プロローグ
ここは人工島「榊」の上にある、軍事企業城下「榊市」である。日本は平和の象徴であった、憲法を全面的に改正したことで他国と軍事対立をしたために軍事産業が発達し、各事業から転換してきた様々な企業が、互いにしのぎを削っていた。その中でも取り分け力を持っている「榊コーポレーション」のお膝元として作られた島がこの榊である。
綿貫和弥はこの島にある事情から引越してきて父 鋼弥の跡を継ぐことになった大学生である。父はつい1ヵ月前に亡くなって、その後継人として和弥がこの島に来たのだった。親戚から強引とも呼べる手段で島に連れ戻された和弥は、ある条件の元でこの榊市を実質統括している企業 榊コーポレーションの社員となることが決定していた。ある条件というのは、父の跡を継ぐことであり、父が生前営んでいた、ロードバイクショップを経営することになっている。
だが、その親戚というのが一癖も二癖もあるやつでたで、店を継ぐだけという条件で日本、いや世界の企業とも肩を並べるこの会社の社員と同程度、いやそれ以上の待遇で雇われるわけがない、という極めて現実的な不安に襲われている和弥はため息をついて覚悟をする。
必要最低限の荷物を詰めたキャリーバッグを引いて、飛行機から降りると、地図を見ながら店までたどり着く。木を基調とした、外目からでもなにか惹かれるような雰囲気を持つ店である。店には、『店主の都合で8月29日まで休業します』と書いてある。
8月29日が明日の日付であることに気付いた和弥は、今日一番のため息をついた。何もかも仕組まれているようで気味が悪い。
少し重めのドアを貰っておいた鍵で開けると、そこには、洗練されたロードバイクたちが、ゆったりと置かれていた。ふと、店の奥に目をやるとカウンターがあり、その裏に扉があった。居住スペースへの扉であるようで開けると廊下の脇に階段があった。よく見ると階段下に扉がある。物置かな、と開けようとすると
鍵がかかっていた。その時、父が島へ来る直前に渡してきた、鍵の存在を思い出した。カバンの中に入ってるかもしれないと、思って探してみる。案の定、入っていた鍵を見て、いよいよ手の上で転がされているように思えてきたので、扉を開けるのをためらったが、好奇心には勝てず鍵を鍵穴に差し込んだ。
扉は待っていたかのように開くと、和弥はその向こうへ誘われるように、その先の階段へと足を踏み入れた。無骨なコンクリートの階段を下りていくと、その先にも扉が、いやむしろ金庫のような物が目前に現れた。横には何やらセキリュリティー装置と思われる物があり、突然
「指紋認証をしてください」
という機械独特の声がした。和弥は少し驚いたが指紋を装置に当ててみる。
何故か、いやこれは最早必然でしかないのかもしれないが、重厚な音を立てて扉は開いていく…。
和弥は一瞬の後、敵意を感じて身構えた。暗闇に目が慣れ向こうを伺うと少女が尋常ならざる敵意を剥き出しにしている。
唐突に、敵意を消し頓狂な声で彼女はのたまった。 「貴方は綿貫和弥ですか?」