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校舎裏の落とし穴 = 一〇〇人殺しの魔道書 (前編) =

2017.11.27 本文の一部を変更。また読みやすくなるように適宜空白行を挿入する等調整しました。

 華ちゃんの気になる男子。


 昨日は結局その名前を聞き出すことは出来なかったが、そもそも聞くまでも無く、彼女の交友範囲の狭さ、そして普段の男子との距離感から言っても好意を持つほどの男子と言えば。

 その時点で容疑者は絞られてしまう。


 本当は委員長あたりだと高身長で美男美女。誰も文句は無いんだろうけど。でも彼とは事務的なやりとり以外、親交なんて物は無いし、何より華ちゃんが男子自体に興味を持っていないように見える。

 というよりは嫌っている。と言うのは昨日わかった。


 その彼女が好意とは言わないまでも、興味を持つとすれば一人しか……。


 まぁ、良いヤツなんだけど。

 いや、ホントに良いヤツなんだよ。

 そいつは私の従兄弟でさ、昔っから知ってるけど、ホントに良いヤツでさ。

 華ちゃんさえ避ければ私から紹介するのはやぶさかで無いんだけど、でもさ、あのね。うんとね、私……。


 はぁ。――昨日からおかしいな。なんなんだ、私。




 昇降口で華ちゃんと別れた後。


 図書館は危ないのでダメ。用務員室も今日はダメ。と言う事で。渡り廊下の脇の東屋に私達三人は居る。

 3日目にしてついに建物からも追い出されてしまった。


「今後の事も考えて、わたくし達で部活動でも作りましょうか。部室が使えるようになれば何かと融通も利くでしょうし」

「先輩、部員の最低要件五人ですよ。一人足りないし。それになんの活動をするつもりですか……。半年くらいで活動実績あげないと、簡単にお家お取りつぶしですよ」


「そう言えば去年、ウチの学校に軽音部ってあったんだってね?」

「それだよ。活動実績を文化祭のステージ出演だけで誤魔化そうとしてたんだけど、文化祭の3日後に廃部通知が出たってさ」


 ふむ、と右手を顎に当てて肘を左手で抱えて小首をかしげるあやめさん。

 ……お嬢様だ。この仕草は漫画とかアニメでしか見たこと無いお嬢様。

 そのお嬢様がここに……。



「部員の人数の問題は残るのですが、読書愛好会なんて如何でしょう。読書感想文を全国コンテストに送った上で、落選しようとそれを学園祭に展示すれば。活動実績として認めて頂けるのでは」

「そんなんでいいんすか? あの、俺の話聞いてました?」


 既に生徒会室にはごく普通に出入りしているあやめさんであるので、きっと愛好会としての設立条件は頭に入っていることだろう。

 今の話を聞く限り、存続条件はちょっと怪しいけど。


 その他風紀委員や体育会系連合連絡会とも繋がりがあるのを知っている。いったい何をどうすればそんな事に成るものか。

 コミュ力なんて次元は超えている。


 人体に直接作用する魔法は呪いの類以外、精神、肉体を含めてない。世界中でただ一人のグレードAであり、ウィッチの称号を持つアイリスさんしか使えないのだ。とは聞いているが、あやめさんからなら、

「独自に編み出してしまいましたわ」

 と言われてもそこはあまり違和感を感じたりはしないな。



「でもねあやめさん、拠点を置くくらいに校内で色々あっちゃ困ります」

「もちろんそれはそうなのですけれど。でも思いつきで言ってみただけでしたが、平日はわたくしと華さん、そしてお二人だって校内に居るのですし、だったら校内に拠点を置くのは存外悪くないアイディアかも知れませんね」


 (財)特殊技術産業振興会 執行部 うつくしヶ丘高校分室。

 ……うん、あんまり良い感じはしないね!


「あれ、そう言えば。あやめさんも卒業まで学校に居てくれるんですか?」

「会長からはそうご指示を頂いているのですが、お邪魔でしたかしら」

「いや、むしろ嬉しいなぁ。って」


「あら、嘘でも嬉しいわ。改めまして、ありがとう存じます。桜さん」

「いえいえ、別にお礼言われることでも……」

 それに一番喜ぶのは華ちゃんだろうしね。



 大葉さんは朝から落とし穴を仮封印する準備でバタバタしている。

 明日からは平常授業、今日の内に一般生徒が入れないように常設結界を張る。

 その為に日のあるうちに準備を終えて、夜になったら結界師数人がかりでかなり大規模にやるつもりらしい。


 魔法は段取りが結構大変、――クロッカスが手伝ってくれれば一時間で終わるんだが。と言いながら補習が無くたって、命に危険が及ぶと踏んでいる以上はきっと手伝いを頼んだりはしないだろう。

