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守様ー妖怪の森を継ぐもの―   作者: 天城 光凪
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第二話 遭遇

途中で視点が変わります。ご注意ください。

「確かに、一人に悪いことすべてなすりつけてしまえば、その罪悪感や主導者的立場の人の言葉で、偽物だけど強い団結を起こしますからね」


 脳裏に浮かぶのは、鴇守の学校でもよく見るいじめの光景。昔のように直接的にやらない分、じわじわと真綿で絞め殺すように陰湿だ。今の子供は狡猾で、証拠を残さない。いや、それは鴇守の回りだけなのかもしれない。もっと都会の方には、フィクションに描かれるようないじめ、それ以上のものが怒っているのかもしれない。学校という大人の目も社会の目も、法の目も届きにくい閉鎖された箱庭で、社会に出たら法で裁かれて当然のことを、平気でやる残酷性が満ちている。


「そうさな、偉い人、普通の人、みんな互いが互いに少なくない影響を与え合っている。それに気づく場合も、気づかない場合もあるけれど、だけどたしかにあるのさ」


 もし、本当にそうだとするならあいつにも鴇守はなんらかの影響を与えられるのだろうか。ふと怖くなる。望んでいないうちに、誰かに変化を与えているのかもしれない、誰かに好意や悪意を持たれている可能性に、ぞくりとしたものが背中に走る。


「僕もかな?」

「おまえさんならなおさらだ。おまえさんも知っているだろう? この森でその名を冠するもの影響力」

「……あ、うん」


 名前のことをとやかく言われるのはとにかく居心地が悪い。鴇守が望んで鴇守という名前になったわけではないのだ。生まれる家も、生まれる順番も、生まれる場所も、年も選べないのだ。


「なんか、今日はみんなにいろんなこと諭されている気がする。僕、そんなにふらふらしてる?」


 だけど、鴇守は同時に思う。出自なんてものは、ゲームで言う初期アイテムみたいなものなのだ。その先どう生きるか、道は無数に存在するのだ。ノーマルエンド、ハッピーエンド、バッドエンドどれを迎えるかなんていうのは、ひとつひとつの選択しによって変わっていくのだ。そして、一度選んだ選択は後々に影響を与えていく。

 ひらひらと音もたてずに散っていく紅葉を見上げながら、同じだけど違う立場にある彼女のことを想う。


「おまえさんが細っこいから、風でひょいと飛ばされてしまいかねんとハクレン様も心配しておられるのさ。人は、わしらをおいて刻々と変わりゆく。わしらはな、置いていかれてばかりなのさ。そうそう、本題を忘れておった。近ごろおまえさんの学校のある町がちぃと血なまぐさいことになっているぞ。妖物の中には、血と強い念に弱いものんがあるさかい、守様頼みます」


「それでは」と別れをつげ、姿が掻き消える。狐に騙されたような気分になるが実際、シイばあさんが化けたぬきであることを考えると似たようなものなのかもしれない。くしゅ、かしゃと乾いた落ち葉を踏み壊しながら、人一人分の獣道を抜ける。鬘の付いた天狗の面を慣れた手つきで、嵌めると視野がいつもより狭くなる。


 月が顔を見せ始める紺の空を見上げる。そろそろ夕飯の時間だ。あまり待たせるのはよくないし、シイばあさんの言っていた事件のことを思うと祖母に心配をかけるだろう。鴇守は速足で家路を急いでいた。






「おい」


 誰何の声が、薄暗い闇のなか響く。外灯の少ない田舎町、ほとんどのものが家への中へ入っている。行き交う車も、今この時はない。


「おい。そこのおまえ」


 どきん。心音が乱れる。


 男の、耳にしびれの残る聞き覚えのある声だった。提灯をもつ手の平が、夜風が肌寒いくらいだというのに汗ばみ始める。足音が、たったったと小走りで近づいて来る。足は、影を縫い付けられてしまったかのように動かない。それでも、逃げようと思えば、逃げられた。


 しかし、「守様」という立場が鴇守の足を封じる。「守様」は、どんなときも動じず、背筋を伸ばしていなければならない。己に暗示をかけるようにして、ゆっくりと時間をためながら後ろを振り返った。






 月明かりが照らす。


 目元を隠す赤茶けた色をした鼻の高い天狗の仮面、その下にのぞく両の眼ははるか高見から観察されているような居心地の悪い二対の瞳。ぽってりとした唇に、線の細い顎。八雲の目には、男の様にも、女の様にもみられた。


