラギさん。
そして更にその後ろ、私を庇う形で立つのは。
さっき全力の結界を正面から叩き潰され、肉体的にも精神的にも大ダメージをうけ。
その上、充電切れで大きな魔法の使えない華ちゃん。
――桜。私の前の華ちゃんから声がかかる。
「おかしいところ、見つけた? ――探しているのでしょ?」
まだ足下は怪しいけれど、土埃を身に纏い凜と立つ華ちゃん。
右手に持った砂の柄、そこに少しずつ砂で出来た刃が伸びていく。
「私はあなたと仁史君を守る剣。桜が捜し物見つけるまでは、私がソーサラーランクB+のプライドにかけて。……この身と引き替えてでも。絶対に、間違い無くあなたたちを守る。だから桜は捜し物に集中して。――私を、信じて……!」
――それは、あなたの花言葉そのものだよ、華ちゃん。もちろん初めから信じてる。一度だってあなたの言葉を疑ったことなんか、無いもの。
そして私、桜の花言葉は実は“精神美”なのだ。私よりも美しい心を持った華ちゃん、そのあなたを塵ほども疑ったりするわけが無い。
「桜……。アイテムは、――それの形は本当に本なの? それなら場所さえわかればに二つに切りとばすのは、今の私でも簡単なことだから……」
形、そして魔法。
強力な魔法だと紙単体では持たないと言ってたが、アイテム自体は本のはず。
そして強力すぎる魔法はクラスレス程度では当然手に負えないはず。
「カキツバタさん、援護を! ……ダート!」
あやめさんの声と共に空気が凝縮され風の羽を纏った無数のダーツがニヤニヤ笑いの男へと飛ぶ。
だが、当たる直前に全てただの空気へと戻る。
さっきのカキツバタさんのウォーターランスも。相殺では無く、破壊でも無く、弾かれた、と言った。
「だからどうにもなんねぇって」
「左だ! ヒイラギ、アヤメの前を焼けっ! ――アヤメ、なにしてる! ……くっそ。力の出所さえ見えれば!」
あやめさんは、自身への攻撃を躱しながらも私の前に耐呪術用の結界を張り、ほんの少しでは有るが効果がある為に、それを補修し張り続けている。
当然そんなあやめさんの消耗は、私にもわかるほどに大きくなってきた。
「華ちゃん、アイツのアレは魔法用の結界なんだよね?」
「そうよ。カキツバタさんのウォーターランスまで、相殺では無く弾くなんてグレード3並み。でも、そこまで能力が高いなら、逆にキチンと教育を受けない限り高位魔法と高位結界、両方なんて使えないはずなのに」
「野良で発生する可能性が低い?」
「ゼロと言いきって良いわ。四元素魔法と時空魔法は同時発動すると、論理的に矛盾するの。発動時に理論衝突した時の誤魔化し方がわからなければ、両方同時には使えない。……勉強と修行は絶対必要だし、それは一人ではできないの」
魔法使いや結界師の使うエネルギーは人の意思。そして当然術を使えばそれだけ減る。
でも自分の得意な術を使う限り消耗は最低で済むんじゃないかな? ……だとしたら。
ニヤニヤ笑いをしながら、相当にレベルの高い結界を貼り続けるとすれば。
それは。魔法使いでは無くて、結界師なんじゃないのか?。
「対魔法結界と言う事は、単純に石を投げたら通過してあたるって事?」
「そう。ただ当たる前に魔法で打ち落とされる。アイテムからの魔法、それから派生した結界だとすれば、無意識下コントロールの自動迎撃回路くらいは備わってるのが普通なの」
そんな面倒くさい機能があるのか……。さすがは一〇〇人殺した呪いのアイテム。
「せめてアイツの属性とアイテムの場所さえわかれば。私とお姉様に加えて、カキツバタさんまで居るのだから、それこそどうとでもなるのだけれど」
そう属性。彼は野良魔法使い。
本来ランクB二人とランクA、更にはクラスレスといえども正規の魔法使い。
量も質も圧倒しているこちらを向こうに回して戦えるはずが無い。
ここに居る全員で一番の経験値を持つカキツバタさんも、彼を見た瞬間クラスレスだと言い切った。
アイツの魔法はアイテム経由。魔法と言うよりは呪術に近いらしい。
だから属性が見えないし、なので効果的な防御結界も張れない。
魔法の基本4元素に頼っていないからだ。弱点が見えない。
でも、魔法使いとして最低限の力しか持たないのが間違いない事実なのだとすれば。
だったらせっかく魔道書を手に入れても、そのままでは扱えないんでは?