 見た目以上に大人だ。



「ところであやめさん、昨日のルッキングファラウェイ、でしたっけ。外部カメラみたいなアレは……」

「昨日の帰りに大葉さんに預けてしまったので、どうなったのかはわかりません」

「えぇ!? ……アレって、人に渡せるものなんですか!?」


「説明をしていなかったかしら。それなりのレベルの結界師同士なら、結界の引き継ぎ自体は出来るしそこまでは普通の事なのです。そして、そうならわたくしの作った“目”も結界の一種なのですから、そこは考え方として同じです。ただわたくしは目を一つしか作れません。なので大葉さんが目を返してくださるか、バリアアウトしてくださらないとそれ以上は何も出来ません。……今のところ、目が生きていることだけはわかるのですが、はたして何を見ているのかは……」

 と、いきなりおかしな雰囲気に覆われる。これは大葉さんの結界?


「緊急事態だ」




「何事でしょうか、大葉さん」

「さっき連絡が入ったのを含めて順に行く。――まず最初に。先日総務から入った連絡だ。約二ヶ月ほど前、ヨーロッパ某国で魔道の書が行方不明になった」


「わたくし達に国名を伏せる意味はありますの?」

「教えたくとも俺が聞いてない。会長経由の情報らしいから、これは多分総務も聞いてないだろう。表向きは聖書の偽典とも言うべき代物で、これはこれで歴史的価値も宗教学的価値も高いが、中身は魔法使いの介在無しで100人を呪い殺した魔道書だ」


 100人を呪い殺すアイテム。いきなりとんでもない話が出てきたもんだ。

 でも、何処が緊急?

「ちなみに金銭的価値は限りなくゼロに近いし、魔法関係者であっても、おいそれとは価値には気が付かないだろう。概要はこうだ」



 ヨーロッパ某国の宗教学者の先生の家が空き巣に入られた。

 そして金銭以外で持って行かれたのがその魔道の書。

 中身の魔法は不明だがどうやらその国の振興会に当たる組織では100人を呪い殺した魔道書として有名な代物。


 そんな危ないもん、自分ちで管理しておけよ、と言う話ではある。

 一応封印術だけはかけたが、本自体はその先生から寄付してもらえるように頼んでいた最中だったらしい。



「買い取りじゃ無いんだね、セコいなぁ」

「所有権の受け渡しに金銭の授受が発生すると、その時点でなにがしかの魔法が発動することも希にある。特に中世ヨーロッパのものに関しては、わざとそう言うトラップが仕掛けられているアイテムは結構あるんだ。本の他だと宗教画や宝石、ドレスなんてのも危ない。子孫が売らないようにそういう事をするのが流行った時期があってね。……物欲というものは、得てして人間を狂わせるものなのさ」


「じゃあ、盗んじゃったら」

「当然そっちの条件で発動する魔法だってあると言うことだ。両方ダブルでかかってる、なんて事は先ず無いが調べるとなったら一筋縄じゃ行かない。……古いアイテムは何処までも面倒くせぇのさ」


