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うつくしヶ丘高校学生食堂横の談話スペース

2017.09.03 本文の一部を変更。また読みやすくなるように適宜空白行を挿入する等調整しました。

 学食の片隅。

 お弁当持ちが集まって食べる事が出来るようなスペースがある。



 別のクラス同士や先輩後輩など、教室で食べるのに抵抗がある人達が利用しているスペース。

 雨の日などは結構な混雑になるのだけれど、基本的には校内のそこ、ここにベンチや東屋のような物があるし、とてつもなくゴツくて高いフェンスがあるものの各校舎の屋上も解放しているうえ、ベンチの上には屋根だってある。


 更に各フロアには休憩所のような所があるし、そこには自販機も置いてある。

 つまり我が校はお弁当を広げる場所については結構恵まれているから、今日のように晴れていればここはそんなに混んだりはしない。



「それで大葉さんの方は何か進展はありましたか?」

 自分用の、いかにも高級そうな漆塗りの小さなお弁当箱をつつきながらあやめさん。

「今のところはなんの気配も」

「わたくし共の方も今は何も。……困りましたね」


 軽い違和感の中で食事をしている。

 と言う事は当然結界の中に居る。と言う事で。


 華ちゃんの結界なら彼女の気配を感じるだけで、あまり違和感は感じない。

 今回の結界を張っているのが大葉さんだから違和感も大きいのかも知れないな。


「俺が最後に魔力と結界の発動を感じたのはもう五週間も前になる。アヤメちゃんが気が付かないならお手上げだなぁ」

 振興会の結界師、大葉さんが胸に“実法学院 施設管理部”と刺繍された作業服を着て頭をかく。

 結界師はその術の性格から当たり前だがステルス性が高い。

 情報収集の仕事に就く場合も多いのだそうで今回もその流れなんだろう。


 そして振興会でも一番の腕を持つ結界師が大葉さん。

 20代中盤の容姿からしても学校内に入り込むなら生徒よりはこっちだろうけど。

 ……しかし。そう考えると入り込み易いんだね、ウチの学校。


「結界ならばわたくしよりも華さんの方が感が効くのでしょうけれど」

「校内では大葉さん以外は感じたことが無いです」

 すっかりお気に入りのウサギのキャラクターのついたお弁当箱は華ちゃん。

「……お手上げですわね」

「だなぁ……」



 私と華ちゃんの他、仁史とあやめさん、そして用務員さんとして潜り込んだらしい振興会の結界師、大葉さん。そう言う顔ぶれでお昼を食べている。

「だいたいの場所とかわかんないんですか?」


「以前、たまたま通りがかった時に校内から異常な魔力の波動を感じたんだ。で、だいたいの場所は、最近歩き回ってなんとなくわかった。普通課棟と特別学習棟Aの間辺りなんだな。いわゆる校舎裏、みたいな感じの場所でね。そう言う意味じゃいかにも、ってな感じなんだけど。でも結局喫煙者を二回見つけたくらいで後はスカ。――神代さん達はあの辺、近づいちゃダメだぜ?」


 まぁ、俗に言う不良が集まっている場所であるのは校内でも有名だから、女子がホイホイ行く場所では無いのは私も知っている。


「以前に気が付いた時はどんな感じでしたか?」

「うむ、とにかく魔力の波動はほんの一瞬だったがもの凄かった。冗談で無く鳥肌が立ったよ。大きさだってクロッカスのフルパワーでも届かないな。多分カキツバタやアヤメちゃんが本気でブチ切れたとしても無理だろう。単純なパワーならばアイリスの馬鹿力とほぼ互角なんだろうけど、何より言葉では上手く説明出来ないがあの無機質な禍々しさがあまりにも恐ろしくてな。一応アイリスに話をあげたのはそれがあったからだ」


