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うつくしヶ丘高校の普通課一年B組

2017.09.03 本文の一部を変更。また読みやすくなるように適宜空白行を挿入する等調整しました。

「帰国子女って設定は見た目以外はどうなんだ? だいたい英語とか喋れるのか?、えーとサフラン、でいいんだっけ?」


 朝の教室、既に予鈴も鳴り終わりホームルームに担任と一緒に華ちゃんが来るのを待つばかり。

 左隣は今まで通りに仁史なんだけど、右隣は突如として空席になった。


 その辺は私立だから。

 とは昨日アイリスさんが言っていたがクラス分けどころか席順まで左右出来るって。

 ……誰にいくら払うと出来るの!? そんな事。


「その辺は何とかするんでしょ? 華ちゃんは地頭は良さそうだしアドリブも効くから。それにいくら何でも喋れなきゃ、英語が云々なんて設定盛らないでしょ? ただでさえ人格的に結構危ういのに。――それより、朝からそこかしこで話題になってるわよぉ。美人転校生の先輩と並んで登校なんてやるじゃ無い、この色男。従兄弟とデキてる疑惑も解消出来て良かったね!」


「あのなぇ。月夜野つきよの先輩の件に関しては俺だって好きでやってるわけじゃ無い。月夜野先輩の距離感が必要以上に近いんだ! ……くっつきすぎたって言っても離れてくれないしよ」

「華ちゃんも大概だけどアヤメさん。ただ立ってるだけでもう、お嬢様オーラがハンパないもんねぇ。しかも改めて見ると、昨日は気が付かなかったけどこれがまた。お胸のボリュームが結構おありで……」

「それもこれも俺のせいじゃ無いだろ!」


 角度によっては全然そう見えない。あぁ言うのを隠れ巨乳って言うんだな。

 隠れっぱなしで、いずれは何処かへ進出してやろう!

 と言う気概をまるで感じない私の胸とは大違いだ。


 いずれにしろ。

 仁史と連れ立って登校してきた彼女は、そのお嬢様オーラを余すところなく振りまいて、それを目にした男子全員の注目の的。


「あんた、朝から全校の男子とお姉様属性の女子を敵に回したっぽいよ?」

 今のトコは男子からの痛い目線が突き刺さるのみだが、数日後の女子からの目線の方がきっと痛い。

 そのうち彼女をお姉様と呼ぶ華ちゃんもヤバくなるのでは……。


「冗談でもそう言うのは勘弁してくれよ、マジで」

「そう言えばアヤメさんが月夜野先輩? そう言う名前にしたんだね。なんか素敵」

「月夜野ってそう言うアヤメの品種があるとか無いとか。だから月夜野あやめ、だって」


 ――あの人は直ぐに面倒くさがる。昨日の華ちゃんの言葉を思い出す。

「……なるほど。その辺、本当に適当なんだね」

「なんの話だ?」



 そこまで話をしたところで。

 ――はい、おはよう。みんなすわれぇ。そう言いながら担任が華ちゃんを連れて教室にやってきた。

 クラス中男女問わすざわつく。


「すげぇ美少女! でももしかすると俺より背が高いんじゃね?」

「ウチのクラスに来るとか、ラッキー以外の何者でないな!」

「転校生? 南光のお嬢様とは別の人なの?」

「モデルかなんかなのかな、ハーフだろ彼女」

「うっわ、お人形さんみたい、可愛い!」

「わたし、彼女なら抱かれても良い! 今日から属性変えちゃう!」

「スタイル抜群! 余計なお肉がないよ……」



「はい静かに! 出欠の前に、今日はみんなに新しいクラスメイトを紹介する。華・サフランさんだ。以前の学校の単位の都合で入学式には間に合わなかったが、今日から漸く我々B組の仲間になる事になった。言葉に不自由はないはずだが以前はお父さんの仕事の都合でカナダに居たそうなので、みんな何かと助けてやって欲しい。――では、簡単に自己紹介をいいかな?」


「みなさん初めまして、サフランです……」

 全くよどみのない自己紹介にクラス中がおぉ、とどよめく。


 夕方の公園では無くて、明るい教室で正面からまじまじ見ると。

 確かに顔立ちはハーフだし髪の色も金髪に近い、目の色は完全に藍色。

 自身が気にする地黒もあいまって、とてもエキゾチックな雰囲気。

 国籍不明なところがまた、美少女ぶりに拍車をかける。


 昨日は超常現象を見せつけられたあとで何気なく話しかけられたから。

 だから私は気にならなかったけど。

 確かにそれで日本語をスラスラ話されたら驚くか。


「ではサフラン、神代は知っているんだったな? キミは神代の隣に席があるからそこに。神代、幼なじみなんだってな。キチンと面倒を見てやってくれ。――では改めましておはようございまーす。――はい、ではホームルームを初める。先ずは出欠から……」



 休み時間。

 華ちゃんは好んで前に出るタイプではない。間違いなく。

 けれど一方、物事がなんであれ絶対に後ろに引くタイプでもない。

 ……とまあ、そこまでの話ではないしろ。


 だから美少女転校生の周りは黒山の人だかり。

 彼女は質問攻めに会っていたが、ひるまずに答えを返し続けていた。

 目の色や髪の毛のこと聞かれたらどうするんだろう。とか心配していたけれど、


「そうね、お母さんが。こんな感じで……」


 と目を伏せてそう言っただけで質問者が悪者になってしまった。

 なんだかんだ言いつつ、自分が他人からどう見えているのか、そしてその容姿の使い方。

 それに関してはある程度把握しているらしい。

 しかしいつの間に父子家庭の設定まで加わってるんだ?

