四話 終わりと始まりの夜
正面には嘲笑を浮かべたクレアが立ち、その後ろには同じように嗤うエレーナ。ベラードだけは嗤わずにうつむいて立っているが、その瞳は前髪に隠れて俺からは見えない。周りはついに大声で罵詈雑言まで吐き出したお偉いさんたちに囲まれている。国王の顔色はここからではうかがえないが、肩が震えている。まさに、四面楚歌だな。
……落ち着け、ステイクールだ、俺。焦っても、憤っても、怖がっても、状況は変わらないんだ。ならば冷静に周りを分析し続けたほうがいい。
まず、なぜ笑われているか。これは簡単だ。俺のステータスが貧弱だからだろう。『使える』はず勇者に媚売ってたら、全く使えなくて手のひらを裏返したってところか。まあ、これはいい。ここまでクズだと思わなかったが、これはまだ納得できるからな。
問題は、これからのことだ。ここまで敵意をむき出しにするんだ、このまま城においてくれるはずがない。ここからはさらに注意深く周りの反応を窺うべきだな。
まずは……
「クレア!? 急にどうしたんだ、そんなこと言って!?」
焦ったように俺は言う。視線だけは周りを睥睨している。
「どうしたもこうしたもありません。もとからあなたへの感情なんてこんなものです。まさか、異世界に一人きりで呼び出されたところに優しくされたように感じてころっといってしまったんですか? ごめんなさいねえ、私はあなたみたいな価値のないガラクタになんて興味ないんですよお」
クレアはドロドロに濁り切った眼で、からからと嗤う。
まあ、予想通りっちゃ予想通りだな。……クズっぷりは上方修正しなきゃいけないみたいだが。
「国王! ステータスが低いくらいで何故こんなに嘲られなければいけないんですか!?」
「……しかしなあ、無しか。ギフトだけでなく、属性まで。そんなもの、城下の有象無象のほうがよっぽど使い道があるってものよのう。だがクレアよ、あれほど時間をかけて行った儀式の成果をそこの『操り人形』の影武者として殺すのはさすがに惜しいな。どうしたものか……」
国王は無視……と。おうおう、本格的に四面楚歌か。最後に……と。
「ベラード! どうしてずっとうつむいているんだ? お前も何か言ってくれよ!」
「……ふふ、ベラードはもう私の手中。何を言っても無駄ですわ」
ベラードではなく、エレーナから声が返ってくる。
「なんだと……どういうことだ!」
「そのままの意味ですわよ。ベラードはわたくしのギフト『傀儡騎士』により操り人形にしてありますわ。一晩中、眼で見ていなければいけないだけあって完璧な傀儡に仕上がりましたわ。ねえ、わたくしのお人形さん?」
「……はい、僕の命はエレーナ様のために……」
うつろな目をしたベラードは、それでもエレーナに忠誠を誓う。
なるほど、操り人形ってのはこういうことか。なんとも胸糞悪くなるな……
ふつふつと煮えたぎる腹の奥底の怒りを、理性で強引に押さえつける。今キレたらそこで俺にもう理性は戻らないだろう。そしたら本当におしまいだ。
それにしても、突破口が一つも見つからないな。はてさて、国王はどう出る?
――視線を感じた。周りを見渡すと、みなが俺を見ている。そりゃあ視線くらい感じるか。
やがて、国王はなにかを思いついたかのように楽しげな顔をして俺を見る。
「決めたぞ、そなたをいけにえにもう一度『勇者召喚の儀』を執り行おうではないか! そなたらを呼び出したときは五百のいけにえを用意しなければいけなかったが、そなたをいけにえにすれば三百人程度で済むだろうしな。次は使える勇者が呼び出されることを祈るのみだ。その時はまた任せたぞ、エレーナ」
「お任せあれ。どのような人物でも一晩で傀儡にして差し上げますわ」
さあっと血の気が引く。顔が真っ青になり、体が自然と震えだす。膝が笑い、体重を支えきれずに崩れ落ちる。いけにえ? それは俺を殺して捧げるってことか? 俺はまた死ぬのか? だめだ、死を想像するだけでとんでもない恐怖が俺を襲う。
……落ち着け、落ち着け。まだだ。まだ時間はある。確かにまずい、考えうる中でも最悪のパターンだ。しかも何にも解決策がないと来た。だけど、あきらめるな。失ったと思っていた命を取り戻すことができたんだ。こんなくだらないところで死んでたまるか。最後まであがき続けてやる。
「近衛兵、この者をひっとらえよ」
バンッとドアが開き、剣を持った騎士たちが入ってきた。騎士たちのうち二人が俺の腕をつかみ、強引に立たせる。
「……くそが、俺が使えていたところで今晩には洗脳していたんだろうが」
「当たり前だ。自分で動き回れる刃物を野放しになんてしておけるものか。さあ、近衛兵よ、こやつを連れ、地下まで向かうぞ。進め」
「「「はっ、了解しました、国王様」」」
俺は騎士に連れられ地下への道をまた下る。
ただ、下る。
――どのくらい石の階段を叩いたか。さっきならもうすでに『勇者召喚の間』についている程には下ったはずだ。
しかし、階段はまだ続く。
なんだ? どこに向かっている?