「そして会長もそれを危険だと判断して私とお姉様の投入を決めた……」

 最近は、なんとなく振興会内部の人間関係もわかってきた。

 アヤメとクロッカス、そしてまだ会ったことは無いがカキツバタの三人は振興会、と言うか国内でも屈指の魔法使い。

 その内の二人を惜しみなく投入しなくてはいけないほどに。それ程危険な魔法を使う人が、うつくしヶ丘高校の中に居る、と言う事だ


 そして大葉さんだってこう見えて結界師としては名の通った高位の術者。

 先週から彼までも用務員さんとして学校に入り込み、調査に参加している。



「何者かが怨嗟の呪術を仕掛けたのでは無いかと大葉さんはその時そうお感じになった。そういう事なのですか?」

「ただな、あんな感触の魔法を素人が発動出来るわけが無い。それに結界がまたいかにも素人臭い感じでな。……但しそれに呼応して魔力の波動が一気に消えた」


「特化封印、収斂結界……。いずれにしろとても素人が組めるロジックでは無い。しかもその後反応が消えたとなれば……、封印自体を時限断裂に、落とした。と?」

「そこまで行けば結界師で無くて時空のエレメンタラーの仕事だ。お前を含めて高位の時空使いが国内に何人居ると思ってる? 特化封印から始まって、多重結界、時空貫通、次元断層操作。そして位相転移、空間保存。そこまで行けばもう、国内で出来るのはお前とアイリスくらいだ」



 華ちゃんがノートの取り方を覚えたように、私も魔法については多少理解が進んだ。

 結界師は時空を操る人の総称であるが、エレメンタラーと呼べるほどに技に精通している人間は極端に数が少ない。

 華ちゃんは国内最高峰の時空のエレメンタラーでもあり、彼女の上にはアイリスさんが一人居るのみ。

 驚いた事にこの二人、世界ランクでも五指に入るのだという。


 公園で彼女が作って、私が入り込んだ結界も、実は違う次元に空間自体をずらす。

 と言う異常に高度な技を使ったもので、普通の人がもし近づいても結界に気が付かず素通り出来てしまう、と言う代物だった。


 よしんば気が付いたとしても生身で入り込むどころか触ること事自体、理論的には不可能。

 そしてどうにかして結界に触れても、本来はそれだけで体が粉々に吹き飛んで即死、と言うか存在したという記録や記憶までもが胡散霧消してしまう程強力なものだったらしい。


 その結界に気が付いたうえ、自分のみならず仁史を連れたまま生身で結界を通過、更にはその結界の中で時間と空間をねじ曲げ、しかも副作用として吐くだけで済んでしまった私は、だから要監視人物なのだ。



「流石に私ではそこまでのことは出来ません」

 そして、そんな華ちゃんでさえ出来ないと言う魔法。いったいどう言うことなのか。

「アイリスさんでも一カ所にそこまで多重発動をかけるのは難しいでしょうね。術同士の干渉を計算しきれなくなってしまうのではないかしら。……確かに時空のエレメンタラーで未知の方、と言うのは考えづらいですわね」


「エレメンタラークラスになれば絶対野良ってわけがねぇ。独自勢力だろうと反政府組織だろうと当然、面は割れてる。教師や職員の線も疑ってはみたが、校内に居るなら俺やアヤメちゃんから姿を隠し続ける。と言うのは難しいとは俺も思う」

「魔法の杖とか、あと魔方陣? そう言ったものを使うとかダメなんすか?」

 日に日に豪華になる重箱弁当、今週からはついに三段重ねになったそれを食べながら仁史が言う。


「魔方陣ならただ結界を張るくらいであればあり得なくも無いんだが、何しろ次元断裂を使っている可能性があるからなぁ。次元の落とし穴を仕掛けて暗殺する、なんて言うのも意外とよく使われる手ではあるんだが、その手を使っちまうとエレメンタラーであろうが回収はほぼ不可能。せっかく発動した呪いの呪術をそのまま捨てるとは考え辛い」


