ジェラートの屋台
2016.09.27 本文の一部を変更。読みやすくなるように適宜空白行を挿入しました。
2017.09.03 本文の一部を変更。また読みやすくなるように適宜空白行を挿入する等、再度調整しました。
「おい桜、なんでわざわざ公園に回るんだよ。電車の時間が……」
「もう五時十三分の電車無理でしょ? 四十六分のあとは六時過ぎだもん、良いじゃん」
「良くない! 付いたあと、駅からウチまで何分かかると思ってる!」
「自転車で七分。――公園からバスで駅まで行ったら? 一三〇円だし」
私、神代 桜は同じクラスである南高 仁史を引っ張って新興住宅地うつくしヶ丘中心部にある公園へと向かっている。
「あのさ、公園のね、ジェラートの屋台がおいしいってみんなが」
「だからそういうのは女同士で行けば良いだろうが。なんで俺だよ」
「周りに帰宅部が仁史しか居ないから。それにもう夕方でしょ? 女の子の一人歩きは危険だし」
「お前こそバスに乗れよ!」
「知ってるでしょ? 私、バス代はお小遣いに含まれてないもの」
「おまえんちは学校徒歩五分だろうが! 寄り道をするな、買い食いをするな、メシは家で喰え! それで問題はほぼ全て解決するだろ!」
彼とは従兄弟同士で有り、本来は家もご近所、徒歩数分。
但し高校に入ってから環境は変わった。
彼は自宅から約四〇分をかけて電車通学、私は学校の近所にあるアパートを借りて貰った。
彼が帰りの足を心配しているのはそう言う理由だ。
駅が学校にほど近いところにある、と言うのも理由だろうな。
公園からだとなんだかんだで結構かかってしまう。必要以上に遠回りさせている、と言う事だ。
「だいたい、また変な噂が立ったらどうすんだよ」
「従兄弟同士でも結婚出来る、って周りのみんな全員が知ってるのもどうなんだろうね。……日本では3親等内の血族の結婚は禁じられています、でも従兄弟は4親等です。みたいな」
「……そう言う問題じゃない、少しは気にしろよ」
彼とは家の近い事もありほぼ兄妹のようにして育った。
双方の両親ともサービス業の共働き、と言う家庭であり。
だから普段の日もそうだが土日はお互いの兄妹ごと、ほぼ一緒に居ることが多かった。
彼は私の弟を実に可愛がっている。
そして彼のお姉さんからは買い物や映画に誘われるし、悪い事をすれば両親よりも強烈な雷を泣きながら落とすのはいつだって彼女。頼りがいのある優しい自慢のお姉ちゃんだ。
だから兄妹みたいな、とは言うものの、ある意味普通の兄妹よりも兄妹っぽいかも知れない。
もちろん目の前の仁史ともそうだ。
付きあってるとか言われたら、当然ノー。
でもさ、そんなの。
「噂したいヤツにはさせときゃ良いじゃ無い。……漫画なんかで良くあるパターン、幼なじみの男の子に“おっきくなったらお嫁さんになってあげるね”なんて。――私、一回でもアンタに言った事ある?」
「例え幼稚園の時に言われようが、そんなのはこっちから願い下げだっつーの!」
「あっそ」
幼稚園から始まって、家が近所であるので公立に通う以上は当然、小、中と同じ学校。過ぎるほどでは無いにしろ、仲が良いのは本当だからそう言う噂も普通に立つんだけどさ。
そんな話は気にする方がどうかしている。
実際はどうなのかなんて、本人に事情聴取するまでも無く見りゃあ分かる話じゃないか。と私は思う。
でも一方で彼には実害もでている。
中学の時、初めて告白した相手に振られた時、本人がはっきり言わないから具体的には知らないけれど、その理由にどうやら私の存在が含まれていたらしい。
断る理由なんて本人が傷つかない様なものを考えるに決まっている。
こう言うのを風評被害って言うんだよ……。
まぁ、それについては悪い事をしたな。
とは実は今でも思ってはいて、でもきっとその事について正面切ってごめんなさい。って言うのもさそ、れはそれでおかしい気がしてるんだよな。
だってそれについては、私個人が悪い部分はどう考えてもゼロなわけだし。
「あ、ほら。あそこ。屋台に使ってる車が珍しいヤツだって聞いたから仁史に見せたかったんだよ。ジェラート、おごってあげるから機嫌直してさ」
