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伝わるもの、伝わらないもの(下)

 夕食も終わって、それぞれ解散。メイド達は片付けとか、明日の準備とかでそれぞれがもう少しだけ忙しくする時間帯になる。

 俺は、その間に風呂に入るが、何故か最初だったりする。

 こういうのは普通、主人であるレオンが最初に入るものなんじゃないのかと、俺なりに言ってみたモノの、レディーファーストだの何だの言われて、先に入るのが習慣になってしまった。

 そもそもレディーファーストだったらレオンは一番最後だろうと、自分でも屁理屈に近い事を考えながら釈然としないままそうしていたが―――後日、これの理由がわかってしまった。


 そうしたいなら、そうしたいと、レオンも素直に言えば良いのに。


 と思う心も裏腹、案外可愛いななどと思う自分も居る。

 そう思っておかなければ、そのあと自分が全面的に崩れてしまうという確信めいた不安を、押しとどめておけないからだった。


 その後は、少しの間、メイド達やパルミラとかと、雑談したりお茶したりする。

この間にレオンが居る事は希で、たいていの場合、執務室で何かしらの残務処理をしているのが常だった。正直なところ、何か手伝えたらいいのにとも思ってはいるものの、実際俺が何が出来るかといえば、素直に何も出来ないので、滅多なことでは俺がこの間にレオンに会いに行くことは無い。

 特に用事が無く行っても、レオンは嫌な顔一つせず付き合ってくれるが、実際もの凄く仕事の邪魔してることは間違いないからだ。


 「ところで最近パルミラはどうなんだ?駐屯所に行ってるんだろ?」


 ほんの少しだけブランデーを垂らした紅茶を飲みながら、同席するパルミラに聞く。


 「ぼちぼち」


 答えるパルミラは、いつも通り淡泊だった。

 今日、食堂のテーブルでだらっとしているのは、俺、パルミラ、ラクロウ、ミーシャだった。

 丁度昼会えなかったメンバーが揃っている。

 もう少ししたら、アーリィがレオンへの報告を行って、ここに戻ってくるはずだった。そうすると、メイド達によるミーティングが始まる。そこに俺が混じっていても疎外感を感じるだけなので、それまでの間が俺とメイド達の時間ということになる。

 というより、むしろ手漉きの者が俺の相手をするという時間に近い。いや、確実にそうなのだろうと最近は思う。きっと当番も決められてるに違いない。

 とはいえ、今日のメンバーは少し偏りがある。


 「いーなぁ、パルは。私も剣の腕だけ、鍛えたいんだけどさ。かといってメイドって立場だったら剣の腕が立ってもあんまし意味ないしね……あーあ、親衛隊に入りたかったなぁ。いっそ姫様の従者その2でも良いのに」


 かなりスレスレのことを言うラクロウ。

 アーリィに聞かれたらかなり怒られることは確実だった。

 それにしても、パルかぁ。

 仲が良いんだなと思う。多分、ラクロウの方から寄っているのだろうと俺は予想する。何しろ当のパルミラが、やや柔らかくなったとはいえ、あまり感情を表に出さない性格だし。


 「そんな事言ったらダメだよ……」


 メイドらしからぬ奔放さを見せるラクロウをその横でぼそぼそと窘めるミーシェ。こちらは対比するに、随分控えめだった。

 最初にミーシェを見たのは、その厨房の一切を取り仕切る、その姿だった。そこでは如何にも活発で、自信たっぷり。勿論そこから生まれる料理も逸品という如何にも出来る女っぷりを見せつけていた。