某国で盗まれたのは。
それ自体にかなり強力な魔力と魔法が封じ込められ、一〇〇人を呪い殺した魔道書。
そのままでは元々の魔力が強力すぎて制御が出来ない、
野良魔法使いでは、自分が一〇一人目の犠牲者になるのが関の山。
だから魔導の落とし穴を作って、本に元々蓄えてあった力を吸わせる事で電池切れにした。
封印を切ったら。つまりスイッチを入れたら、単純に危ないからだ。
100Vそのままを繋げないスマホに、アダプターの付いた充電ケーブルをつなぐように。
自分や仲間が扱いきれる範囲で魔力を細々と取り出せるようにさっきのケーブルやなんかを作った。
クラスレスでは、魔力が強すぎて直接はさわれないからだ。
魔道書の魔法自体がどんなものなのかは見当も付かないが、大葉さんはかなり強大だと言った。
ならば電池が切れたくらいでは扱いきれなかったのではないだろうか。
例えば。プロにしか使い方のわからない計算アプリや製図アプリのように。
自分でパワーはたいした事は無い。と言っているが。
魔道書がそんな中途半端なものだったら、100人を呪い殺せるはずが無い。
華ちゃんとあやめさんのピンズのように。
何かの手を使って魔法の威力を意図的に落としたのじゃないか?
自分が制御出来るレベルになるように。
「エアカッター!」
「……わわ!」
あやめさんが叫ぶと、前触れ無しに突然私の足下に生えて来たよく見えない触手のようなもの。
それを空気の釜が根こそぎなぎ払う。
「ごめんなさい桜さん、一時的に集中を切らして結界が緩みました。……怪我はありませんでしたか? ――いずれ今の触手には十分注意を、ゾンビにされてしまいますわよ! わたくし達を気にせず華さんももっと後ろへ! ……とは言え、そろそろ下がるところも、無くなってしまいますわね……。くっ」
野良だろうとクラスレスだろうと魔法使いは魔法使い。
アンクラスド。つまりは普通の人である私達とは違う。
とすればアイテムくらいは使えて当然なんだろう。
魔法使いとしてはド三流も良いところ、なんだけど使う魔法自体は高度。
だが反面、パワーという面ではもう一つ迫力が無い。
押されてはいるけれど、実質カキツバタさんとあやめさんを力でねじ伏せる。と言う感じでは無い。
そしてその魔法の発動自体はきっとアイテムが無ければできない。
これらを合わせて考えてみる。
魔道書の魔力はあり得ないほど強大。
でもクラスレスでも扱えるように力をある程度小さく押さえたい。……ならば。
――本だと言うなら、ページ毎にバラしてしまえば良いんじゃないか!?
それなら制御が難しくて、術者本人が爆発四散するような魔法だって使える可能性はある。
もっと言えば、全ページを使う必要さえ無いのかも知れない。
何しろアイテムをどう使えば良いかは知っているのだから。
紙単体では魔法に負ける。とは前に聞いたが、それは1枚の紙に全てを書こうとするからだろう。
例えば本ならば、内容は当然分散して書いてある。
それなら魔法だってページ毎に分散して存在しているんじゃないか?
だったら。魔法の根幹をなすページだけ、大事なページだけを抜き出せば。
魔法は使えるじゃ無いか!
そして『アイテムが魔法使い』だと仮定すれば。
その自らの意思では魔法を使わない魔法使いにエネルギーを供給し、制御する。
自分の意思を直接喰わせ、それで起動した小さな力を動かす。
……できそうだ。
少なくても異常な回復の早さは説明が付く。
自分がバッテリーになってるんだから、周囲から吸い上げる手間暇は全く必要が無い。
……ただ自分の消耗はどうする?