 ……良くやるよ、本当に。


「あやめさんもこんな感じになってるかな?」

「あの人は心配要らないんじゃないかな。昨日の夜と今朝喋っただけだけど、あの人に勝てる人、居ないよ多分」

「まぁ、華ちゃんさえ力業で押さえ込んじゃうくらいだからねぇ」


「なにそれ? ――まあいいか。それに、一応ウチの学校に潜り込むこと自体は初めから決まってたみたいだし、あの人に限って言えばそれなりに下準備はしてたようだしな」

 この二人は昨日の時点で既にウチの制服を着ていた。

 と言う事は、何かしらの事前工作を行っていた、と言う事でもあるんだろうしね。



 と、華ちゃんを囲む輪からこぼれた人達がこっちに来る。

「ねえ、桜ちゃん。彼女はどんな知り合いなの? 小学校一緒とか?」

「お、お父さんの仕事の都合で小さい頃、何度かウチに預けられてたことがあったのよ」


「南光、あの美人な先輩は誰? 私見たこと無かったけど、まさか彼女なの?」

「何でもそう言う方向に話を持って行くな! ――今日から転校してきた月夜野先輩だ。ウチの母方の遠い親戚、本当は東北の方なんだけど、家の方でちょっともめ事があってあの人だけがこっちに住むことになったから。先々週、編入試験受てけたんだって。あの人、頭は良いけどちょっと人見知りなところがあるからさ、初めての場所は怖がっちゃって」


 ……あやめさんが人見知り?

 ないない、絶対無い。言うに事欠いて何言っちゃってんの? あんた。

 一週間もしたらクラスどころか普通課全体、何か間違ったら商業課や国際外語課迄巻き込んで2年生を全面制圧。

 女王様として君臨しちゃってる可能性だってあるぞ、あの人。


 あのお嬢様感たっぷりの雰囲気と、そして何かしてあげたくなるような外観。

 更には基本尊大で横暴なのにそれを全く感じさせないそぶり。

 あの人はマジヤバい。



「ふうん。高校生でも転校ってあるんだね。その先輩も結構大変だよね」

「アニメとかでさぁ、あるよねそう言うの。先輩はお金持ちのお嬢様なのかなぁ」

「どろどろの遺産相続争いで娘だけは逃がす、みたいな? ドラマの見過ぎじゃね?」


「サフランさんはお父さんの仕事の都合で転校してきたんだよね?」

「ウチはお父さんの仕事の都合では転校出来ない。自分ちの一階で仕事してるんだもん」

「外国って家族ごとに引っ越しするのは普通?」

「日本だって普通だろ、そりゃ。ウチみたいに単身赴任なのはエラくない人だよ」


「でもさ、神代。サフランさんは本当は転校じゃないんだろ?」

「あれ? 向こうの学校って新学期9月とかなんだよね? その辺。聞いてないの?」

「だから夏休み長いんだよな、2ヶ月くらいあるんだってテレビでやってた」

「バケーションってヤツだ!」



 仁史も私も。

 事前につくっておいた設定通りの答えを返す意外は勝手に話が膨らんで脱線していくのを見守るしかない。

 口を滑らして余計なことを言っちゃ不味いんだけど、これが意外と大変。

 あぁ喋りたい。華ちゃんは私を助けてくれた凄い魔法使いなんだよ!


「神代さん、ちょっとだけ良いかな?」

「あ、委員長」

 長身に眼鏡、まぁ見ての通りの真面目なクラス委員長なんだな彼は。

 当然のように女子人気も高い。

 その彼がクリップボードを片手に、人混みを割って声をかけてくる。


「サフランさんは当分、神代さんのアパートに一緒に住むのかい?」

「多分そうなると思うけど」

「緊急連絡先とかは神代さんと一緒で良いのかな?」

「うん、連絡網とか分けても意味無いよね」

「そこだけハッキリさせておこうと思って。悪かったね」

 ふむ、真面目で足も長くて前髪もサラサラして。どっかの従兄弟とは大違い。 



「でもさぁ、サフランさん、なんで桜さんちのアパートにすむ事になったわけ?」

「取りあえず落ち着き先が決まるまで、って。別にずっと居てくれて良いんだけどね」

「今度みんなで桜んち遊びに行って良い?」

「み、みんな、は入れないんじゃないかなぁ。ほらウチ、狭いし。知ってるでしょ?」

 華ちゃん大人気。まぁ先ずは良かったね。……但し。


「あ、みんな。ちょっとゴメン」

「桜……。何処に行くの?」

「え、華ちゃん? ……あの、ちょっとトイレに」

「わたしも行く……。桜、連れて行って」

 周りの空気一切無視か! 華ちゃん……。

 私の護衛、と言う立場は忘れていないようで。



 お手洗いを済ませて華ちゃんと並んで手を洗う。

「桜、私からは極力離れないでね。本来はこの学校内こそ危ないの。そこは忘れないで」

「どういうこと?」

「あなたの事が無くても、初めから私とお姉様はこの学校に入り込む予定だった。なんでかなんて、あなたならだいたい想像はつくでしょう?」

 ……まさか。


「振興会に加盟してない野良魔法使いが?」

「しっ。……そういう事。あなたや仁史君がターゲットになったりはしないでしょうけれど、それでも用心に越したことは無い。――それに」

「それに?」


「高校生がこの時期に転校してくる。明らかに不自然だから、私かお姉様が既に目を付けている可能性もある。ならば本来、私と桜は離れていた方が良いのだけれど……。何故会長は、桜と仁史君にあえて私やお姉様をを貼り付けているのか。……会長は、まさか」

「……ん?」

「いえ、何でもないの。戻りましょう、桜」




「……改めて言って置きますが、これはこの先、考え方として非常に大切になるから間違いなくノートを取って、後で自分でもう一度見返しておくこと。私の体で見えなかった人も居るでしょうから黒板を消すまで2分だけ待ちます」


 静かな教室。

 紙とシャープペンやら鉛筆の芯が擦れる音と消しゴムをかけて机がカタカタ揺れる音。

 とてもそうは見えないと毎回言われてその度心外なのだけど。私は字が綺麗で書くのも早くかつ、書きながら先生の話だって(重要と思われる部分のみ)キチンと理解出来ている。