「途中で怖くなったとか」

「仁史君、最終的に魔力の発動は術者の意思。実際に発動するほどの意思を乗せることが出来るなら、投げ出すよりは解放するはずよ」


「クロッカスの言う通りだ。だから発動直前、若しくは何らかの理由で魔力の発動したアイテムか人物、それをどうにかして封印したのでは無いかと思っているわけだ」

「再び現れた時は大災害、ですか?」

「どうだかな。それにせっかく発動したものをわざわざしまい込む意味もわからん」



「問題はいったい何をどういう形で発動させたか、なのですけれどもね。そして何故それを隠す必要があったのか。何よりどうして学校だったのか」

「魔法のエネルギーは発動場所近隣の人の意思。学校は、そう言う意味ではほんの半径1キロちょっとに千人以上の未成年がひしめき合ってる。エネルギーを吸い上げるには都合が良い。一昨年の大山田商業の件がそうだった。高校生辺りの思念はエネルギーとして特に純度が高いからな」


「魔法ってそう言う仕組みなんですか……」

「あれ、クロッカスは説明してなかったか? だから誰も居ないところでは魔法は発動しないんだ。俺達は誰かに見てて貰わないと、何もする気にならないかまってちゃん。ってこったな」


「でもでも、それだと力を吸われちゃった方には副作用とか無いんですか?」

「吸われる、か。そう言う表現は中々凄いものがあるな。ま、ほぼ無害だよ。大規模魔法で影響が出たとしてもせいぜい集中して勉強してる時に背伸びをしたくなる程度だ。――悪意を持って特定の個人から強引に吸い上げる。と言う術式も、もちろんあるにはあるんだが、そう言うのはまた別な話だ」



 学食のBセット。

 うどんとカレーをお盆の上に乗せてカレーの最後の一口を口に放り込む大葉さんに続ける。

「何処かの商業高校ではそれをやられちゃった、と?」

「そういう事。内緒にしとこうと思ったのに良く分かったな。……ま、事前に潰したんだけどな。但しあのときゃ、結界を仕掛けたのは学校の外だ。校舎と道路が近接してたからそこを突かれた」


 コップの水を一気に空にして大葉さんが続ける。

 注いでこようか? と言う華ちゃんのジェスチャーに大葉さんは、――悪ぃな。と言った。

「とは良いながら、今回は明らかに校内なわけだし、学校ってのは大学以外は外部の人間は入り込むだけでも面倒くせぇ、多分内部の人間って事で良いだろう」


「一応、生徒会経由であたってみましたが、当校においてはオカルト的なものに傾倒する様な部活、研究会等は公式には存在しないとの事でした。有志サークル的に活動している団体についてもわたくしの調べの及ぶ限り、存在は確認できませんでしたわ」

 華ちゃんが水を持って帰ってくる。


「お、サンキュ。――学校の支援無しで内緒にやられちゃ調べようが無いよな。教職員もそれっぽい人はいねぇ。私立の先生方ってぇのは、かえって真面目な人が多いからなぁ」

 なんだかんだでこの二人、それなりに見えないところで仕事をしていたらしい。



 ふむ。隠してあるのが前提になっているのか。それなら。

「なんで隠したかは別にして、どうやって隠したがわかれば。そしたら隠してあるならこっちが先に見つけられるんじゃ無い? 空間断裂? それも、なんか魔法の指輪とか魔法の杖とか、そういうアイテム的なもので出来たりしないんですか? 大葉さん」


「そんなアイテムを作れる人間がほぼ居ない。と言うのを抜きにすればさ、使い方さえ間違わなければ魔法使い以外でも、出来ない事は無ぇさ。……ただ素人が強引に空間を割ってしまえば、空間に入ったひびはその後年単位で残るんだよ。校内にそんなものがあれば俺は一応その分野の専門家だし、クロッカスなら問答無用で間違いなく気が付く」


 ――だから多分魔方陣やアイテムは使ってないと思うんだが。そう言うと学食のうどんのどんぶりを持ち上げて空にする。

 ……あとでのど、渇きますよ?