私には何故だか“おかしい”ものが見える。
華ちゃんはそれを、私には違和感が見えるのだと言った。
ただ“おかしい”。“違和感”。と言うからわからない。
不自然な物、その定義はいったい何か。
「桜! 動かないでっ!」」
目の前、半透明の触手が伸びてきてこちらへ向かってくる。
あやめさんの結界でスピードが落ちたところを華ちゃんの砂で出来た剣が刈り取る。
例えば、今の触手も剣も。
両方不自然なんだけど、触手の不自然さが際立つ。
砂の剣と違う所、それは良く見えないと言う部分。
つまりあの触手は私に対して自身の存在を誤魔化している。
私には魔法使いや結界師でさえ見えない、不自然で違和感を感じるおかしいもの。
それを見る事が出来るらしい。
誰かを誤魔化そうとして、ゆがめてひずませひん曲げて。
私はそう言う“おかしい”を見ることが出来る、と言う事なんだろう。
そう思って再度男の方を見てみれば。確かに誤魔化そうとする物が見えた。
誰にも見えないように、誤魔化してあるから。
だからこそ、私には見えるんだ……!
「華ちゃん、倉庫の脇の木! なんか四角いのがぶら下がってる! 見える!?」
学校の敷地を囲むコンクリートの塀。
いかにも敷地が勿体ないとでも言うように、それに隣接して建てられた倉庫。
その手前に生えた結構大きな木。紐で括られ、吊られてゆらゆらと揺れる四角いもの。
結界の原理は、基本的には隠したい物から意識をそらすだけ。そう聞いた。
ならば事実上、国内最強の結界師がそらされた意識を戻したら。
「見えた! ジャベリンっ!」
投げつけた編み棒のような砂の棒は、その“四角"のど真ん中に、結わえた紐の結び目ごとめり込んで、木の枝から違和感をもぎ取り、学校と外を隔てる壁に突き刺さる。
「リリース!」
棒が形を無くし砂になってながれる。
と、共にばさばさと穴の開いたトランプが落ちる。
「昨日に引き続きやられましたわ、桜さん、“革命"成功ですわね! ――もう一組、充電ケーブルがあったのですか、なんと周到な……」
「これでお互い、バッテリー切れを気にしなくちゃいけなくなったな!」
もうむやみには連発は出来ないはずだけど、うかつに近寄ったら傀儡にされる。
少なくともこちらと同じく通常充電は出来ているはずで、現状バッテリーはほぼ満タン。
魔法が発動出来無くなったわけなじゃない。
「連発出来ないからなんだってんだ、弾いて見せろよ! ほれ!」
アイツは普通の魔法使いとは違って魔法の発動は魔道書、自分は電源とコントロールのみ。
と言う特殊な方法で魔法を使っている。自分で発動しないから疲労も少ない。
魔法自体のパワーはたいした事は無い。と自分でも言っていた。
ならばバッテリーとしての負担も少なくてすむのだろう。
エネルギー切れのアイテムに自分の意思を喰わせて制御する。
それならアイテムが電池切れなのに魔法が使える。
と言う矛盾は解消する。だってそれは逆だから。つまり、
――“電池切れだからこそ使える”んだから。
そして直接自分を喰わせて魔力供給をして魔法を使う、となれば答えは一つ。
魔法のアイテムは体に密着してるはず。
だからアイテムの場所とすればそれはもう、本人自身の体のどこか。
そして本のページをバラバラにしたのならそれは紙。
隠し場所なんかいくらでも、どうとでも出来る。
華ちゃんからの宿題はもう一つ。アイツの属性。
みんなは野良魔法使いだと思って居る。魔道の書を意のままに扱っているように見える以上当然だ。
そしてあいつの使う魔法は属性が見えない、とあやめさんは言った。
一方で張っている結界は強力だが明らかに魔法結界だという。
つまりそちらは属性が見えている。
アイテムが自動防衛で発動している結界だったら、矛盾しないか? それ。
そしてニヤニヤ笑いを貼り付けながら結界を張り続けるアイツ。
得意な魔法なら長く使ってもそんなに消耗はしないだろうし、綻びが出来てもすぐに直せる。
クラスD相当の野良魔法使いはたまに出るらしい。