 だから既にノートは取り終わっている。

 あとで見た時思い出せるようにマーカーで色付けて分かり易くしておくか。



 なんとなく右隣を覗くと、ノートを開いてシャープペンを握って。

 あまり綺麗とはいえない字で

『きほんてきな考えかた』

 と左隅にかかれたノートを開いたまま、華ちゃんは姿勢良く微動だにせず座っている。



『あの、華ちゃん?』

 小声で話しかけてみる。

 もしかすると高校程度の勉強なんか莫迦らしくてやってられないのかも知れない。


 昨日だって水蒸気爆発の規模と爆発方向を計算した上で水の玉を制御し、爆発に使わなかった水で爆発が広範囲に広がらないように膜を作りつつ、更に飛び散った水でダーツを作って、しかもそれが致命傷にならないように爆発の中、軌道を誘導して野良魔法使いの動きを止めた。


 その間1秒以下。しかもその水の魔法は彼女の専門外。

 普通に考えてもそんなの、普通高校の物理や数学がなんかの役に立つとは思えないが。


『桜、あの』

『なに? 気分が悪いとか?』

 私と仁史の護衛も結構だが、自分をないがしろにしがちな彼女であるから。

 そこは私が面倒見てあげなくちゃ。

『いいえ、あの。……何をすれば良いのかわからなくて』


 ………………えーと。

 忘れてた!

 学校は初めてだって言ってたっけ、そう言えば。

 ノートに書いてあることだって、約10分前に、


「ノートを新しいページにして“基本的な考え方”と書きなさい。これから説明する部分はこの先も非常

に重要だから何度も見返せるように間違いなくノートを取るように」


 と言われた、その冒頭部分だけ理解して書いたんだな、これ。


「神代さん! 私語は慎みなさい」

「いえ、先生。華ちゃ、……サフランさんが書き取りにちょっと難があるので……」

「なるほど。内容の問題ではないのですか? ――よろしい。では机を寄せて大きな声にならないように教えてあげなさい。板書は少し残します、皆さんは次のページを開いて」



 次の時間は自習となった。

 机を付けて私のノートをそのまま書き写す華ちゃん。


「先生が黒板に書いた物をノートに書き写せば良い、そう言う事なの?」

「基本はね。先ずは次からそうして。ノートに何か特別な事書く時は教えてあげるから」


 このぶんで行くと、物理法則も世界の歴史も。

 知らないだろうなぁ。

 本当に英語のスピーチとヒアリングが出来るのかも不安になる。

 これはネイティブレベルで出来る事になっている。でもそれが出来たとしても読み書きは……。

 あまり良くない予感しかしない。


「……魔法とか言葉はどうやって勉強したのよ!?」

「言葉はお姉様を真似をすれば、上品で品行方正に見えるのだと言われたのでその様に」

「……あのさ、一応聞くんだけど。誰に、言われたの?」

「お姉様に」

 ――やっぱりかっ!


「漢字とかは?」

「ある程度なら読めるけれど。……ほとんど、書けないわ」

 一応自習中でもあるし、あからさまに変な空気を醸し出しているからか、周りも多少遠慮して朝のような黒山の人だかり、とはならない。


「桜、ごめん。……これはなんて読むの?」

「ひんど。――って。ちょっと待って華ちゃん、魔法はどうやって覚えたのよ! 昨日は何気なく使ってたけど本当は呪文とか魔方陣とか変なお供え物とか魔法の杖とかを使って、儀式とかしなきゃいけないんでしょ?」


「その辺を無視して力を発動し行使するのがエレメンタラーたる者の……」

「そうでなくて……、もう。どうやって勉強したのよ。教科書的な物は無いの?」 


「魔法に対する魔術書や魔法薬に関するレシピのようなものはあるのだけれど、わざと古代の言葉で書かれている事が多い上に、半分以上暗号で記されているのも普通だからほぼ普通の人には読めないわ。それにその魔法書自体も通常は何処かに隠されていたり、それ自体がアイテムとして機能するほどの魔力があったりするから、だから力のある魔法使いの元で封印されていたりするのが普通なの。何重もの意味で普通の人、と言うより私達のような一般の魔法使いは読むことがそもそも出来ないのが普通なの」



「その辺は変に一般のイメージと近いのな。如何にも魔法使いの持ってる分厚い本だぜ。……えーと、サフラン。ってそのまま呼んで良いんだよな」

 座っているのに飽きたらしい仁史が華ちゃんの席の横に来る。


「呼び方はどうとでも。仁史君で良いですか? 設定的には既知の仲なので」

「こっちも敬語とか要らないからな。改めてよろしく。――で、なんでそんな話になってんだ?」

「どうやって魔法を勉強したのかって。――でもさ、華ちゃん。普通の魔法使いってその言葉自体がもうおかしくない? 普通じゃ無い魔法使いが居るって事?」


「普通で無い、と言うとネガティブなイメージが先行する気がして成らないけれど。――例えば魔法事故や犯罪を調査する人達。どうしてその魔法が発動したのか知っておけば、次に何かあった場合未然に防げる場合だってある。……例えば魔法や呪術の研究をしている人達。そのお陰で最近結界内では携帯電話が完全に使えなくなったわ。……例えばアイテムを作る職人達。でもこの人達は魔法使いで無い場合も多いわね」

「いずれサフランは見れないし読めない、って事だよな?」

「はい」


「でも華ちゃん。教科書も無いんじゃどうやって……」

「基本は口伝。呪文は一字一句間違えずに、イントネーションまで正確に。魔方陣も模様の角度がちょっと違うだけで全く違うものになってしまう可能性があるから慎重に、丁寧に、でも完成まで時間制限のあるものも意外に多いから素早く。全て聞いて、見て、実践して、体が勝手に反応するまで練習して覚えるの。そうで無ければとっさに発動など、とても出来ないわ」


