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九話 武器選択

 訓練場に向かう最中、自分の服装を見て気づいた。


「あ、やっべ、制服のまんまだ」


 しかも、血塗れでボロボロの。


「こりゃあ参ったな。引き返してアイリスに訓練着みたいなの借りてくるか……?」


 にしてもうっわ。俺この格好のまま寝てたのかようっわ。我ながら無いわー。

 引き返すか、それとも他に方法があるか。そこに立ち尽くして考えていると、ある男が近づいてきた。


「おうおう、どうした? なんか困ってるようだな」


 振り向くと、そこには長身で、何よりもデカイおっちゃんが立っていた。たっぷりと蓄えられた口髭と茶色い髪がよく似合っている。


「こんにちは。いえ、替えの服が無いことに今更ながら気付いて……。それにお金も無いんです。何かいい方法知りませんか?」

「なんだよ、そんなことか。いいぜ、ついてきな。なァに、時間はとらせねェよ」




 おっちゃんについていき、数分。


「ここは……」

「ナ、すげェもんだろ?」


 そこは色々なものが置いてある売店だった。武具や生活用品、服もあれば本もある。本当になんでも置いてあった。


「んま、そんなに種類はねェけどな。どんなのが良いんだ?」

「け、けど俺、お金無いですし……」

「んだよ、気にすんな。んなもん出世払いで十分さ」


 と、ニカッと笑う。

 あ、やべぇ、おっちゃん超カッケェ……


「うぅ、ありがとうございます。それでは、何か訓練着とか、動きやすいものをお願いします」

「訓練着な。ちょっと待ってな」


 僅か数十秒。帰ってきたおっちゃんの手には黒のウィンドブレーカーみたいなしゃかしゃか鳴るズボンとTシャツ、パーカーを持ってきてくれた。ってか、ここの服は地球のものに似ているな……。


「ホラよ。こいつを着てきな。更衣室ならそっちだ」

「ありがとうございますッ!」


 と、そこまで言ってから気づく。


「すいません、まだ名前を名乗っていませんでした。俺は深秋楓。楓が名前です。よろしくお願いします!」

「おう、俺はアルベルトだ。まあ、親しみを込めておっちゃんとでも呼んでくれや」


 それだけ言うと更衣室に入り着替えた。とても着心地がよく、動きやすい。訓練もやりやすそうだな。


「って、やばっ! すいません、もう訓練に行かないと! このお礼は今度必ず!」

「良いってことよ。んじゃな、訓練頑張れよ」


 はいっと叫び、俺は訓練場に向かって駆け出した。




 訓練場に転がり込む。そこは学校の武道場のような場所だった。木張りの床、それにテーブルとシンプルだが、武器は豊富に壁に立てかけられており、テーブルにも置かれている。鎧も武器ほどでは無いがいくつか並べられていた。


「すいません、お待たせしましたッ!」


 そしてそこには、


「やあ、待っていたよ。初めまして。君が魔王様が言っていた人族の勇者君だね。僕はウィリアム。ウィリアム・シュルツだよ。よろしく」


 超絶ハンサムなほんわか系美青年が立っていた。常に微笑みを浮かべていて、サラサラの金髪と、同じ色の犬耳がよく似合っている。年齢は俺より少し上、二十代前半くらいだろうか。

 この人が教官なのか。それにしても、すっごいイケメン。学校のアイドルどころか、国民的アイドルでも全くおかしくないな。あれか、顔面偏差値アンケートとったら大体、よくても中の上に落ち着く俺への当てつけか。


「話は聞いてるみたいだけど、俺が深秋楓です。これからよろしくお願いします」

「ああ、堅くならなくていいよ。さてと、早速始めようか」

「はい」


 話しながら促され、武器が置いてある机に向かう。見慣れたところだと、長剣や短剣、戦斧に槍、盾、弓矢などか。見慣れないものだと、大鎌やメイス、鞭、格闘用の爪などもある。長剣、短剣はそれぞれ多くの種類があり、年頃の男子としては少しウキウキしてしまう。長剣ではバスタードソード、レイピア、エストック、ファルシオン、それにあれは刀か? 短剣ではダガーやナイフはもちろん、マンゴーシュ、ソードブレイカー、ミセリコルデなんかもある。そのように種類だけで何十、数は数百もの武器が所狭しと並べられている。より取り見取りすぎるな。


