校舎裏の空き地
2017.09.16 本文の一部を変更。また読みやすくなるように適宜空白行を挿入する等調整しました。
「なるほど。それなら場所にはあまり意味が無いのか知れませんね」
「必ずしもそうだと言うことでは無いですけど、可能性はあるんじゃ無いかなって」
いつもより30分遅く起きて、朝ご飯、お弁当、身支度。
結局9時前には待ち合わせの駅に着いた。
仁史を連れて駅から出てきたあやめさんの顔を見るなり走り出す華ちゃん。
「お姉様、本当にごめんなさい。今後このようなことは無い様に致しますので今日より3日間、補習の間、どうか桜を守ってあげて下さい。お願いします!」
「反省していればそれで良いのです。引きずることはありません、この状況下においては今後どうするかのほうが重要、そこまで考えていたようで安心しました。桜さんのことはわたくしに任せて、今日より3日はお勉強に集中なさい。補習は午前中なのでしょう? 図書室に居ますから補習が終わったら合流してそのあとで一緒にお昼にする事としましょう」
「……お姉様」
「わたくしとあなたもまたパートナー、わたくしは以前からそう思っていましてよ?」
ラッシュの時間帯を抜けたとは言え、まだまだ朝の駅前は千客万来。
あまり力の入って居ない路線とはいえ、全線を通じて4番目の乗降客数を誇るうつくしヶ丘駅。
つまり。
少女漫画風に、先輩後輩の泣かせる場面が展開されているそこは。
通勤の人達が行き交い、バスやタクシーが並ぶ、ごく普通の駅前ロータリーである。
と言う事だ。
――あの、さ。完全に流れに置いていかれた私と仁史。
仁史が口を開く。
護衛の名の下にあやめさんに連れてこられた仁史も、怪訝な顔をして通り過ぎる通行人と同じく、この流れにはほぼ関係が無い。
だからといって、私が関係があるかと問われれば、そこも凄く微妙な気がするし。
「なあ、桜。なにか感動する感じの場面なのか、それとも呆れて良いところなのか。どっちなんだ?」
「……はぁ。――ね? アンタどっちだと思う?」
「いずれ調査を続行するとして、結界の痕跡を探すよりは場所の特性の方に主眼を置いた方が良さそうではありますね」
草刈り鎌とビニール袋を持った大葉さんが窓の下に見える。
「何も無いとは言い切れないですけれど、それこそ思いつきだし」
「あとで大葉さんにも伝えておきましょう。お休みとは言え、一応敷地内での通話は禁止ですものね。校舎の中では流石にわたくしでも気がひけてしまうわ」
そう言ってスマホを右手につまんで笑う。
何度見てもお嬢様だ、アニメや漫画でしか見たことの無かったお嬢様が目の前に……。
「お昼には合流するんですもんね」
仁史はどうやら開き直って本気で本を読むことにしたらしい。
ハードカバーの本を上下巻2冊持ってきてそのまま微動だにしない。
そう言えば本が好きだったはずなのに。そう言えば最近は本を読んでるのをあまり見かけなかった。
振興会の関連で忙しいから、だと良いんだけど。
上手く言えないけど、中学まであんなに、夜も寝ないで読んでたんだし。
本を嫌いに、とかは成らないで欲しいな。
別に本屋さんの回し者では無いけどさ。
好きなものはずっと好きで居て欲しいな、って思うだけなんだけど。
一方のあやめさんは小説を手にしながら窓の外を気にする仕草。
とは言え立ち上がらなければ窓の下は見えないので、これは気配を探っている。
と言う事なのかも知れない。
いくらあやめさんとは言え、あまり品行方正で無い生徒がたむろしていると初めからわかっている場所に近づくわけにはいかなかっただろうし。
実際には
『そんな方々の5,6人でしたらどうとでも成りますわ』。
なのかも知れないけど、もしそうだとしても潜入調査中の身の上である以上、お嬢様が不良をのした。
みたいな悪目立ちをするわけにはいかないだろうし。
それに華ちゃん曰く。
――お姉様は人払いに関しては、凄く広範囲でかつ大雑把な結界しか張れないの。とのことだったから。
実際に場所を見るのは初めてなのかも知れない。
で、私はと言えば“花と花言葉の世界"というバカでかいカラーの図鑑を持ってきた。
知っている限り振興会の女性エージェントは全員がお花の名前のコードネームを持っている。
個人的にあまり花には詳しくないからお花の姿と花言葉、全員分調べてそのギャップを笑ってやろうじゃ無いか、と言う事だ。
我ながら暇つぶしとしては中々良いアイディア。
先ず、いの一番は当然クロッカス。
これは春先にお花屋さんや花壇なんかでもよく見かけるし、わざわざ図鑑で見なくたって少なくともクロッカスはわかる。
そして本人が安直だと憤慨していた別名のハナサフラン。
名前の通りに、秋に花の咲くサフランとは本当に近い品種らしい。
サフランはお花のめしべの部分をスパイスにするんだね。こうして調べてみるまで知らなかった。
そしていよいよ花言葉。
どれだけ本人達とギャップがあるか、見て笑ってやろうと言うつもりだったのだけれど。
「色によっても違うんだ……」
初手で躓く。それは知らなかった。
偶にやたらと花言葉に詳しい子達がいるけど、これ全部暗記してんのかな?
それはともかく。クロッカスについては紫と黄色の2種、華ちゃんは。
……イメージとしては、大人しいのに本人の自覚無しで目立っちゃう、
ただ自分はそっと咲いているだけなのに、みんなが春になったなぁ。って花を見て思う。
――ふむ、黄色。かな。
【私を信じて】
……笑えない。これを笑ったら私は最低だ。
結局この企画は失敗として、本を返しに行くべきだったのだけど、重いし。
取りあえずは引き続きアイリスのページを探す。
あった、アイリス。
写真で見る限り、アヤメ、アイリス、カキツバタ。そんなに大きな差は無いように思う。
綺麗で凜としたその姿。全部同じ種類なんだね、この辺は。
きっと三人とも仲が良い、と言うか師匠と弟子みたいな感じなのかも。
いずれアヤメかカキツバタ、なんてことわざがあるくらいだし。
で、アイリスの花言葉は。
【あなたを大切にします】
……えーと。アイリスさんは暗殺“された"大統領を救ったのだと昨日聞いた。
何か、一つも笑えないんだけど。
もう返してきた方が良いかな。
「アイリスも燕子花も本によってはアヤメとして一緒くたになっているのだけれど、この本はキチンと分けてあるのですね。だったらわたくしの事は花菖蒲で探して頂けると嬉しいわ、ちなみにカキツバタの花言葉は【幸せは必ず来る】。花言葉だという部分を除いて言葉だけ聞くと、何かしら幸せの押し売りのような感じなのだけれど。……うふふ」
右肩の上にあやめさんの顔。企画的に失敗した上にバレた。
しかもこっちの意図も見透かされてるっぽい!