考える時間が長いことを吉と見るか、わからない恐怖を凶と見るか。
「おい、国王。どこに向かっている?」
「……」
無視ね。
「……っ?」
――まただ、また視線を感じる。騎士はこちらを一瞥もしないし、国王も前を向いている。俺を見る者の影なんて見当たりもしない。
「なんなんだ、いったい……?」
やがて、灯りと扉が見えてくる。それとともに鼻の奥にツンとくる鉄くさいにおいが周囲を覆う。
「ああ、ようやく着いたな。相も変わらずここは遠い。一人殺すためにこんなところまで来なくてはいけないなんてな。待たせたな、ここが『生贄の祭壇』だ」
国王は邪悪な顔で嗤う。……くそっ、着いちまったか。なんにも思いつかねぇ。
焦りが顔に出ていたのか、国王はさらに嗤う。
「くははっ、何を焦っておるのだ。いまさら、どうにもならん。時の流れに身をまかせることだな」
国王はそう言うと、刻印魔術を起動した。
ゆっくりと、だが、確実に扉が開く。
「行くぞ、中に入れ」
騎士に連れられ俺は中に入る。
灯りは微かにともる蝋燭の火のみだ。
地面には、赤い染料で描かれた直径五メートルくらいの魔法陣がある。
眼を、みひらく。動悸が、速くなる。……あれは、まずい。魔法陣なんか何一つわからないが、あれはまずい。においで分かる、あれは血液で描かれている。しかし、それだけではない。第六感ってやつか。耳元が煩いくらいに頭の中で警鐘がなる。それに、さっきから視界の端に赤黒い肉塊がチラチラと映る。あれは……いや、考えるのはよそう。
「さあ、そやつを魔法陣の中央に」
国王の命に従い、騎士は俺を中央に置く。騎士が魔法陣の範囲外に出るやいなや魔法陣の外周に一瞬揺らぎが走る。
「……うわっ!?」
そこから逃げようと走り始めたが、遅かった。魔法陣から出ようとすると内側に弾き飛ばされる。
だめだ、もう逃げられない。
「往生際が悪いな、素直に諦めろ。もう生きられんよ。儀式を始める、この部屋から出よ」
「「「はっ!!」」」
部屋には国王と俺の二人だけが残る。
俺は青白い顔で呆然とへたり込んでいた。……くそっ、くそっ! もうだめか、もうだめなのか。
「さあ、始めようか。神への祈りは済んだか?」
俺は眼を閉じ、手を組み、祈る。
頼む。誰でもいい。俺に出来ることならなんでもしよう。だから――
「情けない、こんなのが本当に勇者なのか。もうよい、消えろ。……いにしえの王よ、我が紋章に従いて、かの罪人に処罰を、そして、新たな英雄を呼び出す糧となせ。『換魂の秘術』」
魔法陣が光り輝く。力の奔流が俺を包み込む。
そして――
莫大な光を伴い、大きな爆発を起こした。
「ぐああああああぁっ!!」
国王の悲鳴が聞こえる。俺は爆発で吹き飛び、壁に叩きつけられた。
「うぐぅっ……」
なんだ? 秘術とやらは失敗したのか?
なんにせよ、魔法陣からも出ることができた。これ以上ここにいるのはまずい。痺れる左肩を押さえ、立ち上がる。
ドアが厚くてよかった。国王の悲鳴は外にまでは漏れてなさそうだ。騎士が入ってくる気配は無い。
眼を押さえて悶える国王を一瞥し、周りを見る。
…………っ!
見つけた!
今の爆発の所為だろうか、俺の近くにあった壁が吹き飛び、道が続いている。古そうだ、この部屋に古代からあったのだろう。薄暗いどころか、真っ暗だが、登り坂になっているし、地上に通じているはずだ。
俺はバランスを崩しながらその道に飛び込んだ。
……どれほど走っただろうか。幾本にも別れる道を左に右に走り回る。後ろからは喧騒が聞こえる。数百メートル程か、以外と距離を稼げたな。
少し安心したところで俺はふらつき、ドサッと倒れる。
なんでだ? バランスが取りづらい。
ふと自分の身体を見ると
……左側に腕がなかった。
「ううぅっ!?」
だめだ、いま叫んだら場所がバレる。いや、血痕がある時点で同じかもしれないが。痛みが麻痺して感じないのが唯一の救いか。
……ここで、倒れているよりも、逃げ続けなければ。
俺は立ち上がり、また走る。
――視線を感じる。
「また……か」
周りには、俺のほかに影すら無い。
「いや、考えるのは後だ。今は早く逃げないと……!」
「うそ、だろう……?」
背後約百メートル程まで近づかれた俺は遂に袋小路に迷い込んでしまった。上からの風が俺の青い顔をなでつけていく。……ん? 風……?