「まずはじめに武器を選ぼうか。君は何か使いたい武器の目星とかついてる?」

「いえ、全く何も。武器についてもあまり知らないので、何をどう使うかすらよくわからないんです」

「そうなのかい? それじゃあどの武器が君に合うか、それから調べていこうか。好きな武器を手に取って、適当に振ってみてごらん」

「わ、わかりました……」


 うわ、刃物だよ。こわっ。ためしにバスタードソードを鞘から引き抜く。おっかなびっくり、おっかなびっくり……


「あ、ごめん言い忘れてた。その机に乗ってる武器類は全部刃を潰してあるからそんなに怖がらなくても大丈夫だよ」

「……ッ」


 恥ずかしい。赤くなった顔をごまかすようにバスタードソードを両手で体の正面に構える。両手にずっしりとくる重さと、命を奪う重く鈍い金属の質感に心を冷たくしながら幾度か振るう。バスタードソードって確か両手でも片手でもどっちでも使えるようになってる剣だったな。試しに片手でも振るう。


「う、おッ」


 片手だと当たり前ながらさらに重い。振るうたびに少しバランスを崩す。こんなんじゃ一太刀避けられてすぐにバッサリだ。この武器を十全に使いこなすのは大分大変そうだな……


「……別の武器を、試してみます」

「ああ、どうぞ」






 ――すべての武器を試し終えた俺は少し遅めの昼食をとる。どれだけ集中していたのだろうか、いつの間にかとっくに陽は傾き始めていた。弁当にとして食堂でお姉さま(おばちゃん)に貰ったサンドイッチをかじりながら思考の海に沈む。ウィリアムに言われたことも考慮しながら、どの武器が一番自分に合うのか。


『君はそれほど力があるタイプではないね。どちらかというと、避けたり受け流したりして|好機《チャンス

》をうかがい、一撃で急所を突くタイプだ』

『重く、一撃が強い武器だと君は自分の持ち味を殺してしまう。その上、重量に引きずられバランスを崩すことになる。あまり重い武器はお勧めできないな』

『君の素振りを見て気づいたんだけど、君は切り裂くよりはむしろ叩き切る、もしくは突き切り抜くという振り方をしている。刀やファルシオンは切り裂く武器だ。それ以外の物のほうがいいだろうね』


 もう一度、机に向かう。そして、先ほど振りやすく感じ、ウィリアムの助言にも合う剣を二振り、腰に佩く。目をつぶり、息を整え、ゆっくりとそれらを引き抜く。自然体のまま、それらを構え、思うように振りぬく。切り、薙ぎ、払う。突き、引き抜き、切り上げる。叩きつけ、打ち上げ、縫い付ける。そのように舞う。ただ、舞い踊る。

 ――一通り振り終えた後、それらをもう一度鞘にしまい、静かに目を開く。


「……武器は、それでいいのかい?」

「はい、これにします」

「本当にいいんだね? 二刀は難しいし、時間がないから別の戦い方を模索しなおすこともできない。それでも、本当に?」

「はい。なんでか、このスタイルが一番馴染むんです。これで、いきます」


 選んだ武器は形容がしにくかった。長剣の割には細い幅。しかし、レイピアほど細くはない。突くことと切ること、二つを組み合わせどちらにも使いやすく設計された諸刃の剣。刀身は一メートルと少し。全長は一メートルと三十センチほど。幅は約四センチ。重量は二振り合わせて三キロより少し重いくらい。そしてそれは複雑な曲線状の鍔を持つ柄(スウェプト・ヒルト)を持ち、敵の刃を絡め、折り取る。