この上花言葉がやたら重かったり、思わず吹いちゃうような内容だったらどうしよう。
ハナショウブ、これだな。
【優雅】
「す……。凄くお似合いだと思います。……名は体を表す、というか」
「あら、ありがとう存じます。お世辞だとしても嬉しいわ」
「そんな、もう。全然」
危なく吹くところだった。
当然これは知っててふったんだと思うけど、でもここで吹いたらあやめさんは喜ぶだろうけど。
その後、華ちゃんに絶交されそうだよ。
良くも悪くもぴったりですよ、あやめさん……。図鑑、返してこよう。
「言葉が半分、分からなかった、とそこだけ嘘を吐いたの。あとはもう一度教えて貰って、やれば出来るじゃ無いか。初めからそうしなさいと褒められた」
「必要以上に虐められた様子もないし、内容も理解出来たなら良かったな、サフラン」
「はい。……数学は本当に仁史君のお陰なの。ありがとう」
「いや、はは……、俺は特にはなんにも。元々サフランの出来が良いんじゃねーの」
……なんか農家の会話みたいになってるぞ。
今年のサフランは出来が良くってねぇ。見たいな。
……鼻の下、伸ばしやがって。
時間的にはいつものお昼休みより少し遅い時間。
図書室のある特別学習棟Aの日陰にあるベンチ。
既に大葉さんが人数分の缶ジュースを並べて待っていてくれた。
「ガス欠のアイテムを持ち歩いてる、か。考えは悪くない。だが種類がわからんとかえって厄介だな」
「そう決まったわけでは無いですけれど、もしそうだとすると魔法被害の計算がまるで立たなくなりますわ。それこそ何かの拍子に魔力吸収が始まってしまえば……」
「人知れず処理をする訳には行かなくなるなぁ。困ったもんだ」
あっと言う間にコンビニ弁当を平らげた大葉さんはおにぎりの封を切る。
「あそこって場所としてはどうなんですか? なんか魔法を使いやすい的な……」
「ところが何も無いんだな。ごく普通。第2体育館裏の方がよほど良い感じにパワーが集まる。人が来ないとなればあっちの方は不良さえ行かねぇからな。直接見える窓もねぇ、完全な死角だ。魔方陣を仕掛けるなら、俺ならあっちを使うね。まぁ日も当たらないから今んとこナメクジとダンゴムシしか居ないけどな」
「今日は図書館から気配だけを探っていました、そこで一つだけ。気になることがあったのですが」
あやめさんは小さな漆塗りのお弁当箱を包みながらそう言うと、ポーチから手帳を出して簡単に地図を書き始める。なんて分かり易い。この人達、何処まで才能にあふれているの?
一緒にいると折れたりヘコんだり。こっちは毎日大変なんですが、その辺は……。
「この辺りです。いわゆる古代陰陽道様式の民間変態系では無いかと思うのですが、魔術痕を感じました。正規表現でもありませんし、何より学校ですからコックリさん的な何かを過去に行った時に偶然魔力が乗っただけ、なのかも知れませんが」
「わかった。メシを食ったら調べてみよう。あとはなんかあるか?」
――大葉さん教えて? 私が手を挙げたのを大葉さんは不思議そうに見る。
「なんだ? 神代ちゃん」
「アイテムを充電する時って必ず魔法使いでないとイケないの?」
「魔力充填の方法ね。ん~。色々、だなぁ、ガラケー、スマホ、タブレット、モバイルPC。似たようなもんだがみんなアダプターやケーブルの太さ、差込の形とか違うだろ? そう言うもんだと思ってくれ。魔法使いのみが必要な物もあれば、魔法使いは全く必要でない物もある。一口には言えねぇんだよ」
「桜、何を気にしているの?」
「うん、本当は魔法使いが吸い上げたエネルギーは、その場で使うんだろうけど。もしも魔法使い無しで携帯充電器みたく保存出来たら、あとでまとめて急速充電出来るよね? 魔法を発動するのでは無くてあくまでバッテリーに保存するだけなら」
大葉さんは空弁当とビニールを袋にしまって袋の口を縛る手を止める。
「面白ぇな、神代ちゃん。……魔力の落とし穴か。近所を歩く人間からほんの少しずつ意思を吸い取らせる。効率が悪すぎるから普通は使わねぇが、結界術の初歩さえ知ってて材料が揃えば術自体は簡単だ。ならば時空の傷やら魔術痕やらを探しても何も見つからねぇ、確かにな。しかも発動しているんなら結界や封印ですら無ぇ。それこそ落とし穴だからな」
「もしそうだとして、媒体はどうするのです? 学生が簡単に入手出来るものなのですか? マジカルピットフォールは確か正式にはひのきの一枚板に封入陣を……」
「あぁ、アヤメちゃん辺りは知らんかも知んねぇな。俺が振興会に来た辺りの頃だ。アメリカの廃校になったハイスクールで大規模な魔法爆発があった。公式には不良の悪戯によるガスボンベの爆発として処理されたが、実際には校内に放置されたウィジャボードを媒体として偶然マジカルピットフォールの回路が形成され、たまりにたまった魔力が容量限界で吹き出したのが原因だった」
ゴミを入れたコンビニ袋を一度テーブルの上に置く。
「特になにも魔法処理なんかされてない、単なるウジャボードと、そして偶然貯蔵庫になったただのロッカー。それが建物一つ吹き飛ばしたんだよ。まぁ、あーゆー場所は洋の東西を問わず、若者は大好きだからな。時間をかけて良いなら、人さえ来れば魔力はどんどんたまる。特に暗い思念がバンバン穴に落ちていく」
「つまり」
「仮設はこうだ。……誰かがデカめに落とし穴を掘った、そして魔力反応が消えたんじゃ無く、アイテムの封印をあえて切り、充電されていた魔力をその穴に移した。吸い込ませたって方が表現としては近いかね。その瞬間だけ魔力が感じられたと言う事だ。結界の反応がチャチいのも説明がつく。大規模に魔力を突っ込んだピットフォールが吹っ飛ばねぇ様に制御するだけなら素人に毛が生えたくらいでも……」
その場の全員、言葉を失う。……つながった。
「きっとアヤメちゃんの勘も当たりだと思うぜ。そこが落とし穴の入り口ならホレ、ここの用具倉庫が丸々充電器に使える。すぐに両方場所だけ確認して、夜になったら本格的に調べてみる」
そう言うと大葉さんは、まだ中身が残っている私とあやめさん以外の缶を掴んで立ち上がる。