「ほぅ、……職人の世界だな」

「仕事を見て、技を盗め。みたいな……」

 世の中に意外と居るらしい魔法使いが野良やクラスレスに甘んじてる理由がわかった。

 覚えられないからだ……。


「とにかくそのページだけは今のうちに全部写しちゃってね。……試験とか、どうするつもり?」

「ダメなら数学を人前で行使する事が出来ない、例えばコンビニなどでレジのアルバイトをする事が出来なくなる、と言う事なのでしょう?」



 ……不味い。

 これは本格的に不味い。

 学校の単位制度位は教えなきゃいけないんだろうとは思って居たが、まさかこれほどとは。

 横で聞いた居た仁史もなにか言おうとして口を開けたまま、ポカンとしている。


「ずっと学校に居るならそれこそもっと大変なことになっちゃうの! あ。……その、さ。ずっと居るんでしょ? 学校。卒業まで」

 初めから潜り込むつもりだったとは昨日言っていたが、その先は。……華ちゃんはまたクロッカスに戻ってしまうんだろうか。もう、一緒に寝てはくれないんだろうか。

 まだあってから一日経ってないけれど華ちゃんが居ないなんて考えられない。ずっと一緒に居たい。


「高校はせっかくだから一応そのまま卒業しなさい、と会長からも言われたわ」

「そうなんだ、ありがとう……」

「……?」


「あー。でも、だったらちょっと意識改革しないとこの先、不味いかも」

「ちなみにサフラン、二回一年生やってダメだと強制退学になるんだが、おまえ、ホントに大丈夫そうか?」

 基本無表情の華ちゃんの顔に、明らかな困惑と戸惑いの色が浮かぶ。


「……! そ、それは聞いていない! 仁史君、それはどこからの情報ですか? ソース的に信頼できるものなの? お姉様も会長も言っていなかった。――ねぇ桜、今のは本当の話? 与えられる機会はたったの二回だと、学校側が本気でそう言っているの!?」

「私、あんまり、その。……そこまで成績良くないにしろ、気にしたことは無かったな」


「ソースも何も、生徒手帳に書いてあるんだが……」

 ――仁史君、何ページ!? 慌てて生徒手帳をめくる華ちゃん……。

 まぁ、大概は落第前提で高校進学の話をしたりはしないよなぁ。

 ……っていうか、高校に送り込む前に気がつけよ、振興会!

 私が居なかったらどうするつもりだったんだか。

 普通の目で見たらとんでもなくイタい子じゃないか……。



「はぁ、全く……。一年生、何回やるつもりだったのよ。……まぁいいわ。あとで追々、その辺も詳しくお話ししましょ。そう言えば。――あやめさんは大丈夫かしら?」

「お姉様はかつて中学生の時、最優秀生徒として表彰された事があると聞いた。まさか百人単位の弟子の中で、しかも先生が各科目ごとに個別に評価する中での受賞とは思っていなかったので、学校に来てみて少し驚いているところなの」



「まぁ優等生だよな、先輩は。キャラ的にみても」

「……えーと。じゃあこれまで高校は? あやめさん、で良いのよね? 2年生に編入した、んだよね? 一六歳なんだよね、あの人」


「今までは高校など無駄だから行かない、と言っていたのだけれど。何か今回は乗り気なので、私としてはかえって一抹の不安を感じているの。あのお姉様が絶対素直にそう言っているわけが無い、何かまた、ロクでも無いことを企んでいるのでは。等とつい疑ってしまって。そうでなければいいのだけれど」

「……企むんだ」


 しかも何気なく“また”と言った。

 碧の黒髪をなびかせて、真っ白なリボン。

 清楚さとお嬢様オーラで巨乳さえ隠しきるあやめさん。


 以外と黒い人なのかも。

 そう言えば執行部長って名乗ってたな、あの人。

 エライ人は色々裏で手を回したりしなくちゃいけないんだろうし。

「結構何気なく、色々企んじゃうような人なのかも知れないね、あやめさん」

「――って、どんな人だよ? 何気なく企む人って……」




 ……何とか昼休みまでたどり着いた。

 ここまでの道のりのなんと険しかった事か。


 晴れていたのでお弁当箱を持って校庭の端の木陰まで。

 噂の転校生華ちゃんには当然一緒にお昼を、と声がかかるはずなのであるが、そこは先んじて華ちゃんがお昼休みになった途端。

 自分の制御出来る最低範囲だと言って自分の周囲半径五mに渡り、私以外を全て排除する人払いの結界を張った。

 現在木の下には私と華ちゃん、そして結界を当然のように無視した仁史。


「仁史君。本当に気分が悪かったり、不快だったりすることは無い?」

「まぁ特には」

「今はもう結界に加えてはあるけれど、結界を強引に突破したらどうなるか、仁史君は桜を見て知っているでしょ? 人払いの前とあとで体調の変化とか無い? 本当に大丈夫?」


「うん。まあ、特には……」

「もちろんあとで仁史君は追加するつもりでいたけれど。私の人払いを完全に無効化出来る人が居るなんて……」


 昨日の出来事を引きずっている華ちゃんは、なんとなく実験をしたかったものらしい。

 実験の結果は、予想通り。と言う事なのかな。

 でも魔法には絶対の自身を持っている彼女であるからかなりショックだったのも事実らしい。

「元から変わったヤツだから、そんな事もあるんじゃ無い?」

「これはそう言う問題では無くて、魔法や結界の根幹にかかわる……」



「まぁまぁ、いったんおいといて。――それよりもさ、初めて作ったお弁当、どう?」

「うん。……お弁当。自分で作って、自分で食べるなんて初めて。……ありがとう、桜」


 彼女がお弁当箱にしているのは、当然お弁当箱が用意出来なかったので色気も何も無い、先週実家から漬け物を入れて持ってきた、ただの密封容器が大小二つ。

「華ちゃん、料理したことないのに早起きしてがんばったもんね。おいしい?」

「はい!」


 華ちゃんの担当分としては、ウインナー焼いてご飯詰めただけだけどね。

 タコさんウインナー、当人が喜んでるなら良いか。

 今日は色々考えてる余裕がなくて葉っぱが少なかったな。


 今日は私を手伝いたい、と言ってお弁当の用意に割って入って来た華ちゃんだけど、お料理教えたら意外とがんばっちゃうタイプ、なのかな……?