 とは言え一応封印は結んであるし、グレード3相当の結界師で無いとその封印は切れない事になっているらしいんだけど。



 問題はアイテム自体が強力すぎること。

 100人はオーバーとしても記録上裏が取れただけでも二四人は死んでいるらしい。それ程アイテム単独としても強力。


 その上当然、アイテムの使い方さえわかっていれば。

 手に入れる事が出来れば私のようなアンクラスドでも魔法が使える。

 魔法使いなら尚のこと。


 そして一番の問題は、それが洋書の古本として日本に入った可能性があるらしい事。

 なんだけど。

「それの何処が緊急事態なんですの?」

 と、あやめさんが怪訝な顔で聞くのは当然。大変だけど緊急じゃ無い。



「緊急事態はここからだ。その本がこの街の古書店に先月、存在していた事が確認された、だが、今朝確認した時点では無くなっていた」

「まさか!」


「今しがたの話では、間違いなく二ヶ月前にはこのうつくしヶ丘にその本は存在していた。その事実を諜報課がついさっき、掴んだらしい」

 ――古書店屋の店主によれば、買ったのはうつくしヶ丘高の制服を着た男子だそうだ。そう言うと大葉さんはやっと思い出したように椅子に座る。



「まさか。では例のアイテムがもしもそれであったりした場合は……」

「そして更に緊急事態の追加だ。ついさっき五人ほど例の場所へ入った」

「でもあそこは普通に出入りが……」


「そしてその直後、お前から借りた目玉を潰されれ、人払いと不可視の結界を張った。――直後出入り出来る場所には“出入り検知”を仕掛けたが、連中はその後動きが無い」

 つまり、今もその5人は例の場所に居る。と言う事に成る。


「しかし“目”の反応はまだ」

「ダミーをわざと位置のずれたところに置いておいたんだ。潰されたのはそっちだがお前の目玉からコピーをとったヤツだから。すまん、お前の気配はバレた」

「今日中に処理をしてしまうなら、それは気にする必要さえ無いですわ。……確かに緊急事態ですわね」

「必要以上に頼もしいこったな、ウチの部長様は」



 ついに落とし穴を作った張本人が出てきた。

しかもルッキングファラウェイ、大葉さんの言うところの“目玉”自体はグレード4相当の術だけど、そのなかでも器用な人でないと作れない。

 逆に言うと気が付いてもそれは封印の一種。

 何が言いたいか。つまり気になったとしても技術の無い人には、作れない以上は壊せないのだ。


 魔法使いの上に結界師。野良魔法使いと同じ対応では不味い、と言うのは私でもわかる。



「気が付かれないように設置したはずの結界のシンボルも、位置を微妙にずらされてる。間違いなく知識がある。セミプロとはいえ、あれ程の術者がマークから外れているとは考えにくいが……」


 ――どんな人ですか? と聞かずには居られない。

 私達は制服を着ているのに図書室以外にはここしか居場所が無いくらいだ。外部から入り込めるわけは無い。だったら。

「男子生徒が五人。ネクタイの色を偽装してなきゃ全員3年生だ」 



「とにかく早急に対応を致しましょう」

「まて。今振興会(事務所)にはグレード3がいねぇ、クラスCもアイリスだけ。幸い今すぐ動く気配はねぇ。せめてクロッカスが戻るのを待つ。アイツの結界は必要だ」

「では」

「あぁ、現有戦力だけで何とかしよう。神代ちゃんと南光君は午前の内に本部に……」


 ブゥ、ブゥ、ブゥ。バイブの音が変に響き、大葉さんは慌てて電話を引っ張り出す。


「はい、大葉。――あ、はい。お疲れ様です! 監理の大葉です! ――はい。クロッカスを待って午後一番の予定で、――は? しかし状況的にそうなると護衛などほぼ不可能で。――良いんですね? 伝えます。えーと、……あれ?」

 続けて何かを言おうとした大葉さんだが、電話は先方から切られてしまったらしい。

 彼には珍しく、――はぁ、とため息。


「会長、ですか? 今のお電話は」

「あぁ。ミッションの難易度が上がった」

「……と、仰いますと」

「神代ちゃんと南光君。両方執行に帯同させろ、との事だ」





「そこに居るのでは西からは入れないですね。東側、正面から突破するより他に道は無いと?」

 お昼過ぎの東屋。

 ついに全ての教課の補習を受けきった華ちゃんが戻って来て居る。

 その華ちゃんは、あっという間にお弁当を食べ切って蓋をしながら大葉さんに聞き返す。この辺の割り切りと対応はプロの手際。


「そういう事だ それに今回は二手に分かれる余裕も無い。相手は5人、こちらは俺とお前の他、アヤメちゃん、俺を除いて実質は2人。あとで合流するはずのアイリスを入れても3人、専任結界師も無し。それで全てだ」