「本当にそうならうかつに解放しただけで大変なことになる、アヤメちゃん、クロッカス、時空のエレメンタラーだからっつって絶対に触るなよ?」
「具体的にどんなことが起きるんですか?」
「あれだけのおぞましい気配の魔力だ、完全に薄まって放散するまでの間、学校の雰囲気が非常にイヤな感じになる。ギクシャクして空気が悪い、そんな感じだ」
それは確かにイヤだけど。でも――実害が、無い様な気が。
「場の空気って言うのは本当に不味い物なんだ。例えばイジメのような事があった場合、エスカレートして命に危険が及ぶところまで一気に行く。落ち込んでる人間は何処までも落ち込んでそのまま屋上の金網を上り始める。ご機嫌なヤツだって増長して他人を見下し自分よりも下と見なした人間を純粋に本気で死ぬまで叩く。一週間もあれば間違いなく複数の人死にが出るし、その後の人生が捻れるヤツはもっと出る」
「そこまでの物だという根拠が無い以上、わたくしは早めに解放してしまった方が良いのではないかと思います、今は試験休み中で生徒数も少ない状況ですし爆発するよりは被害は少なくすむかと」
「そうじゃねぇという根拠もまた、今んところないだろうよ。浄化装置とか安全バルブが作ってあれば良いがそうじゃねぇとなればヤバい。それに媒体がその辺の紙や木だったら術が崩壊しかねねぇしな。最終的に容量もわからねぇ。だから先ずは調べる」
先日、素人臭い結界だったと大葉さんは言った。
ならば術自体が不安定で危険なのかも知れない。
そして大きな魔力を受け止める為にはそれなりの材質が必要、人の意思、それを溜めておくのであれば悪意を浄化したり、物理的な爆発を防いだりする魔法的回路が必要。
現状何一つ安全は確認出来ていない。
そしてそれは途方も無い力を蓄えている可能性がある。
「大葉さん、そんなに溜めた魔力はいったい何に使うんですか?」
「普通は魔法の行使に使う。だが既に大きすぎて人間が制御できる代物じゃない可能性があるし。俺はそう思ってる」
「……だったら」
爆発するしか無い?
「当然それが元々入っていた大本のアイテムがあるはずだ。封印の切り方知ってるくれぇだ、少なくとも仕掛けてるヤツぁ多少なりとも知識がある。こっくりさんできゃあきゃあいう様な、そう言うレベルじゃねぇはずだ。そして会長はきっとネタを掴んでる。あのタヌキオヤジ、またギリギリまで何も教えねぇつもりだな……?」
「と言う事はまたしても他国の魔法協会や国自体と衝突して国際問題になりかねないようなもの、と言う事でしょうか」
「おそらくそれしかあるめぇ。こないだの呪いの王冠事件の時も準国宝だったからな。そして会長が黙ってる以上まだアイテム自身か、それを媒介に使うのかは知らんが発動は出来ねぇと踏んでんだろう。ただ今回は校舎が近い。絶対爆発させるわけには行かん。大至急当たりだけは付けねぇと」
華ちゃんが黙って大葉さんが持っていたゴミと缶を引き取る。
大葉さんは右手でありがとう、と言う仕草をしながら左手は携帯電話を引っ張り出す。
「バリアアウト。…………もしもし執行部監理課の大葉です、会長を大至急。――アイリス? 会長は何処行った! ――電話に出られねぇ? ふざけんな、今すぐ電話代われ! ――はぁ? 今はそう言う場合じゃ。――いや、経費は。それは確かに困るんだが、――いやアイリスさん? 別にそう言う話はしてないよね? 俺の報告書お前も見てるよね? ――だから今はそう言う話をだな……」
どうやらアイリスさんに話をうやむやにされたんだな、これ。
さすがはナンバー2で経理部長。大葉さんさえあっさりとやっつけてしまった。
【あなたを大切にします】。
大葉さんはどうやら“あなた”には含まれていなかったらしい。
いずれにしろ。
結局会長に取り次いで貰える事も無く電話を切られてしまった大葉さんは電話を仕舞いながらこちらを向く。
「フィールドワークは俺に任せろ。それに知っての通り、以前から総務が諜報課を送り込んでいる。どこに何人居るのかは知らんが、な」
実際の執行部隊である執行部の執行課や監理課と違って、調査課や諜報課は総務課と共に総務部の配下にある。
特に諜報課は構成員や何をしているのか等の詳細は、総務部長であるアイリスさんしか知らない。
彼らが掴んだ情報は総務経由であがってくるものの、人前に出る事はほとんど無く、だからその人達の顔だって誰も知らない。政治や軍事向きの仕事をしている事が多いからだ。
ただ、その諜報課までがうつくしヶ丘高校(学校)に入り込んでいるのなら。
やっぱりただ事じゃ無いんだろうな、この現状。
「だからお前らは有事に備えて待機。いいな?」
そう言うと大葉さんはゴミ袋を片手にその場から去って行く。
「とにかく各方面への調整と現地調査は大葉さんに任せて、わたくし達は下校時刻になるまでは図書室で監視を続けましょう。今はそれしか無いようです。……華さん?」
「はい」
「爆発の危険性が出てきた以上、有事の際にはわたくしのことは無視して結構。桜さんと仁史君を間違いなく守りなさい」
「しかし」
「わたくしもグレード2の時空使い、自分の身は自分で守ります。あなたの方が確実性が高いのは紛れもない事実でしょう。頼みましたよ?」
と、魔法使い二人は結構な感じの臨戦態勢をとったものの……。結局。
『まもなく下校時刻です。校内に残っている生徒の皆さん、部活動等は直ちに終了し、扉、窓の施錠を確認して
速やかに下校して下さい』
と言う放送がかかるまで、何も動きは無かった。
次の日。
あやめさんとは昇降口で待ち合わせ。その後華ちゃんと別れ、移動。
今日は図書室には行かないように大葉さんから言われた。
そして連れて行かれたその部屋。
――特に危険は無いけれどあのあたりには近づかないでくれ。大葉さんは言うとその部屋を出て行った。
――容量としては現在9割以上だが満タンまでは2ヶ月はかかる。
――とは言え危険なことに変わりは無ぇ。
――特にアヤメちゃん。
――お前は確かに俺よりも力は強いし執行部長様なら執行部監理課長である俺の上司だ。
――だが何度でも言う。絶対に近づくなとは言わん。もう少し調べが進むまで、それまで待ってくれ。いいな?