例えば。華ちゃんと始めた会った日の、公園の野良魔法使い。
彼はいくら封印付きとはいえ、日本最強と言って良いB+の魔法使いを目一杯手こずらせた。
クラスの高さは当然パワーだけでは無い。
華ちゃんやあやめさんのクラスになれば、例え相手が逆属性で五十倍以上のパワーを持って居ようと、本来は全く問題にしないものらしい。
だからあやめさんは怒った。いったい何をやっているのか、みっともない。と。
でもあのときは結局、華ちゃんは封印を飛ばす決断をするしか無かった。
――言い訳をするようで心苦しいですが、彼はパワーもテクニックも明らかに野良で居るはずの無いレベルでした。封印を外さなければ私ではどうしようも無かったのです。
人間としての自己評価は何故か最低の彼女だが、自身の魔法と技術には絶対の自信を持つはずの華ちゃん。その本人が、後日。査問会でそうハッキリ証言した。
そしてその彼女に対して、査問委員会からはなんの処分もなされなかった。
つまり。そう言う力と技を持った野良だってたまには居る、と言う話だ。
だったらグレード3相当の野良結界師。
そう言う存在があっても、それ自体は有り得るんじゃ無いか?
国内でも十数名しか居ないグレード3。本当にそれと同じ力があるのなら。
ハイランカーの魔法をはね飛ばす結界を張っても不思議は無い。
多分、対魔法結界だけなら破る方法を、前に立つみんなは持っているはず。
それをやらないのは、魔道書経由で結界を張っていると思って居るから。
だからどんな形でカウンターが来るかわからない。それを警戒してるんだ。
そう言う意味でのカウンターは来ない。とわかれば打つ手は絶対あるはず。
そしてそこまで考えがたどり着けば、いくら鈍い私にもおかしい、の本体は徐々に見えてくる。
何しろ一〇〇人を呪い殺した本の一部なのだ。
見ていて愉快なわけが無い。
あの男の体の中で、おかしい部分。
おかしくて不自然で不愉快で見るだけで吐きそうなほど気分が悪くなる部分、それは。
「華ちゃん、アイツの属性は高位結界師! 右の腕に魔道書のページを巻き付けてるんだ!!」
「わかった!」
だが返事をした華ちゃんより先に動いたのはカキツバタさん。
身を低くして走り始めると一気に距離を詰める。
「あ、なに? そんな! くっ来るな!」
「ちっ! ぐぅ! 舐めるなよ、ウザガキ! そんなものでぇ、止まるかっ!」
半透明の細い管のようなものが殺到し、脇腹を2,3本掠めるのも構わずにカキツバタさんは更に速度を上げて走り抜け、男の直前で真っ直ぐに右足を繰り出す。
その右足は当然、魔法結界には一切の干渉を受けずに突きぬけ、黒いパンプスごと、つま先から男の銅体へとめり込む。
「ぐほっ」
すぐ後ろに続いたグレード1結界師、華ちゃんが叫ぶ。
「ブレイク!」
いくら力が強いとは言え所詮は野良の結界師、事実上の国内最強に敵うわけは無い。
ガラスの割れる音と共に、対魔法結界が消滅したらしい。それと同時にカキツバタさんの左腕が比喩で無くうなりを上げた。
「このド変態野郎、巫山戯やがって! 地獄に落ちろっ!!」
左腕に水の渦を纏ったカキツバタさんのパンチが顎に当たる。
一瞬男の首が伸びたように見えた……。
「ちっ、仕留め損なった! クロッカス!」
「フィックス!」
顔以外の前身が一気に砂の膜に覆われ彼の動きが止まる。
そのまま後ろに倒れていき、ぐえっ、と言う声と共に後頭部から地面に叩き付けられる。
砂の拘束が砕けた瞬間。
「マッドクロゥズ!」
体中、今度は顔も含めて泥に覆われ人の形の泥になる。
辛うじて口と鼻を覆っていない分、華ちゃんはきっと優しい。
少なくてもカキツバタさんが怪我をしていなければ、バランスを最後に崩さなければ。
あのパンチを純粋に殺す気で撃ったのは私でもわかる。
格闘技にも精通していると見えるカキツバタさんが、わざわざ拳を魔法で補強した意味。
……仕留め損なった、とはつまりそう言う意味だ。