「カングーを改造して使ってるのか。確かに珍しいな」
「こんな遠くから分かるんだ、凄いね。……アレって外車なの? ハンドル右だけど」
「フランスのクルマだよ。――ジェラートか、姉ちゃんが好きそうだ」
「送ってあげるわけにもいかないし、写真くらいだよね」
「それはむしろ嫌みなんじゃないのか?」
お姉ちゃん、おいしそうな料理とかの写真、良く送ってくるんだけど。アレは嫌みだったのか……。
「少し寒い、かな?」
「季節にはまだ早い感じだよね、お店も閉めちゃったし」
噴水の前、ベンチに座ってジェラートを舐めるのは私達二人のみ。
まだ日があるのに公園内には他には誰も居ない。広い公園に二人きり、なんか違和感。
時間はまだ日暮れ少し前。
であるにもかかわらず、ジェラート屋さんは私達が品物を貰った直後にテントをたたみ始め、既に屋台から派手なクルマへと変貌を遂げていた。
エンジンがかかる。フランスの車でもエンジンの音は普通にエンジンだった。
「あ、ゴミ良いよ。袋あるから。……はい」
「なんかそういう所、その辺のおばちゃんみたいだよなお前」
「そこは良い奥さんになりそう、とか言うところじゃないの?」
「おばちゃんは大抵奥さんだから、そう言う意味では大きく間違ってはいないな。あとはアメ配ったりするんだろ?」
「う、いつもポッケにアメが入ってるんだけど……。あの、食べる?」
「ははは……、おばちゃんはおばちゃんでいいんじゃね?」
絶対に私を持ち上げない、という誓いでも立ててんのかコイツは。
「あのねぇ、だいたいゴミ袋もアメ玉も……。ん? なんだろ、コレ」
雰囲気、たたずまい、趣き。
……公園の中全体が急激におかしくなった感じだが、分けてもある一部だけが圧倒的におかしい。
他の表現が思いつかない、おかしい。
「ん? ……どうした、大丈夫か?」
「ねぇ、仁史。なんかあの辺、おかしくない?」
指をさしては見たものの、私が見たって何一つおかしくはない。
なのに歪んで歪んでいびつでおかしい。コレは、なんだろう。
公園を見渡す。周りには二人だけ、既にジェラート屋さんのクルマも無い。
そして他の部分はおかしくない。
ゴミを入れた袋をカバンにしまって立ち上がる。
実際に確かめてみておかしくなければ私が何かの病気なのかも知れない。
自分一人ならその辺の判断は出来ないが仁史が居る。
私が壊れてしまったのならきっと気づいてくれるはず。
そうならいったんアパートではなく、自宅までおくってもらわなくっちゃ。
そう思うくらいの圧倒的なおかしさ。ホントに、なんだこれ?
「なんにもおかしいとこなんか……。おい、足下怪しいぞ。――何処に行くんだよ!」
「確かめる。一緒に来て」
「なんだっつーんだよ、お前はホントに……」
彼の声にかぶって唐突に遠くの方から声が聞こえる。
《クロッカス、結界は本当に大丈夫なんだな》
《私の結界に何か問題でも?》
《あるから言ってんだ、学生が2名。退去しないで本結界に近づいてる。見つかったんじゃないか》
《あなたの人払いが効いていないのでは? ここは素通り出来てしまうの。気が付いても触れない。カッチングワンドで割ろうとしても触った瞬間粉微塵。気にしないで良いわ》
《いずれ早く捕縛した方が良い、急げ》
《お姉様の封印がなければとっくに終わってます! ――ちっ、野良の癖に!!》
男女二人分の幻聴、しかもこんなにハッキリ。
うん。本格的に終わったかな、私。
学校は長期でお休みするようになるんだろうか、だったらいっそ辞めてしまった方が良いのかも知れないな。
でも、まだおかしい所までたどり着いていない。もう少し。
「おい、どうしたんだよホント。おかしいぞ、おまえ。ほら、肩貸すから先ずはアパートに行こう」
「……大丈夫、自分で歩ける。せめてあそこまで」
再び指をさす。やっぱり何も無い。
「意味がわからねぇんだけどさ。とにかく、そこ迄行ったら諦めんのな?」
そう言うとこちらの意図は無視して仁史は私の右腕を持ち上げて自分の左肩へと回す。