――建前で言っても貴重なエレメンタラーに危険なことをさせる訳にゃいかんのだ。
――俺個人としても執行部監理課長としても言いたい事は同じって事だ。
「だいたい、昨日来るなと電話したはずだが何故ここであったんだろうな? アヤメちゃん。……もう一度だけ言っておく。しばらくここに来んな! わかったな!?
「と言う感じで昨日電話を頂いていた上、先ほども現地で再度駄目を押されてしまいました。なので仕方なく“目”だけをおいてくることにしました」
それでも現地に行っちゃうあたりがあやめさんではあるんだけど。
そしてそれを現地で待ち伏せる大葉さんは完全にあやめさんの一枚上手。
って、あれ? 聞き間違えたかな? なに置いてきたって言いました?
「はい?」
「華さんほどでは無いにしろ、わたくしもグレード2の結界師ですよ?」
「結界師の頂点、時空のエレメンタラー。……それは知ってますけど」
「なので目をおいてきました。試したことは無いのですけれど、魔法使いや結界師で無くても見えるのでは無いかしら。では、ちょっと失礼。……桜さん? わたくしの人差し指を見て頂けるかしら」
そう言ってなにかを小さく呟きながら、左手の人差し指をつきだし二回ほど指を左右に振る。
そうしておいて開いている右手で指をパチン! と鳴らす。
うお! いきなり目の前に別の景色が広がる。これは。校舎裏だ!
しかも今見えている景色は普通に見えている、目を置いてきたってこう言うこと!?
「見えまして? まぁさして楽しくも無い上に、慣れていないと酔ったり混乱したりするだけでしょうから、やはり当面はわたくしだけにしておきましょう。……ごめんあそばせ?」
再度パチン! と指の鳴る音が聞こえると景色は元に戻る、なんなんだ今の?
流石日本で数人の時空のエレメンタラー、何気なくすることが既にハンパない。
私と仁史とあやめさん。誰もいない施設管理室、いわゆる用務員室にいる。
人払いとかそう言う事では無く、今日は大葉さん以外全員がお休みであるらしい。
「見えるんすか? 月夜野先輩。――桜、何が見えたんだ?」
「単純に定点カメラのようにあの場所が見えるだけ、特に面白い物でもありませんよ。そうだったでしょう? 桜さん。それに何かあったらすぐに大葉さんに連絡をしないと怒られてしまうので、わたくしは見続けていないといけないのですが」
机が六人分くらい有って、その奥に畳敷きの休憩室、ちゃぶ台とTV。畳まれた布団が二組。
全くもってイメージ通りの部屋ではある。
――退屈だろうからTVを見てても良いし、俺のパソコンは使っても良いぞ。と言い残して帽子をかぶって大葉さんは出て行ったのだが。
この時間のTVと言っても奥様向け情報番組、パソコンで何か時間を潰そうという気にもならない。
今日も華ちゃんは午前中トイレ以外は完全拘束。
……とは言え本人はむしろわからないところを教えて貰える事について喜んでいたりする。
世の中って変わった人ばっかりだ。
いや、私の周りにいる人達だけが変わっているのかも知れないな、その方が可能性は高そうだ。
何せ魔法使いだもの。
「ふむぅ、……そういったこともあるのですねぇ」
って、あやめさんが和室のちゃぶ台の前に座って情報番組を食い入るように見てる……。
なんて違和感の強い画像だろう。さっきの多重写しの景色よりよっぽどショッキングだわ、これ。
「……月夜野先輩もああ言うの、見るんだな」
こっちに私よりショックを受けているヤツが居た。
「あやめさんの普段って、ちょっと想像しづらいよね」
「だいたい、家族構成とか聞いた事ないしなぁ」
「毎朝一緒に登校してきてるのに?」
付き合っているわけでは無い、遠い親戚でバイト先も同じなだけなのだ。
と言う必死の弁解は、今回については聞き届けられ、一応の誤解は解けた。
とは言え美人のお姉様と毎日並んで登校してきてお弁当も作ってもらえるうらやましいヤツ、としてやはり妬まれているようではある。
――でもだったら、行き帰り。どんな話してるのよ。
「行き帰りって行ってもたかが電車20分、徒歩10分弱じゃ無いか。まぁたわいも無い話だよ。でも意外と、って言ったら悪いけど、結構俺の話を聞いてくれるんだよな」
あやめさんのイメージとすれば、一方的にまくし立てられて何処で口を挟んだら良いんだか見当がつかないうちにいつの間にやら話は終わっている。と言う感じ。
仁史の話は聞いてくれるんだ……。
「そして先輩はサフランのことを凄く心配してる。先輩の話はほとんどサフランだもん。あいつがお姉様って呼んでる以上に妹だと思ってるんじゃないかな」
「華ちゃんの話ばっかりで自分の話はしない?」
「うーん。考えてみたらそうだな」
「まぁ、なんだかんだであの二人、結びつきは見た目以上に強いもんねぇ」
私が入り込めない位にね。私も魔法使いだったらもっと仲良くなれるんだろうか。
取りあえず勝手にお茶っ葉と急須、湯飲みを借りてお茶を入れる。
とっても男所帯な感じだし、あとで洗っときゃ誰も気づくまい。
ついでだからお茶菓子も頂いちゃおう。
これは大葉さんが食べちゃったことにしちゃえば良いんだし。
お、ミニカップケーキに醤油せんべい。わかってるねぇ、
「あら、わたくしも頂けるのですか? ありがとう桜さん」
あやめさんの居る和室にも一応お茶を持って行ったんだけれども。
これでちゃぶ台に片肘突いてせんべいをかじりながらTV見始めたらどうしよう。
そんな事に成ったらイメージ大崩壊だわ、これ。
「ところで桜」
事務机を挟んで私と仁史。
「なによ? 急に改まって」
「サフランは、おとこには興味が無いだろうか?」
……っ! 危うくお茶を吹くとこだった。唐突に何言い出すんだコイツは。
「げほっ、お茶変なとこ、ゴホっ、入ったじゃない。――何が言いたいの?」
ここしばらく、華ちゃんは同じクラスの女子とはかなり普通に近い会話が出来るように成った。
(主に下着についての)雑談にも応じるし、あやめさんと約束がなればお弁当も普通に教室で食べるし。