 だが、程なくしてそれが彼女が厨房に居るとき限定であることが判明した。実際、厨房を離れた彼女は、一言で言えばからっきしだった。

 その上、万事控えめ。どことなくおどおどしていて、厨房で見せる格好いいとすら言える姿は片鱗も無い。


 とにかく、そうした面々なので、殆ど一方的にラクロウが喋るという、そんな内容になってしまっていた。

 とはいえ、別にそれが悪いというわけじゃない。むしろ、ミーシェの控えめと、パルミラの無言を考えると、この構成も悪くないとも思う。


 「俺も、明日はパルミラに付いていくかなあ」


 暇とは口に出して言わないものの、明日も特にすることが無いのを考えると、一度ぐらい駐屯所……というか、親衛隊の所に行ってみるのもいいかもしれない。それなりに懐かしい面々も居るのだろうし。


 「お嬢様、明日は御館様もお休みですので」


 その言葉を聞きとがめたかのように、タイミング良く戻ってきたアーリィがそう答えた。

 そうだった。明日は、レオンが一日中館に居る……!

 どうしよう、どこかに連れて行ってくれるようお願いするかな。いや、レオンも疲れているのかもしれないし、ゆっくりさせてやろうかな。

 ワクワクしてくる。何にしても、明日は退屈しなくて済みそうだ。


 「クリス、顔がにやけてる」


 そんなことを考えていると、あっという間にパルミラに指摘された。多分、今館の中では最もパルミラが俺に容赦ない。

 ……いや、少なくとも言葉の面で。


 「それと、御館様は部屋に向かわれました」


 「あ、うん……」


 続けて、アーリィが俺に伝えた。

 それがどういう意味なのか、わかっている俺は小さく答えて、席を立つ。

 顔が紅潮するのがわかる。とてもじゃないけど、みんなの顔を見る事が出来ない。

 ……って。

 俺はふと、すっかり頭のなかから失せていた、アレの事を思い出した。確か、レオンの帰りを待っていた俺は、アレを部屋に―――


 「やばっ!」


 フワフワしていた意識が一気に覚醒して、焦り始める俺。

 そんな声を発して慌て始める俺を、三人が不思議そうな顔で見てくる。


 「姫様、どうしたの?」


 「い、いや、なんでもな……ともかく、行くよ。また明日!」


 ラクロウの素朴な問いに答えられるワケも無く、俺はそれだけ告げて、自分の部屋に足を向ける。


 「お嬢様、例の部屋は掃除しておきましたので」


 「違うからな!」


 さすがアーリィ。

 でも、そこまで気が回さなくていいから。

 そんな声を背中に受けながら、走らない程度に急いで部屋に向かった。



 部屋の扉は閉まっている。

 辺りに人気が無いのをみると、きっとレオンはもう部屋にいるのだろう。

 だとしたら、無造作にベッドに放ったはずの、アレはもう発見されているに違いない。

 どう、言い訳しよう……。

 頭の中であれこれ考えるものの、いい言い訳が思いつかない。


 「うううー……」


 悩みながら、仕方なくそっと扉を開ける。

 そのまま、そーっと中を窺うと、何時もの椅子に座るレオンと目が合った。

 その瞬間、背筋を何かが走り顔が緩みそうになる。

 下唇を噛んでそれを抑えるけど、ぶるぶると身体が震えた。それは、嬉しさに他ならなくて、そもそも毎日会っているどころか、既に先ほど顔を合わせているのに、一体何でなんだろと、毎回俺は思ってしまう。

 とはいえ今日ばかりは、そんな気持ちは、レオンが手に持ったそれを見た瞬間、一瞬で違う感情に取って代わった。


 「クリス、これは?」


 その上、はっきりと聞かれるに至って、一気に顔が赤くなるのがわかる。それは恥ずかしさだった。


 「う、うわあー!」


 俺は、部屋に飛び込むと、レオンの手からそれをひったくって、胸にかき抱いて隠した。


 「ち、ちがうからな?!」


 全く、意味の無い行動だった。

 その上、今日何度目になるかわからない意味不明な台詞を、俺は繰り返した。






 「……実はさ、ちょっと悩みがあって……」


 レオンの言葉もあって、何とか落ち着いた俺は、レオンの対面、ベッドに腰掛けて仕方なく正直に話す羽目になった。

 例のそれは、今は俺の手にある。改めて見るに、その用途を考えると、随分生々しいもののように思えた。カレンの更に生々しい話が沸々と頭に浮かびそうになるが、それを押しとどめながら、チラチラとレオンを窺う。