「結局何もわからん、と言うのが現状だ。アヤメちゃんとクロッカス、エース二人を投入している以上、何もありませんでした。では済まないんだがなぁ。困ったもんだ」

「わたくしと華さんを学校に通わせたい、とは会長が常々仰って居ましたからそこまで大葉さんが気に病むことも無いのでは?」

「そうもいかんさ、俺が持ち込んだネタだからな」

 そう言うとコップの水を更に飲み干して、はあ、とため息を吐く。



 だいたい。人の良いおっさんの見た目に反して会長、あの人はとんでもない情報網と人脈を持った人だ。

 魔力も公称、クラスCとはなっているがどうやらあやめさんをも上回るのはほぼ間違い無い。

 世界で10人居ないクラスS。自分自身が振興会最後の秘密兵器。


 それはさておき、情報に関しては会長からの情報は絶対。大葉さんの報告を受け、四日後にうつくしヶ丘高校潜入計画が開始になった。と聞いたが、ならば調べたうえで何かを掴んだのだ。

 なんとなく、で動くようなそんな生やさしい人では無いらしい。


 そうで無ければ世界でも名の通った日本の振興会の持つ三人の最高戦力、その内二人をまとめて投入したりするわけが無い。

 驚いたことにアヤメとクロッカスの名前は日本以外でも通用する。

 案件によっては貸してくれないかと他国から名指しで要請が来るくらい。

 三人の内の一人、カキツバタさんはこの二人がここに足止めされてしまっているせいで、一人で国内外を今も飛び回っているのだ



「そういう事でアヤメちゃん。先ずはこのまま、怪しいところを虱潰しにするから、気になる場所があったら教えてくれ。この格好なら生徒より場所の出入りに融通が利くしな」

 大葉さんが自分のお盆をもって立ち上がる。

「わかりましたわ。大葉さんも行動のさいは十二分にお気を付けを」


「ありがとよ。――それとクロッカス」

「なんでしょう?」

「俺達はチームだ。独断先行は無しだぜ? 何かに気が付くとすれば先ずはお前だと俺は思ってる。勝手に事を進めたりはするな、絶対に俺かアヤメちゃんに報告してくれ」

「わかっています」


「それに結界なら神代さんだって気が付くかも知れんし。なんで、何かあったら間違いなく連絡を頼む。――ただの護衛対象じゃねぇ。お前ら二人はバディなんだぜ? わかってるよな、クロッカス。相棒を危険に晒すようなそんな真似はしてくれるなよ」

「当然です……!」


「結構。……なら次の現地会議は雨がふらなきゃ木曜日またここで。――じゃあな。ちょっと国際外語課棟の裏庭の草刈りに行ってくらぁ」

「いろいろと、……お疲れ様で-す」


 大葉さんが歩き始めた瞬間にスッと違和感が薄まる。

 このテーブルだけに結界を張っていたらしい。

 凄く範囲の狭い、しかもスルー対象者を絞った人払いの結界は大葉さんにかなう人が居ないのだと聞いた。私ではここまで細かい制御は出来ない、と華ちゃんが言う程。


 そして結界が消えた途端。

「あ、月夜野さん。ここに居たんだ、グルグル探しちゃった。お昼終わったらちょっと付き合って欲しいんだけど」


「どうしましたの?」

「午前中の実験のレポ-ト、ざっとまとめたちゃいたいんだけどさぁ。だからまぁ、なんつうか、お知恵拝借。ってヤツ? 月夜野さん、文章上手いしさ。たのむよぉ」

「わたくしが居てもさして戦力にならないのでは? うふふ……えぇ、では参りましょうか」


「あ、居た居た。桜、華。南光も。ずっとここに居た? 多分月夜野先輩とお昼食べてると思ってベンチとか探してたんだよ。……午後の移動教室変更になったって聞いた? ――あ、やっぱり。掲示板にしか出てなかったのさっき委員長が見つけてさ。口で居えっつーの、あのクソ教師! 特別学習棟Bの3階だって。もう用意しないと間に合わないよ」

