天使の梯子 : Ⅵ デート前夜
朝、夢を見る間もないほどの睡眠から目覚めた和弥がデスクトップのモニターを確認すると、あかねからのメールを示すアイコンが浮かんでいた。触れると、あかねが設定したのであろうウサギのアバターから吹き出しが出てきて、
『クライアントへの報告をして、口座への入金を済ませました。そこで、先方から専属契約の依頼が来ているのですが、どうなされますか?ちなみに私も専属契約をしていますので、仕事の際はパートナーになると思いますが……
P.S. もし良かったら島の案内をします。明日はお店の定休日でしたよね?』
これを見て、和弥は小さく笑った。すぐに、
『専属契約の件お受けします。島の案内の件も、もしよろしければ』
と返す。すると、隣でリエがこめかみを抑え眉間にシワを寄せているのが見えた。気に触ったのかな、と心配してそちらを向くと、
「デート用の洋服、プランの検索を終えました!」
と晴れやかな顔で言うので、拍子抜けをしてしまう。
「デートではないんだけど…」
と反論すると、
「親しい男女二人で出掛けるのがデートではないんですか?」
とつぶらな瞳で問い返されてしまい、和弥は言葉に詰まってしまう。
「…もうそれでいいや」
「今日は通販で服を購入しましょう!」
若干走り気味のリエである。モニターからリエが行った検索結果による購入を始めた。何セットかをポチポチしだしたのを見かねた和弥は、ついていけなくなって、
「リエのも何着か買っとけよ」
と言って出ていこうとすると、
「…え?」
と小さくつぶやく声が聞こえて、振り向くと驚愕で目を見開いたリエがこちらを見ていた。
「いいのですか?…いえ、なにぶんコウヤはそのようなものに無頓着だったので…」
なるほどあの親父ならそうに違いない。急にリエが不憫に思えてきて、
「もちろんだ」
と鷹揚に頷くと、まるで神を見るような目で見られ、小っ恥ずかしくなってきて、
「程々にしとけよ」
とだけ言って逃げるように店舗の方に行って開店させた。
営業時間を終えて、振り返ってみるとこの仕事は案外暇ではないということに気づく。なにしろ売り物は百万や二百万円はくだらない自転車たちである。いくら最先端のテクノロジーが詰め込まれているからと言って、そうそう売れるわけがないと思っていたが、今日だけで二台も売れたし、武器に限っては十人ほど客が来た。だんだん商売になれてきた和弥は、リエに頼らずともできるようになってきて成長を一人実感していた。
その夜、リエが熱心に頼んでいた商品が飛行ドローンによって運ばれてきた。今流行りの、という代名詞がつきそうなものから少し大人びた服までかなり幅広いようだ。あまり派手ではないがそれでも見た目が気に入った服を明日来ていくことにする。りえに関していえば、チョイスが理恵に似ていて少しドキッとしたが、鏡の前で嬉しそうにクルクルと回っているのを見て、心が解れていく。
一方その日の朝、あかねはというとモニターの前でもんどり返って頭を抱えていた。
昨日は酔っていた。仕事が終わるとつい習慣で酒に手が出てしまったのである。
「こんなメールさしでがましすぎだよ…うぅ…」
と昨日の自分を恨むが、後の祭りというものだ。出来ることはやろう、と思い頭に鞭打ちインターネットを駆使してこの島の事や服装の事を調べ明日に備えた。
それぞれがそれぞれの想いを馳せて、日が暮れていく。