華ちゃんのすぐ横、脇腹を押さえて血を流しうずくまるカキツバタさんにヒイラギさんが全力疾走していく。華ちゃんが泥の中、彼の胸元に無造作に手を突っ込む。
「マジックシール、封緘っ!。――その泥の服、重いでしょう? 土は見た目よりも重いの。それだって、たったそれだけで250キロはある。……今すぐアイテムを出しなさい。さもないとこの場で、地下30mに封じ込めるわよ!」
「う、……ぐぁ」
答えが返ってこないのを見て、華ちゃんが彼の右手を持ち上げる。
「桜。おかしいのは、これ?」
「うん、それ」
「セクションパージ。リリース」
彼女がそう言うと右手の泥だけが綺麗に無くなる。
「華さん、魔法は?」
「簡易封緘ですが仮封印しました。結界師とは言え所詮は野良、自分では一生解けないでしょう。大葉さんに引き渡すまでだと言うなら絶対です」
「ならば安心です。……バリアアウト」
いつの間にか華ちゃんの隣にはあやめさんが立っている。
目の前の呪術結界の雰囲気が消える。
――いかにも、はっ、とした様子で私を華ちゃんが振り返る。
「そう、桜! 仁史君は!?」
「大丈夫、多分気絶してるだけ。焦げてるのも服だけだから」
「……そう、よかった」
華ちゃんの肩から力が抜ける。コイツの事、そんなに心配してくれてたんだね。ありがとう。
「時に華さん、もう分断結界は解いても大丈夫かしら?」
「あとは人払いだけで良いでしょう。それは私がやります」
「力は戻ったのですか?」
「二割にも届きませんがその程度なら」
あやめさんは頷くと、ポケットからピストルのようなものを取り出し空へ向ける。
パン! と乾いた音がして数秒後上空にポン、と赤い煙が不自然に丸く凄い勢いで広がる。
そうか、結界の中は携帯、通じないもんね。初めからそう言うアイテムも用意してたんだ。
一気に大葉さんの結界の気配は無くなり、代わりに――クリーニングアウト。
と呟いた華ちゃんに包まれる感じが広がる。私は急に足から力が抜けて座り込む
「桜さん、この右腕が本体なのですか? 入れ墨か何かでしょうか?」
私はぺったりとお尻を付けて座り込み、気絶している仁史を羽交い締めの形で抱えたまま、多分服か腕に本を切りとったページがあるはずだ、とあやめさんに伝える。
「見えないように服地の裏側に縫いこんであるのね、手の込んでいること。しかもシルクの糸でキチンと封印かがり。何処でこんな知識を身につけたのでしょうね。華さん、この際、もう腕ごと切り落としてしまいましょうか?」
「あの。お姉様、そもそも腕をもぎ取る必要性が無いのでは……」
「それもそうだわ、言われてみれば腕そのものの必要などないわね。多少感情が高ぶって考えが過激になっているのかしら」
「お姉様らしくも無い……。“cast pearls before swine!”。――誰が投げたか知らないけれど、“真珠”は返して貰うわよ?」
華ちゃんは制服の腕の部分だけを、どうやったのか簡単に引きちぎる。
「さっき死ねば良かったのに。……おめおめ生き残るなど、恥知らずにも程がある」
「本の残りの部分が何処にあるかを聞かなくてはいけませんから、結果的には死なないでいて貰って助かりましたわね」
「コイルアラウンド……。さぁ、言えっ! 本の残りは何処っ? ……グラップ!」
右腕に砂の筋が巻き付き、締め上げる、
「ひぎぃい!」
締め上げは徐々に強くなる。質問でも尋問でも無い、これは拷問だ……。
「たったこれしきで言葉も喋れなくなる癖に……。よくも、……ひ、仁史君に怪我を。しかも、しかもこの私の目の前で……。おまえは絶対許さない……! ……ファステンっ!」
バキンっ! 乾いた木の枝が折れるような音。
……何が折れた音なのかは当然言わずもがな。しかもその腕は上がったまま。
「おがぁあっ!」
見たことも無いような不機嫌な顔で華ちゃんが更に吐き捨てる。
「……外道の分際で意味も無く声を立てるな! 不快だっ!」
――二度とその不快な口を開けぬよう、私がこの手で首を落としてやる!