「ありがとう、直ぐ行く。……華ちゃん?」

「はい、行きましょう。仁史君も!」


 華ちゃん達が学校に馴染んだのは良いけれど。

 任務自体は暗礁に乗り上げているらしい。




「サフラン、この記号、意味はわかるか? 今日も授業では出てきたんだけど」


 仁史と私が華ちゃんと向かい合って応接机。

 アイリスさん以下、みんな忙しそうにしている事務室と、そしてほぼ誰も居ない実行部隊デスク。

 そして今日も部屋の主は留守のままドアを大きく開け放した会長室。

 他にもこないだ借りたシャワー室や仮眠室、宿泊出来るような部屋まで数部屋ある。

 うつくしヶ丘駅から電車で三駅、見た目はボロビルの特殊技術産業振興会、その応接室。


「一応ノートには書いたわ。読み方はルート、で良いのよね? だから、これは読み方はルート49。仁史君、これは何の記号なの?」

「えーとな。俺、昨日平方根って説明したっけ?」

「忘れていたらごめんなさい。多分聞いていないと思う……」


 基礎学力がゼロ。

 とは言え魔法を使う度にどういう理屈でやっているかは別にして高等数学や物理の法則を操っている華ちゃんなので、特に数学は飲み込みが早い。

 たった一週間で分数と小数の概念を完全に理解した。

 のだけれども。一応進学校に通う高校生なんだよね……。

 どうしてこんな事になっているかと言うと。話は先週に遡る。



「家庭教師」

 金髪碧眼にナイスバディ。事務服の胸元やタイトスカートのお尻がキツそうなアイリスさんに。

 いきなりそう言われて私と仁史は固まる。

「はい?」

「……え?」


 何かを測定するとかで私と仁史は別の部屋に隔離され、護衛の華ちゃんはすることが無いなら事務用品を買いに行け、とアイリスさん言われてお出かけ中。

 あやめさんはそもそも別件があるのだと言って、今日はまだ事務所には来ていない。

 良く分からないけれど私達の検査は終わった模様。



「うん、二人には身体検査とか魔力測定とか能力同定試験とか無い時に、クロッカスの家庭教師をお願いしたいかなって。その分時給は上げるからさ?」

 アイリスさんは唐突にそう言った。


「でも、あやめさんが居ますよね? 華ちゃんの魔法の師匠はあやめさんだって」

「そうなんだけど。……桜ちゃん、単刀直入に聞くんだけど。彼女、アヤメなんだけどさ。……家庭教師に。むいてると思う?」

「…………えーと。……なんと言うか」

 うん、とても丁寧に罵倒される絵しか浮かばないや。



「ね? それにクロッカスは意外にもアヤメの言う事は、魔法と仕事以外はあまり聞かないの。その辺、反抗期というか姉妹というか。当然私の言うことも聞いてくれないし」

 あぁ、その辺はなんとなく見ててわかる。

 確かにうちの弟も私の言う事にはいちいち反抗するもんなぁ。

 それに。素直にあやめさんやアイリスさんの話を聞くのであれば、床で寝てたりするわけが無い。


「そして当面の問題は再来週に迫った試験。……ね、南光君。どう思う? 彼女の戦力。キミから見て、この先戦っていけそう?」

「……有り体に言って良いなら、ほぼ戦闘力ゼロ」


「そう、その通り。……なので」

 サッ、と緩くウェイブのかかった髪を払うとアイリスさんはびしっとこちらを指さす。

「そこを何とかお願いしたいの、――あなた達二人に!」

 普通に考ても、何とか。とはならない気がするんだけど。

「当面の目標は、赤点の回避! それのみ!」

「マジっすか……」


 良いのかそれで!?