携帯のアドレスやIDも交換してSNSでのやりとりやゲームのハイスコアの競り合い、アイテムの融通さえしている。大進捗だ。
一方男子は苦手。仁史以外とはいわゆる社交辞令以外の会話は基本しない。
もしかすると過去に男の子に虐められたのかも知れないが、そこは本人のみが知るところ。
「いや、アイツって見てると女子にはそれなりだけど、男子には基本ツンケンしてるだろ? そこに持ってきてお前とは異常なくらいに仲良いし、更にはほら」
「あぁ、……お姉様。ってね」
ほぼ全校中で有名になりつつあるしね。だいたいこれについては、
『キミはリアルでお姉様、なんて呼ぶ人を見たことがあるか?』
と各方面に聞いて回りたいくらいだ。
『私はあるぞ、すごくあるっ!』
……ただねぇ。
この場合についてはそう呼ばせて放っといてる方だって、大概アレな感じなんだけど。
「そういう事。あの容姿だし、基本的にはもう男子はほぼ俺には無理、って諦めては居るけれど、諦めムードが広がると共にサフランには百合疑惑が浮上して……」
「なんでアンタまで乗っかってるのよ、友達でしょ! 全力で否定しなさいよ、そう言うろくでもない噂は!」
――別に乗っかっちゃ居ねぇだろ! そう言う話があるって事をだな。そこまで言ってからはぁ、とため息を吐く。
「まぁいいや」」
「良いわけないでしょ、全く。ため息つきたいのはこっちだっての! 華ちゃんが普通に見える様に、私がどんだけ苦労してると思ってるの!?」
「あの容姿で普段がポンコツだぞ。サフランが人気出ない方がおかしいだろ」
「そうでなくて……。はぁ」
まぁ、……見てれば、わかるもの。
普段そう言う噂は気にもしないくせに。
華ちゃんに限ってそんなどうでも良いネタみたいな話、気にするとかさ。
バレバレじゃん。中学の時だってそうだったよ、アンタは。
「はぁ。……華ちゃんはね」
だからまぁ、本当のところを少し教えてあげる。
だってあれだけ男性を毛嫌いしている華ちゃんが、男子の中で仁史だけは、その存在を唯一認めているのだし。
「彼女は、自分のせいでは無いにしろ、今まで学校に行ったこと無かったし。だから振興会の人達とかあやめさんは居たけれど、学校のお友達なんて当然居なかった」
「その辺はなんとなく前に聞いた」
「人との距離の取り方がわかんないんだと思うんだよ。だってクロッカスは野良魔法使いを捕まえて、ご飯を食べて、振興会のソファで寝る。それで良いと思ってたんだから。それ以外の世界も、他の人間も。――自分には一切関係ないって、本気でそう思ってたんだから」
「ハードボイルド過ぎだ、女の子の生活じゃ無い。って前におまえに言われたって言っていたな、そう言えば」
「けれど。ハードボイルド探偵みたいな生活をしていたクロッカスは、華・サフランに成ってみて困っちゃった。世の中全部、自分に関係があるってわかっちゃったから。関係ないんだと思って一五年も生きてきたのに、ここに来て初めて世の中が自分とつながってるんだって、それに気が付いちゃったから」
むしろ仁史に関して言えば毎日会っているのに、キチンと距離をとってくれている。
その事に対してのリアクションの取り方がわからない、見たいな。感じなんだろう。
今の華ちゃんには多分男女間の好き嫌いなんて無い。
好き、があるとするならば私やあやめさんと同じベクトルで仁史も好き。
でもこればっかりは今現状ではどうしようも無い。
「華ちゃんはね。……だから難しいよ、きっと。時間もかかるし、手間暇もかかる。上っ面の言葉なんか絶対に届かない。有り体に言ってきっともの凄く面倒くさい女の子」
「いや、俺はそう言う……」
「今すぐなんて、それは無理。わかるでしょ? ――だけど、いつに成るかはわからないけど。少しずつ時間と手間暇をかけて仲良くなって、そして大事に育てた心からの声をかけてあげるなら、そしてそれを面倒くさいと思わないなら。それなら絶対届くし彼女は聞いてくれる。あんなに純粋で純情で無垢で真っ直ぐ。あんな子は見たこと無い。あり得ないくらい良い子なんだよ、華ちゃんは」
「あのさ、桜。俺……」
「なーんてね、良いじゃん。誰にも喋らない、内緒。黙っとくよ、もちろん華ちゃんにもね。影ながら見守る、それ以上は噛まない。本当のところ具体的にあんたがどう思ってるかだって、知らないし、聞かない。……あとで私のせい、なんて言われたらたまんないもん」
――お茶、居るでしょ? 入れ直してくる。そう言って事務所の隅のシンクに逃げる。
いつかのように私のせいで、とは、それは絶対に言われたくない。でもどうなんだろう。
なんかアイツは、いつでも隣にいるのが当たり前で、兄弟というか親友というか。
見た目は私が完璧美少女華ちゃんに敵うわけ無いし、そして彼女は勉強は出来ないがバカでも無い。
魔法使いとしてみれば日本では三指に入る振興会のエース。
それに誰より私は知っている、純粋無垢なあの笑顔。
その上私は従兄弟だし。勝てるところは何処にも無い、か……。
でも私だって、最低限法律上は四親等は結婚できる、とかそういう……。
あれ?……違う、そうじゃ無い。そういう事じゃ無かったはずだ!
はず。なんだけど。どうなっちゃったんだろ。
結界をくぐったことで体に続いて心も。壊れちゃったのかな、私。私は……。
茶零しと急須を持って和室へあがると、あやめさんはお料理のレシピをメモ帳に写しながら更にTVに喰い付いていた。
……本当に。普段どんな生活しているんだろ、この人。
「はい、お茶」
「お、ありがとう」
「……」
「……」
なんだろうこの空気。私が作ってるのか、これ。
「あ、……あのさ」
「……うん」
「なんだよ、なんでお前がダメージ負ってるわけ? どう考えても逆だろ? あ、まさかお前、実はサフランの事を……」
「本気で莫迦なんじゃ無いのっ!?」
別に私は何もダメージなんか受けてない。
そう、私は世界最高の結界さえ生身で突破する鋼鉄の女だ!