だいぶ前屈みになっていたようだ。
そして仁史の肩を借りつつ7歩目を踏み出したとき。言いようも無い気持ち悪さが全身を包んだ。
「……ぶっ、――ぐ、おぇ、……げぇっ。がはっ、はぁ、うっ、ぶぅげぇぅ……」
「おい、大丈夫か! どうしたんだよ……!」
私は吐き気に襲われ、と言うか吐きながら地面に膝をつく。
「突破された! 結界内に侵入者!」
「この感覚はやはりそうなの……? どういう事!」
「お前が知らなきゃ誰がわかるんだよ! ……うつくしヶ丘の制服二名だ!」
「考えるのはあと! 取りあえず彼らの保護を最優先。流れ弾が当たらないように!」
「俺じゃ距離的に無理だ、気づいてねぇのか? ――お前の真後ろだぞっ!」
「ちっ!」
目の前には私と同じ制服を着た少女の後ろ姿。
そしてその向こう側、年の頃なら一〇代後半、大学生風の男性が一人対峙しており、更にその後ろにもう一人、彼女と話していた人が居る。
そちらは20代中盤か。
「お前の結界に侵入者? その二人か、良いだろう。俺の力を世に知らしめる時だ」
大学生風はそう言うと右手を高々と挙げる。
そしてその手の上には火が吹き上がり、徐々に丸くなっていく。
それを見ながらじりじりと位置を変えていた少女は彼が腕を振り下ろすと同時に、突如真横へと飛ぶが。
「……しまった、上っ!?」
「そうはいくか! 馬鹿め!」
「部外者を狙う!? 卑怯者!!」
まさに横っ飛びにジャンプした彼女の体が締めた空間を一瞬早くすり抜け火の玉はこちらへ向かう。と、横から仁史が飛び出す。
「莫迦っ!」
火の玉と人間の体がぶつかったとは思えない金属とぶつかってガラスが粉々に砕けたような形容しがたい音と共に一瞬周りが光であふれて見えなくなる。
……仁史っ!
だが次の瞬間、わたしの前で仁史は両手を顔の前で交差して立っていた。
「……っつう、おい桜。大丈夫だったか?」
「うん、私は何でも。……それより仁史っ!?」
「よかった、……貸し、一つ、…………な?」
仁史はそのままゆっくりと膝から崩れてうつぶせに倒れ込んだ。
何かの焦げる匂い。仁史の制服からは所どころ黒い煙が上がる。
いったい今のは何?
どうなったの?
と思うまもなく今度は猛烈に吐いて、その上自分の吐瀉物で手を滑らせてその上に転んだ。
もう出すものは胃袋ぐらいしか残っていないはずなのに、ますます激しくなる嘔吐。
いったい何が起こってるの?
……仁史は、私の体はいったいどうなったの?
「相殺された、……だと?」
「この私の目の前でよくも部外者に手を出してくれたわね。クラスレスの野良魔法使い風情がB+の私の顔に泥を塗るとは。……覚悟はある、と言うことで良いのね?」
「ファイヤボールを相殺しただろ! そいつだって魔法使い……」
「黙れ! 手加減していればいい気になってつけ上がる。絶対に許さない……! 魔力減衰封印解放! ひねり潰してやる!」
ピン!
彼女の制服の襟、ボランティアか何かのバッジだと思っていたものが彼女の言葉と共にはじけ飛び粉々になって、文字通りに虚空に消える。
「ちょっとまてクロッカス、本気は出さない話だったろ! 10%制限はどうした。……つーか、馬鹿野郎! 俺まで巻き込む気か!」
「20%くらいで押さえる、逃げろとは言わないけど距離は取って」
彼女の周りの空気が揺らぎ、まるで陽炎の中に立っているよう。
火を放った大学生の後ろに位置していた人は全力でその場から逃げ始める。
「何をしようが風属性のお前には、俺はどうにも出来んぞ! ファイヤウォール!」
「火は風で勢いづく。……確かに風対火では風は不利だけど、それは実力差が十倍強迄の話でしょ? それに私が水を使えないなんて。……誰が言ったの?」
彼女の胸の前にテニスボール位の水のかたまりが出来上がっていく。
「水は炎を消す。故に火が相手なら水が有利、……で、良かったかしら?」
「マルチエレメンタラーってヤツか……」
「野良のくせに良く知っているわね。水と火は使える程度でエレメンタラーとまでは行かないからダブルエレメンタラーってところ。――特に水はね、私は一番苦手なの。だから、相殺してみると良い。……はい、どうぞ」