「もちろん最終的には学力的に追いついて欲しいのだけど。……編入時にね、書類的に相当無理矢理にねじ込んでいるから、偏差値はどうでも今回だけは赤点は本気で不味い」

 ――カナダで普通に単位取得しちゃってるのよ。書類的に……。そう言って一転肩を落とす。

 偽装書類を作った張本人だもんね。



「会長は何とか卒業させてあげたい、ってそう言うんだけど。今回、点数的に引っ掛かればいきなり留年が決まる可能性がある。そういう事なの」

「それって、もしかして全教科……」

「技能と選択科目は考えなくても良いけれど、それでも主要教科全て」


「公式知らないし、漢字も書け無いのにどうやって……!」

「とにかく赤点が確定した場合、総務課全員が彼女を留年させない為に3日ほど徹夜になるし、会長からも学校のみならず、文科省以下各方面に圧力をかけて回って貰わないといけなくなる。それはいくら何でも不味い。わかるでしょ?」

 そんなに無理してたの! ……そりゃもちろん、不味いことは不味いでしょうけど。


「今回赤点が回避出来たなら現金でボーナスは出せないけれど、二人のスマホを最高級グレードの最新モデルに交換してあげる。もちろん高級本革カバー付き。その他、ネットで評価ナンバーワンの三電源+大容量バッテリーのマルチ充電器、更には市場価格約二万円の高級無線ヘッドフォン、そしてそれらを全て収納出来るシックで機能的な本革ポーチも付いてきます! 男の子が持っててもカッコイイヤツなの。私も持ってる、ほらコレ。雑誌とかで見たこと無い? ちょっと最近、流行りつつある感じなんだけどさ。ちょっとしたカードなんかもしまうとこがあって便利なの」


 流石事務屋さん、その辺は経費でどうにか出来るんだ。

 ただ条件が良すぎて簡単に返事しちゃいけない様な気が……。



「どう? ……あれ? まだダメ? ……ならしょうが無い、会長には内緒で私のお財布からネットのミュージックギフトポイントお一人様一万円分も付けちゃう! これなら新しい携帯にアルバムダウンロードしても痛くない! これでどうよ!? ――って言うかホントこれで勘弁して、おねがい」

「それは……」

「……まぁ、ねぇ」


「良かった……。塾なんて話にならないし、普通の家庭教師に見せるわけにも行かないし、どうしようかと思ってたの。ありがとう二人共」

「でも失敗しちゃった場合には……」

「その時は一緒に徹夜で書類作るの付き合ってね。……うふ」

 冗談じゃ無い! 今すぐ断わって……。


「二人共、協力を感謝するわ。とにかく!」

 再度姿勢を良くしたアイリスさんはまたもサッと金色の髪を払うと、急に本部長の顔になって事務的な口調で告げる。


「今回の任務の目標はクロッカスの試験が主要全教科全てで41点以上になること。カンニングは不可、魔法の行使も不味いけど、それ以外ヤマを張ろうが、丸暗記させようが何でも良い、何とか赤点だけは回避する。以上。……Do you understand?」


