七話 正体
「――って感じのステータスだった」
「それはまた……すごいもんだね……」
アイリスに俺の見たものを説明すると、びっくりというか、しみじみというか、なんにせよゆっくりとそう呟いた。
「そっか、『影』よりも上の属性なんだ。……キミは本当にわたしを驚かせてくれるねぇ」
「……なんか、悪い」
少し呆れた、というような表情で半眼になって見つめてくるアイリスはふぅ、と軽く息を吐く。
「まあ、すごいステータスだし、文句なんてないんだけどさ……
それにしても、英明ノ瞳に属性支配か。どちらも聞いたことない……かな。聞いた限りでは、英明ノ瞳は言わずもがな、属性支配もだいぶいいギフトみたいだね。
英明ノ瞳で分析と情報収集、属性支配で直接戦闘とその他の応用か。極めればどちらもキミの武器になりそうだね」
「そうだな、それは本当に助かる。この世界はなんか、物騒な気がするしな」
ところで、と一言。
「キミは、どうする?」
「……どうする、とは?」
いや、わかっている。アイリスが何を言っているかなんて。わかってて、問い返した。
「わたしにはキミが必要って言ったよね。けれど、キミがここにいる、いなきゃいけない理由なんてない」
「……」
そう、俺にはここにいる理由がない。強いて言えば、他に行くところがないってことくらいだ。
話を聞いた限りではこの優しい『魔王』の力になりたいとも思う。だからここにとどまり協力したいとも思う。
けれど、俺は一度そうやって信じ、失敗している。だから、手伝うにしても、自分の目で真実を確かめたい。
「……悪い、まだ、決められない。アイリスが言ってることが正しいとしても、俺は自分で見てから決めたい」
「……そっか。じゃあ、見てくるといい。全てを確かめてから、決めるといい」
やはり優しく、俺に言う。
「けど、今すぐには行かせられない。しっかり自分を守る術を学んでからだね。それぐらいの面倒は見るからさ。」
「……ありがとう」
まだ決められずに、これから敵につくかもしれない俺のために、戦いの訓練をしてくれるという。
本当に、優しい人だ。
そして、アイリスは急に心配そうな顔になる。
「一年。それが人族が本格的に攻めてくるまでのタイムリミットだ。それまでにキミは戦える力をつけ、選択しなければならない。私たちとともに戦うか、人族につくか、どちらにも肩入れせずに自由に生きるか。……すまないけど、どれかを切り捨てる覚悟だけはしておいてくれ」
ああ、恩人にこんな顔させるわけにはいかないな。
俺は自分にできる限り、不敵に見えるように笑った
「……ああ、わかっているさ」
「……ぷっ」
いきなりとても愉快そうに笑いだす。
「え、ちょなんで笑う!?」
「いやだって、気づいてないの? ものすごくおかしなカオしてたよ」
「まじか……全力でカッコつけたのに……」
結構本気で落ち込みながら顔に手をやり空を仰ぐ。室内だから天井しか見えないが。
しょうがないなぁ、と苦笑交じりにアイリスが俺に手を伸ばす。
「ほら、改めてこれからよろしくね」
「……ああ、こちらこそ、よろしく頼むよ」
視線をアイリスに戻し、こちらも笑いながら差し出された手を握る。しっかりと、感謝の念が伝わるように。
いつの間にか周囲は暗闇に染まり、ここには窓から入る月明かりしか光源がない。俺は割り振ってもらった部屋のベッドで横になり、眼を閉じて思考の海におぼれる。
――明日から、一人で生きるための訓練を始めるわけだな。魔術についても、アイリスが折を見て教えてくれるって言ってたし。
――そういや、改めて考えると、もう帰れないんだよなぁ。やっぱりちょっと寂しいな。未練がないわけでもないし。希美には悪いことしたな。やっぱ怒ってるかな。
――この世界にはどんなものがあるんだろう。おいしいごはんとか、きれいな景色、感動する光景とかあったらいいな。
――なんにせよ、生きるために必死になんなきゃ、俺なんか簡単に死にそうだな。せめて、誰の役にも立たずに死ぬようなことになりたくないなぁ。
特に、理由があるわけではない。ただ、ふと窓の外が気になった。
外をのぞくとそこには、地球で見たものよりもよほど大きく、また蒼い月が空に穴をあけていた。
「嗚呼、月はどこでも輝くんだな。いや、ここは地球じゃないみたいだし、あれも厳密には月ではないのかな」
蒼銀に光り輝く月を眺め、一人。
「……あの月にも、兎っているんだろうかね。まんまるで、きれいなあれの上で、きっと餅つきしてるんだろうな。
――なあ、お前はどう思う?」
振り返り、言う。そこにはもちろん、誰もいない。
――否、月明かりに照らされた俺の、影がある。
それの頭部には、爛々と輝く二つの紅があった。
「俺をずっと見ていたのは、お前か?」
平面だからよくはわからない。けれど、それはうなずいたように見えた。
「やっぱり、そうか」
英明ノ瞳のおかげだろうか、この影を認識することができた。やっぱりステータスってのは偉大なんだな。
俺は静かにひざを折り、影に手を伸ばす。影ももちろん、同じように手を伸ばす。未知、不可思議に対する恐怖なんて、その時だけは微塵も感じなかった。
「お前は…………」
ゆっくりと、しかし確実に、二つの手は近づいていく。
そして、俺と影の手のひらが重なった。
刹那――
「うわっ……!」
激しい力の奔流が俺を、この部屋すべてを駆け巡る。カーテンは強くはためき、本は吹き飛び、グラスは甲高い音とともに割れ、中身をぶちまける。
そのエネルギーの波に耐え切れず、俺はついに、もう片方の手で顔を覆う。
「……っ!?」
腕で隠し、目を閉じたのに感じるほど、すさまじい光が目の前で荒れ狂う。まるで、一瞬のうちに太陽がこの場に現れたかのような、それほどまでの煌めき。
そして、それは唐突に止んだ。
影についていたはずの手にはいつの間にか、肌触りのいい滑らかなものが触れている。
俺は腕をどけ、ゆっくりと目を開いた。そこには――
「……カァーッ」
「……え」
少し、いや大分大きめの、影色、紅眼の鴉が、居た。
ごめんなさいっ!
忙しいのでこれからの更新は不定期になります。
ふとした拍子に覗いてくださるとうれしいです。
それでは、また次回!