私にダメージを与えたかったら……。
石とか投げられてあたったら相当痛そうだけど……。
なんだ、石ころで良いんだ、ダメじゃん私……。
「あのさ、さっきの話……」
「男のくせにしつっこいな。アンタはなにも言ってない。私がかってに色々思っただけ。だから絶対誰にも話さない、当然華ちゃんにも! それで良い?」
「……あぁ」
「全くケツの穴の小さい」
「ほっとけよ! それに女がそう言う言葉使うな! 男だって色々微妙なんだよ……」
なんか結果的に助けて貰った? ……なんか最近色々ダメだなぁ、私。
「はい。この話、これでお終い。おっけー?」
「頼むぜ、ホント」
と、ここでお互いお茶を啜る。
なんかこの辺の、間とか空気が、実家のおじいちゃんとおばあちゃんみたいだ。
言い争ってた直後に、お互い和やかムードで静かにお茶飲んでるとか……。
待て待て、なんでここで恥ずかしい感じがこみ上げてくる。
お互い、あの人達の孫なんだから考え方や感じ方もどうしたって似てくるだろうに。
多分いつでも一緒に居るのが前提の仁史と、今や一心同体に近い華ちゃん。
この組み合わせに頭が付いていけないんだろう。多分、感じたのはそんな感じで良いんだと思う
そうじゃ無いと私も多少おかしな属性が付いてしまう。
少なくても華ちゃんと仁史を取り合って張り合ったところで意味は無い。
うん。その辺、変に意識するの今は辞めよう。
ノリと勢いだけで生きてるような私だって、考える時間が必要な事はある。
「ところで桜、聞きたいことがある」
「なに、改まって」
「そういう事でも無いんだが、昨日の話のなかでわからん単語があった。教えてくれ」
そう言うと湯飲みを持って私の席の隣に場所を移す。
「昨日、イジャオード? とかって言ってたろ。お前あれ、知ってるか」
私の目の前にある大葉さんのPCのスイッチを横から入れつつそう言う。
「あのさぁ、普通に自分で調べたら?」
――魔法でわかんない話はなるべく先輩のその日のうちに聞くようにしてるし、用語なんかもわかる範囲では調べるんだけどさ。
そう言いながら持ってきた湯飲みを傾ける。
それなりに華ちゃんに近づこうと必死なんだね。そこはわかる。
「昨日調べても出てこなかったんだよ」
「あんまり気にしてなかったけど多分言葉が間違ってる。ウジャボードだったと思うよ」
「どっちにしろ、聞いた事無いな」
そう言いながら立ち上がった検索窓にそのままキィボードを叩いて言葉を、言葉を……。
「ちっちゃい“ヤ”ってどうするんだっけ、これ」
「xya。つーかはじめっからjaで良いんじゃねーの?」
「だったら自分でやんなさいよ!」
検索であがってきた画像を適当に開いてみる。これは。
「……西洋風コックリさん的な?」
「だね。……エンゼルさんと言うか」
アルファベット26文字に1~0迄の数字、YESとNO、そしてGOODBYの文字。こう言うのは何処にでもあるんだ。
「一〇円玉、使わないんだね」
「外国だからな」
「そうでなくて。……でもこれが落とし穴の基礎になってるなら。あの辺に埋まってるのかな?」
「落とし穴って言葉自体、ものが魔法だから見た目通りかどうかわかんないからな。例えば壁に張ってあったりとか、木に吊してあってもおかしくない。それに、過去そう言う例があったと言う事で、実際これかどうかわかんないしさ。大葉さんもアメリカ、つってたろ?」
「例えば誰かが作ったコックリさんの紙だってあり得る、ってわけか」
紙では媒体として持たない、とは華ちゃんが言っていたが。
――それに。言いながら仁史は、椅子に着いているキャスターですいっ、と後ろに滑っていくと机から離れてクルクル回り出す。
「わかったところで何も出来ないんだけどな。現場には先輩さえ接近禁止なんだから」
「知らないよりはマシじゃ無い。知識は力、でしょ?」
「誰の言葉だっけ?」
「知らないよ。昔あんたが言ってたの! ……無責任な」
「knowledge is power、知識は力なり。フランシス・ベーコン、イギリスの哲学者ね。中学生の時点でそんな言葉を知っているなんて、仁史君はたいしたものだわ」
さっきまで仁史が居た机にあやめさんが微笑みながら座っている。
「いや、なんかに書いてたの読んだだけで。――先輩、良くスラスラと出てきますね」
「華さんがね。――あぁ見えて彼女、実はことわざとか名言が大好きなの。……なんでも知ってる物知りお姉さんの役を務めるのも、これで結構大変なのよ? ふふ……」
人は見かけによらない、と言うか華ちゃんの場合は言葉での保証が欲しいんだろうな。
自分のやってる事は間違って無い。だって昔のエライ人がこう言ってる。
知識は力なり。だから今、力不足を感じた彼女は筋トレをしている、と。
「ところであやめさん、今のところ動きは?」
「一度大葉さんが見えただけ。お休みの日にわざわざ学校にきて、あんなところに好んで行く人もそうそういないでしょうけれど」
ただそれがいたなら、その人は“魔力の落とし穴”を作った人なのかも知れない。
だから今だってあやめさんが監視している。
華ちゃんが魔法は基本見通しでしか使えないと言っていた。
“目”を置いてきたあやめさんが今、どれだけの負担になっているかはわからないが、法則からズレたことやってるんだから、かなりキツいはずだ。
「時にお二人さん」
「はい」
「華さんがこちらに来るまでまだ一時間以上ありますし、休憩所でトランプを見つけたので、なにかやりませんか?」
と言うとどこからともなくトランプをとりだしてまるでマジシャンのように手際よくシャッフルしてみせる。
滅茶苦茶器用だ。
魔法から一般教養、常識に居たるまで。この人が全方面に才能があふれているのはなんでなんだろう。
しかも隠れ巨乳。神様は不公平だ……。
なんか一つくらい、属性を私に分けてくれくれませんか……?