 その透き通った青い瞳に見つめられると、もう答えは一つしか無かった。

「イエス、マム!」




「……これはそうすると7、と言う事で良いの?」

「おっけー、そういう事。じゃあ、この問題やってみてくれる? 考え方はそのまま、数字変えただけだから」

「はい」

 ――高校生までもう少し。だな。凄いと言えば凄いんだけど。


「おい、ヤマかけるのは得意だろ? どうにかなるとおもうか?」

 仁史がぐっと声のトーンを下げて話してくる。

「全科目だよ? 苦しいなぁ。……ふむ、数学と物理、英語はこの際捨てっちゃおう」

「大丈夫なのか?」

「国語も捨てて良いかもしれない」


「捨て過ぎなんじゃ無いか? 理由はあるんだろうな?」

「先ず国語。どうせ漢字は書け無いし文法も無理。だけど漢字の読みだけだって全部読めれば配点次第だけど最低10点は乗っかる。あとは文章問題に期待する」

 アイリスさんが職場に持ち込んでいた少女向け恋愛小説を、読破していた事が先日発覚したばかり。

 双方にいろいろ言いたい事は横に置いて。

 なので主人公が何を考えているか述べよ、みたいな設題で答えが三択とかなら、文章題も運に任せず配点が計算出来る。


「英語はもうぶん投げ。で良いじゃん。ヒアリングが25点以上あるはずだし多少はかける。訳するだけはイケるんだから文法ポイしても何とかなる」

「日本語で書けないとか……」

「そこまで面倒見切れないよ!」

 ひらがなで書いて減点される可能性もあるけれど。もう一週間しか無いんだから間に合わない。


「数学と科学を捨てる根拠は?」

「捨てるのとはちょっと違う。――うん、表現が出来ないだけでわかっては居るわけよ」

「それはわかるけど」

「だから数学は範囲の公式丸暗記、科学は理解出来る分野以外、化学ばけがくなんかもゴミ箱。ここだけは点の配分がギャンブルになっちゃうけど、それでもまだ丸暗記の分野がありすぎるくらい」


「……やること分担しよう。数学は俺、なんだな? 国語は完全に忘れる、と」

「あの仁史君、良いかな?」

「済まん、ちょい待った。桜。分担表作っておいてくれ。――サフラン、出来たか?」

 つい勢いで返事をしたものの、大変なことを引き受けちゃったなぁ。 





「ごきげんよう桜さん。――アイリスさんの依頼を完遂されたそうですね。この場合、わたくしが、ありがとう存じます。と言ったらおかしいのかしら。でもお礼は言わせて頂いても良いですよね、わたくしの妹分ではあるのですし。しかし、本当にあの華さんをどうにかしてしまうとは恐れ入いりましたわ。……うふふ」


 あやめさんと職員室前の廊下で出合った。

 明らかに面白がって居るんだろうな、と言う態度ではある。

「……で、その華さん本人は今どちらに?」

「その試験の件で職員室このなかにお呼ばれしています」


 二科目で字の書き間違えが発覚して、その分を丸々×にされた。

 しかし文章題である以上は配点がデカいので“私が”文句を付けた。

 ……その二つが減点で済めばノルマクリアであるからだ。


 結果、配点は覆えり、軌跡の全教科赤点回避はなったわけだが。

 今度は誰かがヤマをかけたモノを基本に一夜漬けでテストに挑んだ疑惑が浮上した。

 彼女がかたくなに口を割らなかったので私と仁史の名前は最後まで出なかったが、なので現在。担任と副担任、更には教師復数名からお説教されてるところだと思う。

 ……ごめん、華ちゃん。



「あやめさんは試験は……」

「まぁ、困らない程度には」

 それどころか、人づてに聞いたところに寄れば公表されていないはずの配点を予想し全教科88点を目指し、国語が92点になってしまった以外、目標を達成してしまったらしい。

 トップを取る事も無く、しかし下振れは絶対にしない。如何にもあやめさんである。

 ……それが出来る実力がありながらなんでそんなものを目指したのかが謎だけど、聞いても絶対煙に巻かれるだろうな。


「職員室に何か用事ですか?」

「桜さんがここに居るのでは無いかと思いまして、だったら暇つぶしのお付き合いにと参ったのですが。かえってご迷惑でした?」


 何でも知ってるなぁ。先生に聞いたりしてるのかな。

 同じバイト先の先輩後輩だというはもうみんな知っているし華ちゃんから“お姉様”と呼ばれているのも教師含めて当然みんな知ってる話。優等生だから先生とも話しやすいんだろうし。