「さらに桜と仁史君を連れて行け、と?」

 怪訝な顔をした華ちゃんはふぅ。吐息を吐くとあやめさんに向き直る。


「相手はクラスC相当。――お姉様」

「……良いでしょう。こちらへいらっしゃい、華さん」


 その華ちゃんを呼ぶと、あやめさんは彼女の制服の襟に付いたピンズを外す。

「これを外した以上、覚悟は良いですね? 無様な真似は許されないのですよ?」

「お姉様も、怪我などしないよう気をつけて……」


 そう言うと華ちゃんはあやめさんの襟に手を伸ばす。

 あやめさんが自分で作ったのであろう赤い小さなピンズ。

 それが東屋のプラスチックのテーブルの上に2つ並ぶ。


 封印であると同時に、お姉様に作って貰った大事なものだから。

 なので壊してしまった華ちゃんは数日後、新しいものを貰うまで。

 その事に付いては落ち込んでいたし、大事なものだから私がやって壊れると困る。

 と言われて制服をクリーニングに出す時は私が付け外ししてあげていた。


「大葉さん、預かって貰って良い? お姉様の分も」

「わかった」


 なるほど、アレは自分で外せないんだ。

 もしかすると触ることも出来ないのかも。

 だから緊急事態と判断した華ちゃんは、あの公園でピンズを粉々に吹き飛ばすより方法が無かったんだ。


 そしてあの日、あやめさんが雷を落とした意味もわかった。

 あのピンズを外すと言う事は命がけの証。だから、あなたは必ず帰ってくる。と言われながら誰かに外して貰う、と言う儀式が必要になるんだ。

 あくまで実際には不要の精神的な儀式だけど、だからこそ必要な儀式なんだ。



「アイリスさんはいつ合流して頂けますの?」

「お前の目玉は今、アイリスが持ってる。何かをやってるらしくて今、ここには来れないが到着次第介入するそうだ。つまりタイミングはアイリス次第だ」


「分断結界で完全に校舎裏を切り離すなら大葉さんはいずれ中には入れない。ならば今回はあえて外に残り、アンクラスドで構わないので、出来る限り執行課と監理課の人員を集めて下さい。事後のことを考えれば一人でも多い方が良い。レコーダーは私がコエンフォーサー兼任、チーフエンフォーサーはお姉様。アイリスさんが間に合えば、その時はエンフォーサーはアイリスさん、コエンフォーサーをお姉様に。そうなれば私はいずれも基本は結界に専念出来ます」


「良いだろう。監理課は執行統括のプランを了解する。部長もよろしいか?」

「それしか、無いようですわね。……承認します」



「正面に立つのは私とお姉様。二人は私達の後ろから絶対に出ないでね?」

「わかった。すまないなサフラン。……桜?」

「うん、華ちゃんの邪魔には成らない」


 秘密兵器扱いのアイリスさんまでも投入しようと言う任務。

 これはもう命に係わる様な事が起こってもおかしくない。

 そして会長はそこに私と仁史に行けと言った。その意味は、なんだろう。

「あと20分だけアイリスを待つ。それでダメなら。……行こう」




「こちらは特殊産業振興会執行部です! この付近で人に害をなすような異常な魔力を検知致しました。直ちにアイテムは放棄、呪術、術式は解除し、自己封印を施した上で投降なさい! 聞き入れて頂けないと判断した場合、即時強制執行を開始致しますっ! ――わたくし共のお話はどうしてもお聞き頂く気にはなりませんか? キチンとお作法通りにお話し申し上げ、更にはそちらも聞いていらっしゃる以上。お返事もされないのは、それはあまりに人として例を失する行為だと言わざるを得ません」


 結局、四人で校舎裏へとやってきた。人影が無い様に見えたが、何も無い空間にそう言って声を張るあやめさん。

 何も無いのはそうだけど、でも。あそこはおかしい。

 そう、あやめさんの呼び掛けた空間は、おかしい。


「そもそもこちらにはあなた方の様子は見えているのですよ? みっともないとはお思いになりませんか? ――良いでしょう。……ブレイクっ!」

 あやめさんの凜とした声のあと、ガラスの砕けるような音が聞こえ、五人分の制服が目の前に立っているのが見える様になる。

 ……結界を張っていたんだ。


 真ん中、一歩引いた位置に居る男子がニヤニヤ笑いを浮かべて返事をする。

「おかしなフィールドを張っているのはキミ達か。何処かで見た顔だと思ったが、二年のお嬢様じゃねぇか。監視カメラみたいな魔法もキミだな。……それに一年のモデル女子。転校なんておかしいと思ったが、やっぱり内定の為に入っていたのか、お前ら」


「あなた方を内定していたならばどうだというのです」

「可哀想だが明日から、可愛い顔に包帯を巻いて病院でお勉強する様になるって話さ」

 ――なんだあれ。おかしい、絶対おかしい。あの五人。



「華ちゃん、なんかおかしい、アイツ等!!」

「え?」

 例えば。漫画とかアニメなんかで、魔法使いが魔法を使うとすれば。

 当然オーラのようなものが体の周りを覆って炎のように立ち上がるだろう。分かり易いし、主人公だったら格好良く見えるし、悪いヤツなら強く見える。


 先日華ちゃんのときもそう見えたが、実際は彼女の周りに一気に水蒸気が集まったからそう見えただけで、実際魔法力が直接見える。と言う事はほぼ無い。と聞いたが。


 目の前の五人は、見ているだけで非常に不愉快になるような何とも言えない色のオーラを纏っている。でも。

「桜、私にも見える。なんてパワー。……魔力が、オーバーロードしている!?」

「華ちゃん、違うの。おかしいのはそうじゃ無くて」

 そこもおかしいけど! どう言えば伝わるの! 