 「悩み?それなら早く話してくれれば良かったのに」


 「うん、レオンならそう言うと思ってたんだ。だけどレオンだから、その、あんまり話したくなかったんだよ……」


 「俺だから?」


 心底不思議そうな顔をされた。そうだろうなと思う。正直、想像も出来ない話に違いなかった。

 言いたくなかったのは、申し訳ないのが半分。恥ずかしいのが、もう半分。


 「ほら、俺は人の記憶が読めるだろ……あれって、実は、俺がそうしたいって思わなくても偶に読めてしまうんだよ……」


 実際、そうだった。ともすればそれは、触ったり触られたりするだけで、俺に流れてきてしまう。なので、最近はあまり人に触られないように努力する毎日だった。

 レオンは黙って聞いている。それがどういうことか、わかってくれるだろうか。


 「それって、結構怖くてさ。ほら、既に色んな記憶が俺の中にあるだろ。これ以上記憶なんて入ってきたら、それで俺自身が変わってしまいそうで……」


 実際それが、怖かった。

 既に、結構変わっているような気もする。根っこはクリスだと言っても、それでもそれ以外の記憶、経験が俺の中にある。

 その脅威は、カレンの修行を受け直した時、強く実感した。言ったとおり、淑女の嗜み的な一連の行為は、既に俺に馴染んでしまっていた。

 それは、全くクリスの努力分を越えていた。それを感じた瞬間、俺はそれが怖くなった。

 便利なのかもしれない。でも、それは俺の経験でも何でも無い。

 もし、この調子でどんどん記憶を読んでしまったら、これから俺は新しい経験を感じることが出来なくなってしまうのでは無いだろうか。

 例えば、行ったこともない場所を、あたかも見たかのように経験してしまう。もし、先々本当にそこに行ったとき、俺にはそれを見ても、何の感慨も抱かなくなってしまうのではないだろうか。

 クリスが見上げた花火。あれだってそうだ。初めて見たから、興奮できたし、感動した。ああいった経験を、俺は何時か無くしてしまうんじゃないだろうか。


 「……それにさ、ほら、レオンと、その、触れてる時、レオンの心が読めてしまうんだよ。嬉しいんだけど、それも怖いんだよ。それに、なんていうか、フェアじゃ無い気がするし……」


 それは違った意味で、怖かった。その記憶は、耳に囁くどんな言葉よりも甘くて甘くて……俺がおかしくなりそうだった。しかも本能がそれを求めるのか、殆ど垂れ流しのように頭に入ってくる。


 「だから、あんましレオンに言いたくなかったんだよ……」


 最後は、申し訳なさと恥ずかしさに、レオンの顔が見れなかった。声も、わかってても小声になってしまう。


 「そうか……ごめん。わかってやれなくて」


 レオンの声が耳に届いて、そして、スッと頬を撫でられる。俺は身体をビクッと震わせた。瞬間、レオンの記憶が、想いが頭に流れる。

 俺はそれにふるふると震えた。


 「ううう、ダメだって言ってるじゃないか……」


 そこにあったのは、言葉通りわかってやれなかった申し訳なさ、そして俺の事を何でもわかってやりたいという想い、自分の心を覗かれている事への許容、そして自分をわかって貰えているという嬉しさ。

