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守様ー妖怪の森を継ぐもの―   作者: 天城 光凪
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第六話 選択

『まったく、おまえは馬鹿だね。俺は、ここだ。ふん、なかなか悪くない身体だな。さて、そいつは、善でも悪でもない主人の命令に忠実で、使い捨てのあわれな下僕の成れの果てさ』


 ハクの言葉にぴくりと悠姫が反応する。イズナは、ハクに睥睨され格の違いを感じたのか、小さい体をさらに小さくしている。


「藤沢の身体を乗っ取ったのかハク」


『人聞きが悪いね。まったく。いいかい、もともと俺は護法童子の一人だ。わかるか、この意味』


「……」



 護法としての天狗たちは、その所属の社や寺を守っていた。ハクの場合は、あの森だ。護法は、これを使役している人のために、しばしば第三者に憑くものだ。代々、守様が使役する役を担っている。


『ふん。おやまぁ、姫の血を吸って随分とまあデカくなったじゃないか』


「え、これで大きいのですか。ハクレン様」


『もともと、三センチくらいの大きさしかないからね』


 三センチって、マッチ入れに余裕で入りそうだ。


『かつてイズナ使いというものがいてね。彼らは、イズナに「自分の元へ戻ってくるな」、「帰ってくるではない」なんて言われて、この子みたいのは素直にそれに従って、そして最後に体から払われる。でも帰れないから、別のものに憑く、そして払われる。その繰り返しさ。この子は、繁栄をもたらしもするが一時的なものだ。今回の事件、シイ婆さんから聞いたよ。行き場を失ったイズナが生き血を吸うために旋風に乗って人を襲ったのだろう。さて、鴇。おまえはどうする』


 行き場を失った妖の成れの果て。解放ではなく、追放。帰る場所がない。居場所がないそんな妖。それはどこか、彼女に似ている。


「鴇守様」


「もう鴇くんって呼んでくれないの? 悠ちゃん」


「ちゃん付けは止めてください。鴇くん。お願いがあります。この子を迎えてはくれませんか。ハクレン様、この子は、悪いものではないのですよね。主によってその性質を左右されるのですよね」


 一番けがを負ったはずの悠姫がイズナの命を長らえさせることを願う。そこには、少なからず同情の念が入っているのだろう。悠姫は、自分とイズナを重ねたのだ。


『そうだね。大方そいつは、自分の存在が消えていくのに耐えられず、最期の悪あがきのつもりだったのだろう。とっくの昔に主は死んでいるというのにね』


 ハクが、目線のみで「どうするのかい」と尋ねてくる。正直、悠姫に傷を負わせたことは腹立たしい。悠姫以外にも多くの人がけがをしている。簡単に許していては森の秩序は守れない。それでもやり直しのチャンスは必要だ。


「いいよ。この子を守り人として森へ入れることを許可しよう。ハク、頼んでいいか」


『ふん、一人増えたくらい変わらないよ。引き受けよう。鴇、姫の怪我に効く薬を作って置いてやるから、後で取りにおいで。そろそろこやつの身体を返すよ。意外と頑丈で驚いたよ』


「あぁ。たのむよ。あとで、森へ行く」


 ハクが一つ頷くと藤沢の身体から妖気と神気が混ざり合ったハクの気配が遠のいていく。ぐらりと傾く藤沢の身体を支え、そっと地面に座らせる。


「鴇くん、ありがとうございます。この子は私です。私がたどっていたかもしれない道です。この子は、大好きな人に認めてもらいた私です。この子は、頑張ったのに、いらないって言われてしまったのですね」


「悠ちゃん?」


 悲しく目を赤くさせながら、ぐっと声を詰まらせながらも魂を絞り出すように言葉を吐き出し続ける悠姫に、言葉がうまく出てこない。


「私は、誰かに認められたい。その誰かが、ずっとわからなかった。悠姫として一族のものにただ漠然と認めてもらいたいのではなくて、守様に臣としての在り方を認めてもらいたいわけではなくて、私はたぶんずっと自分の心から目をそらしてきたんですね。私は、自分の努力を認めてもらいたかった。いくら、テストでいい点を取っても、部活で大会に出ても……」


 ぽつりぽつりと流れる水滴が灰色の地面を跳ねる。生まれたときから与えられた役目。鴇守は、森下という本家に生まれて「守様」であることを求められて、「守様」でさえあればかまわなかった。だけど、分家の「悠姫」は違う。ただ、「守様」に選ばれた鴇守の次に生まれた存在だから、彼に使える女の臣下として選ばれた。普通の家に生まれた彼女は「悠姫」であることと、「普通の女の子」が親に求められるそういったものも求められ続けた。親子の間にできた溝は年々深まり、悠姫を苦しめてきた。


「父は同じことをした妹は褒めるのに、私のことを疑いました。術のことをよく知らない人ですからズルを疑われる。そんなことするわけないのに、神様や仏様の力を借りられなくなるよなまねしないのに……母は頑張りを褒めてくれますけど、でもやっぱり満たされないんです」


 悠姫は傷だらけの両手で顔を覆う。不動金縛りの術が解けたイズナは逃げずにそこにいる。すりすりと悠姫に身を寄せる。鴇守は何も言わずにただ、悠姫の胸の内に耳を傾ける。


「私は、本当はずっと悠姫である私もただの悠姫も両親に、家族に認めてもらいたかったんですね」


 幾重にも防壁を張って目隠ししていた心の内をさらけ出す。伝えなければ、口にしなければ、言葉にしなければ、何も伝わらない。どれだけそばにいようが、相手の胸の内はわからない。本音と建て前。本当に、なんて厄介な文化なのだろう。どれだけそばにいても、相手のことを本当に理解することなんてできないし、理解してもらうこともできない。


「僕も、役目の事では随分と悩んだ。だけど、やっぱりこの道を捨てられなかった。だから僕は自分の意思で、守様であることを選んだ」


 悠姫は、いったいこの先どういう人生の選択をするのだろう。鴇守も今は「守様」である道を選んだが、この先ほかの道を選ぶかもしれない。先の選択もその結果も誰にもわからない。未来は無数に存在しているのだ。神の回すサイコロのように狙ったものはなかなか出せないのだ。瞼を伏せる。甲高い音とともに回送列車が風を切って通り過ぎていく。どきんどきんと動悸が打つ気がする。


「悠姫は、これからお役目どうしたい?」


 些か張った声で、尋ねる。


「私は……役目を降ります」


 覚悟を決めたという風にハッキリと悠姫は言った。その声には、相手の抗弁を許さぬ響きがあった。


次回最終話。

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