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五話 執務室にて

「……え? えぇっ!?」

「ん? ああ、初めてだったかな? 大丈夫、今のは転移の魔術さ」


 あまりの光量に眼を閉じ、次に開くと俺と少女は何処かの執務室のようなところにいた。机と椅子、ソファにベッド。窓からは月明かりが漏れている。執務室にしてはやけに生活感あふれてるな。


「魔術……? だって、いま詠唱を……」

「人族たちには殆ど伝わってないんだけど、詠唱って、ようするに儀式だろう? もちろん、行動を儀式としてもいいわけさ。今の場合は指パッチンだね」


 執務席に座り、「座るところなかったね。まあ、ベッドにでも座ってよ」と俺に促しながらそう言う。俺は言われた通りベッドに腰掛ける。

促すってことはこの子の部屋だよな……うわ、緊張する。


 それにしても、なるほど、詠唱でなくても、儀式なら構わないのか。なら恐らく『魔法陣を描く』ことでも、それこそ、『魔術の行使』自体を儀式とすることでも魔術を扱えるかもしれないな……

 ってちょっとまてよ。


「人族はって言ったか? てことは貴女は……」

「そうだね、自己紹介がまだだった」


 少し乱れたブラウスの襟を正し、少女は仕切り直したかのように話しだす。指を一つ鳴らすと、少女の足元に魔法陣が浮かび、彼女は光に包まれる。光が収まると――


「わたしはラグナの王、アイリス・ヴァイス。みんなは魔王と呼ぶけどね。」


 ――頭に髪と同じ銀の狐耳をはやし、腰のあたりから銀色でふさふさの狐しっぽをはやした『魔王』アイリスが立っていた。


「で、ここは魔王城『アスタリスク』のわたしの執務室ってわけさ。……おどろいた?」


 にへらっと、アイリスが微笑みを浮かべる。


 ……ラグナの人ってのは想像ついたが、そこの王様ですか。……あ、アカン、もうダメだ。驚きと貧血とで意識が……


「なんじゃ、そりゃあ……」

「え、あ、ちょっと!?」


 俺はそのまま気を失い、ベッドに崩れ落ちた。








「う、ん……」


 身体の上に心地の良い重さを感じながら、俺はまどろむ。

 日の光が俺を照らし出す。これまだ六時とかだな……もうちょっと寝ようかな……

 身体の上の柔らかい重さをギュッと抱きしめて、もう一度目をつむる。


「にゃぁっ!? あ、あの、キミ? 出会って二日で抱きしめるなんてさすがにどうかと思うんだけど……」


 起きた。無言で目を開く。

 俺の体の上で寝ていたのだろうか、俺の腕の中にはアイリスがおさまっていた。

 なんこれ。ここどこ? あ、召喚されたんだっけか。で、なんで俺はこの子を抱きしめてんの?


 おぼろげに起きる直前のことを思い出す。そして、焦る。

 ……多分この子のこと抱き枕にしてたわ、俺。


「……ごめん、普通は失礼なことをしたって謝るべきなんだろうけど、一つ聞かせてくれ」

「なに?」

「いやな、勝手に人のベッドで寝た俺がとやかく言えたことじゃないだろうが……なんで同じベッドで寝てんの!? そこにソファあるだろ!?」

「だって、ベッドのほうが気持ちいいもん……」

「そういや、猫飼ってた友達が、寝てたらよくお腹の上に乗るとか言ってたな……」

「なに? わたし猫扱いなの? 狐なんだけど」

「悪い……ってか、狐扱いならいいのか」

「狐だもん。まあ、いいけどね。実際、寒いとあったかい所潜り込んじゃうから。……それよりも、いつまでわたしを抱きしめてるの?」

「おわッ、すまんッ」


 全力で腕からアイリスを開放する。抱き心地よかったなあ……って、そうじゃなくて!