「ね、ところであんた、なんで今日は学食じゃないの?」

 仁史は大きな袋を置くと、中からこれまた立派な二段重ねの弁当箱が出てくる。

「……困ったことに月夜野先輩に貰った」


「別に困るらなくても良いではないですか、仁史君。学食よりは栄養のバランスを考えていますよ? 食べ終わったあとでお弁当箱をわたくしに返して下されば、それで事は済むのですし、何より無料です」


 いつの間にか人数分の紙パックのお茶とビニール袋を持ってあやめさんがそこに居た。

 今日はその印象的な髪を三つ編みにして、白いリボンが歩く度に揺れる。

 校則の範囲いっぱいに長めのスカートと、そして長く白いストッキングで直接足は見えないがそれも当然に思える。

 学校指定の靴よりはむしろロゥヒールとかの方が似合いそう、手袋と羽毛で出来た扇子が無いのがかえって違和感があるくらい。


 いや。制服着てるだけ、なんだけど。……なんだ、なんなんだこの人。

 どっからどう見ても、どんな格好をしようとも、完全なお嬢様キャラなんですね……。


「華さんの結界。その気配の先に居るのでは、と思ってきたらやはりその通り。……ごきげんよう、皆さん。――よろしければどうぞ?」

「あ、ども」

「ありがとうございます」


「あの、お姉様。聞いて下さい。私は……」

「あなたの結界はそれこそ国内でも有数の秘匿性を誇っているのは認めます。けれどそれでもこうしてわたくしは気が付いている。特に禁止されていないとは言え、あまり私事わたくしごとで気軽に魔法や結界を使うのは、それはあまり感心できる事ではなくてよ? 華さん」

「えぇと、その……」


「正直なところを言えばもっと単純に。姉がわりの身としては、クラスメイトのみなさんと一緒に、お昼を食べながら親交を深めて欲しいものなのだけれども。……でも、今日ぐらいは初日でも有る事ですし、大目にみてさし上げないこともないかしら。――あら、桜さん。どうしたのです? ……なにかわたくしにお話しがあるようにお見受けするのですけれど?」



 話はある。

 言いたい事はそれこそいっぱいあるよっ!

 ありすぎたので、実質半分くらいしか言えなかったけど、一応色々と文句は言った。

 効くか効かないかで言えば、まず効いてないだろうけど。


 だって、文句を聞き終わった第一声がこれだ。

「まぁ、多分にそんなところだろうと想像は出来ましたので、事前に八方手を尽くして頂いて強引に桜さんと華さん、席を隣同士にして頂いたのです。苦労したかいはあったようでなによりでした」

 わざとか! わざとなのかっ! なんてタチの悪い……。

 しかも。……現場で直接苦労してるの、私じゃん!



「この購買部のサンドウィッチ、値段の割には中々おいしいですね」

「あの、俺が弁当で先輩が購買ってのはそれは……」

「本当はお昼は要らないつもりだったのですけれど、皆さんお昼を食べているところに手ぶらでお邪魔するのも悪い気がして購入してきたのですが、結局全部食べてしまいましたね。……そう言う訳ですから仁史君はお気にならずとも大丈夫です」


「あの、ちなみにお弁当は誰が……」

「もちろん作ったのはわたくしですが、それに何か問題が?」

「いや、だって相当早起きしないとこんなには……」


「普段からやることも無いのに五時には起きていますから、お家に迎えに行くには六時半に家を出れば良いのだし、なにも問題はありません」

「……」

 あれ? なんか華ちゃんが反応してる。

 お料理と早起きか。

 頭の上がらないお姉さんであると共に憧れの先輩なんだよね、彼女から見ると。



 ……確かに寝起きに関して言えば、ほぼ最悪に近かった。

 それは今朝この目で見た、と言うか一生懸命起こした。

 そこだけは少し見習った方が良いと思う。言葉使いなんかよりよっぽど。


 護衛なんてもちろんこれまで付いた事なんかあるわけ無いけど、それでも。

 護衛に付いてるはずの人を起こす、と言うのは私も間違っていると思う。

 初めてベッドで寝た。前後不覚になる程眠ったのは物心ついて以来初めてだ。

 と言っていたのは、それはまぁ。忘れよう……。


「時に華さん」

「はい、お姉様」

「任務についてなのですけれども、何故わたくし共は学校に来たのか。当初の目的はあなたの事だから、当然忘れては居ないでしょうけれど」

「も、もちろんです……!」


 完全に忘れてたな?

 そしてそれをわかっていながら、わざとこう言う言い回しをするあやめさん。

 良い姉妹コンビだよ、ホントに。


「今週いっぱいは転校生と言う事で、お互い必要以上に目立ってしまうでしょう。だから任務についてはあえて一切動かずに、先ずは学校に馴染むのを先決としましょう。調査開始は来週以降、いつから動くかは要相談。それでよろしいかしら?」

「……はい。お姉様がそれでよろしければ」


 ……言われてみればこの二人。

 別にお勉強が目的では無しに、何かをする為に学校に来る段取りをしていた。

 と言う部分は間違いないんだよな。

 任務、ねぇ。何する気なんだろう。


「元々の予定が来週以降だったのだから、会長のお作りになった予定から考えてもだいぶん前倒しになっているのですもの。そんなに焦る必要も無いはずです。それにここ暫くは多分何も検知は出来ないでしょう。午前中を見る限りでも、なんの気配も無いわけですし」

 本来は学校に入り込むだけでも何か感づくような、そんなものを探している。

 そういう口ぶりだ。

 あるのか? そんなにヤバいものが学校の中に。



「対処療法は嫌いなのでは?」

「気が付く事さえ出来ないのならば、それこそ対処のしようも無い。そうでは無くて?」

「それで良いなら、私からはなにも」

「ではそのように。――それと桜さん」


「……は、はい?」

 まるで無関係と思って居た所から、急に話をふられてお茶を吹くとこだった。

「今日と明日は事務所には出勤せずとも結構です。キチンと勤務実態はある、と言う事でアイリスさんにも既にお話をしてありますからお給料も支給されます。心配は無用です」

「……? あの、それはどういった……」


「華さんの当面の生活に必要なものを簡単に揃えるのを手伝ってあげて貰いたいのです。何しろ昨日の夜から一緒にいらっしゃる以上ご存じだとは思いますが、身の回りのものをほとんど持っていないものですから。寝間着もお弁当箱もスリッパもお箸も何一つ持っていなくて、普段着も誰かのお下がり。あとは全て借り物や非道い時には拾い物で済ませていたの。昨日から今朝にかけては、だからだいぶご迷惑だったでしょう?」


 華ちゃんは自分がお弁当箱にしている容器を見てうつむく。

 確かにコロコロバックの中身は制服とジャージとタオルくらいだった。

 ブラだって持っていなかったし、パンツとスリップも何処から拾ってきたの?