「……待って華ちゃん!」
私の声は届かない。
彼女の目の前に砂が集まり、巨大な首狩り鎌の形になっていく。華ちゃんがそれに手を伸ばす直前、
「お辞めなさい……」
あやめさんがそれの柄を握り、首狩り鎌はただの土埃に戻って風に舞う。
土は風に削られる。華ちゃんの魔法をものともしない飄々とした風使い、あやめさん。
お姉様と呼ばれるのは伊達では無いな……。
少なくても、あんなやつのために華ちゃんが手を汚すのは阻止してくれた。
「華さん。腕一本ではご不満ですか? ……気持ちは理解しますが少し落ち着く事です。いくら何でも度が過ぎます、――口答えは許しませんっ! あなたがなにをどう言おうが、これ以上は執行部の仕事ではありません。……それともまた、たくさんの方々にご迷惑をかけた上で査問会を開いてそれにかけられたい、とでも言うつもりですか? ……頭をお冷やしなさい、華さん」
「…………すみませんでした、お姉様。確かにやり過ぎでした。……リリース」
バサ。男の腕に巻き付いていた砂がかき消え、右腕が一部変な角度のまま地面に落ちる。
「あぎゃあ!」
……まぁ痛いよな、あれ。絶対。
エレメンタラーの本当の力、こうしてみると恐ろしい限り。友達で良かった。
あれ。今さっき、仁史の名前が聞こえたような……
「ヒイラギ、良くやったな。ててっ……約束通り。あたしからアイリスに、明日にでもクラスD申請を、しといてやるぞ」
血で濡れた脇腹を押さえながらカキツバタさん。
「ありがとうございます、……って師匠。そんなことより大丈夫なんですか? 本当に」
「全部躱したつもり、だったんだが、……お前にばっかり言えないな。久々に……くっ、一発、良いのを貰っちまった。ま、大丈夫、心配には及ばない。内蔵は無事だ、死にやしないさ」
OL風の見た目を全く裏切って台詞がいちいち男らしいカキツバタさんだ。
「よぉ、クロッカス。お説教は終わりか? ――まぁいいさ。……ちょっと見ない間にすっかり女子高生っぽく、てて……、なったじゃないか、なんか雑誌の読者モデル見たいだよ。カッコだけでなく、雰囲気も年相応に可愛くなったもんだな。おまえはそのほーが良いぞ。……あの彼女が、桜さんな?」
「はい」
「たいしたもんだな。あの魔法戦のただ中で萎縮もせずに考え続け、答えにたどり着いた。アイテムクラフタ、確かにな。お前の言うのはわかる。……彼女、魔法使いじゃ無いなんだろ?」
「はい、でも私のバディです!」
華ちゃんはそう言い切ると満面の笑みを浮かべる。
「そうか、大場君が聞いたら泣くんじゃ無いか? はっはっは。いでで……。 ――おい、ヒイラギ。改めて挨拶しろ。アヤメとはこないだあってるだろうが、クロッカスは“振興会では”初めてだろ?」
言われて彼は、おずおずと。と言う感じで華ちゃんの前へと足を運ぶ。
「あの、カキツバタさんに師事しておりますヒイラギです。どうも」
「私は執行部統括のクロッカスです。以降よろ、し、……く? …………あ! あ、あ、あなたは!」
突如として華ちゃんの声に怒気がこもり。
それに呼応して彼女の周りにぶわっ、と巻き上がった砂や土埃が、まるで怒りを表すオーラのよう。
……華ちゃん、電池切れだったんじゃ。
「ひぃ、……あ、あの色々ものを知らなかったもんだから、ごめんなさいっ!」
「まさか表面上の謝罪の言葉くらいで、何かが許されるなどと甘いことを考えているのではないでしょうねっ!?」
チャキ。いつの間にか華ちゃんが一mを超える大剣を両手で握っている。
……あれって、砂で出来てんだよね?
