天使の梯子: Ⅰ 機械仕掛けの少女
「貴方は綿貫和弥ですか?」
と言った彼女に呆然としながらも唇から声を絞り出した。
「………理恵?」
和弥の脳内に、一年前の、六月に亡くなった妹との記憶が痛烈にフラッシュバックする。その答えになっていない疑問に、その彼女は律儀に返事をする。
「いいえ、綿貫理恵さんをモデルにしただけで本人ではありませんよ?言うならば、人工知能搭載アンドロイドといったところでしょうか?ところで、貴方は綿貫和弥さんでよろしいですか?」
と和弥の理解出来ない言葉をスラスラと言い終える。
「うん、僕は綿貫和弥で間違いないよ。」
理解出来ないながらも、和弥は持ち前の適応力をフル活用して現状を受け入れた。
「そうすると、君は理恵の姿をしたロボットなんだね?」
「はい、加えていうなら、私の元パートナーの綿貫鋼弥からあなたの補佐をするように、とも言われています。」
「……補佐?」
「ええ、組織に入って、殺し屋として働くのでしょう?」
「殺し屋?………あぁ、仕事か。」
憎たらしい親戚の顔が脳裏に浮かび、この島での高待遇のからくりを理解した。流石にそこまで危険なものだとは知らずに、首を縦に振ってしまった自分を恨むが、時既に遅し、である。
「で、君は補佐をするって言ったけど何が出来るんだい?」
過去は振り返らない主義の和弥は、現状を把握しようとする。
「そうですね、戦闘に特化した機体ですので、殺し屋の仕事は私がこなせます。ただ、何かを推測したりするのは苦手ですので命令をください、あと、リエで構いませんよ、鋼弥もそう呼んでました。」
「分かった、僕も和弥で構わないよ、そっちの仕事の話は一旦置いといて、自転車の商売のことなんだけど…なにか聞いてないかな?」
「あのロードバイクですか、値段が書いてありませんでしたか?」
「いや、売ることは出来るけど、直したり仕入れたりするのはできないよ?」
最もな疑問を和弥がすると、リエは、鷹揚に頷く。
「その点は大丈夫です。鋼弥にしっかり叩き込まれましたから、仕入れも、榊コーポレーションの軍事開発の副産物ですので最新のものは自動的に入荷されます。資本は必要ありませんし、売れた値段の7割を会社に収めれば、残りの3割は給料として支払われます。」
いうなれば直営店ということか、と和弥は一人得心した。
「じゃあ、明日から営業は出来るんだね?」
と少し安心しながら聞くと、
「……ええ、出来ますよ。ただ……いえ何でもありません」
リエが歯切れの悪い口調で言った。和弥は気になったので疑問を投げかけようとすると、
「お、お腹がへりましたよね!美味しい店を知っているんです。食べに行きませんか?」
と言われ、唐突に空腹を意識したので、リエの計略どおりまんまとウヤムヤにされてしまったのだった。
まあ、その歯切れの悪さの理由は、翌日には、あきらかになってしまうのだが……。