 華ちゃん、おかしいんだってばっ!



 次の瞬間、周りが明るくなって鉄板が擦れガラスが割れるような音が目の前に響く。

 目を開けると、校舎や倉庫のガラスは1枚も割れていないが華ちゃんが肩で息をしている、


「なんてこと。三層の、しかも華さんの複合結界を一撃で……。華さん」

「はぁ、はぁ。……はい。左から火、水、一人飛んで土、風。真ん中は動きなし。リペア・コンシール! ……はぁ、はぁ。……すみません、お姉様。油断しました」


 明らかに苦しそう、初めて見るけど、これが魔法の副作用なのか……。

「合図も無しに複数属性複合攻撃、しかもグレード1の張った三層複合トリプレックス物魔防壁ブロッカーを純粋に力だけで叩き割る……。聞いた事もありませんわ。技術も破壊力もクラスB超、なんなんですの、この力……」


 ニヤニヤと笑うリーダー格の男は表情を変えずにアヤメさんに言う。

「まずはお前らごと学校をぶっつぶす。そのあとうつくしヶ丘一帯を占拠してその後、東京全体、日本そのものを手に入れる。ここに力があるんだ、使わなきゃ損だと思わないか? お嬢様よぉ!」


「そんな力なぞ、何処にも無いのですよ! 校舎を半壊させるのがせいぜいです!」

「そうかい。でもモデル少女ぐらいなら潰せるんじゃ無いか? ご託ならべる前によぉ、もう一発食らっとけよ」


「まさか、もう撃てるなどとそんな。――華さんっ!」

「…………くっ!」

 と、あやめさんが言い終わる前には目の前が光で包まれる。



 今度はさっきとは明らかに音が違う、分厚いガラスが粉々に粉砕されるような音が響き渡る。

 結界は完全に吹き飛んでしまったようだ。


「ぐ、は……、特性、変わらず。……はぁ、真ん中のみ動かず、……お姉様、ごめんなさい! ダメです!」

 そう言って華ちゃんは片膝を付く。

 今度はかなりダメージが大きい、しかも立ち上がれないし、結界も張れない。慌ててあやめさんが右手を大きく開いてあげる。


二重積層デュプレックス防壁ブロッカーっ! ……華さん!」

「はぁ、はぁ。すぐに、回復しますが、はぁ、でもアイツ等は」

「もう電池切れか。もう一発くらいは耐えられっかねぇ。丸焼きにするにはいかにも惜しいんだけど」



 向こうは全く消耗した気配が無い。

 とにかく何がどうなっているのかはわからないがおかしいところ、それの位置の特定は出来た。

 それに会長が期待したのは、きっと私のこの目だ。だったら期待に応えないと!


 ……事前の話なら主任執行者チーフエンフォーサー、つまり責任者兼攻撃担当はあやめさん。

 言葉で説明出来ないならば。華ちゃんの横を通ってあやめさんの隣に出る。


「おい、桜!」

「桜! 出ないで!!」

「あやめさん、おかしいところを撃ってみて。……あそこです」

「次弾まではあと約10秒……わかったわ。バリアアウト、……スラッシュ!」


 私が指をさした場所に正確に空気のブーメランが飛ぶ。おかしなものを叩き切る。

 何かしら茶色いものが見えてくる。板? 完全に見える様になったそれは壁に立てかけられたまま真っ二つに叩き切られていた。

 ……あれって、ウジャボード!?