さっきの、いかにも砂で出来た剣とは。見た目も大きさも大違いなんだけど。
「良く平然と私の前に顔を出す気になったわね。……その勇気はだけは褒めてあげるわ」
腰を下ろすと巨大な剣を正面に構える。華ちゃん、だから電池切れ。どうしたのっ!
「だが、それを世の人は蛮勇という。目の前に自ら出てきた以上、わかっているな……!」
その剣だって、どう見ても勇者とか英雄みたいな人達が持ってるような、魔王を退治する為の伝説の剣的なものにしか見えないし。
なんか鉄骨とかでも何気にスッパリいけそうなんだけど、それ。
それにジリジリと位置を変えるヒイラギさん、見たことあると思ったら。
公園の時の野良魔法使いじゃない!
まぁ、華ちゃんが怒るのも無理ないわな。
形の上では処分無しになったとは言え、あの件で私を巻き込んで仁史に怪我を追わせた上、封印をぶっ飛ばして必要以上に魔力を使った門で査問会にかけらたんだから。
危うくC+に降格しかけた上、執行部統括の肩書きまで取り上げられそうになった。
振興会における立ち位置だけが自分を確認する手段。
華ちゃんは自己評価をそうとしか出来ない。
気持ちはわからないでは無いんだよなぁ。
ついでにあのときも仁史がテリヤキになってるしね、そう言えば。
……それを思い出して更に怒り倍増ってトコか。
それについては、私だって殺されそうにはなったんだけど。
――でもまぁ、助っ人にきてくれたんだしさ。
「華ちゃん、良いじゃ無い。許してあげなよ。振興会に居るなら改心したんでしょ?」
「も、勿論だ、そうで無ければ……」
「黙りなさい! あなたとは話していないっ!」
大ぶりの剣を鼻先に突きつけられ、――ごめんなさい。そう言ってヒイラギさんは小さくなる。
「もう、形の上でのお説教も終わりで良いんじゃない? 執行部統括さん? ……実際には捕まえた時点でもう許してたんでしょ? 華ちゃんは心が広くて優しすぎるくらい。私じゃ絶対無理だな、そういうのはさ?」
……と言う感じで持ち上げておかないと。
ヒイラギさんも泥人形にされて骨の二、三本は持って行かれかねないからなぁ。
フォローしとかないと、一応味方なのにあの男より、もっと非道い目に遭いかねない。
特に。封印を飛ばさざるを得なくなって査問会になった件については、今でも根に持ってるクサいし。
と言うかそれについては絶対、間違いなく根に持ってる。
「あのときも私も仁史も結果的に無事だったし、今日だって助けに来てくれたんだしさ? それに一応ほら、制服。ね? ……ネクタイの色、みてみ? 先輩なわけだし」
「ま、まぁ。実際に非道い目にあった桜が、それで良いというのなら。確かに、今更私から何かを言うところでは無いのだけれど……」
――リリース。そう言うと大きな剣はサラサラと少しずつかたちを無くしていく。
マジで砂だったのか……、あれ。
「ね、助けて貰ったんだしさ? ――うん、握手。……ほら」
「では、あの。……改めてよろしく。執行部のクロッカス、…………いや、えーと……。もとい、普通課一年B組、華・サフランです。その、先輩」
「ど、どうも、僕は普通課3年A組の柊長介だ」
ふぅ、収まった。とは言え。
うわぁ……、怖い怖い、超怖い!
私がなまじ、和やかムードを演出しちゃったからなお怖い!
なんて険悪な握手だろう。
華ちゃんの表情しか見えないんだけど、これから決闘するような感じにしか見えないよ、これ。
華ちゃん、ホントに今現状、柊先輩に魔法使ってないよね?