 そうした情報が、一気に頭に流れる。それが一切の偽りじゃない事がわかるだけに、痺れるような甘さを伴って、俺の心を揺さぶる。


 「うん、ごめん……だとしたら今は俺の想いを知って欲しくて、ね」


 「もう、わかってるから。謝るなよ」


 というか、謝るなら、するなよ。

 おかしくなってしまいそうになるだろ……。


 「……だからさ、アルクにそれを話したら、これ、その力を抑えるんだって……」


 ビリビリとする気持ちを抑えながら、俺は顔を伏せ、その手に持ったものをレオンに差し出した。


 それは、首輪、だった。


 そんな魔法の道具が、なぜそんな形になっているのか。

 指輪とか、バングルではだめだったのか。例えばネックレスみたいなのじゃ出来なかったのか。色んな疑問がある。大体、それが純粋にそういう魔導具なのだとしたら、そもそもそこに付いてる紐……リードは何なのか。疑問は尽きない。

 ただ、そんなことは、もうまともに考えられなかった。そんなことより、カレンに言われた言葉が頭の中でグルグル回る。


 『愛する人から、着けて貰うのですわ』


 

 「だから、レオン、その、俺に、これを、着けて欲しいんだよ……」



 自分が何を言っているのか、わかっているけど、よくわからない。恥ずかしさに頭がパンクしてしまいそうだった。

 当然ながら、レオンの顔なんか見れない。心臓が口から飛びでそうなほど、跳ね回っている。目をぎゅっと瞑った。


 「―――わかった」


 それは、ゾクッとするほど平坦な声だった。ビクッと体が震える。

 両手からそれが取り上げられた。


 その時。

 俺は、全然そこまで考えていなかった。


 それは、俺の首に完全に巻かれ終わるまで、効果が無いということ。

 そして、そこに至るまでに、俺は触れられ続けなければならないということを。






 「あら、クリス様。お早う御座いますわ」


 翌日、まだ日が昇って間もない早朝、一人部屋を抜け出して、食堂に降りる。

 すると、犯人の一味ともいえるカレンが、一人テーブルに座って寛いでいた。いや、真犯人はアルクなのだけれど。

 目が合うと、もの凄く優しい笑顔で微笑まれた。


 「うー……」


 何か言い返してやりたいが、カレンがそんな様子なのと、そうで無くとも上手い言葉が出てこなくて、何も言えない。

 首に手を当てる。そこには、何も無いはずだ。少なくとも、カレンにはそう見えているはず。

 それでも手に感触があって、確かにそれがそこにあることがわかる。

 ただ、それが常に見えているのは、流石に色々まずいという事は理解されていたようで、一応不可視化の機能までついていた。

 そこまでするならなぜ、指輪やバングルにしなかったのか。改めてアルクに怒りが沸く。


 「レオン様はまだお休みですの?」


 コクコクと首を縦に、それを肯定する。何となく声を出したくなかった。

 それを見て、カレンは少し考えて、そしてにこーと、本当に楽しそうな笑顔を見せた。

 何もかもわかってますよ、みたいな顔だった。俺はいよいよ何も言えない。


 「お風呂に入られますか?準備いたしますわ」


 再びコクコクと首肯する。カレンは椅子から立ち上がって、楽しそうに風呂場に向かった。

 そして俺は、それを追いながら、急に可笑しくなって、小さく笑った。


 やっぱり、こういうのが良い。

 記憶なんか読まなくたって、伝わる。

 それは時に拙くて、不完全で、誤解があって、わかりにくいかもしれない。

 全てが理解されなくて、悲しい思いをするかもしれない。

 でも、そうであることが普通で、だからこそ伝わる事が嬉しい。

 それは気付いてみると、当たり前のことだった。


 何でも無い発見に嬉しくなって、フワフワと風呂場に向かって歩いていると、部屋から出てくるアーリィと会った。


 「おはようございます。お嬢様」


 俺を見るに、こちらに向き直りいつも通り隙のない礼をしてから、真っ直ぐな目で言った。


 「地下は使われましたか?」


 「ち、違うって言ってるだろ!」


 伝わらないものも、ある。

 それはそれで、当たり前のことだった。

というワケで、暴走気味に外伝の1作目です。

自分的かなりスレスレを行ったような気がします。


外伝はぼちぼち上げていこうと思います。

基本的に書き終わったら、連続アップという形になろうと思います。

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