 と聞きたくなるような代物。この子はまともな下着さえ持っていなかったのだ。


 確かに昨日、リップは持っていたし顔を洗ったあと貸しても貰った。

 けれどちっともおしゃれな感じでは無く、“唇ぷるるん薬用リップ”と書いてあったのを思い出す。

 この季節でも持ち歩いてる以上はきっと、あれやすいんだろうな唇。とは思ったけど。


「だから桜さんにはちょっとその辺をお願いしたいのです。それに関してはわたくしの言う事など、それこそ聞く耳を一切持ってはくれないのだけれど、あなたから女子高生ならこれが普通だ。とそう言って貰えたら、それなりに身なりも整うのではないかしら。とちょっとそこには期待をしていますの」

 そう言いながら、可愛らしい絵の付いたカードを私にわたす。


「電子マネーはわかりますよね? 華さんの当座の生活費として七万円入れておきましたので、調度や身支度を揃えるのを手伝ってあげて下さい。それと机や本棚、ベッドなどの金額が大きなものや単純にかさばるものについては、必要があれば金曜までにリストの提出をお願いします。日曜に業者さんが搬入する様に、支払いも含めこちらで手配をしましょう。……以降、華さんの生活費についてはわたくしを通じて週に一回、一万円ずつ支給される予定です。余ったらそれは気にしないで、桜さんがおいしいものを食べるなり、お洋服を買う時の足しにするなりして下さい。――それと華さんにはもう一つ」

「は? ……な、なんでしょう」


「これを渡しておきます。……それこそ今時、女子高生なら大抵持っている事でしょう。今のところは完全に初期状態、わたくしの電話とメールのアドレス、それ以外なにも入っていません。使い方を桜さんやクラスの皆さんに聞きながら、二週間で使いこなしてみせなさい」


 華ちゃんがこわごわ出した手のひらの上にはやや大きめで最新機種のスマートフォン。

 お姉さんとしては普通とズレてるのが歯がゆい感じなんだろうな。

 端から見たら浮き世離れしてるのは明らかにあやめさんの方なんだけど。


「桜さんに見立てて貰って最低限、可愛らしいカバーくらい掛けておきなさい。二週間後にキチンと女子高生として学校に溶け込んでいるかどうか、電話の使用状況も含めて検査しますからそのつもりで。せっかく桜さんと行動を共にして居るのですから、その言動をよく見て学校や社会に溶け込めるように努力なさい。……それについては桜さんにもお給料を支給している以上、ある程度連帯責任を負って貰います。よろしいですね? ――あら。……お二人ともお返事を頂けないようですが今の話、今一度繰り返した方がよろしいのかしら?」


「いえ、……あの、努力します!」

「で、出来る限り協力します!」

「結構なお返事です。ではお二人とも、期待していますよ」

 だいたいスマホなんてものは普通、親に泣きついて買って貰うものだと思うんだけど。

 無理矢理最新機種を渡されて、さぁ使え! って言われるとか、なんの冗談?




「時に仁史君、ゴミ箱は何処でしょうか」

「あ、いや。ゴミくらい俺が捨てますよ!」

「そう言う訳にも行かないですわ。この先学校生活を送るにあたって、ゴミ箱の場所も知らないようでは行く行く困りましょう」


「じゃ、もうお昼休みも終わりだし、一緒に行きましょうか。ゴミは俺が待ちます!」

「ありがとう、お願い致します。ではお弁当箱はわたくしが。――そうそう、華さん?」

「はい」


「あと3分で予鈴です。他の皆さんの通行の邪魔にならないように結界を消しなさい」

 みんな無意識のうちにここを迂回している状態なんだもんな。凄く遠回りをして教室に戻る人だって居るかも知れない。この辺は素直に気の利く先輩、お姉さんだな。

「では参りましょう、仁史君。……桜さん、午後からも華さんをどうかよしなに。――では、また」

「はい、お姉様も。……バリアアウト」


 そして、その瞬間から周りが微妙にざわざわし始める。

 ……それはそうだ。

 だって結界がなくなったその時から噂のお嬢様転校生と仁史が、肩を並べて歩いてるのがモロ見えになっちゃったんだから。

 絶対わざとだなあやめさん。楽しんでやってるに違いない。



「それが何なのか自分で良く分からないのだけれど、私は仁史君に非道い事をした様な気がしてならないわ。次々と罪悪感がこみ上げてくるの。……ねぇ桜、これは何?」

「それはね。――あやめさんの悪ふざけに荷担したって、華ちゃんが無意識で気が付いてるんだと思うよ……」

 ホント、良い子だね。華ちゃんは……。




「キミがミス・サフランだね」

「……はい」


「カナダに居たので日常会話は出来ると聞いているが、実際にはどの程度イケるのかな? 俺よりも流ちょうとすればそれはそれでキミにお願いしたいことがあるのだが」


 ……来た。

 経歴詐称の出来が試される英語の時間が。

 ……それはそうだ、当然確認はするだろう。

 進学校とは言え姉妹校三校の中でももっとも偏差値が低いとされる我が校のこと、英語の授業はネイティブの先生は二年から。

 一年生時は日本人の英語教師。


 とは言え彼もアメリカの大学を卒業した強者ではある。

 ……なんでウチの学校で教師なんかしてるんだろう、勿体ない。


「直近のバンクーバーには半年ほどしか居ませんでしたが日常会話程度は何とか。それまではチェンマイ、ジュニアスクールの前半まではプノンペンで、基本的には全て日本語学校でしたので」