大学生が展開した文字通りの炎の壁。
そこに水のボールがさして早くもないスピードで突入して。
……ズドォーン。と聞いたことがないような大音声と共に大爆発が起こる。
凄まじい轟音と共に火の壁は消し飛び、静かな公園の中に台風のような風が巻き起こる。
吹き飛ばされて着て居る服のあちこちにかぎ裂きを作り、ずぶ濡れになった大学生はそれでも四つん這いで這いずりながらその場を離れようとする。
「爆発とウォーターリッパーを正面から喰らってまだ動くつもりがあるの……。さぁ、今度はお待ちかねの風の魔法よ、無効化しなさい! 出来るものならねっ!」
彼女が手を降りあげる、空気のかたまりが倒れ込んだ学生風へと飛ぶ。
その彼が私達に投げつけたのと同じ火の玉を作った瞬間、彼の体を飛び越えるかと思われた空気のナイフはその火の玉へとカクン、と方向を変えて落ちる。
更に爆発。
「身の程を知りなさい。火のエレメンタラーなら、水蒸気爆発程度は制御出来て当然。それと炎使いなら無効化出来るはずの風魔法で何故爆発が起こったか考えてみた? どうせなにも考えられない頭なら要らないだろうし、今、この場で素っ首落としてさしあげるわ。イヤならせいぜい逃げなさい。それに私は本来、土のエレメンタラー。火と土は相性五分五分、どっちが力持ちかしら。……では、ごきげんよう」
そう言って彼女はあげていた手を軽く振り下ろす。
「ひぃ!」
二度の爆発で吹き飛ばされた大学生は仰向けにひっくり返って動けない。
彼に向かって飛んだ砂のブーメランは、途中に突然立ち上がった火の壁を何事も無く突破、そして今度もいきなり向きを変え彼の首を捉えた。
……様に見えたが、三日月の両の先端を地面に突き刺し、首を押さえただけで止まった。
「触ったら切れる。動かない事ね」
その、台詞の方がざくざく切れそうな彼女の言葉は多分届かなかっただろう。砂のブーメランが地面に刺さったところで大学生の動きは止まった。どうやら気絶してしまったようだ。
「大場さん……? 何処に行ったの? 早く捕縛して下さい」
「俺まで殺す気か! この大馬鹿野郎!」
「両方死なないように加減はしてます。――それに、野郎ではありません。私は女子です。……さて」
多分165は超えている背丈、整った目鼻立ち。
まだ残る爆風の余韻。その風にブレザーとスカートをなびかせながら少女がこちらを振り返る。
ショートにまとめたサンドベージュの髪、少し吊り目がちな大きな瞳。
とがった顎からごく自然で、かつ繊細なカーブが首から肩のラインを作り、そこから一筆書きで細い胴体、長い手足につながっていく。
制服の上からでもわかるくびれたウェスト、スカートから見える健康的な太ももと締まったふくらはぎ、やや色黒なところも含めて全体で見ても完璧なバランス。
これはもう。美少女以外、形容のしようが無い。
おっぱいは、大きさだけならもしかするとちょっとだけ私の勝ちかも知れないけれど。
でも、そこだけ勝っても全く意味は無い、とは自分でわかる。
何? この子、モデルとかアイドル的な何か?
でもどうしてウチの学校の制服を。しかも蝶ネクタイの色は私と同じ一年生。
……あんな子がいるなら、知らないわけがない!
「バリアアウト。――これで無線は通じるはず。報告を。まだ人払いは解かないでね」
彼女が無表情でパチン。と指を鳴らすと、そこら中のおかしい感じが霧消する。
いや、まだおかしな感じは残っているけど。強烈な、頭がどうにかなりそうな、あのおかしさは綺麗に無くなった。
「はいはい了解。――なぁ、クロッカス。彼氏の方は結界師じゃないか? あのファイアボールを正面から受けきった。威力だけならランクCはあったろ、あれ」
「もしそうならバリアマイトグレード2を超える、と言う事になるわ。それはそれで野良で居るなら大問題、……だけど」
その彼女は話しながら私に近づいてくる。
「それよりもっと問題なのは女の子の方だけれど、気がついていないの?」
……え、私?
