天使の梯子 : Ⅳ 初仕事、そして…
「じゃあ、さっき言ってなかった情報を聞かせてくれ」
と、リエに向き直る。リエは少し申し訳なさそうな顔をしてから、仕事の顔に切り替えて説明を始める。
「今夜の作戦開始は0800、任務は、榊コーポレーションの幹部、先島総悟からの依頼で、鳳有限会社の社長である、鳳海斗の暗殺です。」
と言いながら写真のデータを手からホログラムで表示した。そこには、大して取り柄のあるようには見えない中肉中背の男が映っていた。
「この人を殺せばいいんだね、でもちょっと待って、この鳳有限会社って榊コーポレーションの傘下の子会社じゃなかった?」
和弥はこの島の支配体制についての情報を先に見て覚えていたので指摘した。
「はい、確かに子会社ですが、裏でライバル企業に技術情報を横流ししていました。」
なるほど、内部粛清というわけか、と和弥は納得する。
「で、作戦の方はどうするの?」
「あかねから主な指針として、私が陽動をしている間に、忍び込んだ和弥が仕留める、という提案がなされていますが…」
「わかった、陽動は爆弾を使うの?」
「はい、ブラックアウト爆弾で建物内の電気を消し、音と光だけのプラスチック爆弾で警護の者をはずします。範囲を絞るので被害者の数は抑えられるでしょう」
8時ちょうど、全ての準備を整えて予め調べてあった排水口から侵入する。
「監視カメラと、警備ドローンは封じておきました」
とあかねからの通信が入った。
「了解、予定のルートに敵はいるか?」
「今のところ確認できません、その都度報告します」
あかねは見かけによらず優秀なようで、こちらの要求を先読みしていた。少し感心してから、少しだけあかねの顔を思い浮かべてしまう。初対面では平然としていたが、内心では球審がホームランを告げていた。--いかん、いかん、と雑念を断ち切る。人間は概して、集中をしようとすればするほど意識が逸脱してしまうものである。和弥もその例に漏れなかったが、すぐに切り替えて気を引き締めた。
一方その頃、あかねも平静を保っているように見えて、内心では心臓の音がマイクに拾われないか冷や冷やしていた。
そもそも彼女はハッカーという肩書きを裏切らず、真性の引きこもりであった。これまで顔を合わせた仕事仲間といえば、先日であったユウくらいのものであった。
ところが、メールの返信が来ないことで、仕事が滞ることを恐れたあかねが、コウヤに会いに行こうと一念発起したのがつい先日。
それから、異性と会うのだから流石に野暮ったい服も、と普段はしない気を回し、通販サイトでレビューだけを頼りに服を探したのだった。
そこで出会ったのが和弥である。すこぶる緊張していたが、和弥の持つ、ある種独特の雰囲気のおかげか、会話が成立したのだった。
そのことに彼女は衝撃を受け、それから密かに和弥のことが頭から離れないのであった。
それぞれの密かな、まるで初々しいカップルの指を触れ合った時にするような想いが、今後とんでもない事件を起こしていくのは、両者の知り得ぬところである。