 果たして今自分がいるのはいったいどこなのだろう。

 八雲は、見慣れない景色の中にぽつりと浮かぶ現実離れした人の影を瞬きもせず見つめていた。


 着物の姿の人影が、彼のものが持つ提灯の光で闇から露わになる。なぜ、声をかけたのだろう。見るからに怪しい様相をしている人間に声をかけた自分の行動に、八雲が一番驚いていた。泥のついた手を握りこんだ際、爪に入り込んだ小石が、じりじりと痛みを発し、熱を帯びる。


 絡み合い続ける目線。仮面の向こうの視線が、揺れることなくこちらを見てくる。ぶわりと風が吹き、光が怪し気に揺れぴりぴりと買い物袋が鳴る。


「おい。そこのおまえ、そんな格好して、怪しいぞ。おまえが例の連続傷害犯じゃないだろうな」


 誰が何と言おうとも、目の前のやつの容貌は怪しい。だが、本当に犯人だとは思っていない。


 やつの顎の線が細く、アーモンド形の綺麗な目をしていた。見ようによっては少女のようでもあるかもしれない。きびきび動くなめらかな体の動き。心が騒いだ。熱を持ち、フルフルと小刻みに揺れる。

「我ではない。主、われの存在を知らぬのか」


 高くもなく低くもない。大きくも小さくもない。ただ、目の前の存在が口を開いたとたんに、何かに飲み込まれた。夜の空気がより洗練されたような清められたようなそんな自分でもよくわからない感覚に陥った。見知ったわけではないがここ何週間も歩いたアスファルトの道が、白いガードレールがひどく現実味を失っていく。


 ごくりと唾をのむ。


 何か、何か、口にしなければ。答えねば。焦りが広がっていく。どうしようもなく恥ずかしくなった。無知であることが、裸で歩いているような羞恥。


「……知らない。自己紹介していないからな。だいたい、俺は、最近ここに引っ越してきたばかりなんだ」


 口腔内はからからに乾いていた。


 絞り出すように答えた返事に、鷹揚に天狗面はうなづく。ふぅと、息を提灯に天狗面が吹きかける。世界が暗くなった。


「そうか。だが、我は主を知っておる。主の名は、藤沢八雲。一カ月と二日前、この地へ越してきた。我は、主らに《守様》と呼ばれるものよ。主の母君に聞いてみよ。我がどういうものか、知っておろう。それでもわからぬのなら、この地のものへ尋ねよ。今宵の無礼、そなたの母君に免じて許そうではないか。我は、この地を愛すものを好むからな」


 名前を呼ばれた。名乗ってもいない名前を、一字一句間違えず呼ばれた。

 

 耳の傍で手を強く叩かれたような衝撃を八雲は受けていた。八雲の驚きを知っているのか知らないのか、天狗面は、偉そうな言葉だというのに、どこか温かみのある言葉をつづける。視界が、ほのかに闇に慣れてくる。



「あ」



 口にしようとした言葉をうまく形にならない。ふと気づくと、天狗面の姿はどこにもなかった。まるで、煙のように音もなく姿が消えていた。そこに、本当にいたのだろうか。そもそも、天狗の面を付けたやつなんて実在したのだろうか。もう夜だが、白昼夢でも見たのかもしれない。


 だが、天狗面がいた場所から微かに食欲をそそるおでんの香りがしたような気がした。







 まだ心臓が暴れ馬のようだ。足はがくがくとして生まれたての小鹿のようで、情けない。転校生が突然の暗闇に、ほおけている間にガードレールをひょいと超え、草むらに鍋と提灯を隠し、太めの木に身を隠した。正直、「守様」御姿をしている自分に話かかけてくる人間がいるとは思わなかった。この町の人間は暗黙の了解で話しかけてこない。


「守様」の正体がばれてはいけないという決め事はないけれど、暗黙の了解で暴いていけないというものがある。それすら知らなさそうな転校生相手に、何をやっているのだろう。格好といい、話し方といい、明らかにおかしいだろう。少なくとも鴇守だったら、話しかけもせずに逃げる。見なかったことにする。今更ながら、恥ずかしくなってきて頭を抱える。


「あいつ、なんで僕なんかに話しかけてきたんだ? 正義感が強いのか」


 初めに、連続事件の犯人かと聞かれたが、そもそもその事件ですら今さっきシイばあさんから聞きかじっただけで詳しいことすら知らない。偽りの髪をかき上げながら、ふかい溜息をこぼす。


「やっかいなことにならなきゃいいけど」


 荷物を拾い上げ、帰り道を急ぐ。通り過ぎた家からさんまの焼けるいい匂いが漂ってくる。


 明かりのついた家からは、テレビの音と、人の声。食器のぶつかる澄んだ音や、水の音。耳でとらえる世界と見える世界は現実なのに、液晶越しのような現実感のない音と光の群れは、今夜も闇が天上を覆う世界で踊りつづけていた。






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