「――私はクロッカス。あなた、名前は?」
「か、神代。一年B組の神代桜です」
「桜さん、ね。……よろしく」
「そのお嬢さんの何処が問題だクロッカス、記憶処理だけで良いんじゃ無いか?」
学生風を縛り上げながらチノパンにノータイでジャケットを羽織ったラフな服装の男性が、クロッカスと名乗った少女に尋ねる。
「……リリース」
彼女がそう呟くと砂の三日月は形を失い、学生風の男は砂まみれになる。
クロッカスと名乗った彼女は両膝をつく私に合わせてかがむ。
なんてきめの細かい肌。触ってみたくなるサラサラの髪。シャンプー、何使ってるんだろう。
吸い込まれそうな瞳は実は藍色で、ハーフなんだろうか……。
なんと言う完璧な美少女っぷり。近くで見ても一切破綻無し。
しかも今まで大立ち回りをしていたはずなのに、ここまで近いと良い匂いまで漂ってくる。
一方こちらは顔だけでなく体中ゲロまみれで、口の中まで酸っぱい感じ。
勝てる要素ゼロだなこれ……。
初めから彼女と容姿で何かを競おうという方が間違ってる。
と、彼女が真っ白でフリルのついたハンカチを差し出す。
「可愛い顔が台無し、――ううん、あげるからお洗濯とかそう言うのは気にしないで使って。……立てるようになったら口もゆすいだ方が良いよ。あとでリップも貸してあげる」
「ありがとう、……ございます」
「……おい、そのお嬢さんは」
「気にしないで。――本結界は今回は私の担当。術者本人ならわかる事。彼女は私の結界を完全に見破った上で魔方陣も杖も使わず、アイテム無し、小細工無し、生身で生きたまま何事も無く突破した。そもそもあなたの人払いからしてが、完全に無視されている。そうでしょう?」
何のことやら全く理解が出来ない。何の話してるの、この人達……
「その上、ファイアボールを喰らう直前。時空を歪めた」
「歪めた? しかもお前の結界の中で!?」
「事実だけ言えば私の結界の中で、更に空間を引き延ばしあまつさえ時間の経過までをも遅くした。だからその彼が力を相殺する時間的余裕が出来た。他人の結界内で事前シンクロも呪文の詠唱も無しに空間操作や時間制御が意図して出来るならそれはハイランカーで、かつエレメンタラーしかあり得ない、そんな人が野良魔法使いなんて、ありえます?」
「……見えたってことか?」
「見えたし、わかった。一応、時空のエレメンタラーでもある以上、事象の感知くらいは出来る。――そうでしょう? 桜さん。……今のところ危害を加えるつもりは全くないの。――だから正直に答えて。あなたは何処の人?」
私のことをなにか聞きたいんだろうと言う所まではわかった。それはわかったんだけど何をどう答えたものやら、さっぱりわからない。
「実法学院、うつくしヶ丘高等学校普通課一年です、……え? あの、う、うちは学校の近所のアパートで。……えーと、自宅は中聖市です」
同級生なのになんで敬語を使う、私……。
完全にビビってる。わかってる、わかってるけどコレはもうどうしようもない。
しかもなんか涙目になってるし。今は私がひっくり返ってる仁史を守らなきゃいけないのに。
……しっかりしろ、私!
「本当に野良……とか? ちなみにその男の子は誰? 桜さんの彼氏なの?」
ほんの少しだけ体をずらして。ほんの少しだけクロッカスの視線から仁史を隠す。
身を挺してまで守ってくれたのに私はコレで精一杯……。ホント、情けない。
「い、従兄弟。……です。同じく普通課一年B組、南高仁史です」
――ふぅ、怖がらなくて良いわ。桜さん。クロッカスはそう言うと立ち上がる。
「但し、状況から言ってどう考えても一度一緒に来て貰わなくてはいけないでしょうね。どう考えても野良なら良し、となる話ではないから。――状況終了報告はどうです?」
「あぁ、連絡はついた。5分で到着するそうだ」
「桜さん、私達と一緒に来て貰っても良いかしら? 二人共、換えの服だって必要でしょうし。ね? ――さて、迎えが来る前に水飲み場に行って簡単に服と顔を流した方が良いわね。立てる? 手を貸しましょう。……あぁ。別に汚くなんかない。それこそ洗えば済む話、でしょ? それに私だってお腹の中に同じものが入っているのだし。……さ、手を出して?」
完璧な美少女は、再度屈み込んで超至近距離でそう言うと、右手をこちらに差し出してにっこりと微笑んだ。顔が熱くなるのがわかる。
……女の子相手にどうなってんだ、私。
いずれにしろこの時の私には。
頷いて、汚れた右手で陶器のようなクロッカスの右手を掴む以外の選択肢はなかったのである。