「そんな事は無いですが」



「あとで華さんにもお話しは致しますが、明日以降から少し気を引き締めて下さい」

 何処まで素なのか未だに良く分からない人なのだが、口調が少し真面目になったのを感じる。

「試験休みでは……」


「部活もあって、学校自体は開いているのですよ? なので図書館に通って読書にいそしもうかと思っているのですが、良かったら桜さんもご一緒にいかがです?」

「つまり……」


「……あまり人が居ない方が都合が良い、そういう事では無いのかと個人的には考えています。大葉さんが気が付いた日をちょっと調べてみたのですが、その日の授業は特別編成で午前のみ、部活も無かったのでその時間はほとんどの生徒は、少なくても教室には残っていなかったのでは無いかと推察しています」


「こないだの話、学校を使ったのは単純に広い場所が使いたい、そして吸い上げる人の意思がたくさん見込めるところ。魔法使いはやっぱり外部の人間、そういう事でしょうか」

「そこまではまだ。……但し、外部の人間が入り込むにはやはり高校は難しいですからね。学生か職員と言う線はそう間違ってもいないのではないでしょうか」



「でも、なんで図書室……」

「わたくし達は部活には所属していませんからね。学校に来る用事がそれくらいしか思いつかなかっただけなのですが……。まぁ、華さんに関して言えばおそらく用事は出来ることでしょうけど」

「なんかあるんですか、華ちゃん」


「桜さんが気に病むようなことではありません」 

 ――それに。すうっ、と目が細くなる。

 華ちゃんさえをも一蹴する程の国内最強、クラスA+の魔法使い。

 普段は全然そうは見えないが、この人はそう言う人なのだ。

 それを改めて思い出す目の光り。


「図書室の入り口脇の閲覧テーブル。あそこからなら例の場所の様子が見えるのです。気配を感じたらすぐに目視で確認出来る。更に言えば」

「……はい」

「司書の人が来て居るのならエアコンが効いていますしね」

「さいですか……」



「では、わたくしはこのへんで。細かいお話しは、後ほど事務所の方で致しましょう」

「あの、もう華ちゃんも出てくると思うので……」

 中でごそごそと音がし始めた、椅子を立った、と言う事なんだろうと思う。

「多分わたくしは居ない方が良いでしょう。本当のところを言えば慰めてあげたいのですけれど、立場的には文句を言わなくてはいけない損な役回りですから。なのでそこは桜さんに一任致します。……では、また後ほど」



 相変わらずつかめない人だなぁ、と思って背中を見送っていると職員室の扉が開く。

 ……涙目の華ちゃん?

「……どうしたの?」

「ごめんなさい、桜……」

 それ以外言わずに、結構ある身長差を無視して体を折り曲げ私の胸に顔を埋めて泣き出してしまった。

 ……なんて珍しい。



 は! ……まさか! 結局赤点に戻ってしまったとか!

「どうしたの? 泣いてちゃわかんないってば!」

「あなたの護衛の仕事があるのに、せっかく二人に教えて貰ったのに、……明日から3日間補習だと……うぅ、ぐす。本当にごめんなさい……!」

 単にそれだけで済んでホントに良かったね。

 ……って言うかあやめさん、これも知ってたな!?


「あのね、気にしなくても良いからね。がんばったんだから、足りなかった分を教えて貰えるだけなんだから、泣くことは無いんだよ、ね?」

 仕方が無いので頭に手をやって慰めてあげる。

 なんで同じシャンプー使ってるのに、華ちゃんの髪の毛はこんなに、サラサラでふわふわなのよ……。


 いずれにしても明日から3日間、学校に来る用事は華ちゃんに限っては出来ちゃったわけで。

 ならば私は図書室で補習が終わるのを待つ。と言う感じになるのかな。


 まだ夏服の季節にはならないけれど、ここ数日、結構日差しがキツい。

 エアコン、入ってると良いけどなぁ。図書室。




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