「リ・コンシール! 桜さん、ありがとう。――下がって!」

「ふざけんなっ!」

 まばゆい光と共に分厚い鉄の板を叩いたような音が響くが、ガラスの砕ける音はわずかにしか聞こえない。


「わたくしの結界が割れずに耐えた? ……やはり先ほどの手応えはピットフォールからの充電ケーブルサプライライン、そのACアダプターディスチャージバルブでしたか。単なる視覚障壁に惑わされるとはわたくしとしたことが……」


 華ちゃんの後ろに回って彼女の背中に手をかける。

「……大丈夫?」

「ごめんなさい、私は相棒なのに、はぁ、気が付いて、あげられなかった。桜は違和感が見える。……はぁ、は、初めから私は、知っていたのに」

 そう言いながらゆっくりと華ちゃんが立ち上がる。


「無理しないで。……それに私はバカだから言葉を知らない! 華ちゃんは悪くない!」

 魔法使いの電池は人の意思、お休みの学校は人口密度が極端に薄い。充電効率はすこぶる悪い。

 その上華ちゃんは、渾身の結界を力任せに叩き割られたことで大ダメージを受けている。

 果たしてダメージも、充電することでどうにかなるものなのか?


 一方、向こうは今まで満充電のまま急速充電器にケーブルをつないで本体の電池は使っていなかった。

 異常なパワーはもう無いとして、今のところは明らかに不利だ。



「サプライラインを作る為に一ヶ月以上かかったのですね……。でも、残念なことですが、大事な充電器は壊れてしまいましたわね。4属性のハイパー複合弾はもう撃てませんわ」

「充電が切れるまではこっちのターンだ! フィールドはさっきより脆いようだし、連発だったらどうだ!」


「お姉様! 左の二人のみ、きます!」

 盛大にガラスが砕ける音、それとともに今度はあやめさんが膝を付く。そして。

「がっ! ……2属性複合弾だけでもまだ、これほどにっ!」

「右からも来ますっ!」

 華ちゃんの悲痛な叫びが聞こえる。

 音から言って既に結界は砕けちった。元から見えてはいないが、もう身を守るものは多分無い。



 死ぬ前は時間がゆっくりに感じられるんだそうだ。

 目の前の二人が右手から放った光が一つにまとまり2m以上ある巨大な光の球になって近づいてくる。


 明らかにあやめさんを狙ってる風ではあるが間違いなく全員巻き込まれる。

 せめて華ちゃんの楯に、と立ち上がった瞬間、私の横を影がよぎる。……アヤメさんの前に飛び出すのは!


「仁史っ!」

 ガラスの砕ける音、鉄板を叩く音、何かが崩れる音。石がこすれ、木材がきしむ音。これらが全て混ざった音がして、光はすぐに収まる。

 そしてあやめさんの前には。


 

 またしても半分焼け焦げなながら。

 それでも服を焦がすくらいで大きな怪我も無しに。

 仁史は、腰を落として両の腕をクロスして。

 あやめさんの前。防御の姿勢で立っていた。



「……大丈夫、っすか? 先輩?」

「ひ、仁史君 あなた!」

「フィールドも無しに合成魔法を直接相殺した!? お前、なんだ、なんなんだっ!」

「残念ながら、ただの人、ですよ。自分でも、そりゃあ残念な、くらい、に、ね……」


 そう言うと彼は両膝から崩れ落ち、あやめさんが倒れないように支えつつ今度は両膝を着く。

「ついでに空間軸を狂わせて狙いをずらした上に、時間を引き延ばして相殺の時間を稼いだのはお前か、モデル女子っ! 時空のエレメンタラーとはなっ!」


「……え? ……あぁ。――ふん。わからないと言うなら、その薄汚い口を開かないで、正直、あなたの声は不快だわっ!」

 これについては全く同じ事を前にも言われた。だから、多分私なんだろうけど自覚はゼロ……。 



 華ちゃんは多分やってない、次の標的にならないように庇ってくれただけ。だって例の吐き気を今、もの凄い勢いで感じるもの。

 只、今回はお昼ご飯を無かったことにしないで済みそうだ。

 わかっていたからか、何とか耐えられる。もうピークは過ぎた。


「いずれにしろこれで全員電池切れ、手品のタネも全部終わりだろ? 別に消耗が激しい合体攻撃も必要無い。お嬢様が風使いの結界師。モデル女子は土使いで時空使い、もう一人は目が良いようだがせいぜい結界師の見習いだろ。しかも前のお二人さんは大層お疲れで唯一の男子はダウン。もう魔法だって要らねぇんじゃねえか? へっへっへ……。お前ら、せいぜい嫌われねぇように優しくしてやれよ? 俺はそのうちに充電ケーブルを治す」

 前に立つ四人が、ふらっ、と一歩前に出る。


 あやめさんは充電中、華ちゃんは大ダメージでフラフラ。

 仁史は気を失い。動けるのは私だけ。

 魔法で来ないとしたって三年男子四人相手に、素手の私に、何が出来る……?


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