「いや、ほんとすまなかった。寝ぼけていたとはいえ、失礼な真似を……昨日も話の途中に寝てしまったし」

「まあ、昨日のことは仕方ないからいいよ。あんなに傷だらけじゃあそりゃ疲れただろうし。今のも、寝ぼけていただけなんだよね?」

「ああ、当たり前だ。さすがにしらふでほぼ初対面の子を抱きしめたりなんかしない」

「じゃあ、いいよ。そんなことより、キミの話が聞きたいな」


 そういえば、聞きたいことばかり聞いて、自分のことなんか一切話していなかった。

 うわ、俺まだ自己紹介すらしてないじゃんか。一体何やってんだか……


「改めて、傷を治してくれてありがとう。俺は深秋楓。楓が名前で深秋が名字だ。よろしく頼む」

「そっか、カエデか。こちらこそよろしく頼むね、カエデ」


 花が咲くかのようにアイリスの顔に笑顔が浮かぶ。

 ……これでもアガルタに進行しているラグナの王なんだ。多少は警戒しておこう。俺だって人族だしな。


「それで、なんで俺のことを知っていたんだ?」

「ああ、そうだった。それの説明しなきゃね。それにはまず歴史からかな。

 二百年前、ラグナはアガルタに進行し、百五十年前に相互不可侵条約を結んだ。そして、今度は五十年前、アガルタが進行してきた。ラグナの民はみな力の限り戦った。しかし、どんどんと数を削られて、ついには十年前、先代魔王が殺された」


 もうすでにいくつか突っ込みどころがあるな……


「いいか?」

「うん? 質問かな?」

「ああ、エヴァリエの国王には二百年前からラグナに攻め込まれていると聞いたんだが」

「え? ううん、それはちがうよ。きっとカエデに自分たちが攻め込んでいるってことを知られたくなかったんじゃないかな。そしたらキミは王を非難するでしょう?」

「それは確かにそうだな。……魔王が死んだってのは? これも俺は致命傷を与えたとしか聞いていないんだが」

「それはこっちの隠蔽だね。魔王が死んだって気づかれたら、奴らはどれだけの犠牲を払ってでも攻め込んできただろうから。瀕死だとしても、魔王は強いからね。生きているとさえ思わせれば抑止力になる。そういうことだよ」

「なるほどな……話をさえぎってすまなかった。続けてくれ」


 歴史についてはまたあとで自分の目で確認するとしよう。アイリスに頼めばラグナの端まで飛んでくれるだろうし。


「それじゃあ、続けるよ。

 五年前、わたしに仕える占い師が、三日前、勇者が召喚されることを予言した。ただ、召喚されるのは勇者だけではないというんだ。何が召喚されるのか聞いてみたら、黒髪黒目の少年だという。それがカエデだね。その少年はなによりも黒いんだって。夜よりも、闇よりも。まるで、『影』のように。これでやっとその少年は仲間になってくれそうだとわかったから、迎えに行ったと、そういうわけさ。遅れてすまなかったね。」

「それは大丈夫だ。俺も三日寝込んでたらしいからな。……なぜ、影のようだと仲間になるんだ?」

「それは簡単、先代の属性がユニーク『影』だったからさ。それだけで、わたしにとっては信じるに値するんだ」


 ……よし、まずは信じよう。うそを言っているようには見えないし、違和感もない。

 最後に……


「……俺はエヴァリエのやつらに蔑まれ、嗤われ、裏切られた。そして、俺は国王あいつにいけにえにされそうになった。その時、儀式が失敗したんだ。どうしてそんなに都合がよくこんなことが起きたのか、わかるか?」