「そうか。ならこれ以上は言わないよ。さあ、休憩はおしまいだ。少し時間がかかったけど訓練を始めようか」

「わかりました、改めてよろしくお願いします」


 俺たちは訓練場の中央まで移動し、三メートルほど離れてお互いを見合う。俺は刃引きされた双刃を引き抜く。一方でウィリアムは腰のバスタードソードを抜き、背負っていた盾を右手で持つ。


「右手で盾を持つんですか?」

「そうだよ。覚えていた方がいい。盾を利き手で持つのは重戦士や騎士の基本だ。どんな攻撃も盾で弾き、防ぎ、左の剣で切り裂く。ようするに、守ることに重きをおく戦い方になるんだ」

「なるほど」


 確かに、某有名狩りゲーも盾は右手で持っていた気がする。

 

「かかっておいで。こっちの剣も刃引きはされているし、当たったって死にはしない。怪我程度ならすぐ治せるしね。痛いくらいさ」

「そりゃ痛いですよね……ふう……」


 痛みくらいなら安いもんだと考えるべきだな。その程度の代償で生きるすべを学ぶことができるのだから。深呼吸をして、腹を決める。


「――シッ!」


 一息で距離を殺し、左の刃で切りかかった――






 ――結論から言うとめちゃくちゃ余裕であしらわれました。

 左の剣での一太刀目。それは彼が右手で持つ盾に防がれた。弾かれ、バランスを崩した俺に凶刃が襲いかかる。


「ッ!!」


 間一髪。すんでのところで膝を折り、身体を剣筋の下に潜り込ませる。その反動と左手で地面を突き飛ばした勢いを使い、限界まで振り絞られた右の剣で切り上げる。しかし、それは彼の返す刀で薙ぎ払われる。そして彼は薙いだ勢いそのままに、盾で俺の身体を叩きつける。吹き飛ばされて地面に倒れるも、すぐに立ち上がり、再度二刀で軽く切り付ける。それらはひょいと避けられ、またも刃が俺に迫る。軽く切りつけたおかげですぐに引き返せた左の剣で滑らせ、頭のすぐ上を通らせる。右で彼の胴を貫こうとする。盾で防がれ、右腕を切り付けられる。バキリと嫌な音が鳴ったが、痛みに歯を食いしばり繰り返し、繰り返し。

 切りつけ、弾かれ、切り上げ、避けられ、斬りつけられては傷が増える。舞い切り、流され、貫き、打ち落とされ、回し蹴られては血飛沫が舞う。切りつけられ、受け流せず、貫かれ、避けられず、薙ぎ振らわれては吹き飛ぶ。

 何をやっても柳に風。何をやられても間一髪。戦いにすらならずに、俺はぼろ雑巾のようになって床の上に転がっていた。対するウィリアムは汗一つ書かずに武器の手入れを始めていた。


「ぐ、が、ッはぁ……」

「はい、お疲れ様。今日のところはこんなもんでいいかな。筋は悪くない。武器を扱ったのが初めてとは思えないくらいに。ただ、それだけ。とくに守りがよくない。攻撃はまだ多少は両手の剣を組み合わせているけど、ほとんど守れずに切られたり、蹴られたりしていたからね。これから磨いてどこまで伸びるかはわからないけど、うん、まあがんばってね。君の努力次第だから」

「づッ、ぅ……は、はいッ!」


 気が付けば、太陽は地平線に落ちようとしていた。半身を隠した日輪が世界を茜色に染めていた。痛みを堪え立ち上がる。折れた右腕をだらんとぶら下げ、俺は二振りを机に戻そうとした。


「あ、いいよ、戻さなくて。その二本は君が持っていて。腰に佩くことになれるためにね」

「……わかりました、ありがとうございました」

「いえいえ。それより、僕がやったとはいえ、ボロボロだからはやく医務室・・・行ってきな」

「……りょうかいです」


 ふらふらとよろけながら、意識が朦朧とすらしてきた俺は執務室・・・に向かう。

 ……うおぉ、とんでもなくいってえし、めちゃくちゃ疲れた。訓練が厳しいものだって、辛いものだって、わかっていたはずなのに、もうすでに心が折れそう。いや、右腕はもう折れてるんだけどね。てへぺろ。