「おい、カキツバタ。大丈夫か! 怪我したって?」
後ろに白いワンボックスカー2台を引き連れて大葉さんが走ってくる。
「大場君はいっつも騒ぎ過ぎなんだって、かすり傷だよ」
「全く。……毎度毎度お前ってヤツは。アイリスは今動けないんだぞ! ……見せてみろ」
「何すんのよ大場君、やめてってば、もうえっち! ……スケベ! やーめーろーっ!」
大葉さんはなにを言われても全く動じず、上着とブラウスをまくって脇腹を見る。
「魔法的後遺症は無し、……とは言えこのまんまじゃ出血多量でひっくり返るぞ。わかってんのか? この大馬鹿野郎!」
「野郎ってなんだ! あたしは女だっ! きーてんのか!?」
大葉さんは作業服を脱いで、シュルっとネクタイを外す。
実に何気なく自分のワイシャツの袖を引きちぎり、脇腹の傷口に当てて腰にネクタイを結ぶ。
「ぎ……、だ、いだ、いだだ。女の子の体、なんだから、いでで、せめてもっと、痛い痛いってば、マジ痛い! 優し、痛っ、優しくしてよぉ、あたし女の子! 大場君、幼なじみでしょ! いだだだ……、お兄ちゃん、待って待って! ホント痛いからっ!」
凜とした男前のお姉さんが、だだっ子の女の子になっちゃった……。
「優しく止血が出来るか! 昔っから俺の言う事なんざ一切聞かねぇ癖に、こんな時だけ、……よっと。なに言ってやがる! ……よし、先ずはこれで良い。無茶ばっかりしやがって、いい歳なんだから少しは後先考えろっ! ――ヒイラギ、例の病院の先生は知ってるな? ――よし、なら話はしてあるからカキツバタ連れて後ろの車に乗れ。一緒に病院まで連れてってやる」
カキツバタさんは柊先輩に肩を借りてヨロヨロと歩いてく行く。
あれだけ派手にやっておいて、一番ダメージを受けたのが止血処理だったらしい……。
既にその車には、仁史がタンカに乗せられて運ばれている。
赤いランプもサイレンも無い。
むしろ天井の中途半端な位置に黄色いランプが張り付いて、見た目はまるで工事の車。
でもどうやら中身は救急車みたいになってるらしい。
「お疲れ様、だな。クロッカス。たいしたもんだ。……神代ちゃんを守り切りやがった」
「むしろ桜に助けてもらったの。今回、私はなんの役にも立たなかったわ」
謙虚なのか本気なのか、彼女はホントに判りづらい。
「ま、レコーダーなんかそんなもんさ。今回は俺で無くて良かったよ」
「……? それはどういう」
「こんな面倒くせぇ案件の報告書、どうやって作るんだって話さ。……さて事後処理に回るか。――アヤメちゃん、そいつ以外、野良の扱いで良いのか? 一応事情聴取は全員必要だろうが……」
肩を落として顔色を無くした華ちゃんが取り残される。
任務内容を詳細に観察し、評価、報告をする役目がレコーダー。
任務遂行中のあらゆる事象を調査分析して記録、同じ様な事が起きないように。
起こってしまった場合に最低限の手数で収束出来るように。
任務を評価して資料を付けて。任務遂行完了報告書を作り報告する。地味だけど結構大事な役目。
だから振興会での任務遂行最低ユニットは二人。執行者と記録者のツーマンセル。そう言えば華ちゃんと初めて会った日もそうだった。
そして今回、事件の概要は必要以上に広大で係わる事象は広範囲。
レコーダーを自ら買って出たのは華ちゃん自身……。
報告書はひらがなで書くんだろうか、それとも英語?
いずれにしろ、せっかく今日で補習が終わったトコだったのにね……。
「おい! 出すのはちょっと待て! ――神代ちゃん! 南光君を病院に連れて行くが一緒に行くか? 護衛はヒイラギだけでは不安だが怪我をしてるとは言えカキツバタが居るからクロッカスはなにも言われない、アヤメちゃんもおっつけ行くから、それも気にしないで良い。……どうする?」
あやめさんと話していた華ちゃんがぺこり、と頭を下げる。
――仁史君を、……お願いします。
声は聞こえなかったが、唇は確かにそう動いた。
「あ、はい! 今行きます!」
任せなさい。小さいころからアイツがなんかやらかしたら、私も連帯責任なんだよ。
……キチンと先生に見て貰うからさ、心配しないで良いよ。