「い、いや、違う。上から空気が流れているってことは、上に出口があるってことか!」
希望を見つけた俺は暗闇の中で腕を使い、なにか登れるものを探す。
「……これは、梯子か」
見つけた梯子に右手をかけ、右腕と脚でよじ登る。
くそ、登りにくい……
残り三割というところでガシャガシャという音が聞こえた。下を見ると、騎士たちが登ってきている。
「まずっ!……うん?」
鎧を着たままだからか、登るスペースはとても遅い。左腕が無い俺と同じくらいのスピードだ。
「ハハッ、情けねぇな」
俺は遂に登りきり、頭で蓋をズラして開ける。
そこは夜の暗闇に包まれた、城下町の大通りだった。夜中だからだろうか、周りには人っ子一人いない。
「登ってきても開けられないように、蓋に重りかなんかしとくか」
近くにあった水入りの樽を脚で押して運び、三つほどマンホールのような蓋の上に置く。
「ふう、これでおそらく大丈夫だろう。……うおっと」
俺はそのまま倒れこむ。
「ああ、血が流れすぎたか。そりゃあ腕無いまま走ってたもんな。まだ血が止まったわけでもないのに、無理しすぎた……」
ここで寝てもいいかなぁっと甘い考えが脳裏をよぎるが、流石にここだと目立ちすぎる。んなことしたら明日には見つかっちまうもんな。
ふらつく身体をどうにか起こし、近くの小道に入り込む。
……そこには、俺より少し幼い少女が立っていた。
銀色の、腰まで届く髪が夜風にそよぐ。その陶器のような白い肌は人形のようだ。フリルのあるブラウスに胸に着いているピンクのリボン、黒いスカートとどれもがとても似合っている。右手の甲には空色の魔法陣が刻まれていた。
しかし、それらの何よりも、吸い込まれるような赤い瞳が印象的だった。
「ん? ああ、やっと見つけた。キミを探していたんだ」
俺は、動けない。
「って傷だらけじゃないか! 何があったのか、後でしっかり聞かせてね」
まだ、動けない。
「……どうかした? 青い顔なんてして。まあ、そんな大怪我すれば青くもなるか……」
呼吸すらも、心拍すらも止まってしまったかのような錯覚に陥る。
「……本当にどうしたんだい? わたしの顔に、何かついてる?」
俺は一つ、大きく息を吐く。……とんでもないな。
綺麗とか、そういう話では無い。一つ、次元の違うような、そう感じる。畏敬、とでも言うのだろうか。
改めて目の前の少女を見る。いつの間にか少女は目の前にいた。
「うーん、そうだね。とりあえず怪我を治しちゃおうか。……聖なる水よ、治癒の祈りに導かれ、かの者を癒したまえ、『アクア・リバイブ』」
優しい水色の光が俺を包む。心地よさに一瞬眼を閉じ、開いたときには身体中の傷が治っていた。……無くなっていた腕さえも。
「どう? 痛みはない? 腕に違和感は?」
「……いや、大丈夫だ。完璧に治っている」
……魔術ってのは凄いんだな。欠損ですらもこんなに簡単に治してしまえるのか。
それにしても何者だ? こんな人が、そこらの町娘なわけがない。少なくとも、クレアや国王なんかとは比べ物にならないくらい、王らしい。いや、奴らもとり繕ったらそれなりだったが……
なんにせよ、話を聞こう。人間違いだか知らないが、今のところ友好的だし、少し話して別の場所で寝るとしよう。怪我も治してくれたし、宿屋にでも泊まるか。……あ、金持ってねぇや。
「まず、怪我を治してくれてありがとう。しかし、すまない、俺は貴女を知らない。貴女は俺を知っているのか?」
「もちろん、知っているよ。そうだね、その辺りも後で説明するからさ、まずは移動しようか」
少女は手を上にあげ、指をならす。
「移動する? いったいどういう……?」
言うがいなや、足元に魔法陣が広がるのに気づく。
声を上げる間もなく俺は光に包まれた。
……ようやく、大通りの蓋が開く。蓋の上に乗っていた樽の水がその辺りのぶちまけられた。
大きな音を上げて騎士たちが地下から這い出してくる。
「くそっ、あいつどこ行きやがった」
「おい、こっちだ! こっちに血の跡が続いているぞ!」
「さっさと捕まえて、酒だぁ!」
「「「おおぉっ!!」」」
騎士たちは脇の小道に入っていった。
そこには――
「……おい、どういうことだ?」
――血痕以外、なにも残ってはいなかった。
銀髪って良いよね。
ということで、読んでいただきありがとうございました。
一日空けての更新でしたが、いかがでしたか?
次回の更新は水曜日の夜八時の予定です!
それでは、また次回!