「わかった。それでは今日から少し様子を見て、授業内容そのほかで思うところがあったなら言ってくれるとこちらも助かる」

「わざわざありがとうございます」


 なるほど、そこまで言うなら英語が話せるというのは嘘では無いんだな。

 そして東南アジアの国名を出して煙に巻く。

 とうとうと、よどみも無く答えてるところを見ても事前に想定した問答の内。と言う事らしい。

 仕込んだのは当然あやめさんか、たいしたもんだ。


 それにカナダはともかく。

 東南アジアに関して言えば何処の国かは知らないが。

 屋台を荒らし回る少女として本当に居たんだろうし。



「では、教科書に入る前に。……ニュースで昨日の夜、大臣が辞任したニュースをやっていたがみんな、知ってるかな? ――ほぉ、意外と時事にも関心を持っているね、結構。で、今朝の新聞の見出し、彼の発言を取りだして一面になっていたんだが、それは知っているかな?」

 英語なのに時事ネタから入るの?

 この先生は元から結構変わってるんだけど、だから授業は飽きなくて助かる。



「その通り。豚に真珠、と新聞各紙でも一面でデカデカと見出しになってるんで帰ったらちょっと見てみると良い、で、一般的にこう言うのは慣用句というのだけれど英語でもこう言う、言葉だけ聞くと直接意味が取れないような言い回しはあって、“idiom”というんだな。スペルはこう」

 右隣で一生懸命に書き取りを始めた気配。

 まぁ基本的には板書を全部写すのだ、とはさっき話したばかりだけど。


「そして、豚に真珠。については面白いことに英語でも全く同じ言い回しが存在するんだ。聖書から来ている言葉で“cast pearls before swine”。直訳すれば豚に真珠を投げる、だな。意味もほぼ日本語と同じ。良いモノを価値の理解出来ない人に与えるな。と言う感じになる。ん? スペルか? こうなる。……“swine”が豚。少し古風な言い方になるかな?」


 先生が喋ったことで気になった事も書いたりするんだよ?

 確かにそれもさっき言った。なので右隣はほぼひらがなで何かをノートに書き付けているが。

 気になるのか? 豚……。


「いいかな? 実はこの言葉、語源が英語でそのまま日本語になったんだな。元々の日本の言い回しなら猫に小判、なんてのもある。いつも言うように勉強はただ覚えりゃ良い、と言うものでは無くて生活にシームレスにつながっているのだよ、……と言う俺からのありがたい話が終わったところで授業に入ろう。はい、では教科書は25ページかな? ではミス・竹田。……竹田さーん? ――ハイ、グッモーニン。ご飯のあとは眠くなるよな。では眠気覚ましもかねて5行目まで、ざっと読んで貰いたいんだけど、ちゃんと起きたか? じゃ、よだれを拭いたらまずは25ページを開いてくれ」



 高等数学も、古文も。通常の生活には一切関係なさそうに見えるけれど。

 実際にはそれを気が付かずに応用して生きているのかも知れないな。

 ふむ、やはり勉強は大事か。

 ……そして右隣の人の英語のノート。栄えある1ページ目に、


「ブタにしんじゅ cast pearls before swine」


 と書いてあるんだけど、それは今後、何処かで役に立つのか? 



「かえって動きやすくなるものなのね、何か楽になった気さえする。動かないように締め付けるだけなのかと思って居たわ。だからわたしには必要無いのだと」

 怒濤の学校初日を終え、更には少し遠回りしてお買い物を済ませて、やっとの事で晩ご飯の片付けまでたどり着いた。

 なんて濃い一日なんだろう。

 ……全く。この子は今までどうやって生きてきたんだ。

 常識が無いにも程がある。


「そうでしょ? キチンとサイズを測ってもらって、それで付ければかえって楽になるんだってば。初めからそう言ったじゃない。――制服はハンガーに掛けた? あとブラウスは、これから洗っちゃうからお洗濯のかごに入れておいてね?」

 お米をとぎながら答える。

 二人分って結構ボリュームあるなぁ。

 華ちゃんはやりたがったが、先ずは買い物袋の中身を全て開けるように言ってある。


「タグ切ってファッションショーが終わったら、それも一度洗うから一緒にかごに……、って、どうしたの? 聞いてる?」

「桜ほどでは無いにしろ、私のレベルでも邪魔にはなるのだなぁ、とか思って……」

「私もそんなに大きくないでしょうに」


「私は見た目その半分ちょっとしか無い」

「実はそんなに変わんなかったじゃ無い。サイズの読み方、教えたでしょ? なに? 私がデブだって言いたいの?」

 ――基本的に無駄なものが一切ついていない華ちゃんに言われても反論出来ないけど。


「も、もちろんそんな事は! ……昨日も言ったけれど、女の子らしくて桜がうらやましいと、そう思っているだけ……。ふ、ふふ……」

 ……笑ってくれるように成ったのは良いけれど、前途は多難だ。



 ちなみに彼女がブラを嫌っていた理由は締め付けられて苦しそうに“見えた”から。

 普段から見ていたのがあやめさんやアイリスさんなら、まぁむべなるかな。

 ブラウスのボタンとか、はじけ飛びそうだもの、特にアイリスさん。


 華ちゃん用に買ったお弁当箱を洗いながら思う。

 あまりにも規格外のものを毎日見てるから、気が付かないうちにコンプレックスになっちゃったんだな。

 だから結局、動きを規制されるのを嫌った彼女はスポーツブラばかり3つ購入した。

 でも、それってかえって苦しくない? 決して小さいとは言えないサイズなのだし。


 そしてボロボロの半分すり切れたスリップ。

 個人的にそれは一応好きで着ていたらしく、どうしても。と私を押し切る形でキャミを2着買った。

 しかも、元から持っていた物も絶対捨てないと言いきった。

 華ちゃん初めての自己主張。



 そして今、タグを切って下着と、そしてパジャマの試着中。

 と言う次第。


「それにパンツはお尻が全部隠れないと落ち着かない、確かに桜もそうだけれど。本当にみんなこんなのをはいているの? 確かに他のタイプものはあの店にはあまり売っていなかったけれど。……あ、そう言えば、桜。後ろがヒモのようになっているヤツも売っていたけれど、アレはどうやってはくものなの? おしりに挟まったら邪魔なようにも思えるけれど。普通のパンツの上からはくのかしら? ちょっと私には意味がわからないけれど……」