 ただ、絶対に死にたくないし、いつかやりたいことができた時に弱いからできないとか、守りたい人ができた時に弱いから守れないとかなったら、絶対に自分の過去を恨むからな。過ぎたるは猶及ばざるが如し、だ。そう思うと、なんだか元の世界での学力と似ているな……学力たりなくてなりたいものになれないとかよく聞く話だし。




 とかなんとか、疲れと痛みのせいかだらだらくだらないことを考えながら歩いていたら、いつの間にかアイリスの執務室についていた。


「アイリスぅ、へるぷみー」

「ああ、おかえりカエデ……ってこりゃまたこっぴどくやられたねえ。ウィリアム、手加減し忘れたのかな?」

「手加減ってし忘れるものなのか? まあ、いいか。悪いんだけど治してもらってもいいか?」

「あれ? 医務室の場所って教えてなかったっけ?」

「え、医務室とかあんの?」


 そういえば、さっきウィリアムがそんなことを言っていたような気がする。


「そりゃあるよ。あちゃあ、言い忘れてたか。まあ、今日のところはわたしが治すよ。こんどからはウィリアムに場所聞いてそっちに行ってね。わたしは別に回復系の魔術のプロフェッショナルではないし、魔術だって何度だって使えるわけじゃないんだから」

「そうだったな。魔力……だったか」

「そうそう。魔術は今度教えるから待っててね……まあ、キミの場合は魔術ではないと思うけど」

「魔術ではないって、どういうことだ?」

「ん、それも今度詳しく話すよ。それより、じっとしていてね」

「そうか、わかったよ」

「……聖なる水よ、治癒の祈りに導かれ、かの者を癒したまえ、『アクア・リバイブ』」


 身体が光に包まれ、ほんのり暖かく感じる。と、すでに傷はすべて癒えていた。


「……ん? 魔術は明日教えてくれるとか言ってなかったか?」

「うん、そのつもりだったんだけど、ね」


 と、アイリスは顔に苦笑を浮かべる。


「キミの今の服装見て気づいたんだけど、服とか生活必需品とか、何も買ってなかったなって。だから、明日それらを買いに行こうと思うんだ」

「ああ、なるほど。何から何までありがとう。けど、生活必需品はおっちゃんの購買で買えば良いんじゃないか?」

「本人も言ってたと思うけど、あそこっていろいろ売っているけど、それぞれの種類は少ないんだ。だから、街まで出かけようと思ってさ」

「生活できればそれで良いんじゃ……?」

「わかってない。キミは本当にわかってないな」


 あれ、流れ変わったな。

 半眼になったアイリスは俺を見つめる。


「結構な頻度でわたしと一緒に行動するんだからオシャレ(そういうの)に少しは気を使うとかないの? これでも魔王だから、洒落っ気の欠片もない服着てる人と外歩くと体裁がヤバいんだけど」

「お、そ、そうか。いや、すまんかった。そうだよな。アイリスって魔王だもんな。一番偉いんだもんな。それに俺もなんだかんだオシャレ興味あるんだよな。いやぁ、明日の買い物楽しみだナァ……」

「……」


 ジトッと睨んでやめない。


「あ、アハハ……」

「まあ、イイけど」


 た、助かった……。

 アイリスはニコッと頬を緩まる。


「てことで、明日は街まで出かけるからね。ふふっ、デートみたい。ちょっと楽しみだな」

「ああ、そ、そうだな……」


 あれか、アイリスは怒ると静かに淡々と攻めるタイプか。……できる限り怒らせないようにしよう。

 街に出るのは初めてだな。これは楽しみだ。


「とりあえず今日は早く寝てね。疲れているだろうし、やっぴりボロボロだったしね」

「ん、りょうかい。それじゃ、風呂にでも入ってくる。上がったら一緒に夕飯食おうぜ」

「いいね、それじゃわたしもお風呂行こうかな」

「お、そうか? んじゃ、一緒に行こう」

「準備おわったらそっちまで迎えに行くから待っててね」

「はいよー」


 アイリスの声を背に聞きながら、俺は執務室を出て自室へと向かった。

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