「でもババ抜きとか大富豪って言うのも」
「セブンブリッジやポーカーはお二人はルールを知っていますか? ――ふむ、神経衰弱と言うのもちょっと芸が無い感じですわねぇ。……そうだ、ならば。普通に七並べでも致しましょうか」
「先輩、パスは3回、で良いですね?」
「あやめさんはトランプなんかするんですか?」
「任務上で事務所に待機、なんていう事も結構ありますからそれなりには。特に七並べは性格の悪い人が強いって言いますよね? 執行部でも総務でも。誰もアイリスさんに勝てる人が居ないんですよ。ふふ、うふふ……」
まあ、ねぇ。あの大葉さんの口をほんの数言でふさぐんだから、その辺はさもありなん。
「ならこのメンツなら桜が強いんじゃないすかね」
そして私がどうにか角の立たない突っ込みを探しているうちに仁史が言葉をつなぐ。
また助けて貰っちゃったな。
……仁史本人が自覚してるかどうかは置いといて。
なにも言いたくなかった理由はただ一つ、だってそう言う前フリがあってこのメンツ。
どう考えても一番強いのは。
「トランプ? 私はページワンとババ拭きしか知らないけれど、一緒にやりたかった」
「どうせ時間は余ってるし午後から四人で大富豪やろうぜ、やり方教えるから」
「本当に? でも私は頭が悪いから。ルールが覚えられないかも知れない……」
「俺が出来るんだから大丈夫だよ。――簡単だから」
「ありがとう仁史君。桜も、それで良い?」
「……あ、うん。もう全然」
結局七並べは、華ちゃんが部屋に来るまであやめさん全戦全勝。
初めにあんなフリをされたらもうトランプの結果については喋れない。
だって強い=性格悪い。じゃないか。
当のあやめさんはニコニコしてるけど、だからトランプの話はとっとと切り上げてくれないかな。
「誰か将棋は出来ないのか? 将棋盤もあったろ」
「俺は一応中学は将棋部だったんで。ただ桜は動かし方も知らないし」
「チェスなら得意なのですが、将棋はわたくし、駒の動かし方くらいしか。遊びにいらしてるんですの? 毎日」
「非道い言いぐさだな。昼休みとか結構みんなでやってんだ。結構強いんだぜ、俺。――南光君、今度是非一局」
「お手柔らかに」
場所が変わっただけで昨日と何変わらないお昼。なんとなくみんなご飯を食べ終わる。
シンクがあるから、その場でお弁当箱をすすげるのは非常に良い。
いつの間にか華ちゃんがみんなにお茶のおかわりを注いで回ってる。
「クロッカス。お前、なんか最近、気が利くようになったな?」
「今までの私はものを知らなさすぎました。そこは素直に恥じて反省しています。でも今は桜と仁史君が人間として生きていく上で必要なことを毎日教えてくれる。それだけのことです。当然今でも知識が足りているとは、自分でも全く思っていませんが」
「良い事だな。お前は機械じゃ無ぇんだから、怒ったり泣いたりしてもイイんだぜ?」
「私は怒ったり泣いたりはしませんっ!」
もう怒ってるじゃん、それに一昨日は泣いてたでしょうに……。
生きた人間、華・サフランは。
だから今まで十五年間やってこなかった分、毎日怒ったり、困ったり、泣いたりで忙しい。
もっと笑ってくれたら私も嬉しいんだけど。
「午前中、“現地”に行かれたようですが、何か変わったことはありまして?」
「見てたんだものな……。」
そう言うと渋々、と言う感じで大葉さんはしゃべり出す。
「お前の見つけた魔術痕はダミーで確定。本物の吸収口はその左、五m。術式も近代陰陽系とゴシック系のミックスで、しかも封印の一部にデジタル暗号を使ってる。今のところ強制解放は出来ないし、物理破壊する事すら不可能、どうしても強制的に解放するなら物理的に直接爆破するしかねぇ。相手はかなりタチの悪いセミプロで確定だ。相当な注意が必要だぞ。お前の“目玉”だってステルス性が低いからいったん回収した方が良い」
セミプロ。
特に何処かの組織に属するわけでも無く、誰か師匠がいるわけでも無く。
自力で独学で自分自身で魔法を使える様になった人達と言うのは結構居る。
だがその中でもなにがしかの目的と高い技能、その二つを持つ人達を振興会ではそう呼ぶ。
野良の場合は捕まえて力を封印した上で催眠術で魔法に関する記憶を消して放り出すのだけれど。
力と、特にやる気があるならば師匠についてもう一度学び治す事だってある。
先日の学生風(実は高校生だったらしい)も今は改心して執行部の中でも特に厳しい人を師匠として現在修行中と聞いた。
一方のセミプロについては興味本位で魔法を使う、と言う事がほとんど無い。
やりたいことは自己顕示とかちょっとしたズルとかそういう事で無く、誰かを呪ったり何かを壊したり。
そう言うあまりよろしくない事の為に自分の魔法を磨く。
当然、振興会の執行部とぶつかった場合はただで済む訳は無く、だから捕り物の時は高グレード結界師が幾重にも厳重に結界を張り、ハイランク魔法使いが一撃必殺を喫して挑む。
そして当然、あまり考えたくは無いが一撃必殺。その言葉の後半はしばしばそのままの意味で行使される。
一応その手の任務は未成年である華ちゃんやあやめさんは外されるんだけど、だから大葉さんが気にするのはその部分。
もしも相手にマークされてしまったら、と言う事だ。
「アイリスに連絡はしてあるがやはり今はカキツバタは戻れねぇ。東北からアジサイかケヤキ、信越からクルミかエリカを借りられねぇか交渉中だ」
「それはつまるところ」
「絶対動くな。そして目玉は一度回収しろ」
「わたくしは執行部長です、大葉さん、こう言ってはなんですがあなたの上司……」
「聞こえなかったのか“部長”様? もう一度だけ言うから聞き分けてくれ。遠隔結界監視を今すぐいったん解除しろ。どう言ったら通じるんだ? 英語か? フランス語か?」
「…………。バリア、アウト」
「よし、それで良い」
高位の魔法使いには高位の役職が付く。
あやめさんは今自分で言ったように執行部部長。
華ちゃんだって実は執行部各課長の上に立つ執行部統括。
けれどその序列は現場の判断で簡単に覆る。
魔法使いでもあり、結界師としても大葉さんよりも上に立つあやめさんだが、経験値は当然圧倒的に大葉さんが上。
そこは敵うわけが無い。
アイリスさんが最初に言っていた。振興会はその辺が良くも悪くもアバウトなんだと。
そして今は華ちゃんのバディである大葉さんだが、彼女が独り立ちするまではあやめさんとコンビを組んでいたと聞いた。
何を考えているかなどお見通し、と言う事だ。
「それに目玉を使うなと言ってるわけじゃねぇ、むしろ昨日の図書館に置いて欲しいんだ」