「……いろいろ言いたい事はあるけれど、取りあえず今は今日買ったヤツに慣れて頂戴。いろいろは、その後ね。――みんなの下着は見ようと思えば明日見られるから」

 ショーツの好みだって色々あるんだろうけど。

 何故超絶美少女が肌色で、完全にお尻が隠れて、お腹まであるパンツを好むのか。


 実用的なものを好む傾向のある彼女ではあるが、美少女女子高生が履いていて良いものでは無い。

 いずれにしろローライズブリーフさえ嫌がった彼女を、ごく普通の、いわゆる一般的な“パンティ”に誘導するのがどれだけ大変だったことか……。


「普段見えないし、見せてくれとも言えないけれど、他の人の下着にはとても興味が湧いたわ。桜は明日。と言ったけれど、どうやったら見られるの?」

「盗撮で捕まった変態のおっさんみたいだよ……。着替える時に下着くらい見えるでしょ。……あのさぁ、平均的な女子高生的な感じにしたいわけでしょ? 華ちゃんは一応潜入工作員なんだし。だったら明日、私のチョイスで間違ってなかったって思うはずだよ」


 本人の好みはもちろん優先してあげたいが、明日は体育の実習がある。

 着替えの時には下着を見られるのが確定してる以上、出来る限り普通にしておかなきゃいけない。

 悪目立ちするのは華ちゃんの性格を考えても避けてあげないと。

 ほっといたって目立つんだから。


 あやめさんのレベルまで。

 見た目だけで無く、性格的にもあやめさんのレベルまで突きぬけているというなら。

 その辺はどうにでも成るのだろうけどね。


 もし仮に。あやめさんの下着がひらひらフリルのいっぱい付いた、黒でセクシー系なランジェリー、おまけにスカートの中身はガーターベルトで、あの清楚な白いストッキングを吊っていたとしても。

 それはそれで周りもなんか納得しそうだ。少なくても私は納得する。

 そこまで行かなくたって、フリフリレースのオシャレなガーターリングなんかはホントに付けてそうだしね。



「それよりも! パジャマ、着てみた?」

「着るには着たのだけれど……」

「サイズはどう?」

「すこし大きい気がするけれど、桜はこれくらいで良いのだと言っていたよね?」


 ――どれどれ。手を拭いてエプロンを外しつつ茶の間に戻る。

 既にライトグリーンの地味ぃ、なパジャマを着て恥ずかしそうにしている華ちゃん。

 これも危うく大特価男女兼用スウェット上下セットMサイズ現品限り。になるところだった代物。

 それはそれでこの子の場合は似合っちゃうんだろうけど


「……わたしがこれを着ても、本当におかしくない?」

「可愛い! ホントに何着ても似合うんだね、うらやましいぃ!」

 そう言って昨日と同じく首に抱きついてみる。今日はリアクションがあった。

「ありがとう、桜がそう言ってくれるならきっと大丈夫なのね」


「だいたいパジャマ持ってないとか、今まで寝る時はどうしてたの? 裸とか?」

「事務所のソファとか、あと暑い日は床で寝ていたから。事務所で寝ていたから裸は無いけれど。お姉様に当初、下着だけで寝ていてだいぶ怒られたので普通に服は着ていたわ」

「そう言う生活してるのは映画に出てくるハードボイルドな探偵さんくらいだよ!」


 それだって、偶にはベッドで寝てるシーンはあるんだし。

「ソファで起き上がって、残り物の冷たいピザをコーヒーで流し込んで、服は着ているからそのままネクタイを締めて帽子をかぶって仕事へ。……私としては一切の無駄が無い効率的なスタイルだと思うのだけど」

「なんでそういう事だけは詳細に知ってるのよ!」


「それに、事務所の床、あの薄いビニールタイルのしたはもう、直接コンクリートだから、夏はタオルを敷いても冷たくて気持ちいいの」

 大事に持ってきたあのすり切れて薄くなったタオルはそれか!

 確かに寝る時も大事そうに握りしめていたけれど……。



 ここで唐突に、友達が飼っている犬の話を思い出す。

 夏になると涼しいところを探して家中を一日うろうろしている、と言っていた。

 そして寝る前にエアコンを止めると、お気に入りのタオルを咥えて玄関の三和土たたきに行くのだと……。



「今後は床で寝るの禁止!」

「それは、いつまで? 夏はやっぱりたまにコンクリートの……」

「もちろん一生っ!!」


 ……昨日、玄関で寝るって言ってたの。

 冗談でも何でも無くてそれはそれで本気だったんだ。

 そんな女子高生がどこに居るのよ、本当に……。


 一応裸で寝ないようには教えたようだけど、その辺はちゃんと全部教えてあげてよ! あやめさん……。

 その後、今日は彼女の方から恥ずかしげにお風呂に誘われた。

 どうやら私と二人で入るのをデフォとして認識したらしい。非常によろしい。



 そして寝る前。電気を消した後。

「今日は本当にありがとう。私一人では学校どころか、普通に生活する事さえ出来ないんだね。……アイリスやお姉様があなたから離れるな、と言った意味が良く分かった」

「いや、あのそこまで深い意味は無かったんじゃ無いのかな……、だって護衛って」


「それはもちろん。何があっても、桜は絶対に私が守るのだけれど。……あのね、学校を卒業したら絶対に恩返しをするから、絶対にだれかの役に立つような立派な人間になるから。――だから、せめてそれまでは。……お願い、桜。私の手を。離さないで……!」

 電気を消したあと、彼女は私の手を両手でぎゅっと握ってそう言った。


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