「だからあんなに傷だらけだったのか。……王城に結界を張っていたからね。召喚者に危害を加えようとすると阻害する結界を。それが発動したんじゃないかな」

「そうか……」


 この話を聞いている中で、そうではないかとは思っていた。

 やはり、助けてくれたのは貴女だったのか。

 状況を再認識した俺は深く、頭を下げる。


「ありがとう。貴女のおかげで俺は命を失わずに済んだ。心から礼を言う。本当に、ありがとう」

「……そうだね。キミを助けたのはわたし。だけど、助かろうと努力したのはキミ自身だよ。だから、気にしなくていい。わたしにもキミが必要だったしね」


 そんな優しい言葉に俺はうつむく。心の底から優しいその言葉は俺の中の疑心を、溶かしていく。

 この世界に来て初めてなんだ。多少目から汗が流れたとしてもしょうがないだろう。

 涙がこぼれる。けれど、嗚咽なんかあげてたまるか。恩人の前だ。精一杯強がってやる。

 そんな俺をアイリスは優しく抱きしめる。


「ふっ、うぅっ……出会って、二日で抱きしめるなんて、どうかしてるんじゃ、無かったのか……?」

「ふふっ、これは抱きしめているけど、慰めてもいるから仕方ないんだよ」

「……そうか。……うあぁっ……」


 ……どうやら、その優しい暖かさに精一杯の強がりまで溶かされてしまったらしい。

 俺はアイリスに受け止められて、静かに泣いた。








「そうだ、国王(ヤツ)が魔王に召喚の対になる魔法陣を奪われたとか言ってたんだが、これはどうなんだ?」


 すっかり落ち着き、話の続きを聞き始めた俺は問う。


「……エヴァリエの国王はほんとうにそんなことを言ってたのかい?」


 アイリスは一気に不機嫌になる。


「あ、ああ、言っていた。そういう反応するってことは嘘なのか?」

「嘘もなにも、最初から『送還の書』は存在していないよ。あると言われているけど、まだ見つけられていないからね」


 ……まあ、そうだよな。ないなんて言ったら都合悪いし、そもそも俺は戦うなんて言わなかったろうし。


「……ない物をあるといい、それを持つとわたしにけしかけたか。話を聞けば聞くほど、エヴァリエの王は悪いヤツだな」


 アイリスは怒りながら言う。


「やはり、ないか。俺は帰れないんだな」


 そう、自分に言いかける。

 ここで暮らすしかないんだ。危険だらけの、この世界で。

 わかっていたことだ。そんな都合よく帰る方法なんてないだろうってことなんか。自分で気づいたんだ。それくらいは理解している。

 俺は、この世界で生きる。たとえ、何が俺の邪魔をしようとも。

 その言葉がすっと心に染みることは無かった。けれど、覚悟はできた。それで十分だ。


「よし、ならこの世界で精一杯、生を謳歌するさ」

「……すまない。『魔』の『王』なんて言いながら、わたしにはキミを送り返すことが出来ない」

「それはアイリスのせいじゃない。それに、もう心は決まったしな」

「そうか……」


 申し訳なさそうに顔を伏せるアイリスに別の話題を振る。


「そういえば、俺のステータス、属性もギフトも無いんだが……そんなヤツが本当に必要なのか?」

「っ!? 今、キミはなんて言った? 属性もギフトも無いと、そう言ったのかい?」

「あ、ああ、確かにそう言ったぞ」


 うつむいていたアイリスは弾かれたようにこちらを見る。その目は信じられないとでも言うように、驚きの色で染まっていた。


「そんなはずはない。属性もギフトも無い?」


 思考の海にしばし沈む。

 やがて、何かがわかったのであろうアイリスは、こちらにその赤い瞳を向ける。


「……いや、そうか。それは、何で調べたんだい?」

「何でってそりゃあ……確か、視魂石とかいう宝具だったな」

「やはり視魂石か。……人族はまだそんな物を王城に置いているんだな。……まだ『魔眼』は見つかってないのか……?」


 緊張が解けたように、アイリスは笑い、その後一気に思考に陥る。

 顔を上げるとアイリスは口を開く。


「アスタリスクでは視魂石はもうだいぶ前に使われなくなったんだ。まあ、町ではまだ使われているんだけどね。

 これはここに残る記録なんだけど、昔、属性もギフトも無いって子がいたそうなんだ。その子も視魂石を使ったらしいんだけど、その子をアスタリスクにある青い視魂石で鑑定したら、属性もギフトもあったんだって。

 で、なんでわからなかったかなんだけど、その子はギフト『無眼(ノットアイズ)』っていうのを持っていたんだ。

 名前と、判明した後のその子の能力から判断すると、普通の視魂石でステータスが見えず、視覚以外の五感が第六感を含めとても上がると、そういうギフトみたいだね」

 

 と、いうことは……


「もしかしたら、俺もそれと似た、もしくは同じギフトを持ってるのかもしれないと、そういうことか……」

「だとしたら、ここの視魂石、『解魂の魔眼』でわかるかもしれない」

「頼む、それを使わせてくれ!」

「もちろんそのつもりだよ。さあ、行こうか」


 アイリスは立ち上がり、俺に手を伸ばす。


「『鑑定の間』へ……魔眼の元へ案内するよ」



 

 属性もギフトも無いと言ったな、あれは嘘だ!(白目)


 五話でした、お読みいただきありがとうございます!


 次回の更新は土曜日の午後八時の予定です。

 それでは、また次回!

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