「そういう事ならいますぐ……」
「ストップ……。アヤメちゃんなら行く必要は無いよな? 二,三日以内に行った場所なら空間追跡を使えばここからでも目玉を“投げる”位は楽勝のはずだ」
流石元相棒、完全にあやめさんの能力を把握している。腰を浮かしたあやめさんは諦めて再度椅子に座ると目を閉じて深く息を吸い込む。
「……、…………展開、座標仮固定」
「俺にも画面をくれ。……もうちょい右を向けないか? うん、そこで良い。俺の画面は消しておいて良い。疲れるだろ?」
――なんか会ったら電話くれ、なんせ今日は俺一人なんでな、こっちの仕事が多い。そう言って自分の作業服の襟を引っ張ってみせると大葉さんはそのまま部屋を出て行った。
なんだかんだ言いながらあやめさんが自分を裏切って暴走する、とは微塵も疑ってない。
この二人の関係性を私の語彙では、カッコイイ。としか表現出来ないのが悔しい。
「あぁ言われてしまってはここから動けないですし、華さんもお勉強が終わったところでトランプでも致しましょうか」
そして当人もまた、彼の言を無視して行動したりしようとはしない。まさに本物の相棒だ。
自分の語彙のなさが本当に無念、やっぱりカッコイイ。しか浮かばない。
仁史だったら本の虫だし、もっと何か良い言葉を知ってるだろうか。
「良いかサフラン。強い順に並べるとこうなる。一番弱いのが3なんだ」
「2では無いのね。……ジョーカーはどうなるの?」
「華さんは仁史君にいったんお預けしてしまいましょう。……わたくしは大富豪はあまり得意では無いのですけれど、桜さんは如何ですか?」
「バンバン革命起こしていきますよ。そう言うスタイルです!」
「空気を読まずに自分が不利でも革命を起こすタイプなのね? それはゲームの組み立てが厄介そうですわ。思わぬ伏兵と言うヤツですわね」
そう革命を、起こさなきゃ。
今の私は完全に大貧民。
……だけど私だって、なんかの役には立つはずだ。
「ねぇ、桜」
「なあに?」
少し早めにベッドに入った。
集中的に授業を受けている華ちゃんはたった半日とはいえ、かなり消耗しているように思えたから。
「間違ったらごめんなさい。あの。仁史君と、喧嘩した?」
……!! いや、け、喧嘩はもちろんしてないですよ?
「な、……そ、そんなわけ無いじゃん。――なんでそう思ったの?」
「なんとなく」
「そうか。……そうだよね」
「はい?」
「ううん、喧嘩はしてないよ。いつも通り仲が悪いだけ」
「桜、私はそう言う冗談は嫌い。二人の仲が悪いのは冗談でもイヤだ」
「怒るほどの事でも……。いや。うん、ゴメンね」
既に照明を消したベッドの中。
消灯してから5分間限定の照明器具の薄明かりと、四角い天井。あとは何も見えない。
「でも、言う程仲が良いとも思わないけどなぁ」
「きっと兄弟というのはあんな距離感なのだろうな、と思って二人をみているの。うらやましいって素直に思う」
あえて天井を見ながら話す。5分で終わるかな。
「ねぇ華ちゃん。男子って、どう思う?」
「どう、と言われても。……おつきあいする。的な事を言いたいの?」
――正直良く分からないけれど。そう言って少し身じろぎする。
でも彼女も天井を向いたまま。
「男と女は引かれ会うものだと、それは頭ではわかってるの。子供の時だってよく見た事があった。でも、だから男の人は嫌いだった……」
何を見たのかは聞かないでおこう、男の人全体に不審を抱くような、そんな光景を何度も見た。
と言うくらいなら、それはきっとあまり思い出したくないことだろうから。
「でも今は。男性に引かれる、その気持ちはわかる気がする」
……虚を突かれる。そう言う表現がこないだ読んだ小説にあった。
まさにそういう感じ。
「え? 居るの? 好きな人」
「良く分からない。そういう事ではないのかも知れないし、友達が増えて嬉しいだけかも知れない。一番有力なのは私が故障してしまったのかも知れないと言う事だけれども」
意外と言えば意外な展開、華ちゃんが引かれる男子が居たとは。
彼女の行動半径中の男子と考えれば絶対ウチのクラス。
それが自分だとわかったら、当人は喜ぶだろうなぁ。
壊れてないよ。別に普通のことだと思うけれど、――ちなみに、誰?
「例え桜でも言えないし、言わない。今は私の中にしまっておく」
「言わないと、明日から一緒にお風呂に入ってあげない。って言っても?」
「え? いや、ちょっと待って桜、それはちょっと! でも、ごめんなさい。私……」
「なーんて、うそうそ、冗談。……ゴメンね」
――桜の冗談は、たまにお姉様のそれより恐ろしい時があるわ。
そう言うと、ごろん。こっちを向く。
「ねぇ、桜。男の子を好きになるってどんな感じなの?」
「今の華ちゃんがまさにそうなんじゃ無いの?」
「自分で良く分からないの。桜を好きなのと。……どう違うの?」
そう言うと、私の胸に顔を埋め、大きな体を丸めて抱きついてくる。
……そうか、怖いんだね。背中に手を回して優しく撫でる。
「私だって良く分かってないだろうけど、男は女を求めるのだろうし、その逆に女だって男を求めるもんなの。きっとそんな感じに出来てるんだよ」
――アイリスさんの小説、何冊読んだの? みんなそうだったでしょ?
「アレはお話の中の事で。……それに私が、男を求める? そんな事は絶対……」
「話をもっと簡単にしよう。エッチな事はどうでも良い、チューだって今はポイ。そんな大変な事では無く。――うん、例えば。想像してみて? 彼の横に立って、手をつないで、お話ししながら歩く。……二人きりでね?」
びくん。予想を上回る反応があった。わかって、貰えたかな?
「どう? ――そんなの、してみたくない?」
「…………!」
華ちゃんは言葉を話せずに、熱くなった顔を胸に押しつけてくる。
……可愛いなぁ。
「自分で言った通り、わかるまでずっとしまっておけば良い。でもその間に誰かにとられちゃうかも知れないけど、でも初恋なんて、得てしてそんなものなんだよ。困った事に」
「それでも良い。ううん、それで良い。きっと彼の隣に立つのは、それは私以外の女の子の方が良い。私のような変な女が隣に居るよりずっと良い……、それで良い……、それで良いはず。彼にはきっとその方が……。良いのに……。なんで? 桜。なんで私はイヤだって思うの……?」
……超絶美少女が恋する乙女になったら。
もう強力すぎて誰も勝てないよ。
声を立てずに泣き始めてしまった彼女を優しく抱きしめたところで、照明がすぅっと音も無く消えた。